104話
翌日、私は朝一でタンドールに寄り、アーティアさんから預かった荷物をキール卿に届ける為にエルンストに飛んだ。 預かった荷物はボストンバッグ一個分の大きさだが、見た目ほど重くない。
「何が入ってるんだろ…… 」
何度もこのくらいの荷物は運んだことあるけど、いつもは無反応なガルーダが珍しくこの荷物にはくちばしを近付けていた。 この荷物、アーティアさん曰くワケ有りの物らしく、キール卿ではなく執事のラルフに渡して欲しいとのこと。 キール卿には絶対に見られてはならないと言う。
「まあラルフさんに渡せばいいだけの話だ…… し…… 」
キール卿屋敷の上空に差し掛かった所で、庭先に出ていたキール卿とおもいっきり目が合った。
ですよねぇ…… そういう時に限って、会いたくない人と妙に縁があるものだ。 怪しまれてもめんどくさいので、素直に庭に着陸することにする。
「おはようございますキール卿 」
「随分と早いお出ましだな。 タンドールで何かあったのか? 」
「何かあったという訳じゃないんですけど…… 」
どうしよう…… 何も話題が出てこない。
「なんだ? 私の顔に何か付いてるのか? 」
「あの…… えーっと…… 」
「…… もどかしい奴だな。 何か私に用があって来たのだろう? ハッキリ言わんか 」
キール卿は胸ポケットから葉巻を取り出して火を点けた。 あれ? キール卿ってパイプじゃなかったっけ?
「あ! こらっ! 」
突然ガルーダが私の後ろから首を伸ばしてきて、その煙の匂いを嗅いでいる。 おもむろに口を開き、キール卿の葉巻を横取りしようとしたのを必死に止めた。
「フハハ…… こやつ、私の葉巻に興味があるのか? 」
キール卿は火の点いた部分をナイフで切り落とし、ガルーダに向かって掲げる。 するとガルーダはくちばしの先で器用に挟み、上を向いて一気に飲み込んでしまった。
「あ…… ごめんなさい…… 」
「良い。 葉巻を嗜むとは中々の通だな。 案外私と気が合うのかもしれぬ。 クックックッ…… 」
キール卿は面白そうに笑う。 葉巻をもう一本ポケットから取り出しガルーダに掲げると、ガルーダはまたそれを食べてしまった。 そんな事を何度か繰り返していると、屋敷の裏口から執事のラルフさんが出てきた。 様子を見に来たのかな?
「旦那様、会合の準備が整いました 」
「今行く。 すまんがショウコ、相手は出来んがゆっくりしていくといい。 神鳥にはブナップルでも用意させよう 」
そう言い残してキール卿は屋敷へと戻っていった。 良かった…… 荷物のこと聞かれなくて。
「おはようございますショウコ様。 お茶の用意が出来てございます、どうぞこちらへ 」
「おはようございます。 ちょうどよかった、これをアーティアさんから預かってきました 」
私はガルーダの後ろに隠していた荷物を目で差す。
「ありがとうございます。 このような計らいをして下さるということは、もう荷物の意味はお聞きになりましたか…… 」
「え? いや、何も。 ただキール卿には内密にしてくれとしか 」
ラルフさんは目を真ん丸にして固まってしまった。 明らかにしまったという表情に、私もどうフォローしていいかわからずお互い沈黙してしまう。
「と、とりあえずこちらへ。 あ、今日は天気もよろしゅうございますから、ここに席を用意させましょう! お待ち下さい 」
そう言ってあたふたと裏口へ戻っていった。
庭の角の大きな木の下に、私一人分の丸テーブルと椅子を置いてティーセットでもてなしてくれた。 一人では寂しいとラルフさんも一緒にと誘い、向かいには苦笑いのラルフさんが落ち着きなく座っている。 もてなしの席に執事が同席するのは初めてらしい。
「いやはや、見事な私の早とちりでした 」
「はは…… いや、そう思っちゃいますよね 」
アーティアさんから預かった荷物の中身は、シエスタの一部の地域に生えているブナップルの木の皮を剥いで乾燥させたものらしい。 それをカバナの樹液に一週間浸し、煮沸殺菌して再び乾燥させ、細かく裁断して葉巻やパイプの原料にするとラルフさんが教えてくれた。 だからガルーダも、大好物のブナップルの匂いに反応したというわけだ。
「わざわざ取り寄せた木の皮を、手間暇かけてタバコにするなんて、さすが領主様ですね 」
ちょっと皮肉ってみたが、それは違うとやんわりとたしなめられてしまった。
「死の鱗粉、というのをご存知ですか? 」
「はい、昔いくつかの町や村を襲った伝染病ですよね 」
ラルフさんはゆっくりと頷いた。 言っていいものか…… と言い淀んでいたが、私の目をじっと見て何かを決めたようだ。
「16年前、エルンストの北西にあるクルーレンという村が、死の鱗粉によって壊滅しました。 旦那様は自ら出陣され、現地の指揮を執られた。 その時にご自身も患われたのかもしれません…… 体調を崩されたことがありました 」
その伝染病はインフルエンザクラスのものだったと、〈イシュタルの空〉には書いてあったのを覚えてる。
「当時エルンストでは、死の鱗粉の治療法が見つかっておりませんでした。 すぐに感染した可能性を危惧された旦那様は、アーティア様を私に託しご自身を隔離されたのです 」
「ち、ちょっと待って! なんでそこでアーティアさんが出てくるの? 」
ラルフさんは再び目を丸くして黙ってしまった。 あ…… そういうことか。
「ま、まぁそういうことです。 ですがシエスタでは試作ながらも、死の鱗粉の特効薬を完成させていました。 アルベルト様のご厚意でその特効薬を分けて頂いたのですが、旦那様は頑なに拒否されまして 」
「あやつの施しなど受けぬ! とか? 」
『左様です』とラルフさんは苦笑いだ。
「一番心を痛めておられたのはアーティア様でした。 アーティア様もまた死の鱗粉に侵されておりましたが、アーティア様はその時にはもうシエスタに移られておりましたので。 なんとか旦那様を治療しようと開発したのが、この葉巻やパイプによって成分を気化させることだったのです 」
「なるほど…… 」
「旦那様はこれが薬だとは気付かれておりません。 幸いだったのが、この葉巻の香りをいたく気に入られたことです 」
そっか、あの微かに甘い香りはブナップルの幹の匂いだったから嗅いだことがあると思ったんだ。 光ちゃんブナップルの木に登ってたし。
「だからアーティアさんって医療に詳しいのかな…… 」
「それはそれは努力されたそうです。 王城の医療士にもなられたくらいですから。 旦那様を救う為と知られたら、さぞかし驚かれるでしょうが 」
「…… キール卿は知らないんですか? 」
「旦那様のお孫ですから 」
アルベルト卿のお屋敷にお邪魔してた頃の彼女の振る舞いを思い出し、ラルフさんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「その時に携わった兵士はもちろん、旦那様も完治はしています。 ですがその後も、アーティア様は欠かさずこの荷物を届けて下さる。 お互い素直になれずとも心は繋がっていると、私は確信しております 」
「キール卿とアーティアさんて、どうして仲悪いんですか? 話している所は見たことないですけど 」
「それは私からは申し上げられません 」
色々な事情があるんだな…… こっちに来たついでに貴族のことも聞こうと思ってたけど、ちょっと慎重にならなきゃならないと改めて思った。 一度帰って、相関図でも作ってみようかな……




