106話
それからというもの、私はシエスタの貴族達とよく顔を合わせるようになった。 アルベルト卿のお屋敷に届け物をする度に誰かが訪ねて来たり、レーンバードまでわざわざ彼らが届け物を持ってきたり。 その届け物の大半が支援物資なのだが、その中に私宛の物が混じっていたりする。 それもご丁寧な手紙付きで……
「この人達も、自分らを売り込むことに一生懸命ね 」
送られてきた高価そうなネックレスをつまみ上げ、アリスが頬杖をついてため息を吐いていた。 そう言えばアリスは最近、強気の異世界モードで日常を過ごしている。 環境が変わって、暗黒竜の力でも取り戻したんだろうか。
「私なんかまだ緩い方みたいよ? ミシェルさんなんて毎日凄い数のプレゼントが各領地から届いてるって 」
「バカの一言だわ。 そんな事をしたって女は流されたりなんかしないのに。 逆に媚びるような男は信用ならないって、なぜわからないのかしら 」
容赦なくディスるアリスは、私宛に届いた荷物を送ってくる度にひとつずつ吟味していた。 彼女曰く、もしその中にミシェルさんや私を殺そうとしている者がいたとしたら…… という毒見をしているらしい。 真っ先に言い出したのはアリスで、ミシェルさんの方もプレゼントや支援物資は全て検品したほうがいいと提案したのだった。
「貢ぎ物は気に入らないけど、このミルクティーは許す 」
その中でもアリスのお眼鏡に敵ったのは、ロムスンという貴族が『自家製です』と送ってきたハーブティーだった。 そのままではとても味が濃いが、ミルクを混ぜてもそのパンチのある味が負けずとても美味しい。
「支援自体はとても助かってるんだけどね。 でもなんだかなぁ…… こういうところまで疑わなきゃならないなんて、気が滅入ってきちゃうな…… 」
「気にしなきゃいいのよ。 トップアイドルだって、ファンからのプレゼントをマネージャーが検品してるのよ? 同じよ、同じ! 」
ティーカップを口にしながら微笑むアリスと視線を交わす。
「思うんだけどさ…… こうやって媚びる事でのしあがろうとする貴族って無視しちゃっていいんじゃない? 」
「…… どういう事? 」
「ほら、そういう連中ってその時の権力者や強い者にくっついて生き長らえてるって事でしょ? 連中はバルドル派になる前はファーランド派、というか国王派だったわけでしょ? 国を乱される方が嫌がるじゃん 」
あ…… 確かに。
「国をメチャクチャにしやがって! ってアタシ達が狙われる可能性はあるだろうけど、自ら国を乱すようなことはしないわ。 いや、既にフローラ王女に乗り換えてるだろうしね 」
一理ある…… というか、アリス鋭い。
「だとしたら、国を乱して誰が得をするのか…… 誰が王座についたらそいつが得をするのかを考えたらいいんじゃない? 」
誰が得をするのか…… そう聞いて真っ先に浮かんだ顔はある。 でもその可能性は出来るだけ考えたくなかった。
「まぁ損得だけで動くほど、軽いものでもないと思うけど 」
「アリスってホント異世界の知識豊富よね。 それも中二び…… ネメシスと関係あるの? 」
「中二病言うな! 私のはそんな腹黒い設定じゃないわよ! よくドラマとかにあるじゃない? トップの派閥の不祥事をでっち上げて引き摺り落として、自分らがトップに立とうとするシナリオ。 そう言う奴に限って外面は正義漢だけど腹黒かったりするのよね 」
やめて…… それはまだ考えたくない……
「う、ん…… でもまだ捜査も始まったばかりだし…… 」
アリスは何か言いたそうな顔をしていたが、一口ミルクティーに口をつけると窓の外の毛繕いをしているガルーダに目線を向けた。
「ねぇ、気分転換でもしない? 私、ガルーダに乗ってみたいなぁ 」
「え? …… まぁ乗せてくれるとは思うけど 」
たまにこの子は突拍子もないことを言う。 ついこの前まで馬ですら乗れなかったのに…… 泣いても知らないよ?
アリスと一緒に庭先に出る廊下を進む。 途中、炊事場の前を通ったが、石鹸の効果を試す人達でごったがえしていた。
「石鹸、大人気じゃない。 こっちの人達にはインパクトあったんじゃない? ソープインパクト! なんちゃって 」
「なにそれ、変な…… 」
そんな馬鹿話をしていると、覗き見ていた兵士達の声が耳に止まった。
「…… 怪しいものだよな、あんな物を作り出すなど…… 」
「やはり光奴とは得体の知れない…… 」
あんな物…… 別に石鹸で誰かを騙そうなんて思ってないのに。 そんなつもりで作ろうと思ったんじゃないのに…… 私と目が合った兵士達は、マズいという顔で敬礼してそそくさと去っていく。
「ひどい…… 」
目の前で石鹸に目を輝かせてる人達の中にも、そう思ってる人がいるかもしれない。 そう考えていると、アリスに背中を強く叩かれた。
「発明品なんて最初はそんなもんよ。 石鹸がどんな効果を生み出すものなのか、使い続ければ皆も分かるわよ。 それが証明されれば、今度は翔子ちゃんが何を生み出してくれるのかっていう期待の眼差しに変わるわ 」
「…… そう、かな? 」
アリスに背中を押されて炊事場を離れる。
「エジソンだって、ニュートンだって、ガリレオだってそうよ。 だからそんな顔しないで前を見なさい! 」
「ち、ちょっとアリス! 」
どんどんと押されるスピードは増していって、一気に庭先に躍り出た。 待っていたかのようにガルーダは大きな翼を広げ、早く空に行こうよとキーと鳴く。
「うわ…… 間近で見るとホントでかっ! …… じゃなかった、眷属としては上々よね 」
眷属って…… 引きつりながら強がるアリスがちょっと面白い。 そうだね、今はパァっと風になりたい気分だ。
「お散歩行こっか、ガルーダ! 」
ガルーダはクルクルと喉を鳴らして背中を差し出してくれる。 ビビるアリスの手を引いてその背中に跨り、私はポンとガルーダの首元を蹴った。




