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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
2章 フォン・ガルーダの光奴
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30話

 レベッカがフォン・ガルーダに担ぎ込まれて2日。 一時は熱も上がって苦しそうな表情を浮かべていたが、今は落ち着いて静かな寝息を立てている。


「レベッカさん、寝てるのか? 」


 光ちゃんが顔を覗かせて様子を窺ってきた。


「うん、さっきの飲み薬が聞いてるみたい。 …… 入ってきてもいいって言ってるのに 」


「いや、だって…… 服着てないんだろ? 」


 男子禁制とは言ったが、シーツを肩まで掛けるから大丈夫だと言っても光ちゃんは未だに入ってこない。 まぁ全裸だし、うつ伏せになってシーツを掛けても、レベッカさんのスタイルの良さは分かるけど。


「どうしたの? 」


「クラッセさんとバートンさんが戻ってきた。 鉛筆の材料になる木が届いたぞ 」


 バタバタしててすっかり忘れてた。 レベッカさんも落ち着いてるし、この場を離れても大丈夫そう。


「うん、今行く 」


 先に戻っていった光ちゃんに続いて、私もレベッカさんを起こさないように静かに部屋を出た。





「あ、この木がいいかも 」


 鉛筆に見立てて作った細い木の棒を、鉛筆を削る要領で削ってみる。 光ちゃんが削るとゴボウのささがきみたいに削れてしまい、感覚が分からなくなっちゃったらしい。


「これがエンピツってやつかい? 」


 興味深々で覗き込んでくるミシェルさんは、木の棒を手に取ってまじまじと観察している。


「まだ書けませんよ。 これに墨の芯を入れて、削って使うんです 」


「そういえばシンの材料が届いてたねぇ 」


 倉庫の木箱をゴソゴソと漁って、麻袋に入った黒い石と四角い粘土を持ってきてくれる。


「こんなのでいいのかい? 」


「実は私も作るのは2回目なんです。 やってみないとなんとも…… 」


 ハハハとミシェルさんは大声で笑う。


「ゆっくりやってみるといいさ。 楽しみにしてるよ 」


 そう言ってミシェルさんは店に戻っていった。


 さて、まずは黒鉛を粉にしないと。 光ちゃんに手伝ってもらい、使ってない木桶をミシェルさんに借りて木の棒で擂り潰していく。


「プッ…… アハハ…… ! おにーちゃん何それー! 」


 アリアちゃんの声に顔を上げると、光ちゃんの鼻の下にチョビ髭が出来ていた。 粉になった黒鉛が付いたんだろう。


「…… 似合ってるわよ? 」


「お前もヒゲ生えてる。 似合ってるわ 」


「ウソ! 」


 慌てて鼻の下を擦ると、アリアちゃんがお腹を抱えて笑っている。 ペアで戻ってきたクラッセさんとバートンさんも顔を背けてプルプルしてるし……


「顔洗ってくる! 」


 顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり、私は慌てて井戸に向かった。





 黒鉛を粉にした後は、用意してもらった三種類の粘土に練り込んで平らに均し、蕎麦を切るように均等に切って乾燥させる。 その後に高温で焼かなければならないが、ローランさんの知り合いに鍛冶屋がいるというのでそちらにお願いしておいた。 乾燥と焼き上がりを待つ間、私と光ちゃんは芯を挟む木の加工を黙々と進める。


「結構な手間なんだね。 私も手伝おうか? 」


 配送から戻ってきたエミリアさんが、無言で作業している私達を心配そうに見ていた。


「後半分なので大丈夫ですよ。 あ、レベッカさんの薬をお願いしていいですか? 」


 『はーい』とエミリアさんは倉庫から出ていく。 芯が収まる溝を掘っているとだんだん肩が凝ってきた…… ふと顔を上げると、シーツをワンピースドレスのように巻いたレベッカさんがエミリアさんに支えられながら歩いてくる。


「レベッカさん!? まだ動いちゃダメですよ!! 」


 まだ傷口が塞がってないのに…… レベッカさんは痛みなど感じていないよと言わんばかりに私に笑顔を向ける。


「私も言ったんだけど大人しくしてくれなくて 」


「少し動かないとだらけてしまいますから。 これは? 」


 話を逸らしたな…… レベッカさんは掘り込みの終わった木を見て首を傾げる。


「エンペツって物を作ってるらしいのよ。 どんなものなのか私も知らないんだけど 」


「エミリアさん、鉛筆ね。 ペンより手軽に文字が書けるペン…… と言えばわかりやすいでしょうか? 」


「ペンに代わるペン…… ですか? 」


「私の世界で使ってるものなんですが、インクを使わないのでうっかり垂らしてしまうこともないんです。 消しゴムで消せる…… あ、消しゴムない! 」


 私は光ちゃんの顔を見て叫ぶ。 …… 何よ、そのジト目。


「消しゴムは軟化プラスチックだろ。 石油製品は作り方わからん 」


「だよね。 イシュタルで石油なんて聞いた事ないもんなぁ 」


 これじゃ鉛筆のメリットである消す事が出来ないじゃん……


「代用ならパンでもいいんじゃないか? ほら、中世の画家ってデッサンをパンで消してたって話だし 」


「それ知ってる! そっか、湿らせたパンで消せるよね 」


「え? パンで文字が消えるの? 」


 エミリアさんとレベッカさんがハモって驚く。


「…… ショーコの世界って凄いねぇ 」


「ショーコさん、この王国にも詳しいようですが…… 」


「ショーコはミナミを知ってるんだよ 」


「!? 」


 エミリアさんがミナミの名前を口にした途端、レベッカさんの目の色が変わった。 エミリアさんの肩から手を離し、私の前にひざまづく。


「ミナミ様のお知り合いとは知らず…… 無礼な振舞いお許し下さい 」


「え…… え? 」


 訳が分からず固まってしまう。 光ちゃんもびっくりしたようで、椅子代わりにしていた木桶から転がり落ちていた。


「あ…… あの、レベッカさん? 」


「他の光奴の方とはどこか違うと思っておりましたが…… 」


 レベッカさんは瞳をウルウルさせて私を見ている。 お知り合いって…… 何かとんでもない勘違いをしてるような気がする!


「レベッカさん! あの…… 」


「我が主、アルベルトに代わって…… 」


 ダメだ…… なかなか話が切り出せない。


「落ち着きなさいな! まずはショーコの話を聞こうじゃないか? 」


 レベッカさんはフッと顔を上げる。 収まりそうにない雰囲気を変えてくれたのは、倉庫の出入り口で腰に手を当てて仁王立ちするミシェルさんだった。

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