ミノル⑦
ミノルには今、正式な位はない。
家主の子供は主子と呼ばれ、城に勤める官吏達から丁重に扱われるが、身分的には平民と同じである。男児には、生まれた時に正十五位が与えられるが、女児にはそれもない。城に生まれた女は、姫に始まり、妃が最上位の呼び名となるが、国的に見た地位的身分はない。その父親や夫となる者の身分に応じて、敬意を払ってもらっているに過ぎず、その地位は官吏達の好意の上に成り立っている。
男児は父親の地位によって、最終的に得られる位が違う。それ以上になりたければ、望んで官試を受ける他ないが、レイは違う。もちろん官試で上へ上がって行くことも可能だろうが、彼はいずれ大家主になる。冰の大家を継いだ時点で、彼は正四位の位に就く。そんな彼が望む理想の妻とは、一体どんな女なのだろう。
「考えたんだけど、あたしもなるしかないと思うの。ちょっとでもレイの正四位に近い、官吏に」
「今はまだ正十二位でしょ。ってそうじゃなくて、なれると思ってるの?貴女のお父様が、正十位よ。正七位にでもなろうものなら、中家の家主になれるわ。どこを、目指すって?」
「正四位に、より近い位よ」
キャリーは、これでもかという呆れ顔を隠そうともせず、苦笑いすら漏らして言った。
「いえ、女性が上れない地位だと言って笑ってるわけじゃないのよ。勉強の嫌いな貴女が、官吏を目指すってだけで頭が痛い話よ。官吏になるということは、他の城に仕える身の上になるということ。生まれは考慮されるとは言っても、生家ではない城で、家主やその主子に仕える生活をするってことよ。ミノルにそれが出来るとは思えないわ。折角姫に生まれたのに、それを捨てる馬鹿がいる!?」
とうとうキャリーは声を荒げたが、ミノルとて無謀は百も承知だ。
「今なら、天冰さえ諦めれば、曲がりなりにも小家の姫として、それ相応のところへ嫁げる。妃になれるのに、それを捨ててしまうの?無理だったから戻ってこれる、なんて思っていないわよね?そりゃあ姫ということには変わりないけど、諦めて戻ってくる頃にはミノルは熟れすぎて貰い手探しがより困難になるわ。分かって言っているの?」
「実は、あまり後の事は考えてないの。レイがヒトのモノになるなんて、腹わたが煮え繰り返りそう。今はただそれだけよ」
「貴女、いつの間にそんなに骨抜きにされたの?よく考えて。そりゃあ男として申し分はないでしょう。それは分かる。でも、天冰じゃなかったら?将来性を差し引いて考えて。何回天冰に会って、彼のヒトとしてどんなところに魅力を感じて、そんな風に言うの?将来性を、功績を、差し引いて考えても愛しているくらいでなければ、突き進めないわよ。どれだけの倍率だと思ってるの」
キャリーは真剣な顔で言う。無理だ、と顔に書いてはあるが、本気で心配してくれているのが分かるので、不快には感じない。
「あたしが正四位を得るくらいの可能性だと思ってる」
キャリーは絶句して、困ったように、泣きそうな顔で笑った。
「それを分かってて、言ってるの」
「それだけは分かってて、言ってる。なれないわ、普通に考えて正四位なんて。でも、それくらいの心意気で臨むということなの。本気を見せないと、振り返ってもくれないの。ヒトとして、どこが好きかって?そんなの分からない。従弟と言っても、殆ど会った事がない。でも、忘れられないの、あの笑顔が。あの声が。泣きそうなくらいに、欲しいの」
「彼が平民でも、いいのね」
「いいの。天冰じゃない、レイが欲しい」
キャリーは天を仰いで、深い深い溜息をついた。
「そこまで言うのなら、親友としては応援する。でも、ご両親を果たして、説得出来るかしら」
「まずは、次の官試を受ける。絶対に受かって説得するわ。ここで一人娘の強みを見せずに、いつ見せるの。きっと、認めてくれる」
「まぁ、受かってからの話よね」
ざくっ、と痛いところを突いてくる。そう、全てはそこからである。だが、不思議なことに、ミノルには妙な自信があった。既に文字はマスターしている。昔レイに張り合った名残が、こんなところで役に立つとは夢にも思わなかったが、その点ミノルはスタート地点で一歩リードしている。第一の難関が文字の読み書きと言われているからだ。
レイが現在文字の修得奨励に向けての事業を行っているが、そもそも平民には文字を修得するだけの師もなく、これがまずかなりの難関であると言われている。レイが事業を完成させる前の今が、ミノルにとってのチャンスとなる。
ミノルは、勉強するにはかなり恵まれた環境にある。姫という立場上、教育係は願えばいくらでも雇ってくれる。今まで勉強してこなかった娘が勉強をしたいなどと言えば、喜んで協力してくれるだろう。人より有利な立場、これ利用しない手はない。
あとはミノルの、やる気次第である。




