第9話
葡萄酒が喉を通り過ぎるたびに、私の体温は上がっている気がする。
火照った体を私は冷ますべく、壁際に寄る。
私は勇者の部屋に充満する酒や料理の匂いを逃がすために、窓を開けて夜風を呼び込む。
自分の頬に冷たい風が当たるのが気持ちよくて、外に爛々と輝く月に目を奪われた。
自分の人生のなんと無様で、愚かしいものかと辟易する。
それも夜風に流されて消えてくれれば楽になるのにと思っていると、隣に魔王がグラスを片手にやってきた。
他の者は皆、酔いつぶれたのだろう。
思えば、これは決戦の前の宴だったのかもしれない。
明日が決戦の日なのかと聞けば、勇者は静かに頷いた。
その性急な作戦といい、魔王が何故にここまで協力するのか謎であった。それに対して疑問を先に片付けておかなければならない。
「魔王よ。何故、勇者を手伝おうと思ったのだ?あの時、確かにお前は死ぬはずだったところを勇者に見逃してもらったのだろう。しかし、魂まで売ったわけではあるまい?どうにも腑に落ちない。何故、こんな国滅ぼしを手伝う?」
魔王はグラスを傾けると、今までのおちゃらけた雰囲気を一蹴し、瞳が月夜に照らされ赤く輝く。
「それは………まあ嬢ちゃんは知らんのか。
この国の地下に牢獄があるのを。
そこにうちの同胞もいるんや。
それを解放しないかと勇者に持ち掛けられた。
その情報はもともと俺も掴んでたから、うちの部下にも調べさせてたんや。それでまあ、利害の一致というやつやな。
それに、勇者の奴は初めからその気やったらしくて、もう他国に根回しとったらしいし」
「根回し?」
「おお。あいつは他国で厄介ごとが起こったとき助けとったやろ?嬢ちゃんも村とかダンジョンで起こった問題を解決してきたんやろ?そんなん、あの勇者が無償でやるわけないで。あいつは色んなところに恩を売って歩いとったんや。まず嬢ちゃんがいて、魔王城まで五年もかかるわけないやん?」
「いや、それは知らないが。………そうか。それで条件を飲んだんだな」
私はまたしても勇者の知らない一面を知った。私は未だ、彼がどういう人間か分からないのだ。
「ああ。俺はあいつに手を出さへん。そしてあいつの今後の援助を行う。それを条件に俺もあいつの案に乗ったんや。まぁ、それになんといっても同郷やしな」
「そうか………いや、疑問に思っていたんだ。なるほどな。理解した。」
「まぁ、勇者とそこで倒れとるラングのおかげで他にも情報を掴んだんやけどな。
ラングは学校におるときから放課後は国の裏を調べとったらしい。
この国は本当に終わっとるで。
中は真っ黒や。汚職政治にまみれて、都以外の地方は困窮し、やせ細った大地が広がっとる。
それでも、ロード家やその他高位の貴族、王族が肥えとんのはそういうことやろ。
それに………もう一人、ある人間がおる。そいつが一番やばいな。俺はどちらかといえば国滅ぼしよりも、まず初めにそいつを殺しにこの国にきたんや」
魔王は思い出したように、グラスを揺らして、グラスの中で混ぜられた葡萄酒を口に運んだ。
「看守長か?……すまん私はそのへんに関しては知らないんだ」
「いや、それはしょうがないことなんや。これは徹底して王国側も隠しとることやしな。
牢獄看守長にステイル・ボールっていう男がおる。なんでもそいつが牢獄権限をすべて持っとって、この地下では今も色んな事が起きているはずや。それを俺は止めに来た。それだけや」
魔王は冷めた表情でそれだけ語ると、部屋の奥に戻っていき、姿を消した。
皆、私以外の人間には明日戦うべき理由があるように思う。
私は何の為に個々に来たのか。そんな疑問が生まれて、私はグラスをテーブルに置き。
その時を待つ。
酔いつぶれたラングもゼーラに担がれて部屋から出ていく。それを私と勇者は見守った。
そうして、部屋には私と彼だけが残された。
不敵に笑う勇者の影にある種の恐怖を感じながらも、私は彼にすべてを問わなければならない。
そう、ことのすべてとこれからを。