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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
1章 主人公になりきれない少女、異世界に立つ
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12話

 やっとの思いで崖を登りきった光を待っていたのは、生い茂った草をモグモグと食べながら顔を向けている牛だった。 崖の上は牧草地になっていて、木製の柵で囲われた中に何十頭もの牛や豚が放し飼いにされていた。 柵の外側には水路が敷かれ、その水が崖の下へと流れている。


「民家? 」


 広めの牧草地の向こうは崖下の森と同じような森林が広がっていて、その手前に平屋の小屋が一軒立っている。 小屋の横には水路を利用した水車が回っていて、何かの作業場のような雰囲気だ。 光は牛達に見守られながらその小屋に近づいた。


「…… 誰もいないんだな 」


 家の骨組みに、真っ直ぐとはいえない木の板を張り付けただけのボロボロの小屋。 中を覗くと、鍬やスコップ等の道具が少しと、鍋やコップといった生活用具があった。 光は中に入って木製のコップを手に取る。 中身は空だったが、ひっくり返すとポタポタと水滴がこぼれた。


「使ってまだそんなに経ってない! 」


 光は小屋を飛び出して裏口に回る。


「キャ! 」


「うわっ!」


 小屋の角を曲がったその時、若い女とぶつかりそうになって光は慌てて飛び退いた。


「誰! 」


 女は怯える目で光をガン見して叫ぶ。

 

「どうやってここに入ってきたのよ!? あなた何者!? 」


「こ、こんにちは…… 」


 光には女が何を言っているのか分からない。 とりあえず挨拶をしてみたが、捲し立てる女にあたふたするしかなかった。

 

「どうした!? 」


 悲鳴を聞きつけたのか、森の中から斧を持った体格の良い男が飛び出してきた。


「なんだ貴様!? 俺の嫁に手を出すな! 」


 男は光を見るなり、いきなり斧で切りつけてくる。


「ちょ、ちょ! 待った待った! 」


 男の一振りをスルッとかわして小屋の屋根に飛び乗る。


「なんだアイツ!? どんな脚力してんだよ! 」


「光奴だ! こんなところにまで出てくるのかよ!! 」 


 小屋の周りには続々と人が集まってくる。 光を指差して叫ぶ者、驚きのあまり腰を抜かす者、光に石を投げてくる者もいた。 光はヒョイヒョイと投げ付けられる石を器用にキャッチして屋根の上に積み上げていく。


「参ったなぁ…… 翔子を連れてくるべきだった 」


 人々が何をわめいているのか光にはさっぱり分からない。 だが自分が歓迎されていないのは一目瞭然だ。


「とりあえず逃げるしかないよな 」


 らちがあかない状況に、光は背を向けて小屋から飛び降りる。 屋根から放牧場の柵まで一気に飛び越え、驚いて逃げ惑う牛や豚の間を走り抜けた時だった。


「ピギー! 」


 パニックになった一匹の豚が光の目の前に飛び出し、光は避けきれずに突っかかって盛大に転んだ。


「ピギー!! 」


 思い切り蹴飛ばされた豚は宙高く舞い、そのまま崖の下へと落ちていった。


「そっちだ! 逃がすなー! 」


 斧や鍬を手に男達は光を追い詰める。 光は崖の下を覗き込み、一番高く伸びている木の枝目掛けてジャンプした。





「…… 豚が降ってきた…… 」


 木の影で座ってウトウトしていた翔子は、突然の轟音と地響きで飛び起きた。 そのすぐ後に森の奥からメキメキと枝が折れる音が響く。


「何が起きてるのよ…… 」


 バキバキ、ガサガサと音のする方を目を凝らして見ていると、葉っぱだらけになった光が勢い良く木から落ちてきた。 そのまま地面に背中から落ちて、『グェっ』と小さなうめき声をあげる。


「光ちゃん! 」


 翔子は慌てて木の影から飛び出して光に駆け寄った。


「大丈夫!? 」


「た…… ただいま、翔子 」


「おかえり…… じゃないわよ! 怪我してない? どうしたの? 」


 ゆっくり上体を起こした光は、ワイシャツに付いた葉っぱや小枝を払いながら苦笑いする。


「いや…… 崖の上に人がいたんだけどさ、ワケわからないうちに追っかけられちゃって 」


「追いかけられた? 」


「えっと…… 順を追って話すからちょっと待ってな 」


 起き上がった光は、池に戻って水をがぶ飲みして顔を洗う。


「この上に放牧場があったんだ。 牛と豚が飼われてて、合わせて15頭くらい。 その家畜を囲う柵があって、作業場みたいなボロい小屋があって、水車があって…… この水も水路でこの上までひかれてたものでさ、自然のものじゃなかったよ 」


「そこで豚さんを強奪してきたのね 」


「人聞き悪いこと言うなよ。 事故だよ、突っ込んできたその豚を蹴っ飛ばしちゃった 」


 崖の上から落ちて息絶えている豚に、光は合掌して頭を下げる。 それに合わせて翔子も同じように合掌して目を閉じた。


「それで、なんで追いかけられなきゃならなかったの? 」


「さぁ? 俺この世界の言葉わかんないし。 バッタリ会った人に怒鳴られるは、いきなり斧で斬りつけられるは…… あ、光奴って言葉だけは分かった 」


「また光奴なの。 まるで私達が悪人みたいじゃない…… 」


 考え込む翔子を余所に、光は息絶えている豚の側に座り込む。

 

「…… お墓、作る? 」


「いやいや、肉食べないのか? 」


「え? そりゃ食べたいけど、光ちゃん解体できるの? 」


「うっ…… 」


 道具は光が石を削って磨いたあまり切れ味の良くない石のナイフだけ。


「きっと血だらけになるよ? ドバーっていっぱい出るんだよ? 心臓とか腸とかぶちまけちゃうんだよ? 」 

 

「ううっ…… 」


「それに…… 可哀想だよ…… 」


 翔子は解体される豚を想像して目をウルウルさせる。


「で、でもやらなきゃ肉食えないんだ! 弱肉強食の世界じゃ仕方ないんだよ! 」


 光はポケットから石のナイフを取り出して、動かない豚の後ろ脚にナイフを突き立てたのだった。

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