ミノル⑨
レイからの試作案、という話であったが、実際は課題書であった。
将来的に、冰大家に住む全ての者に文字の読み書きが出来るようになって欲しいという理想を掲げた上で、どう進めていくべきか、案を奏上せよとの達しであった。つまり、ミノル達の考えた案はレイの元へと運ばれる。目を通してもらえる。もしも気に入ってもらえれば、この上ないレイへの手助けが出来たことになる、ミノルには夢のような仕事だった。
レイは、種族別教育を施す事業において、村に一箇所、冰大家預かりの建物を造り、そこを学び舎として、これから種族に必要な知識を覚える子供達を対象に、村長に教鞭をとらせた。
今回の事業のポイントとなるのは、学ぶ年代を問わないところにある、とミノルは考える。種族教育は、大人なら誰でも既に学んでいる生活の術であることから、対象は子供だけで良かった。しかし、文字の読み書きに関しては、殆どの大人も出来ない。文字とは、官を志す者が学ぶもので、普通に商売をするだけの人間に、それは必要のないものであった。
また、種族による知能格差も争点の一つになる。覚えの良い者と、悪い者に対し、どう教育差別をつけるか、考えなければならない。
「種族毎に学び舎が整備されているんだから、そこで文字も学べばいいんじゃないか?種族内では、大抵同じだろ、知能水準なんて」
「確かに、種族によってはまちまちだが、種族内ではさほど差がない。折角整備された学び舎を活用する事は、経費の削減にもなる」
ランドとテーラは口々に言う。同僚しかいないからか、体勢こそ楽な様をとっているが、思ったよりも二人は真剣に考えてくれているようだった。
「種族内での水準は?物覚えのいい子もいれば、悪い子もいるわ」
「それは仕方ない。種族別教育だって、飲み込みのいい奴と悪い奴っていうのは、必ずいる。どちらかの水準に合わせていてはきりがない。出来ない奴は、周りや親が補完するしかない」
「文字に関しては、親や周りも出来ないのよ。遅れた者への、補完のしようがないわ」
「あー、それはまぁ、そうだな」
「遅れた者は遅れたまま、これではその子は絶対に読めるようにならない。諦めてしまう」
「それはそうだろうな。次々先に進まれたところで、基礎のない者がその先の話が分かるはずもない」
「修得別に階級を分ければいいんじゃない?」
「正論だけど、どの位階級を分ける?細かく区切れば区切るほど教師の数が必要で、国の負担になるぞ。場所も新たに必要になる」
うーん、と三人は顔を並べて同時に唸る。そう簡単に最高の案が出たのでは、レイが皆に問いかけるはずもない。彼とて悩んでいるのだ。だから皆に指示を出したに違いない。
「あたし達みたいな下々にまで意見が問われた事を、生かすべきじゃない?」
「どういう意味?」
「天冰様には出来ない事をするのよ」
「そんな事があるか?」
テーラが苦く言うと、ランドが目を輝かせた。
「ある。平民達の話を聞く事だ」
「そうよ、足を使って話を聞くの。お忙しい天冰様には決して出来ない事だわ。皆の本音の中にこそ、答えはあるのではない?勉強をするのはあたし達じゃなくて、彼らなのだから」
テーラは目に見えて嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。
「三人で手分けして、村々を回りましょうよ」
「意見を聞きながら、序でに種族毎の知能水準も測っておかないか。図表化すれば、何かの役に立つかも知れない」
「頭いいわ、ランド!」
ランドは、見た目は二十台半ばに見える。肩幅の広い男で、そのせいかどっしりと構えて見えた。
「へいへい、やりますとも。どうせなら、学び舎も視察しておこーぜ。規模とか」
「テーラも頭いいわ!」
テーラは変わって、細すぎる程に骨ばった男だ。年の頃は二十前後の見た目で、面倒臭がりでいて、褒めると少し照れる可愛らしいところがある。
「小家を割り振って、そこに属する村を担当しよう。小家への協力要請も出してもらおうか」
ミノルは、少し胸が高鳴った。悟中家の担当区域には、自分の生家が含まれる。ミノルは葛藤の末、あえて自分の生家は担当から外した。父母に甘えて力を借りたくはない。自分で、ランドとテーラと同じ立場で、頑張ってみたかった。
「全員武術の心得は?言えば護衛をつけてくれるだろうけど、ヒトを裂くのもな」
「大丈夫、俺は一人で」
「あたしも平気よ。武官の部とどちらを受験するか悩んだ程よ」
「へぇ。それは頼もしい」
どうやらテーラとランド、どちらも武術の心得はあるようで、伊達に正十四位に昇進した訳ではないらしい。テーラなど、見た目は全く心得がありそうもないが、そう茶化しては男のプライドに触るかと思って、言葉を封じた。
「期間はどのくらい必要?」
「三ヶ月もあれば、大丈夫じゃない?」
「では、その位を目処に戻って来ることにしよう。水準に差が出ないよう、どの程度を判断基準にするか、三人で擦り合わせておこう」
ミノルはわくわくする。同じ目的を持って、こうして話し合いをする事がこれ程までに楽しい事だとは、考えもしなかった。同じレベルで話す会話、上も下もない、同等の立場で交わす意見の数々が、ミノルには気付かない発見が、楽しくて仕方がない。
ミノルは、三人の中では一番の若輩者である。年齢的にも、経験的にもそうだが、彼らは一切そんな事には触れない。同じ地位なのだから当然と言えば当然かも知れないが、それが妙に嬉しくもある。
ミノル達は、何度もお互いの認識の確認をして、それぞれの担当地へ旅立つ。ミノルの知らない世界。己の足だけで歩く村へと続く道。その全てがレイに繋がるかと思っただけで、足取りは軽い。
見知らぬ土地への恐怖などない。新しい世界への希望が、ただあるだけ。




