第四話
勇者が先頭を切って、魔王城最奥の部屋に足を踏み入れると私たちもそれに続いた。
中は我が国の王座の間に造りは似ているものの、いかにもおどろおどろしい雰囲気の巨大な空間が私たちを威圧する。
我が国の王座の間は地に敷かれた赤色の絨毯から、煌びやかな金色の装飾に、国旗を掲げて、豪奢な照明に王の間に来たそれなりの身分の人間と兵士を照らしていた風景を思い出す。
しかし、ここは違う。
私たちが入った途端に、壁と天井にある不気味な龍の銅像の目が光り出す。
また、巨大な黒い龍の銅像が二対、その空間の両端に置かれており、天井から地にかけて蛇の絵が描かれており、この部屋を這う蛇は、皆、部屋の中央に集まると、お互いのしっぽに食らいつき、円を描く。
そして、部屋中央の最奥、そこには三段ほどの段差があり、その段差の上に歪な形の椅子が備え付けてあり、そこにある人物が座っていた。
この空間には初めから私たちとその人物しかいなかった。
この人物が魔王だ。とそう直感した。
彼は二本の立派な巻き角が付いた兜を深々とかぶり、その大柄な体、全身を黒い鎧が覆い、肘あてに身をもたれさせ、堂々と座りながらこちらを睥睨する。
ああ。魔王は強い。
一目見れば分かる。
明らかに今まで対峙してきた魔族とは違う。別格な強さが目に見えて分かる。
合間見えた瞬間、彼のオーラに肌が粟立ち、私は思わず唾を飲んだ。
何を弱気になっている?
今の私たちなら勝てる。この五年の旅で鍛え上げられた私たちはそれほど強くなったのだ。
「く………なんてオーラなの」
フィーネが体を小刻みに震わせており、頬から汗の粒が垂れる。
「本当にとんでもない力を感じます」とマルクスも同意する。
「大丈夫。私たちなら勝てるわ」
私は龍脈の剣を握り締めて、己を鼓舞するためにも乾いた喉を震わせ声を出す。
「え?」
フィーネがこちらに不安そうな顔で振り返る。
「うん。私たちなら勝てるよ。フィーネ。心配しなくても大丈夫」
私の言葉にフィーネも意思が固まったのか力強く足を前に出すと魔王を睨みつける。
「そうだね!やるしかない!」
皆の意思が一つになる。フィーネが杖を構え、マルクスが手を掲げ、私は剣を柄から抜いた。
「いくぞ!!!」
勇者の掛け声とともに、私たちは魔王に突っ込んでいく。最後の戦いが始まったのだ。
魔王との戦いは長期戦になると思っていた。
しかし、戦いは五分もしないうちに終わった。
魔王は私たちの連携の取れた攻撃に、手も足も出せず、最後にこちらに苦し紛れの特大魔法を打ってきたがそれも私の龍脈の剣の前にかき消された。
そして、最後に勇者の一太刀をその身に浴び、魔王は力なくその場に倒れた。
倒れた魔王に対し、勇者は何か話していたが、私の位置からは聞こえなかった。
その後、勇者が勝利の雄叫びを上げると、皆、呼応するように喜びの声を上げた。
やっと長きにわたる魔王討伐の旅が終わったのだ。その安心感から皆、地面に突っ伏した。
私も体のすべての力が抜けて、大の字にその場に倒れた。
勇者は未だ、魔王の亡骸の近くにいた。まるで看取るように彼は魔王の傍らにいたのだ。
その様子を見ながら思う。
彼はなんて優しい男なのだろうと。
倒した魔王に対しても何か思うところがあるのかもしれない。
思えば、今まで倒した魔族に対しても彼は最低限の礼儀を持って、戦っていた。正々堂々、前から戦うのが勇者の戦い方なのだ。
そんなある意味、甘い男であり、それを通すことが出来る力を持った男なのだ。
彼は気が済んだのか魔王の亡骸から立ち上がり、こちらにやってきた。
私もそんな勇者を迎えるように立ち上がって、彼のもとへと向かう。
早くこの旅の終わりの喜びを分かち合いたいのだ。
しかし、その時、急に目の前が一気に白くなった。
そこは縦横、右左の概念もないような、遠近感がないように感じられる一面、白の世界。
巨大な魔王の間があったのに全ては音もなく消え去り、今、私の視界には白い空間と目の前にはある男が立っていた。
その姿は青い肌に、白髪の男。そして、こちらを視認すると、声をかけてきた。
「どうも。魔王です」
確かにその男はそう言った。私は聞き間違いかと思い、もう一度と人差し指を耳に当てて振るった。
「えっとさっきあんたらにやられた魔王です」
彼はまた同じことを答える。
「ふざけるな!!お前が魔王だと?魔王は先ほど私たちが倒したはずだ!!」
私はその男の気の抜けた声と、微笑を讃えているその表情に腹立ち、怒鳴りながら、剣を強く握り魔王に斬りかかる。
「ああ、待て待て。話を聞け!………ってか初めから思っていたが、そんなトイザ〇スで売ってそうな剣でよく俺の最大魔法防げたな」
彼は私の剣を寸でのところで避けて、焦ったように言う。
「は?……さきほどからなにをふざけたことを言って……」
私は狐につままれたような気になりながら、一度冷静になろうと、顔を振るった。
………。そうして改めて奴のにやけ顔に視点を移す。
それは紛れもなく魔王のオーラを身に纏った男であった。
「まさか………本当に魔王だというのか……でも、なぜ生きて」
「いやいや思念体みたいなもんだよ?ほら、君のとこの勇者にやられたわけだし」
「なに?………じゃあそれが何故、私のところに現れる?意味が分からない。」
「そうだよね………まぁ聞きなさいな、お嬢さん。えっと。君、運命を変えてみたくはないかい?」
「なんだと?」
彼は眉間に皺を寄せて睨む私に笑いかけて再度問う。
「運命を変えてみたくないかい?このままでは、勇者はあの国の皇女と結婚するんやろ?いいのんかいな?それで?」
「………だからなんなんだ?それに、私は悪魔の指図は受けない!!」
彼はため息をつくと、その場に座り込むと、どこからかパイプを取り出して深く吸った。
「………ふぅ、なるほど。でもなぁ。君もまたなんであの勇者なんて好きになったん?」
この男は私をからかっているのか、急に力を抜いて軽い口調で話し出す。
「そもそも、その私が勇者を好きだという前提はなんなんだ?」
「いや、あんだけ好き好きって目で語ってたら第三者のこのおじさんにも分かるで。」
「はぁ。」私は彼のペースに乗せられているのか、何故か相槌を打ってしまう。
「いやな。これは素朴なおっちゃんの疑問やねんけども、あの勇者いいか?」
「いや、いいだろ?あんな愚直に正義を信じ、誰にでも優しい男もそうはいまい」
「正義?あの男が?………なるほどなぁ。君、さては男を見る目がないな?」
「は?………なんだ?無礼だぞ!」
「うん。あんな目をして、あんな笑い方する男のどこが優しいねん?あいつ、俺殺すときも………まぁいいわ。とりあえず、運命を変えたいなら、国に帰った後の祝賀会の後に勇者の部屋のドアを三回ノックしいや。話は以上や。ほなまた」
「な!?………待て!!」
その瞬間、私は目が覚めると、傍らにはフィーネとマルクスが心配そうに私の顔を覗いており、勇者は私を抱きかかえていた。
勇者は心配そうに、私の手を握っていた。
私は恥ずかしくなってすぐに飛び起きる。
「大丈夫ですか?」
勇者は本当に心配したようにこちらに問う。
私は笑って、「大丈夫。大丈夫」と軽く返事をし、立ち上がった。
そうして、魔王城を後にした。
しかし、私の中には未だあの魔王の言葉がずっと残っており、国に近づくにつれて不安が増してきた。
本当にこのまま勇者に何も言わずに終わっていいのかと自問自答を繰り返す日々が続いた。