挿話③
その後、魔王は特にここから動く必要性もないのか、座りながら「ここ寒ない?嬢ちゃん火の玉出してーや」と軽い口調で頼むので、私は手のひらに火の玉を出し、二人して暖を取る。
彼は「あったけー」と手を前に出し私の傍に寄る。
その至近距離にいる魔王の顔を見ながら、私は何故だか彼に興味を持っている自分を自覚する。
この短時間で彼と会話をしてきたが、彼は私の想像していた魔王とは違い穏やかで部下に対しても冷静に指示を出し、私に対しても上から目線なのは確かだが、そこに王のような傲慢さはなかった。
彼の語り掛けるような話し方は姉に似ており、ふと郷愁が胸をついた。
それは包み込むような優しさだったなと私は泣きそうになる。
「どないしたんや?」と魔王が心配そうに私の顔を覗き込む。
私の無関心の世界はいともたやすくこの魔王に破られた。私の小さな終わりを迎えた世界。
私にあった絶望的な死へと直面するような思いを彼はどのように乗り越えたのだろう?
彼のその堅固な魔王という皮の中にはどのような彼がいるのだろう?
孤独に震えて、死にたくなった一人の人間だろうか?
私は彼を知りたくなったのだ。
私の中にふと降り立った疑問に私は突き動かされた。それは今まで、何もない日常だったのに急に非日常に陥ったことで動揺していたからなのか。
自分でも驚くような行動に出ていた。
それは今まで閉じこもっていた小さな世界の表面を撫でるように、私は彼の頬を撫でた。
その時の彼のなんとも言えぬ表情が今でも思い返される。
彼は真っ赤になった顔でお茶らけて「なんや!?急に!?」と焦って立ち上がったので、私は彼に「もっと貴方のことが知りたいです。魔王ではなく貴方を」と言った。
彼は「えっと………なんて言ったらいいやろうか」と後頭部を掻きながら、やはり焦ったように先程より頬を赤くした。
その様子が何故か可愛く思えて、私はもう彼に付いて行く意思を固めていたのかもしれない。
全てに諦めて、最後にただ魔王の手に縋りついたのではない。
私にも、もう少し生きる価値があるとこの人が言うならば何か生きる意味を模索すべきだ。
そう思った。
その手助けを彼がすると言うのならお言葉に甘えよう。
私は彼に付いて行こう。
姉への感謝を心に持って、いつか恩を返す為。
孤独を持ち合わせた魔王の為に。
今、私は生きる道を模索し始めたのだ。




