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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
2章 フォン・ガルーダの光奴
25/159

24話

 まぁ、多少は……


 女の子として出来ないですとは言えなかった私は、家では卵焼きを作るくらいしか料理が出来ない。


「はぁ…… 」


 とりあえず手近にある人参らしき食材の皮を剥く。 広いキッチンには野菜や卵やお肉が沢山…… この全てが、仕事を承ったお客さんからのおすそ分けなんだとか。 ミシェルさんは何でも使っていいよと言ってくれたけど、何を作ればいいのか全然頭に浮かばない。


「カレー…… ハンバーグ…… オムライス…… スパ…… 」


 また光ちゃんに『小学生かよ』とバカにされそうだ。 いっそのこと全部混ぜちゃおっかな!


「あ…… 鍋がいいかな 」


 鍋奉行に怒られてしまいそうだが、肉も野菜も切って煮込めば鍋になるじゃない! 


「これなんか美味しそうかな 」


 水菜のような葉野菜を切り、 大根っぽいものも適当な大きさに切る。 何の肉なのかは知らないけど、美味しそうに見えたのでこれも薄くスライスする。 食材的にはしゃぶしゃぶなんだかおでんなんだか分からないが、味付けを間違わなければ食べれるよね。


「うーん…… 」


 私は棚に並べられた小瓶の調味料とにらめっこする。 どれがどれなんだかさっぱり分からない…… ひとつずつ味見してみようと一番左の瓶を手に取り、小指に付けて舐めてみる。 


「あ、これお塩だ 」


 次に隣の瓶。 これは液体か……


「ん? 甘い…… シロップ? 」


 その隣の瓶は見た目から多分粒胡椒だ。 一粒取ってかじってみるとピリッと辛い。 他の瓶も試してみたが味がよく分からない…… カツオ出汁とかあれば良かったんだけど、とりあえず塩を少し足して鍋を火にかけた。


「コンロじゃないから火加減難しいな…… 」


 石を積み上げて作られたかまどに薪をくべて火力を調整するのは初めての経験。 薪を2本足して火力の様子を見てみる。 その間に他の調味料や、どんな食材があるのか見てみることにした。


「これ、さくらんぼみたい 」


 確かミナミがファーランド国王に最初に会う時に、献上品として持っていったものだ。 日本のものより粒が小さくて黄色い実は、ファーランド国王のお気に入りだという文章を覚えている。


「ん!? ちょっと酸っぱいけど美味しい! 」


 色々な食材を物色しているうちにお鍋がグツグツと沸騰してきた。 火箸で薪を分散し、火力を調整しながら具材に火が通るのを待つ。


「うーん、出汁薄いかな…… 」


 何度か味見をしながら塩を足しているうちに、なんだか頭がぽわぁっとしてくる。


「…… あれ? なんかフワフワして気持ちいい…… 」


 徐々にぼやける視界と宙に浮くような感覚に耐えきれず、私は軽く目を閉じた。




 ふと目を開けると木張りの天井が目に入った。


「あれ…… ? 」


 白いシーツのベッドの上。 なんでこんなところに寝てるんだろ…… 寝ている間にイシュタルから帰ってきたのかと一瞬考えたが、明らかに現実世界とは違う部屋の模様にため息をつく。


「おや、気が付いたかい? 」


 部屋に入ってきたのはトレイを持ったミシェルさんだった。 ベッドの縁に腰かけ、トレイのコップを手渡してくれる。


「様子を見に行ったら床で寝てるからびっくりしたよ。 具合悪いのかい? 」


 「いえ、具合は悪くないです。 サクランボを一粒味見して、お鍋を作っていたまでは覚えてるんですけど…… 」


「サクランボ? もしかして黄色い小さな果物かい? 」


「はい。 つまみ食いしてごめんなさい 」


 突然ミシェルさんは大笑いする。 何かおかしいことしたっけ?


「ショーコ、その後鍋の味見をしなかったかい? 」


「はい。 塩加減をみたくて何回か…… 」


「それだよ。 あの実はウィコールって言ってね、ぬるま湯に漬けると発酵してお酒みたいになるんだよ。 ウィコールを食べて、鍋の出汁を飲んだらショーコのお腹の中でお酒が出来たってワケだよ 」


 え…… 私酔っ払っちゃったの? 生まれて初めての感覚に、お酒に酔ったなんて思わなかった。 ミシェルさんの笑い声に光ちゃんが部屋に顔を出す。


「大丈夫か? 翔子 」


「ごめんね光ちゃん、私酔っ払っただけみたい 」


「…… は? 」


 呆気に取られる光ちゃんは深いため息をついて胸を撫で下ろしていた。


「心配させんなよ。 疲れが溜まって倒れたのかと思ったぞ 」


「ゴメン…… あっ! そういえばお鍋! 」


 火にかけっぱなしだ! 飛び起きてキッチンに向かおうとすると、ガバッとミシェルさんに抱きかかえられてしまった。


「心配せずとも、ヒカルが見ててくれてたよ。 もう酔いは覚めたかい? 」


「多分大丈夫です 」


「それじゃ夕飯前にちょいとワタシに付き合ってもらおうかね 」


「はい、何をしましょう? 」


「キール卿にご挨拶 」


 …… へ?





 1頭引きの小さな馬車に乗ってやって来たのは、街の外れに建つ大きな3階建ての屋敷だった。 大きな鉄格子の門に、庭園と呼ぶにふさわしい広さの庭。 門から玄関まで綺麗に並べられた石畳の途中には、これまた立派な噴水が造られている。 


「こんなところにまで来ちゃって大丈夫なんだろうか…… 」


 キール卿は光奴嫌いで有名…… 以前エミリアさんがそんなことを言っていた。 それでもミシェルさんが私を連れてきたのは、馬車の操縦をしてほしいという理由だった。 運び屋をやっているが、ミシェルさんとローランさんは全く御者経験がなく、馬も言うことを聞いてくれないらしい。 予定ではエミリアさんがナラガンの村に配送した帰りにここに寄る事になっていたが、時間になっても戻ってこない。 もう一組のメンバーもまた、北方面からの帰りが遅れているらしい。 やむを得ずミシェルさんが引き取りに来た、というわけだ。


 屋敷の裏手の使用人通用口の前に馬車を止め、ここで待っていてとミシェルさんに指示を受ける。 ミシェルさんは屋敷に入っていってキール卿とお話しているようだった。


「いい子だね。 大人しくしててね 」


 私は乗ってきた馬車を引いてきた、ラビーという子馬の首を撫でる。 ラビーはちょっと落ち着かず、首を縦に振ったり耳をパタパタさせたり…… それでもラビーは今日が馬車デビューというのだから、言うことを聞いてくれるのは大したものだ。


「ご苦労様。 ミシェルさんのところの新人さんですか? 」


 通用口の前に立っていた私と同じくらいの歳の執事さんが私に話しかけてきた。 待っているだけで大丈夫とミシェルさんは言っていたが、何も答えないでいるのもマズイような気がして無理矢理笑顔を作ってみる。


「はい、よろしくお願いします 」


「お名前を聞いてもよろしいですか? キール様のお屋敷に出入りする者は把握しておかねばならないもので 」


 ヤバい…… 優しい笑顔で近寄ってくる執事さんにビビりながらも平静を装って笑顔を続ける。


「し…… ショウと言います 」


 咄嗟に本名を隠す。 全然隠しきれていない気もするが、翔子と名乗るよりはいいでしょ。


「素敵な名前ですね。 私はキール様のお屋敷に務めているセシルと…… 」


「これセシル! ウチの可愛い娘に手を出したらタダじゃおかないよ! 」 


 通用口からミシェルさんの怒鳴り声が飛んできた。 ビクッと体が跳ねるセシルさんの後ろには、腕組みをして睨み付けるミシェルさんが立っていた。


「ナンパするならワタシをナンパしなさいな! その前にそこの荷物を積んでおくれ。 さあ早く早く! 」


 セシルさんはミシェルさんにせっつかれながら、通用口に積まれていた木箱を馬車に運んでいく。


「何もされなかったかい? アイツはオオカミさんだからねぇ、気を付けるんだよ? 」


 『そんなぁ!』とへこんでいるセシルさんを横目に、ミシェルさんは大笑いしながら私をギュッと抱きしめる。

 

「あ…… 」


 ミシェルさんのふくよかな体越しに見えた正門から入ってくる騎兵の集団。 私はその中に白く長いマントを身に纏い、カイゼルひげのアルベルト卿の姿を見つけた。


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