挿話①
私はラドニア国の第三皇女として生を受けた。
上に二人の姉を持ち、王である父と王城にて暮らしていた。姉といっても血のつながりはない。
母のことは、その姿を見たことも声を聞いたこともなかった。
私が齢18になるころに、母は政略結婚の末に私を産み落としていたことが分かった。
父は母を愛してはおらず、母もまたしかり。
母は病に倒れて死んだと聞かされていたが、定かではない。
噂では父によって邪魔者扱いされ、その末に始末されたとか。
しかし、私はそれに対しても何の感慨も抱かない。
初めから知らない人間のことをどうこう聞かされても、何も感じないはずだからだ。しかし、その話を聞いて以降、私は言葉を失った。
私に存在価値はない。それを遠回しに聞かされたようなものだ。人として扱われないものに言葉は不要なのだ。
前妻の女性が死んだことで王は変わられたと誰かが言っていた。今の横暴かつ強欲な王を見ていると、それも嘘か誠か分からない。
上の二人の姉は父が愛した前妻の子であり、随分と可愛がられていたが、私は無口で無愛想なこともあり、その輪の中におらず、皆に煙たがられていたのだろう。
政治的利用価値を失った三女など使い道もないので、城で厄介者扱いされても仕方がないのだ。
どこかに売られないだけまだマシというものである。
私に話しかける人間はほとんどいなかった。
第二皇女以外は。
彼女は幼い私に寄り添い、道徳観、国政、魔法など様々なことを教えてくれた。
そのおかげか何も知らぬ私も見聞を広め、ついには魔法も少しだが取得した。姉は私が魔法を使うと、才能があるともてはやしたが、それも私にとっては使い道もなく、披露する場もないので不要なものだった。
しかしながら、彼女との会話以外に私はやることもないので、彼女が喜ぶならばと私は魔法を練習した。
そんな毎日が一生続くと思っていた。
しかし、彼女もまた王の駒として他国に嫁いでいった。
私は知っていた。
彼女が執事の男に恋をしていたことを。
第一皇女がそれを王に伝え、王の逆鱗に触れた彼女が他国に嫁がされたことを。
しかし、私は何も言えなかった。その結婚について肯定も否定の意思も表に出さず、ただ黙って見ていた。
私には言葉がないのだ。
私には存在価値がないのだから。
第一皇女である彼女は王のお気に入りだった。
魔法学校を首席で卒業し、その魔法の才能は国一とされ、王の側近となった。
また彼女の美貌も相まって、一部ではあれは実の娘ながら王を誑かしていると噂が立ったが、それを口にした人間は三日も経たぬうちに姿を消した。
第二皇女が他国に出て行った後は、今まで彼女が諌めてくれていたからなのか、第一皇女は目に見えて私に対する扱いが酷くなったが、私は何も言わず、彼女のいじめを耐えぬいた。
私は城にほぼ幽閉されているような状態であったが、ある日、使い道のない私に王はある提案をする。
こんな使い道のない私にも、ようやく必要とされる事案が発生したのだ。
そう。
五年前に召喚された勇者だ。
この勇者召喚も、他国への脅威としての駒を召喚したに過ぎない。
しかし、他国の情勢が落ち着いてきたことで、勇者の存在が邪魔になったのだ。そこで魔王討伐隊にあてがい、勇者を排除しようと目論んだ。
勝手に召喚し、邪魔になったからといって追い出すのもどうかと思ったが、私はただその情報を他人事のように聞き流した。
しかし、勇者が魔王を討伐して無事帰ってくるという。
これでは、何か褒美を与えてやらねば王の体裁が悪くなる。
そこで私に白羽の矢が立った。
城で邪魔な勇者と厄介者の私を結ばせて、果ては勇者を東部の辺境の地に飛ばし、そこの防衛にでも加えればすべてが上手くいくという考えだ。
私に選択肢はないので、私は王の命に従い、着たこともないドレスを身に纏って祝賀会に参加した。
その時、勇者を見て、この人は危ないとそう感じた。
今まで、危ない人間は幾度となく見てきた。王の失脚を考え、城に潜入した逆賊や、金目当ての盗賊だ。
勇者はそういった人間と同じ顔をしていた。彼の目には、そういった反旗を翻す思想が色濃く映っていた。
それが私の思い過ごしても、本当に彼がそう企てていようとも私は何も言わない。
私には言葉がないのだ。
いや、違う。嘘だ。
結局、話しても無駄であるため、私はこの城で言葉を発しないだけだ。すべての思考を放棄し、ただ時のまにまに流され生きていくのだ。それだけですべてが楽になる。
誰々の計略だの、政略結婚だのすべてどうでもいい。
私には生きる道も、物事を考える思考すら無意味だ。
ただ生きて、いつか死ぬときまで言葉を発さず、最後の最後に何か愚痴でも吐いてやろう。
「くそくらえ」
と。
私の眼前に映るは、死んだと聞かさせれていたはずの魔王。
王に牢獄を攻めてきた人間の排除を命令されたが、こんな邪気を纏った強者に私が出来ることなどたかが知れている。
私はまぁここらで私の人生も終わりだなと諦観の籠った眼で彼を見て、彼に魔法を行使する。
魔王がこちらに突っ込んでくるのを感じ、とりあえず火の玉でもぶつけてみるがびくともしない。
当たり前である。彼と私では強さのレベルが目に見えて違うのだ。
彼が握る黒い剣で斬り殺されるのだろうと身震いをしながらも、出来るならば一瞬で殺してくれないかなと念じてみる。
どうせ殺されるなら、痛みを伴わない死の方が良い。
もう、彼の顔はすぐそこにある。凶悪な顔に、肌が粟立つほどの邪悪なオーラを纏った男が立っている。
そうして私はすべてを悟り、静かに目を閉じた。




