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イシュタルの大地へ  作者: コーキ
6章 少女の仕事
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102話

 ミナミさんのお見舞いを済ませた私は、次にアベルコ卿の元を訪れていた。


「すまんなショーコ、視力は戻ってきてはいるがまだ文字が霞む。 読み聞かせてはくれんか? 」


「はい。 では、現時点での進捗状況から…… 」


 アベルコ卿は生きているのが不思議といっても過言じゃないほど痩せていて、肌は青白く、体のいたるところに血管が浮き出ていた。 容態もやっと落ち着いてきたが、領主としての仕事などとてもできる状態ではない。 それでも目力は強く、しきりにマウンベイラの状況を知りたがる彼女の熱意に負けて、周りの反対を押しきって報告役を引き受けた。


「以上です。 あの…… 体の方は? 」


 アベルコ卿は右手をシーツから出して目の前でニギニギしてみせる。


「握る感覚は戻ったのだが、体を起こすまでにはまだ至らん。 情けないものだ…… 」


「仕方ないですよ。 ずっと暗い牢屋に閉じ込められてたんですから 」


「……  今思えば、なぜキールやアルベルトに協力を求めなかったのかと後悔している 」


「バルドルに脅迫されていたんですか? 」


 アベルコ卿はゆっくりと目を閉じ、ややしばらくしてから当時の状況を語ってくれた。 


「バルドルは私が邪魔だったらしい。 だが、バルドルとて国を傾けようとしていた訳ではないと知ったのは幽閉される直前だった 」


「え? 」


「ファーランド国王が亡くなられた経緯は知っているのだろう? 」


「はい、バルドルが光奴に噂を流したのが発端ですよね? 」


「ああ、奴隷同然と言われた光の民が暴動を起こしたものだ。 反逆に荷担した者は罰せねばならん。 だが光の民全てが反逆した訳ではない。 バルドルはそれを擁護する為に、光の民を一ヶ所に集めようとしていた 」


 なんか聞いていた話と随分違う。 


「しかし、そんなことをすれば今度は不満を持つ貴族らや民が納得せず国がバランスを失う。 バルドルはそれを危惧し、光の民を人目につかぬ僻地に移住させようとしていた。 そんな時に私が乗り込んできたのだ、私は動きを封じられて当然だったのだ 」


 何も言えなかった。 バルドルは自ら悪役を買って光奴を保護しようとしてたってこと?


「バルドルはファーランド王国への忠誠心が最も厚かった男。 そんな男がファーランド王が慈愛する光の民を奴隷などと言うだろうか? 」


「忠誠が高かったから光奴が憎かった、とか? 」


 アベルコ卿は薄目を開けて私を見た。 なんだか蔑むような、哀れむような…… 悲しい目。


「状況的にやむを得なかったのかもしれんが、自らを光奴(・・)と呼ぶな。 光の民は奴隷ではない 」


「あ…… はい…… 」


 思わず目を逸らしてしまった。 この人、光の民(・・・)のせいでこんな目に遭ったのに、光奴(・・)を恨んでないんだ……


「話を戻そう。 バルドルが個人的に光の民を憎んでいたかは定かではない。 だが、ミナミのようなスキル持ちを側に置くことが貴族のステータスになっていたのは事実。 争いの種であったことは間違いない 」


「それは知っています。 その為に貴族は、こぞって光の民を探していたとか 」

 

「あれほど頭の切れる男が、わざわざ貴族同士の争いに火を付けるような噂を流すだろうか? 王が保護している光の民を、(ないがし)ろにするだろうか? そもそも、噂の出所がバルドルだったというそれが間違っていたとしたら…… ショーコ、お前はどう考える? 」


 間違ってた? え?


「どう思うって言われても…… 」


「デメリットだらけでリスクが高い。 故に奴隷同然などとバルドルが言う筈がないのだ。 恐らくはバルドルを黒幕に見せた巧妙な罠だったのだろう 」


 罠? え? なんかわからなくなってきた。


「私の考えが正しければ、光の民を光奴に変えた黒幕が今もどこかでほくそ笑んでいるだろう。 それをお前に探し出してもらいたい 」


「く、黒幕!? 」


 全く予想だにしない言葉が出てきた。 バルドルが全ての元凶じゃないの!?


「声が大きい。 人払いした意味がない 」


 そう、アベルコ卿は今日は私と二人で話がしたいと、メイドや付き人を部屋から出していたのだった。


「あの…… その黒幕の事は皆にも伝えた方がいいのではないんですか? 」


「お前にしか話せないのだ 」


「…… わ、私だけ? 」


「お前は暴動以降にこちらに来た光の民だ。 間違いなく暴動に無関係で、この国の流れを大きく変えた。 黒幕にとってはイレギュラーな存在そのものだろう。 だから私はお前に頼みたい 」


「国の者全てを疑えって言うんですか? 」


 言葉にはしなかったが、アベルコ卿の目はそうだと言わんばかりに私を真っ直ぐ見据えていた。


「私も同様に疑え。 運良く脱獄できたが、実は黒幕が私で、バルドルが捕らえた重罪人やもしれんのだ。 お前を言葉巧みに操ろうとしてるかもしれないぞ? 」


 これにも言葉を失ってしまった。 考えてみれば、悪知恵のはたらく人ってこういう頭脳戦を武器にする事を私は身近で知ってる。 力はなくても言葉を使って、力あるものを見方に付け、風評を利用して排除する…… 私はそうやって学校でいじめられた。 排除された。


「強要はしない。 だが、ファーランド王国を救って…… 」


「わかりました。 でも貴女は敵じゃない。 黒幕なんかじゃない 」


 アベルコ卿の言葉を遮って吠えてみた。 だって……


「他人などそう簡単に信用するものではないのだぞ? 」


 私は大きく首を振り、真っ直ぐアベルコ卿を見つめる。 だって…… 


「貴女は私を信用して話してくれました。 相手を信じなきゃ自分を信じてもらえない…… 人付き合いの基本ですけど、簡単に出来ることじゃないです 」


 この人の目には迷いがない。 確信はないけど、そう感じる。 『そうか』とアベルコ卿の頬が少し緩んだ。


「ありがとう 」


 そう言って差し出された手を、私は両手で優しく包んだ。

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