第1話
この門を開ければすべてが終わる。
この門の奥には魔王がいて、私たちは魔王を倒すために五年もの歳月、魔族と戦ってきた。それもこれもこの門の先に行けばすべてが終わる。
私は剣聖として認められた時に継承した家宝の剣を握り締め、パーティーの様子をうかがう。
魔法使いのフィーネ、僧侶のマルクス、そして勇者カズヨシ。
私たちのパーティーが結成されて五年もの月日が経っていたなんて今でも信じられない。
それほど、この旅は苛烈を極めた。
村を救い、国を守り、魔族のダンジョンを看破し、今この魔王城最深部の魔王がいる部屋の前にいる。
今まで、色々な出来事があった。
この旅を何度諦めようと思ったことか。
ただ、お気楽に旅し、魔王の前に来たわけではない。
国の情勢は悪化している現状で私たち魔王討伐師団に出せる金額は微々たるものだった。
その豊富とは言えない資金から、食料の調達が困難な旅路は厳しく、また魔王城に近づくにつれて魔王軍も強くなってくる。
そのたび、怪我をしようと、体調を崩そうが、国からの支援ははじめの微々たる金銭のみであった。
現状の報告は魔法使いの使い魔が逐一報告していたにも関わらず。
そんな、旅路の果てにようやく魔王城の前にたどり着いた。
しかし、誰しも不安な顔は一切していない。
皆、この旅で得た自分たちの力を信じ、また魔王に負けることは許されないと理解していた。
私だけが不安な顔をしていた。
それは、魔王を倒した後の未来を考えたからである。
今まで、魔王を倒すことこそが生きる意味だと考えてきた。
魔王を倒し役目を果たした後のことは全く考えていなかった。
しかし土壇場にきてカズヨシの決心した顔を横目で捉えたとき、心の芯がぶれた。
彼はこのパーティーで最強の人間である。
その剣で一体何人の人間を救ってきたかわからない。
彼は異世界の住人でありながら、この世界の住人を命がけで守ってきた。
彼は魔王を倒したあかつきには、かの国の王より地位と名誉を授かり、第一皇女との結婚が待っているだろう。
私はかの国の軍に幹部として迎えられるか、祖国に戻り家を継ぐかのどちらかである。
この戦いが終われば、このパーティーは解散し、それぞれの人生が始まるだろう。
フィーネは魔法学校の教師になり、マルクスはかの国の教会の神父としての生活に戻るだろう。
私は人生に迷う。
彼らはすんなりと現実を受け入れ、敷かれたレールの赴くままに生きるだろう。
私だけが、この門の前でたじろいでいる。
私だけが未来を不安に思う。
違う。
未来を変えたいと願っている。
もう決まってしまった未来を。
彼はかの国の王女と結婚するのだ。
パーティーの皆はそれを嬉々として受け入れるだろう。私を除いて。
彼と離れる未来を考えると泣きそうになる。
物心がつく頃には、剣聖になる修行が始まっていた。そのときも、泣きそうになることなどなかった。家を、いや母を想えば乗り越えられた。
しかし今、情緒は乱れ、彼を見ると涙が体を圧迫する。
こんなに近くにいるのに。
彼に触れることなどなかった。
彼に話しけることも少なかった。
私も彼もパーティーの職務を全うするのに必死だったのだ。
いつからだろう。
彼を目で追うようになったのは。
いつからだろう。
この馬鹿な感情に憑りつかれたのは。
皆がその信念のもと、魔族と戦っているのに私は馬鹿な感情に動かされていることに後ろめたさを感じる。
私が門の前で立ち止まったことで、カズヨシは私の方を振り向いた。
「どうしました?大丈夫?魔王と戦うのはやっぱり剣聖の君でも緊張しますよね?でも大丈夫です。俺は勇者です。信じて付いてきてください。」
何度も聞いた言葉だ。
仲間の心が折れそうなときにはいつもこの言葉を言う。
では、彼は折れそうなとき何を心のよりどころとして旅してきたのだろう。
私は彼に何か出来たのだろうか。
「うん。大丈夫。さあ、行こう。この旅の終わりに。」
彼はいつも私たちを引っ張って行ってくれる。
彼はいつも私たちに優しく接する。どれだけ自分が辛くても。
私は唾棄すべき感情に揺れ動かされている。
剣聖でありながら、不埒な感情に惑わされ己の職務を忘れて不安に思う。
そう、不安の原因は明確だ。
私はこの感情の名前を知っている。
私は勇者に恋をしていた。