103話
アベルコ卿のお見舞いから帰ってきた夜、私はレーンバードのギルド駐屯地の中に与えてもらった自室で、ファーランド王国の地図を広げた。 テーブルの上にはたっぷりと用意してもらったメモ紙と、トゥーランで貰ってきたアルベルト卿の部下達が作った鉛筆。 それとレベッカさんが淹れてくれたハーブティー。
「まさかこんなことになるとは思いませんでした 」
レベッカさんはメモ張を片手に、私の一語一句を鉛筆で書き留めてくれている。
「だよね。 私も想像してなかった 」
ギルド駐屯地はシリウスと繋がりのある貴族によって守られているが、心細いこともあってレベッカさんは私と同室にしてもらった。 アベルコ卿には全てを疑えと言われたが、私はレベッカさんを微塵も疑ってないので全てを話した。
「うーん…… 頭脳戦って苦手なんだよな 」
横で唸っている光ちゃんは言わずもがな……
「でもこうやってみると、ファーランド王国って狭いわよね。 それだけ人口が少ないって事かしら 」
アリスも同じ境遇だから疑いようがない。
「でもアベルコも酷よね。 全てを疑えだなんて…… まぁ私はずっと一人でネメシスと戦ってきたんだけど 」
ハイハイ、ここで妄想世界はこんがらがるからいらないわよ。
「いえ、道理に適ってると私は思います。 アルベルト様も当初、なぜ宰相がそうしたのかと気にされていました。 それから間もなく王城に立ち入れなくなり、それどころではなくなってしまいましたが 」
「キール卿ってその時はどうだったの? 」
「エルンストの動きは目立つようなものはなかったと記憶しています。 キール卿は以前から静観していた様子が強かったので 」
う…… ん、何から手を付けていいのか迷う。
「レベッカさん、ファーランドって貴族はどのくらいいるの? 」
「いい加減敬称などお止めくださいショウコ様。 ショウコ様は私の主なんですよ? 」
「いや、だって…… 年上だし、守ってくれるし 」
「年齢など関係ありません。 お護りするのは臣下として当たり前です 」
レベッカさんはこういうところが堅くてちょっとゲンナリする。 まぁ騎士として生きてきて、こちらがそういう縦社会だから仕方ないんだけど。 こちらで生きていく以上、私も慣れなきゃならないけど、友達みたいな関係じゃダメなのかなぁ……
「それでなくても、ショウコ様は今やフローラ王女の補佐をするお方。 身分は上なのですよ? 少しお考え…… 」
「わかった、わかったから! 」
ちょっと説教じみたことになってきたので、話を無理矢理打ち切る。 レベッカさんは納得のいかない顔をしながらも、シエスタには権力の大小を含めて6つの貴族がいて、二つの派閥に分かれていると説明してくれた。
「エルンストには5つの有力貴族、マウンベイラは13の有力貴族があります。 他領地の事なので小貴族までは把握していませんが、エルンストに関しては派閥はないと聞いています 」
「関しては? ということはマウンベイラは? 」
「アベルコ卿の不在が長かったので、どんな状況になっているのか把握できないといったところです。 申し訳ありません 」
レベッカさんのせいじゃないと弁解したが、また敬称をと逆にたしなめられてしまった。
「別に弱小貴族は構わなくていいんじゃないの? どこの世界でもコバンザメみたいな連中は、大物のおこぼれで満足するものだから 」
アリスがハーブティーをすすりながら言う。 なに? その色んな世界を見てきたような口ぶりは!
「あの、ショウコ様。 コバンザメとは? 」
そっか、こちらには海がないんだっけ。 説明してあげると、レベッカさんはなるほどと笑っていた。
「一理あります。 実質小貴族は有力貴族の下に仕えることで生き残ってきました。 もし小貴族が黒幕であるならば、それが仕えている有力貴族にも変化が見られるかと 」
そっか。 それにしても、王国に24の貴族…… どこから手を付けるべきか迷う。 やっぱり内情が解ってるシエスタだろうか。
「なあ、貴族だけとは限らないんじゃねぇか? 反国勢力ってのもあるんだろ? 」
そうだった。 絶対王政とはいえ不満を持つ人間は必ずいるし、現に光奴の暴動にも参加してる。 光ちゃんは意外に頭回るのね……
「…… ちょっと頭冷やしてくる…… 」
私は口と鼻の間に挟んでいた鉛筆を置き、レベッカさんの付き添いを断って一人部屋を出た。 向かった先はガルーダがいる庭先。 そこでガルーダは大人しく羽を休めていた。 私が近寄ると、クルクルと喉を鳴らして首をもたげてくる。
「いい子ね、ちょっと側にいていい? 」
喉元をくすぐってあげると、目を閉じて気持ち良さそうにしている。
「今更だけど、どうしてあなたは私を助けてくれるの? 」
もちろん答えはない。 私の感情を読み取り、それに呼応して動いてくれるこの神鳥は、どんな思いで協力してくれているんだろう…… ミナミのリンクを知ってから、もしかしたらミナミが操っているのかと思ったけど、本人は鳥にはリンクできないと笑っていた。
「心が読めるスキルがあればいいのに…… 」
くちばしや胸をサワサワしていると、ガルーダが不意に横を向く。 つられてその方向を向くと、鎧姿の衛兵がこちらに向かって歩いてきていた。 喉を鳴らしていたガルーダの鳴き声が止まる…… 私の緊張を感じ取っているんだろう。
「人の気配がしたので来てみたんですが、やはりショウコ様でしたか 」
「こんばんはハルベールさん。 見廻りご苦労様です 」
この衛兵さん、王城で飛行船のアンカーを隣で一緒に引っ張った衛兵長だ。 皆の無事を喜び、怪我人を率先して王城から運び出していた人でもある。
「側で見ると更に迫力ありますな。 ショウコ様がいなければ、恐ろしくて誰も近寄れません 」
「あ…… はは…… 神鳥ですもんね 」
ハルベールさんはあまり近寄らず、私を挟んでガルーダを見上げていた。
「神鳥ガルーダ…… 見事なものです 」
ガルーダに睨まれ冷や汗を流し、首を傾げればビクッと跳ね上がる。 怖いなら無理して来なけりゃいいのに……
「なぜ、城を落とされたのです…… 」
私とは目線を合わさず、ガルーダを見たままハルベールさんは呟いた。
「………… 」
聞こえるか聞こえないかくらいの声だったが、私への怨みの言葉だったのかもしれない。 一週間前までは敵だった相手に問われて、私は答えることができなかった。
ごめんなさいとは言える筈がない。 仲間を救う為…… 国を守る為、私達も相手も、多くの命を犠牲にした。 王城を落としたのが正しいのか間違っているのかなんてわからない…… 考えるほど息苦しく、私は何も言えずその場から立ち去ることしか出来なかった。




