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弱気な剣聖と強気な勇者  作者: 中町 プー
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第2話

私、シエラ・ロードはこの生活に辟易していた。


娼婦の娘だと罵られようとも私の信念は揺るがない。


私の矜持に傷はつかない。


母の何を知ってそのような言葉を吐くのかと私の怒りは買えど、私を傷つかせる材料にはなりえないのに、この目の前の子供たちは私を見ると決まってその台詞を口にする。


「ああ、娼婦の娘だ。」


「ああ。あいつが剣聖の忘れ形見か。母親に似て赤い髪だ。忌々しい。」


彼らのいう剣聖とは私の父のことである。


剣聖が娼婦との遊びでできた子供が私というふうに世間では認知されている。


しかし、それは違う。


母は私を育てるために、踊り子として身を粉にして働き、その末、怪我をして働けなくなった母を援助してくれるという剣聖の話にのり、この国で私たち親子は生活を維持できていたのだ。


剣聖は私の実父ではない。


しかし、剣聖の死後、彼の遺言には私は彼の子だと記されていたそうだ。


剣聖の子供は皆、早死にしており、後継ぎがいない。


そこで私に白羽の矢が立った次第である。


剣聖が亡くなると同時にその者たちはすぐに私と母のもとを訪れた。


彼らは剣聖が死んだためもう援助は打ち切ると言ってきた。嫌ならば、その娘をよこせと。


私はそこで、母のためにこの身を剣聖の一族に差し出せば、すべては丸く収まると思い、承諾した。


母はずっと反対していたが、私は、私がこの大人たちのもとで剣を振り回してさえいれば、母も私も生きていくことができると信じていたのだ。








その大人たちが前剣聖の親族たちであることは分かっていた。

また、その職務を支える軍関係者たちがいたことも。

剣聖の血族と我が国であるラドニア国は密接につながっていた。ラドニアの懐から剣聖の一族に金が入っていることは自明の理である。

そのため自分たちの私腹を肥やすためには娼婦の娘を利用することもしょうがないことだったようだ。


また本家と分家の問題もある。


前剣聖グラン・ロードの一族。つまり、ロード家の問題は根深いものである。


本家はたとえ娼婦の子でも、剣聖の実子が後を継ぐことを望んでいるようであるが、分家は剣聖の弟の子。つまり私からすれば世間でいうところの従兄にあたるラングを剣聖にしたいようだ。

意向の違いに溝の深まるお家騒動の中心に私とラングがいるわけである。


私とラングのどちらかが、剣聖となるわけだが、今のところ私の方がすべてにおいてラングを上回っていた。


私とラングは貴族が通う下士官学校に通っていた。


学問、剣術、弓術、馬術、その他すべてにおいて私の成績はラングより上であった。


これに腹を立てた分家は私への嫌がらせをしてきたのが事の始まりだった。


私が国の運営するラドニア下士官学校に入部したとき、彼らの罵詈雑言を受けた。


私は徐々に学校での居場所をなくしていったが、しかしただ甘んじて彼らの侮辱を受けていたわけではない。


どれだけ悪口を言われようと、根も葉もない噂を立てられようと無視して、学問、剣術に力を入れた。


それはそうだ。学校において友達などできないのだ。


誰も娼婦の娘とは仲良くしたくはないだろう。


そんなことは入学する前から覚悟していたことだった。


高等部の頃だったか、いつも私に対して取り巻き達と一緒に悪口ばかりを並べているラングが珍しく私に一人で話しかけてきたことがあった。


「おい!シエラ!お前、俺のメイドになったら、今までのことを許してやってもいいぞ。」


「私が貴様になんの許しを得なければならないのかわからないが…………何の用だ?」


「なんだ!?お前、だれに口をきいているのか分かっているのか?俺はラング・ロードだぞ。剣聖の一族ロード家の人間だ。お前とは違う。」


「はあ。貴様は分家の者だろう。私はこれでも本家の人間なんだが。」


正直、本家や分家のお家騒動など知らないのだ。


私は自分が本家の人間だという自覚もない。だが、使えるものは使わせてもらおう。


なにより、いつも突っかかってくる彼の傲慢な鼻っ柱を折ってやるのも一興である。


「なんだと…………。お前言ってはならないことを…………。まあ、いいさ。お前が俺のメイドになれば娼婦の母親の面倒も俺の父様が見てくださるそうだ。よかったな。お前も見た目だけはいいからな。可愛がってやるぞ?」


彼の下劣な手が私の肩に触れるよりも早く、私はその手を叩き落した。


「断わる。私はお前のような人間が嫌いだ。いつも学問、剣術をサボり、町に出ては女と遊ぶ。そんな貴様が嫌いなんだ。後、次に母を娼婦と言えば、お前の舌を切り落とす。」


「くそが!後で後悔しても知らんぞ!」


彼は捨て台詞と共に去っていった。


彼は私に手を出してくることはないだろう。


憶測の話ではなく、彼は私に勝てないことを自分で分かっているのだ。


つまりは、私に怯えている。


思えば、彼は私が入学して卒業するまで私に怯えていた。


別に特段何かをした覚えはないが。


彼らが女遊びなどに時間を費やしている時間、私はひたすら勉学、剣術に勤しんだ。


他の貴族の子供とは違い私は母との生活が懸かっていたからだ。


私は他の子と違うという意識がこの頃から芽生えていたのだろう。








こうして、私の学生時代は幕を閉じた。


下士官学校を卒業する頃には、私は15歳になっており、母は持病の悪化により、その生涯に幕を閉じた。


母の死に目にロード家は一切立ち寄らず、私は母の亡骸をそのまま家の庭に埋めた。


本来ならば神官を呼び、葬儀でもあげるのだろうがロード家から私たちへの援助はその日の食費で消えるような微々たるものであったため葬儀費用など出せない。


私は涙ながらに母を埋葬したのだ。


それは母の死に対する悲しさ。


または、非力な自分への悔しさからか。


私はこの時、ロード家との関係を切ってもいいと感じていたが、しかし、今の自分に真っ当な仕事をして生計を立てていくことなど不可能だとも考えていた。


ならば、関係を断ち、下士官学校の他の生徒のように軍に入隊することも考えたが、どちらにしろロード家と国軍は密接な関係にあるため、今、ロード家との縁を断てばどこかで障害になってしまうだろう。


そういった小狡賢い算段を立てて、生きていくより道はなかった。


そう。私はそのまま剣聖になるしかなかった。


それは、今考えると本家の人間の言葉による洗脳だったのかもしれない。


お前は剣聖になるのだ。


お前は約束を守らなければならない。


という言葉を朝から晩まで聞かされれば、冷静な判断など出来まい。


私は下士官学校を卒業すると同時に、二代目剣聖の名を継いだ。








剣聖になる決め手となったのは、ラングとの一騎打ちに勝ったこともそうだが、私の剣技と前剣聖であるグラン・ロードの剣技が酷似していたことも要因の一つだ。


私の師範はグランの従兄であるミルバである。ランドの師範も同じくミルバであった。


しかし、剣技は真似しようと思い出来るものではない。そこには、やはり才能も必要になってくる。


幸か不幸か私には才能があり、ラングにはなかった。


私が剣聖となった時、いわゆる剣聖の儀を行った時だ。


ラングの父であるゼーラを初めて見た。


彼は剣聖の弟というには、顔は丸く、目は据わっており、口は異様に厚く、顎や腹に贅肉を蓄えていた。

剣聖とは程遠い彼の姿に、本家の人間はなにやら悪口を嘯いていたのを覚えている。


その男が私を見る目はラングが私を見る目と似ており、私はそれ以来彼に嫌悪感を抱いていた。








剣聖の儀の末、私はロード家に伝わる家宝の剣を継承する。


その剣は、別名龍脈の剣と呼ばれ、その剣は遠くにいる敵も一刀両断できる業物であるという。


私はその剣を振るったが、何も起こらなかった。


おかしい。


この剣は振れば、その者に人智を超えた力を授けるという業物だが、私が持つ剣は斬撃が飛んでいくこともなければ、剣先が光ることもなかった。


それは、剣聖になり初めて国のパレードに出る一週間前のことであった。


パレードでは剣聖による、剣技のお披露目もあり、私は相当焦っていた。


その頃、最悪のタイミングでゼーラやラングからまた誘いがあったが、私は断り続けた。


それは、剣聖をラングに継ぎ、私たちの家に来いというものであった。まるで、私の剣が何も起こらないことを知っているかのようである。


このまま、パレードに行けば、次の剣聖は聖剣も操れぬ小娘だと思われ、資格をはく奪されかねない。


確かに剣聖という名をはく奪された無知な女の行き着く先はたかが知れている。それならば、彼らのいう好意に甘んじた方が良いのかもしれない。


しかし、それは私の想定する最悪の事態である。


誰が、あのような人間たちの処に行くのか。


あんな醜悪な人間の処に行くなど死んでもごめんである。


また、行けば自分がどういう扱いを受けるかも知っていた。


そして、私は剣聖として生活が安定すればロード家とは今後一切の関係を切るつもりでいたのだ。


私は一日中剣を振り続けた。来る日も来る日も剣を振り続けた。


それは、意味のないことかもしれない。


しかし、ここでこの剣の効力を引き出せない剣士だということが知れれば、私は今後、生きてはいけないだろう。


私は藁にも縋る思いで剣を振り続けた、その甲斐あってかパレードでは剣から斬撃を飛ばす技を披露し、事なきを得た。


何故、剣から斬撃が出たか分からないが、出ろ!出ろ!と念じ続け、剣を振り続ければ、剣は私に呼応するように赤く光り、その斬撃は岩をも切り裂いた。


パレードの時のゼーラ親子の驚愕した顔は今でも忘れない。


彼らがその後、私に何かを言ってくることはなかった。


その1年後、ちょうど剣聖の仕事が安定してきた頃、王に呼ばれて、ある少年を紹介される。


それが勇者ヨシムラであった。



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