29話
その夜、エルンストには厳戒態勢が敷かれていた。 街の至るところに警備の兵士が立ち、ギルドの兵士達が町中を彷徨く。 アルベルト卿が我がキール卿の領地で光奴を殺害する暴挙に出た、という噂がどこからか流れた為だ。
「違うのに…… 」
レベッカの看病をしていたアリアがボソッと呟く。 ふてくされるアリアにレベッカはクスッと笑った。
「そうですね…… 私も腹が立ちますが、国民も事実を知ればきっと変わります。 今は我慢の時でしょう 」
「うん、エミリアもそう言ってた。 だけどアルベルト卿が可哀想 」
「アリアさんは優しいですね。きっとアルベルト様もお喜びになります 」
アリアの言葉にレベッカの顔がほころぶ。 ゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。
「お母様、素晴らしい方ですね。 ミシェルさんもショーコさんもヒカルさんもローランさんも。 もちろんアリアさんもですよ 」
「うん? なんで? 」
「私のいる領地でもそうですが、兵士と聞くと皆嫌がるものです。 なのに瀕死の私を嫌な顔ひとつせず受け入れてくれる…… とてもあたたかいんです 」
「うーん…… よくわからない 」
クスクスと笑うレベッカはアリアの後ろに近づく気配に目を開けた。
「具合、どうですか? 包帯取り替えに来ました 」
小さな木箱を持ったエミリアと翔子が部屋に入ってくる。
「はい、少し痛みがひいてきました。 よく効く薬ですね 」
「ミシェル特製ですからね。 効果は折り紙付きですよ 」
「…… お母様の素性に興味が湧いてきました 」
ハハハとエミリアは笑いながら、包帯を取って瓶に浸けてある大葉に似た薬草葉を取り替えていく。
「昔はトゥーランで医師をしていたそうです。 向こうで色々あって、ここで運び屋を始めたらしいですけど 」
「医師…… ですか。 どんな理由があったんでしょう? 」
「さぁ。 あんな男顔負けの性格ですからね、色々あったんでしょう 」
クスクスと笑う二人の横でアリアは不思議そうな顔をしていた。
「ショーコさん…… あなたは光奴の方ですか? 」
ピクッと翔子の肩が跳ねる。 いきなり見抜かれた翔子は何も答えられず、ただ目線を逸らすことしか出来なかった。
「心配しないで下さい。 捕らえようなんて考えていませんし、そうするにしても今の私には何も出来ません 」
「あの…… どうして分かったんですか? 」
「特徴のあるお名前ですから。 決め手はお姿を拝見して、ですが 」
翔子は目をパチパチとさせて自分の顔を両手で確かめる。
「いえ、雰囲気というか気配というか…… 外見ではありません 」
両頬に手を当てたまま苦笑いになった翔子に、レベッカはクスクスと笑った。
「ヒカルさんもそうですね? あの方は言葉が通じないようです 」
「…… はい、その通りです 」
「そうですか…… 良かった、生きていてくれて。 アルベルト様が貴女をとても心配しておられました 」
「アルベルト卿が? 捕まえようとしてたのに? 」
翔子が少し言葉を荒げた。 『怪我人の前だよ』とエミリアに諌められて肩をすぼめる。
「少し誤解があるようですね。 駐在するギルドは躍起になって王都へ連行しようとしますが、我々アルベルト配下は保護を目的としています 」
「…… え? 保護って…… 」
「はい。 今もアルベルト様の別宅では、保護した光奴の方が20人ほど暮らしています。 そうか…… だからアルベルト様が出向かれた時も逃げてしまったんですね 」
「保護…… 」
愕然とする翔子はエミリアと顔を合わせて動かなくなってしまった。
「ま…… まぁあの時、君が逃げたから私達も救われたんだし 」
「う、うん…… そう…… そうですよね 」
「どういう経緯があったのかは分かりませんが、この地に来たことでみなさんと出会えたのなら、逃げた事は無駄ではなかったと思います 」
「それじゃ! レベッカがケガしちゃったことも無駄じゃない? 」
アリアが心配そうにレベッカに聞く。
「はい、勿論です。 アリアさんがここに私を導いてくれたのですから。 これで誤解が解けるとアルベルト様も安心されます 」
レベッカがニコッと笑うとアリアも自然と笑顔になった。
「そういえばヒカルさんはどちらに? 彼とも少しお話してみたかったのですが…… 」
「レベッカさん、まだ上着着れないでしょ? 刺激が強すぎるから男子禁制です 」
「…… そうでした 」
「何でー? おにーちゃん仲間外れ? 」
3人が笑う中、アリアだけがキョトンとして3人の顔を見比べていた。 そんな会話をミシェルと光は、部屋の外の壁にもたれかかって聞いていたのだった。
「ヒカルはおっぱい好きだからダメだってさ 」
ミシェルが光に耳打ちするが、光にまだ言葉が理解できる筈もなく首を傾げる。
「ぷくく…… 可愛い子だねぇ、私ので我慢しなさいな 」
ミシェルは光の頭を鷲掴みにして胸に埋めて抱きしめる。 バタバタともがいていた光は、やがてくたーっと動かなくなった。
「そうさね…… アンタ達がミナミと同じ道を行くなら考えようかね…… 」
小声で呟くミシェルの目には、少し切ない色が混じっていた。




