100話
「そもそも、ファーランド王城がなぜユシリーン湖の上空に浮遊していたのかは知っているのか? 」
私はキール卿と正対して話を聞く。 貫禄のある彼の顔に加えて、肩肘をついてパイプを吹かす様子に、無意識に背筋が伸びる。
「はい。 ローレシア王国の圧政から逃れる為に、ハンス王が地上から切り離したんですよね? 」
「そうだ。 イシュタル北部の有力貴族と分断し、この南側の貧民達を圧政から解放したのがこのファーランド王国の始まりだと言われている。 お前はそれを元の形に戻してしまったのだ。 どうするつもりだ? 」
『どうするつもりだ』と言われて、『何も考えてませんでした』とは言えなかった。 でもあの状況では、浮翔石を壊すしかなかった。 でなければ私達は全滅していたと思う。
「これは、現ファーランド王国に対する反逆に他ならない。 更に国王代理の宰相バルドルを殺し、王国転覆を謀った罪に問わねばならぬ 」
「そんな! そんなつもりなんか…… 」
『まあ聞け』と、キール卿は再び大量の煙を吐き出した。 余計なお世話かも知れないけど、苦しくないのかな? あの煙……
「民にはそう見えなくもないということだ。 それでなくても、光奴は厄介者として王国が扱ってきたからな。 民の目は自然と、良からぬ方へ向くものだ 」
酷い…… 仲間を救おうとしただけなのに……
「じ、じゃあ私は…… 私と光ちゃんは捕まるか逃げるしかないんですね 」
キール卿はため息をつくように、たっぷりと煙を吐き出す。 ふと、私の肩にミシェルさんの手が置かれた。 見上げると、ミシェルさんは首を振って、『大丈夫』と微笑んだ。
「だから聞けと言っているだろう 」
キール卿は面倒くさそうに顔をしかめる。
「宰相が不在の場合、重大な事象の審議はファーランド王家の者と各領主によって行われることになっている 」
「はい…… 」
「だがファーランド王家は世間的には残っておらん。 マウンベイラ領主は瀕死、シエスタ領主はあろうことか反逆に加担しているときた。 領主二名がこれでは審議など出来ぬし、実質私の判断で全てを決めることになる 」
「ミシ…… フローラ王女がいるじゃないですか 」
「フローラの存在は、まだこのマウンベイラにしか知れておらんだろう? 国全体に知れ渡るには時間がかかる 」
そっか…… 国全体の事なんて、私には考えが及ばない。
拘束されて反逆罪なら、やっぱり死刑になるのだろう。 逃げるにしたって、大怪我をしたミナミを置いて行けるはずもない。 私はキール卿の話を大人しく聞くことしかできなかった。
「お前にフローラの補佐を命じる。 これはエルンストの領主としてではなく国王代理としてだ。 こき使ってやるから覚悟しておけ 」
「…… え? 補佐? 」
補佐って、どういうこと?
「不満か? 」
「いや…… てっきり死刑になるのかと…… 」
「殺すのは簡単だ。 お前達は生きる価値を…… 生きる為に王城を落としたと思っていたが、それは私の勘違いだったか? 」
「…… はい。 生きる為に落としました 」
「別にお前達を助けた訳ではない。 勘違いするなよ? 本当に大変なのはこの状態からの後始末なのだ。 死んだ方がマシと思うことは山ほどあるだろうが、そんなことは私の知ったことではない 」
冷たく突き放すような言い方だが、キール卿は本心で言ってる訳じゃないことがわかる。
「せいぜい足掻け。 もう後には戻れぬ 」
『話は終わりだ』と言わんばかりに、彼は天井を見上げた。 キール卿の吹かしたパイプの煙がこっちまで流れてくる。 少し甘い香水のような匂い…… どこかで嗅いだことがあるような、ないような。
「きっと国民にとっては、また光奴が国を壊したって思ってるんでしょうね…… 」
キール卿は目線を戻し、じっと私を見据えていた。 利用されたとはいえ、4年前の暴動の中心になったのも光奴。 ギルドが白昼で追い回していた背景もあるし、エルンストの騒ぎもローランという光奴だ。
「バルドルが国政の中心でも、国民の生活は安定していたんですよね? トラブルの元はいつも…… 」
「3年前から、バルドルは政権には一切関わっておらん。 誰が民の生活を安定させてきたと思っているのだ? 」
「え? だって、国の中心は王都なんじゃ? 」
「王都はファーランド王直下の者が現状維持をしただけで、その他はほったらかしの状態だった。 民の生活に影響が出ぬよう、少なくともエルンストは私が守ってきた。 シエスタにしてもアルベルト、マウンベイラではシリウスを含む貴族らが主導してきたのだろう 」
…… ほったらかし? じゃあバルドルは、自らの野望の為に王城を牛耳っていた訳じゃないの?
「翔子、バルドルって奴の話をしてるのか? 」
「あ、光ちゃんはバルドルと戦ってるんだっけ 」
「おう。 浮翔石に体を乗っ取られてるってミナミが言ってたな。 確かに目は真っ赤で常時気持ち悪く薄ら笑いだったし、バカみたいな力を持ってたしな 」
それって……
「リンク…… 」
リンクのスキルを持った光奴が浮翔石の中にいたんだ。 光ちゃんの言葉をそのままキール卿に伝えると、キール卿はそういうことかとあごひげを擦っていた。
「でもリンクって光奴にしか…… あ! 」
キール卿はまた煙をたっぷりと吐き出し、私を見据えたまま頷いた。
「バルドルは朱の狂乱に侵されていたかのもしれぬな 」
「バルドルは光奴とのハーフだったということですか? 」
「奴は貴族出身ではないからな。 王の目に止まり、必死に努力して宰相にまで登りつめた男だ。 奴の宰相としての能力は十分で、王亡き後に国の混乱を最小限に抑えられたのは奴の功績とも言える。 王国を豊かにしようという想いは人一倍強く、王への忠誠心も高かった。 そんな奴がある日突然変わってしまったのが朱の狂乱のせいならば、色々と不可解なこともあるが納得できる 」
バルドルもまた被害者…… なんだかよくわからなくなってきた。 不意にミシェルさんがソファ越しに背中から抱き締めてくる。
「そう難しい顔をしないでおくれ。 この世界の事は、ワタシ達が責任を持つべきさね。 補佐と言っても、アンタを矢面に立たせるなんて考えちゃいない。 でもワタシ達だけではどうにもならない…… そんな時に少しだけ力を貸しておくれ 」
フワッと寄り添ってくれるミシェルさんがあたたかい。
「ニホンに帰るのだろう? ワタシも全力でサポートするよ 」
「それなんですけど…… 光ちゃん! 」
私は一時的に日本へ戻った時の事を、横に立っていた光ちゃんに話した。 日本に存在していた全ての痕跡が消えてしまっていたこと、本條さんに聞いたミナミも同じだったこと、そして私の考えた仮説のこと。
「お前はどうしたい? 」
一時も目を逸らさず、頷きながら聞いていた光ちゃんはそう言った。
「私は…… この国を助けたい 」
光ちゃんは瞬きもしないで私を見ていた。 大事な一言…… ちゃんと伝えなきゃ。 私は立ち上がって光ちゃんに向き合う。
「ううん、違う…… ミシェルさんやアルベルト卿やキール卿や、知っている全ての人の力になりたい。 ミナミも責任を取らなきゃって言ってたし、その責任ってきっと、スキルを持っている私達の責任だと思うの 」
「…… うん 」
「日本に未練がないとは言わない。 やり残したこといっぱいあるもん。 でもそれはイシュタルでやることが終わった後で考えればいい 」
フッと光ちゃんが笑顔になった。 あ…… なんだか胸がドキドキする。
「いいんじゃね? ミナミの小説に負けない、濃い内容の物語を作ってやろうぜ。 元々そんな話してただろ? 」
トン、とミシェルさんに肩を押された。 よろけて思わず光ちゃんに抱きついてしまう。 ヤバ…… なんか急に意識しちゃった!
「ば、バカ。 アンタはどうしたいのよ? 帰りたい? 光ちゃんまで私と同じかはわからないんだよ? 」
「俺? 俺は楽しけりゃいいよ。 せっかくのファンタジーな世界なんだ、これもアリだなって思ってる 」
「…… RPG感覚でしょあんた。 リセットなんて出来ないんだからね! 」
ハハハと困った顔で笑う光ちゃん。 なによ、ちょっとカッコいいと思っちゃったじゃない。 ミシェルさんとキール卿を見ると、やれやれという顔で微笑んでいた。




