守護竜と少女のバレンタイン ~チートスキルでものづくり~
このお話は「守護竜と憎しみの少女」https://ncode.syosetu.com/n0439fc/ のパラレルストーリーとなります。
本編の時系列とは全く一致しません。
「ほら、パラ。チョコレートよ」
そう言って彼女は僕の頬にチョコレートを塗りたくる。
一体なぜこんな事になっているのか。
話はこの少女、ステラが僕の元にやってきたところから始まる。
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「ねえパラ、チョコレートあげる」
背中に背負った大きな荷物を地面に置いて、唐突にこう言った彼女の名前はステラ。
亡き兄に代わって家督を継いだ由緒正しい貴族のお嬢様だ。
「ぐぉぉぉおぅ」
あ、これは僕の声ね。声と言うか鳴き声。
僕はパラ=ワルト。訳あって神殿の守護竜をやってます。
ドラゴンなのでもちろんその口から人語が発音できるわけでもなく、うっかりと咆哮してしまったというわけです。
「あら、喜んでくれるのねパラ」
ニコニコしながら僕の鳴き声を聞いているステラ。
案外伝わるもんだな。
僕とステラが出会ってから結構な時間が経ったからね。
兄の仇であるらしい僕はステラに命を狙われていたんだ。
力の差を見せつけて、追い返しても追い返してもしつこく彼女はこの大森林にやってきて、僕の命を狙った。
僕は僕で新米守護竜だったので、力の加減ができず、彼女を殺してしまいそうになった。
その際にいろいろあって、彼女と解りあって、ハッピーエンド。
大分省略したけど、僕と彼女の関係はこんな感じです。
僕がこの神殿から離れられないのを知った彼女は、それから事あるごとに僕のところに訪れては相手をしてくれる。
『アリガトウ ステラ デモドウシテマタ』
これはスキル念話。
相手に思いを直接投げかけるスキルだ。
僕はいつもステラとこのスキルで会話している。
今回の話はシリアス回でもないし、僕の一人称で展開するから、皆さんには普通の会話として聞こえるようにしておきますね。
「あら、今日はバレンタインデーよ。それ以上に理由が必要?」
ああそうか、もうそんな時期か。
守護竜になってから食べる必要もない寝る必要もない、神殿から離れられないという制約で、すっかり時間の感覚がおかしい。
大きな荷をごそごそしたステラは、何やら茶色の塊を取り出した。
んー? チョコレート?
「ほらパラ、もっと首を下げて。そんなところじゃ食べられないでしょ。ほらほら」
確かにその通り。
僕が竜でステラが女の子で、そのスケール感ではステラがジャンプしても口まで届かない。
言う通りに首を下げてステラに顔を寄せる。
「いい子ねパラ。じっとしていましょうね」
ん? じっとしてるってどういうこと?
「ほら、パラ。チョコレートよ」
そう言って彼女は僕の頬にチョコレートを塗りたくる。
これが冒頭までのあらすじだ。
「あの、ステラ? チョコレートはいいんだけど、なんでチョコレートを僕に塗り付けてるの?」
「いいところに気づいたわね。それはね、等身大パラチョコレートを作ろうと思って」
「えっと……」
何が言いたいのかさっぱりわからない。
「大丈夫よ、チョコレートはたっぷり持って来たわ。安心して」
「その、チョコレートの心配はしてなくてね、僕にチョコレートくれるんじゃ……」
「そうよ。これがパラにあげるチョコレート。
そしてそのチョコレートで等身大パラチョコレートを作って私が食べるの。
知らないのパラ。ご褒美チョコっていうのよ。
最近のバレンタインは頑張っている自分にチョコレートを贈るのがトレンドなの」
へぇ、最近はそうなんだ。
思えば家族以外からのチョコレートとか初めてだし。
「私もね頑張ってるのよ。
パラがどうしても家に帰りなさいって言うから、仕方なく帰って家の切り盛りしてるけどね。
なかなか大変でね。家族はいないでしょ、いても気持ち悪い伯父さんだけでしょ。
それに私を道具としてしか見てない使用人達。いやになっちゃう」
愚痴をこぼしながらステラは僕にチョコレートを塗りたくっていく。
「ちょっと待ってステラ。
ご褒美チョコが何かも分かったし、どうしてご褒美チョコが欲しいのかもわかったよ。
でも僕にチョコレートを塗りたくって等身大チョコレートを作らなくても、ドラゴンの形の巨大なチョコレートじゃだめなの?」
「パラってにぶちんね。乙女心を分かってないわ。
いいわ、説明してあげる。
私はパラが大好きだから、パラとずっと一緒にいたいわけ。
一緒にいたいのはパラであって、他のドラゴンじゃだめなの。
つまりは、ドラゴン形の巨大なチョコレートはパラじゃないのよ。
だから精巧なパラチョコレートを作るために、本物をチョコレートでコーティングしようという素敵なアイデアなのよ」
「えっと、でも、中身は僕だよね。
そのまま屋敷に僕を持って帰ることはできないよ?」
「でももへったくれもないの!
ほしい、ほしいの、ほしいったらほしいー!!」
駄々をこね始めるステラ。
お屋敷の生活はうかがい知ることはできないけど、相当うっぷんが溜まっているようだ。
なんとかいい方法は無いだろうか。
そうだ!
「わかったステラ。なんとかしよう」
「えっ、本当! パラ大好き!」
目を輝かせて僕を見上げるステラ。
こうなったら絶対にステラに喜んでもらおう。
「それでねステラ。いい方法を思いついたんだ」
「いい方法?」
「そう。僕にチョコレートを塗っても持って帰れないけど、僕の型を取って、それでチョコレートの像を作るんだよ」
「型を取る? やっぱりチョコレートを塗るのね」
「違う違う。僕に任せて。じゃあやってみるから見ててね。
ちょっと時間かかるかもしれないけど」
そういうと僕は頭の中に浮かんだ計画を実行に移す。
「まずは型を取るための素材を集めます」
そんなものがどこにあるのかとお思いでしょうが、これを使うのです。
僕は意識を集中し、その力を森の向こう側へ放った。
スキル『テレキネシス:Lv10』だ。
僕の放ったスキルの力が、森の向こう側の地面をごそっと丸ごと持ち上げた。
そこから草木や石などの不純物を取り払うと、自分の近くへと運んできた。
「パラ、これは泥、よね?」
「そうだよ、これを素材に型を作るんだ。
今からちょっと大掛かりな作業をするから離れて見ておいてね」
僕はスキル『大地操作:Lv10』で少し離れたところに地面を盛り上げた山を作り、そこにステラを運んだ。そこからなら離れていても良く見えるだろう。
「じゃあ次の工程に移るね。まずは泥を満たす空間を作ります」
スキル『魔法結界:Lv10』で空中に正方形の結界を作り出す。
結界の大きさは約20メートル四方。全長15mの僕の体が全部入ってもまだ余るくらいの大きな空間。
「次に型の元となるものを配置します」
型の元とは僕の事だ。
僕はスキル『空中浮遊:Lv10』を使う。
ゆっくりと僕の巨体が持ち上がり空へと昇っていく。
僕はドラゴンだけど翼は無い。
なぜ翼が無いのかというと、神殿の守護竜なので飛ぶ必要は無いから、と言うのが僕の推論だ。
ゆっくりと先ほど作成した結界内に侵入し、その中心部まで僕の体が来たところで、チョコレートの完成形のポーズを決める。
と思ったけど、恥ずかしいのでポーズは無し。自然体にしておこう。
そこでスキル『空間固定:Lv10』を使って僕の体を結界の中心に固定する。
動いたら型が崩れてしまうからね。
試しに体を動かしてみるが、もちろん微動だにしない。
ちなみに体が動かないだけで、スキルは使えます。
「次に、型の素材の泥を結界内に満たします」
もちろん空間固定によって口も開かないですが、お忘れかもしれませんが今しゃべってるように聞こえるのは念話を皆様に伝えやすいようにしているものです。
直接ステラに呼び掛けてるので、距離があってもステラはバッチリ僕の声が聞こえています。
さて、先ほど近くに持って来た大量の泥。こいつをテレキネシスで結界の上から中へと落とし込みます。
結界の内側に泥が段々と溜まっていき、僕の足の高さまで溜まりました。まだまだ追加します。
口を過ぎて目の高さまで来ました。
息もできないし、もちろん目も固定しているので瞬きも出来ません。
ですが、呼吸が必要かと言われると、この体、呼吸しなくても生きていけるので問題ありません。
さてさて視界が泥に覆われました。
可愛いステラの顔が見えないので、スキルで視界を外に飛ばしておきます。
僕の姿が泥で見えなくなったためか、どうやら心配な表情をしています。
「大丈夫だよステラ。安心して」
僕の念話が届いたことで安心したのか、こちらに向かって手を振っています。
とと、そうやってるうちに結界内が泥で完全に満たされました。
これで型の素材は完成です。
「次は、この泥を固めるために高温で焼きます」
ええっ、大丈夫なのパラ?
というステラの声が聞こえます。ちゃんと聞こえてるよステラ。
「ちょっと強い火力を出すけど、僕は『火炎無効』スキルがあるので心配しないで」
問題は、「ちょっと」強めの火力を出すので、ステラに影響が出ないかが心配なんだけど。
まずは泥が詰まった結界を包むように外側にもう一つ結界を張ります。
この結界内で熱を発生させることで泥を焼き固めようという算段です。
念のためさらに外側に結界を張ります。
最も外側の結界と内側の結界の隙間を真空にして熱を少しでも出さないように工夫します。
それでは、着火します。
スキル『煉獄の火炎:Lv10』を使います。
僕は行ったこと無いんですが、煉獄っていう所のとても強い火炎を召喚するものです。
密閉された空間内で黒い炎が暴れ狂います。
密閉されているので酸素がなくなって燃焼しないんじゃない?
とお思いかもしれませんが、これは召喚された炎なので別次元から酸素を取り込んでるので大丈夫。
泥を満たしている結界内は、泥から出る水蒸気の行き場が無いって?
それも気になったので、とりあえず泥を満たした結界の上部はこの大森林の中の別の場所とつないだ空気穴を作ってみました。
さてさて待つこと10分ほど。
程よい硬さに焼きあがったと思います。
火を消して、一番外側の結界を解除します。
火を消す際に熱エネルギーも一緒にあっちの世界に送っておいたので、こちらの世界はクールです。
泥の入れ物となっていた結界を解除します。
空中に浮かんだ正方形の塊。
「焼きあがった型を半分に切り分けます」
僕はスキル『高圧水流:Lv10』を発動します。
異空間から高圧の水流を呼び出しその水圧でどんなものでも真っ二つ、というスキルです。
このスキルで、焼き固めた泥の型を二つに割って、中身、つまり僕を取り出します。
ちょっと切れ味がよすぎるので、細かい制御を行いながらいきます。
心配しているのは泥の耐久力であって、僕自身は『水流・水圧無効』のスキルがあるので傷一つつきません。
ゆっくりと泥を半分にしていきます。
丁度僕の頭の上から、首、背中をとおり、尻尾のほうに。
そこから水流を底面にまわしておなかの辺りを、そして正面に回って顔の辺りを切り、完成です。
まだ空中固定のスキルは使用したままです。
止めてしまうとそのまま泥が地面に落下して衝撃で割れてしまうかもしれません。
せっかくここまで作ったのにそれはあまりにも悲しいです。
中央から二つに切れた泥の塊をテレキネシスでゆっくりと左右に分けていきます。このとき両腕両足は泥の中なのでうまく抜かないと型が崩れてしまいます。
少し手間取りましたが、無事に中身を取り出し、型が完成しました。
「ステラ、完成したよ。見て見て」
さっそくステラを呼び寄せて、完成した芸術を褒めてもらうことにします。
「わあ、さすがパラね」
両手で拍手しながらステラは僕を褒めてくれます。
「どうしたのパラ? 難しい顔して」
えっと、そんな顔してたかな。
ドラゴンの表情に難しいとかうれしいとかあるんだ。
「うん。せっかく作ったけど、これ」
僕は型の内側を指差します。
きれいに型は取れているのですが、よくよく考えると素材が泥で、チョコレートを入れて作っても食べるにはばっちい気がします。
それに、一部に亀裂が入っています。
急激に焼き上げたのが原因でしょうか。
亀裂のほうはじっくり焼き上げるとして、型とチョコレートの接触部分は何か金属素材とかのほうがいいかもしれない。
「うーん、確かに。細かい造詣のところは粘り気があったほうがいいのかも」
だよねぇ。型をコーティングできるような粘り気のある素材……。
「そうよパラ、いいこと思いついたわ。パラの唾液よ!」
「えっ、僕の唾液!?」
「そうそう。
前に倒れて気を失っていた私の唇を奪ったことあったでしょ。
顔中唾液でねろんねろんになってた時のことよ。
あの後家で洗い流したけど、なかなか取れなくて苦労したわ。
でもあの後、お肌つるつるになったのよね」
「ちょ、ちょっとまって。
気絶しているうちに唇奪ったりしてないよ。誤解だよ。
気絶してるから起こそうと思ってちょっと顔をなめただけだし」
「いいのよパラ、言い訳なんかしなくても。
私、パラの唾液、好きよ?
なんだか蜜みたいな味するし」
うっとりとした表情で僕の唾液の味を思い出すステラ。
なんか、ステラの意識が別世界に飛んでるような。
そんなステラの姿を見て僕も妄想してしまった……。
僕の口から流れ出る唾液を恍惚とした表情で待ち受けるステラ。
小さな口に含みきれなかった蜜の味の唾液が一筋の跡をつけるところを。
だめ、だめ、そんなのはしたない!
「パラ、どうしたの? ねえ」
はっ、危ない世界にトリップしてた。
ドラゴン×美少女というのはなんて甘美な展開なんだ……。
「な、なんでもないよ。でもさ、僕の唾液はどうかと思うけど」
「いいのよ。私がいいって言ってるからいいの。ほら、早く唾液だして」
「唾液出してって言われても、出してどうするの?」
「もちろん塗るのよ! パラの体にね。
そしたら泥との接着面は唾液でしょ。
唾液が高温で固まれば、綺麗にコーティングされるわよ」
確かに一理ある。
唾液でコーティングされた型が出来れば、チョコレートも泥には触れないから衛生的……なんだろうか。
まあ、ステラが唾液を欲してるから言う通りにしてみるか。
「ねえパラ、初めての共同作業ね。ふふふ」
嬉しそうに僕の唾液を僕の体に塗り付けていくステラ。
僕は僕で唾液を量産するのに必死な上に、自分の唾液を塗りたくられて何だか微妙な感じ。
でもステラの小さな手が自分の体の上をすべるのは心地よくて好きかもしれない。
空中浮遊で少し浮いて、地面と接している部分は綺麗にスキルで洗い流して、ステラが念入りに唾液を塗りこんでいく。
さてさて準備完了。
先ほどと同じように結界を張って、中心に僕を固定して、泥を流し込んで、外側をもう一重結界で覆う。
ここからは改良ポイント。
じっくり泥を焼くけど、ステラが待ってるのでそんなに時間はかけられない。
そこで、結界内の時間の流れだけ早くして、じっくり焼くのだ。
スキル『時流操作:Lv10』を使い、結界内の時間を20倍にする。
そしてじっくり焼き上げる。
ちなみに、僕は結界内なので僕から見たら、結界の外が20分の1の時間の流れに見える。ステラの動きがゆっくりだ。
とりあえず体感で5時間くらい焼いてみた。
外の時間では15分くらいだ。
これ以上外の時間とずれないように、時流操作を終了する。
後は先ほどと同じく水圧で半分にカットして完成。
そして、完成したのがこちらになります!
「やったねパラ! 唾液で綺麗にコーティングされてるわ」
コンコンと叩いてみるステラ。
唾液が固まっていい具合に高質化している。
「いやあ、力作だったよ。よかったねステラ」
「なに言ってるのパラ。
まだよ、これを使って等身大パラチョコレートを作るのが目的じゃない」
そうだった……。
型を作るのが楽しくて、本当の目的を見失っていた。
まあでも後は簡単。
半分に割れた型をくっつけて、上部にチョコレートを入れる穴を作って、ステラが大量に持って来たチョコレートを溶かして入れる。
入れたら冷やして固める。
固めたらゆっくりと型を外して……。
「完成でーす!」
堂々たる僕の姿焼き、いや、姿チョコレートが完成した。
精巧な型を取ってるので今にも動き出しそうにリアル……なんだけど、ポーズに躍動感が無い。
「うんうん。いい出来じゃない。
じゃあ早速持って帰るわ。あと、その型も持って帰るね」
持って帰るというのはつまり、空間転移門を開いてね、はぁと、という事だ。
ステラは、帰りはいつも僕が開いた空間転移門から自分の屋敷に帰るのだ。
ステラの言う通り僕は空間転移門を開き、出来上がったチョコレート象と、この後どういう使われ方をするのか分からない型をゆっくりと転移門を通してステラの家に送り届ける。
「ありがとパラ。大好きよ。じゃあね!」
ウィンクと投げキッスをして、転移門から帰ろうとするステラ。
本当にご褒美チョコ貰いに(?)来ただけなんだ……。
「うそうそ、なんて顔してるのパラ。
冗談だからそんなに悲しまないで。ほらこれ」
そう言うと、大きなカバンの中から綺麗にラッピングされたハート型のチョコレートを取り出して僕のほうに差し出した。
「これが私からあなたへのチョコレートよ」