99話
レーンバードの町は騒然としていた。 賑わうというものではなく、ギルドと貴族や町人が一触即発の状態。 キールの避難誘導で町人の大半がタンドールの町へ移動したが、残った町人がギルドを批判し始めたのだ。 レーンバードは王城墜落の影響で町半分が吹き飛び、かろうじて残った建物も全壊に近く、住めるような状態ではなかった。 そんな状況に加えて、日々ギルドに押さえ付けられていた不満と、アベルコの生存が火種になったのだった。
「ツラいだろうに…… よく堪えてくれている 」
ミシェルはキールの護衛に守られながら、レーンバードの貴族モルドバの邸宅の窓から町の様子を眺めていた。
「それだけマウンベイラの民にとって、王家の存在が大きいということだ 」
ミシェルは先程、シリウスが操る馬に乗って今にもぶつかろうとしていた両者の間に割って入ったのだ。
馬の背からファーランド王家の紋章が入った短剣を高く掲げ、自分はファーランド国第二王女フローラだということを明かした。 王家の血は絶えてしまったと思っていた両者はミシェルを疑ったが、王家の紋章とシリウスの存在が功を奏し、両者の衝突を防いだのだった。
「アンタもタンドールに行った方が良かったんじゃないのかい? 今頃大騒ぎになってるかもしれない 」
「心配するな、向こうにはシリウスとアベルコがいる。 下手に他領主が口を出すより説得力があるからな、我々は手を出すべきではない。 それよりも王都の混乱の方が心配だ 」
「ワタシだって慌てたよ。 まさか王城がなくなってしまうとはねぇ…… 王城を本来の位置に収めるなんて、未だに信じられないよ 」
ケラケラと笑うミシェルに、キールは深いため息を一つ。
「笑い事ではないぞフローラ。 記述では、ローレシアの圧政に耐えかねたハンス・フォン・ファーランドが大陸を分断したのだ。 陸続きになってしまった今、またローレシア公国の侵攻があるやもしれん 」
「そうだねぇ…… だとしても、こちらが敵意剥き出しにするわけにもいかないよ。 あちらの協力があって、この程度の被害で済んだのだから 」
フム、とキールは白いあごひげを擦る。
「飛行船と言ったか…… 船が空を飛ぶなどあり得ぬ。 ショウコはあれを知っていたようだが、だとするとローレシアはニホンという国と同等、もしくはそれ以上の技術を持っているということだ 」
「そうさね、ワタシ達以上の文明を持っているんだろう。 ワタシが思うに、あちらはショーコ達の国の技術を取り入れたんじゃないかねぇ? 光の民を無下にせず、共存の道を選んだと 」
「さあな。 なんにせよ、ローレシアの動きには警戒しておかなければならん。 加えて王城を失った我々はどうするべきか…… やることは山積みだぞ? 」
「わかってるつもりさ。 でもワタシ一人が足掻いたってどうにもならない。 力のある各領主の力が必要なんだよ 」
ミシェルはじっとキールを見つめ、深々と頭を下げた。それはアルベルト、アベルコと協力してほしいという思いが込められたものだった。 フン、とキールはそっぽを向く。
「わかっておる。 まったくあの小娘、余計な事をしてくれおって。 せっかく余生を静かに暮らせると思っておったのに…… ミナミまで連れ戻しおって! 」
悪態をつくキールだったが、その目は穏やかで僅かにだが頬が緩んでいた。 頭を上げたミシェルがその様子を見つめていると、コンコンとドアをノックして翔子が顔を出した。
「ミシェルさん! 」
「ショーコ! 無事戻ってきたんだね、心配したよ! 」
翔子はミシェルの胸に飛び込み、ミシェルは翔子の頭をギュッと抱きしめる。 後に続いて入ってきた光はその様子を優しく見つめていた。
「く、苦しい…… あれ? 」
翔子はミシェルの胸に顔を埋めながら、ミシェルの腰の辺りを触りまくる。
「…… 細い! え? え!? 」
「どうだいショーコ、ちょっとはマシになっただろう? 」
以前は翔子が両手を回しても指先すら届かなかった腰回りが、今は手首まで握れるくらい細くなっていた。
「どうしたんですか!? こんなにやつれちゃって…… 」
「失礼だね、ダイエットしたんだよ。 昔の体型まで戻せはしないだろうけどね 」
「ダイエットって…… 2週間も経ってないのに。 どうやったんですか? 私にも教えて下さい! 」
「何言ってるんだい 」
ミシェルは翔子のお尻を鷲掴みにし、腰を撫で回し、回れ右をさせて胸やお腹を触りまくる。
「や!? ミシェルさん!! あはは…… あ!? ダメ! 」
「アンタこそこんなにやつれてしまって。 ショーコ、アンタはむしろもっと肉付き良くしないとヒカルに嫌われてしまうよ 」
全身を揉み拉かれ悶えている翔子に、光は顔を赤くして凝視していた。
「やぁ…… 見ないでぇ! 」
「そんな貧相な体を揉んでも気持ちよくなかろう? それにしても、お前といいアリスといい…… ガリガリに体を絞るのがニホンのステータスなのか? 」
「違います! 」
ミシェルに骨抜きにされながらも、翔子はキールに向かって必死に否定する。
「あの…… キール卿、ありがとうございました。 まさか自らが出てこられるとは思ってなかったものですから 」
「勘違いするな、別にお前の為に出陣した訳ではない 」
「ホントに素直じゃないね。 ショーコがガルーダで飛び去った時に、『あやつを止めろ! 死なせてはならん!』って慌ててたのは誰だい? 」
「余計な事を言わんで良いフローラ! 」
キールは居心地悪そうに再びそっぽを向く。
「あの…… アリスは? 」
「怪我人の救護に回っているよ。 眠っている力を使えば造作もないのにって苦い顔をしてたけどね、手当て道具抱えてよく動いてくれているよ 」
「アベルコ卿は!? 無事なんですか? 」
「そう急くな。 衰弱が激しく無事とは言えんが、あのじゃじゃ馬のことだ、マウンベイラの民を置いて死ぬことはあるまい。 ついでに言えばミナミも無事だ。 傷は深いが、あの程度で死ぬようなタマではなかろう 」
「良かった…… アベルコ卿もミナミも大丈夫だって 」
翔子はミシェルに抱かれたまま光に説明した。 光もホッとした表情で翔子に頷き返す。
「それで、お前らはこの先どうするつもりだ? 」
唐突にキールに聞かれた翔子は、ポカンと口を開けて黙ってしまった。
「なんだ、先を考えずに城を落としたのかお前は 」
呆れ顔のキールはパイプを咥えて大きなため息を吐く。
「目の前の事が手一杯で…… 」
「まぁそこに座れ。 私が優しく説教をくれてやる 」
ため息と一緒に煙を大量に吐き出すキール卿。 その雰囲気はやはり一領主のもので、翔子はオドオドしながら勧められた椅子に腰を下ろすのだった。




