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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
6章 少女の仕事
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105話

 レベッカさんに手伝ってもらって、シエスタの有力貴族の相関図は大方まとまった。 レベッカさんの個人的な観点でしかないが、シエスタの貴族は4割のアルベルト派と5割のバルドル派、そのどちらにも媚を売る1割に分かれるという。


「アルベルト卿ってあまり信用ないんですか? 」


 『まさか』とレベッカさんは笑う。


「信用というよりは、民の目があるからそうしていると言った方がいいでしょうか。 エルンストのように、シエスタは独裁領地ではありません。 権で貴族を抑える事をアルベルト様は嫌いますから 」


 アルベルト卿の統治は、賛同できる者は協力して欲しいといったスタイルで、異議を唱える貴族には無理に強要しないそうだ。 対してキール卿の統治は力押しで、嫌なら出ていけと服従させるスタイルだという。


「どちらがいいかと問われれば、難しいところだと思います。 エルンストはやりすぎだという噂も聞こえますし、シエスタは頼りないという声もあります 」


「民を守りたいっていう方向は二人とも同じなのに…… 」


「そうですね。 それでもシエスタはここ10年、エルンストは20年もの間、大きな騒動はありません 」


 ふぅん…… どちらも文句を言いながらも、なんだかんだで居心地はまぁいいわけだ。


「マウンベイラは? 」


「先代のカロール様もアベルコ様も強引な方でした。 貴族からの評判はあまり良くなかったようですが、民からは絶大な信頼を受けていたと聞いています 」


 ということは、貴族を疑うならマウンベイラなのかな……


「マウンベイラの貴族に関しては、シリウスがよく把握しているでしょう。 私的には、彼には協力を申し出てもよろしいのではないかと思います 」


「うん、私もそれは考えてた 」


 全てを疑え。 アベルコ卿にはそう言われたが、私には共に頑張った仲間を信じることの方が大事に思える。 うん、シリウスなら大丈夫だと私も思う。


  コン コン


 そんな事を考えていたら、ノックのすぐ後に勢い良くドアが開いた。


 ヤバっ! テーブルの上には周りに知られちゃいけないようなメモ用紙が…… って、あれ? テーブルの上は既に何もなくなっていて、レベッカさんが澄ました顔でメモ用紙の束をトントンと揃えていた。 速っ!


「おねーちゃん! 」


「アリアちゃん!? 」


 私の顔を見るなり走ってきて、勢い良く胸に飛びこんできた。 決して立派とは言えない私の胸に顔を埋め、グリグリと押し付けて匂いを嗅いでいる。


「ちょっとアリアちゃん! くすぐったい! 」


「えへへー、ビックリした? 」


「うん、とっても。 どうしたの? どうやって来たの? 」


 アリアちゃんの後に続いてエミリアさんが顔を出した。 その後ろからヒョロっと背の高い、巻き髭の男性が続いて部屋に入ってくる。


 『シエスタのリンドベルという貴族です』とレベッカさんが小声で教えてくれる。 確か5割のバルドル派の貴族だった筈。


「お初にお目にかかります。 シエスタのカナル・リンドベルと申します。 この度は大変な偉業をなされたことに私としましても…… 」


 なにやら難しい言葉をあれこれ並べているが、要は城を落としたのは凄いことで、私はそれをお祝いしに来たんですよということだ。 結局それは顔を売り込みに来たということで、その機会を作る為に、必要もないエミリアさんとアリアちゃんの護衛まで買って出たのだろう。 


「はあ…… 別に今回の事を誇りには思いませんけど。 あの…… 」


 二人と話がしたいんですけど…… そう思ってても初対面の男の人には中々言い出せない。


「リンドベル、ショウコ様はお二人と話されたい様子。 少し席を外して頂けませんか? 」


 私の気持ちを察してくれたのか、レベッカさんがリンドベルさんを見据えて代弁してくれた。 『これは失礼しました』と、リンドベルさんは部屋の隅の方へ移動していく。 あくまで部屋は出て行かないらしい


「ショーコ、あれが完成したから持ってきたんだよ。 ショーコは近いうちにまた来るって言ったんだけど、すぐに見せたいって聞かなくってさ 」


 苦笑いのエミリアさんは持ってきた包みの中の木箱を取り出して蓋を開けた。 そこには長方形に均等にカットされた、固形石鹸が10個入っていた。


「おぉ! ちゃんと固まってるじゃん! 」


「凄いでしょ? アリアが付きっきりで仕上げたんだよ 」


 トゥーランに戻った時に、私は途中だった石鹸作りの続きをメモにして、エミリアさんとアリアちゃんに託していた。 日本で使っていたような物は期待していなかったものの、ここまでしっかり出来上がるとは思ってもいなかった。


「おねーちゃん、これで何するの? 」


「ん? ちょっとおいでアリアちゃん! 」


 私はリンドベルさんに構いもせず、アリアちゃんの手を引いて炊事場へ向かった。 まず自分が試しに手を洗ってみて、完成具合を確かめてみる。 泡立ちはイマイチだが、ちゃんと手の汚れが落ちていってる。


「うん! しっかり石鹸だね 」


「セッケン? 」


「そうだよ。 ほら、アリアちゃんも手を出して 」


 おっかなびっくり差し出したアリアちゃんの手に石鹸を乗せて、包み込んでゴシゴシ両手を揉み合わせてやる。 くすぐったいのか、アリアちゃんは体をくねらせてキャッキャとはしゃいでいた。


「わー! 手がピカピカになった! 」


 水で洗い流した手をまじまじと見てアリアちゃんは目をキラキラさせている。 後から追いかけてきたエミリアさんやレベッカさんの他に、炊事場で仕事をしていた人達もまた、私達を囲んで驚いていた。


「ショウコ様、私も使わせて頂いてよろしいですか? 」


 意外に食いついてきたのはレベッカさんだった。 同じように石鹸で手を洗い、その効果に目を輝かせる。


 周りの反応もすこぶるいいのでちょっとデモでもしてみようかな…… 私は調理用の油を少し分けて貰って手に垂らし、それを石鹸で洗い流してみせた。 と同時に皆から驚きの声が上がる。 なんだか実演販売みたいになってきた。


「エンペツといい、このセッケンといい、ショーコの手は魔法の手だね 」


 ニッコリと笑って私の肩に腕を回してきたエミリアさんに苦笑いする。


 「そんな大層な事じゃないよ。 私の世界の、先人の知恵かな 」


 でも試作品は上手くできた。 これが量産できれば、安価に国民の手にも届ける事ができるかもしれない。 そうすればきっと衛生面で病気も減らしていけると思う。


 そんな私達の様子を陰からリンドベルさんが覗いていたのを私は知らなかった。 


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