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ミノル⑧

 それからミノルは、一日の殆どを勉学に注ぎ込み、無事に官試に合格した。

 最初は喜んでいた両親も、一日部屋に篭るようになると流石に心配し、そこまで極めなくとも、などと言っていたが、「楽しいの」とミノルが言えば、渋々見ないふりをしてくれた。

 ミノルは猛勉強の末、紅国の古典文字をマスターし、いきなり正十四位の位を与えられた。官試の合格者は正十五位となるが、稀に優秀者に十四位という飛び級の位が与えられる。ミノルは見事に、それを勝ち取った。

 試験の度に合格したとしても、一つずつ階段を上ったのでは、正十三位にしかなれない。官試は、一年に一度しかないからだ。また一年、猛勉強をして、可能な限り上の試験を受ける他ない。

 しかし、官として仕える身の上になると、日中の殆どの時間を拘束されるため、思うように勉学に時間を割けない。仕事をしながら功績を残し、その功績でもって昇格するのが一般的だ。だが、それこそ二年ではどうにもならない。

 ミノルは、成績優秀者として、中家への出向が決まった。両親は正に寝耳に水で、大層驚きこそしたが、ミノルの異常なる勉学への取り組みを見てきたせいか、ようやく腑に落ちたような、安堵の顔を見せた。

 母親は最後まで反対したが、得るものは大きいからと父が諭してくれ、冰大家領“悟”中家への出立が決まった。

 官吏には現地で制服が支給されるため、身一つで向かう。しばらく会えないからと、キャリーが挨拶に来てくれたのを最後に、ミノルは任地へと赴いた。どうせ行くなら平民として行きなさい、と父は何もミノルに持たせず、まさに身一つで、姫の身分を捨てて悟中家の門をくぐった。

 悟中家に新しく配属されたのは、ミノルの他に男が二人いた。同僚ということになる。

 彼らは悟中家こそ新規配属に当たるが、他の御家に勤めた経歴があり、官吏としては先輩であった。正十五位から始めて、この度正十四位に任ぜられており、位こそミノルと同じであったが、経験値ではかなりの先輩だ。

 今回、悟中家は文字の知識に秀でた者を積極的に採用したようで、ミノルを始め、古典文字が読める三人を新規に採り、同じ部署へと配属させた。

「この度、天冰様より、新規事業の開拓にあたり試作案が下された。そなた達三人はこれを担当し、地域を視察しながら村々に合った案を模索し、提出せよ」

 通された一室で制服に身を包んだミノルを待っていたのは、思いもよらない仕事であった。レイが最近始めようと策を練っていた、下々に至るまで文字の読み書きが出来るように、教育を施す事業。それにまさか、ミノルが参加できるとは夢にも思わず、胸の前で大きなガッツポーズを作ってしまった。

 それを見ていた同僚の一人、ランドが笑った。

「そんなに嬉しいのか?」

「ええ、とても嬉しいわ」

「これはかなり大変な仕事だぞー」

 もう一人の同僚、テーラがため息をつく。

「天冰様が前に施行された、種族別教育に関する基盤があるからまだマシだろうけど、それはそれ、これはこれだ。今度は種族問わずだからな」

「種族には、知能指数に個体差もある。天冰様が最も悩んでおられるのはそこだ。頭の弱い種族に、仕事の時間を割いてまで、今まで必要のなかった勉強をさせる必要があるのか?」

「だから、そういった事を踏まえて、模索されてる天冰様の手助けをする仕事でしょ?こんなやり甲斐のある仕事を頂いたのに、つれないことを言うのね」

 レイを否定されたようで、少し癪だった。ミノルの語調が強くなると、テーラは両手を挙げて降参のポーズを見せる。

「やりたくないと言っている訳じゃないぜ。あの天冰様が進められる改革だ。きっとこの紅国にとって大きな利益になるだろうさ。ただ、大変そうだって言ってるだけ」

「それが仕事でしょ」

「厳しいねぇ、ミノルさん。なにかこの事業に思い入れでも?」

「まぁまぁ、二人ともそう喧嘩腰にならないで。まずは天冰様の試作案をよく読んで検討してから、俺達なりの今後の方針を決めよう。高給を頂いてる分の仕事は、きちんとしよう」

 ミノルは言葉を飲み込んで、ランドの言葉に従った。席に着き、試作案を手に取ると、丁寧に書かれた文字が目に飛び込んでくる。まさか、と思った瞬間に、涙が出てきた。

「ちょっ、なんだなんだ!?」

 テーラがぎょっとしたように叫び、ランドは目に見えて狼狽えた。

 この文字には、見覚えがある。まさかの、レイの直筆だ。指示書はお付きの官などが代筆して送られるのが一般的だが、これはまさに、レイの直筆。それが分かる者は、冰大家広しと言えど、殆どおるまい。

 レイがどんな思いでこれを書いたのかと思うと、涙が止まらなかったが、二人の同僚に説明する術はない。レイの直筆を知っている、などとは言えない。

「ちょっと、感極まっただけ」

 ミノルは涙を拭いながらそう告げて、小さく笑って見せた。

「あたし、頑張るから。二人も頑張りましょうね」

 主にテーラに向けて言ったのだが、二人は顔を見合わせて可笑しそうに言葉を紡いだ。

「大丈夫、仕事はきちんとする性質だ」

「難しそうだって言っただけだろ、悪人みたく言うな。失礼な女だな」

「それは失礼」

 ミノルが笑うと、二人も笑った。

 大丈夫、うまくやっていける。そう思った。

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