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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
2章 フォン・ガルーダの光奴
23/159

22話

 馬車に乗り込んだエミリアとアリアに、ミシェルは行程表とお弁当を渡した。


「ナラガンの村に小麦を届けたら、帰りにキール卿の屋敷に立ち寄っておくれ。 そこからトゥーランまで走ってもらう 」


 エミリアは地図と行程表を見比べながら、自分が分かりやすいようにおおよその時間を行程表にマーキングしていく。


「夕方にキール卿の荷物を受け取る予定なんだが、間に合いそうかい? 」


「うーん…… 雨が降らなければ浅瀬を行けるから大丈夫なんだけど。 いや、間に合わせるわ 」


 ナラガンの村はエルンストの東側にある小さな村だ。 ユシリーン湖から流れるセイズ川と、大陸の東側一帯を覆う岩盤地帯に挟まれるこの村は、装飾と衣類の村として知られている。


「無理はしないでおくれよ? 間に合わなさそうならクラッセとバートンを向かわせるから 」


「大丈夫よ。 それじゃ行ってきます! 」


 御者台に立ち上がって手を振るアリアに手を振り返し、ミシェルは店の中に戻っていった。


「ショーコ! こっちにおいでー! 」


 倉庫整理をしていたローランと光の手伝いをしていた翔子は、店の中からのミシェルの声に『ハイ!』と答えて駆け寄る。


「ハハハ…… そんなにかしこまらなくてもいいんだよ? 気軽にしてちょーだい! 」


 腰に手を当てて笑うミシェルの表情は柔らかい。 


「こちらの文字は読み書きできるかい? 」


 ミシェルは翔子に伝票を一枚見せる。


「…… 読めますけど、書けるかな…… 」


 翔子はペンを握り、インクを付けて『伝票』と書いてみる。


「あら、綺麗な字ね 」


「読めます? 」


「うん、これなら大丈夫ね 」


 ミシェルは腰に手を当ててウンウンと頷いていた。 文字はしっかり日本語で書かれていたが、ミシェルにはイシュタルの文字に変換されて見えているようだ。


「文字にまで力が働くんだ…… 」


 びっくりしていたのは翔子の方だった。 ペン先を見つめて目を丸くしている。


「ヒカルには力仕事をしてもらうとして、ショーコには事務作業を手伝ってもらうよ 」


「はい…… え? 事務作業?」


「なーに、工程を組むのと伝票整理さ。 簡単な仕事だよ 」


 翔子はミシェルの顔を真顔でジーッと見る。  ミシェルもまた、翔子の顔を真顔でジーッと見て最後にニコッと笑顔になる。


「そんな大事な事、初めての私に任せていいんですか? 」


「…… だってワタシ計算苦手なんだもの。 光の民は頭もいいでしょ? 」


 苦笑いするミシェルに、翔子も苦笑いする。 とりあえず足し算と引き算だけなので、翔子は溜まった伝票の束と台帳の紙を机に広げて作業を始める。


「ペンを握るのも久々かな…… 」


 翔子はペンにインクを付け、納品場所と1日の売上合計金額を計算しながら台帳に書いていく。


「へぇー、計算速いもんだね。 さすが光の民だねぇ 」


「はい、選択科目が情報簿記だったんで 」


「ジョーホーボ…… なんだいそれは? 」


「あっ! 」


 漫才のボケのようなミシェルの発音に、翔子は台帳にインクを垂らしてしまった。


「ペンは慣れないなぁ…… あれ? そう言えば…… 」


 翔子はミシェルの机の上を見る。


「どうしたんだい? 」


「あの…… 鉛筆とかボールペンってあります? 」


「エンピツ? それは光の民の道具かい? 」 


 ファーランド王国には筆記用具と呼べるものがインクを付けて書くペンしかない。 重要な文書は別だが、書き損じたものは修正することが出来ず、一枚丸々書き直すしかない。


「えっと…… 簡単に言えばインクのいらないペンです。 消しゴムで消せたりもするんですよ 」


「インクがいらないだって? そりゃまた凄いねえ! 持ち運びに便利じゃないか 」


「材料は何だっけ…… 作り方は…… 光ちゃーん! 」


 翔子は倉庫の出入口に向かって叫ぶ。 ヒョコっと顔を出した光に、翔子はニコッと笑顔になる。


「どうした? 」


「鉛筆ってどうやって作るんだっけ? 昔理科の実習で作ったことあったよね? 」


「えっと…… 芯材を木で挟んで接着剤でくっつけたやつか? 」


「それそれ! 芯材って材料何だっけ? 」


「黒鉛と粘土だろ? 高温で焼かないとボロボロ崩れると思うぞ? 」


 『そっかぁ』と翔子は残念そうに俯いてしまう。 そのやり取りを聞いていたローランも出入口から顔を出した。


「鉛筆か…… 面白いね。 高温なら鉄を溶かす炉があるし、黒鉛と粘土ならナラガンの西にある洞窟で手に入ると思うよ 」


「作れるのかい? 材料ならワタシが用意してあげようか? 」


「ホントですか!? 光ちゃん、作ってみようよ! ミシェルさん、ありがとうございます! 」


 この翔子の思い付きでスタートした鉛筆が、ファーランド王国中を揺るがす大事件の発端になることをまだ誰も知らない。

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