ミノル⑥
ミノルはそれからと言うもの、月に一度は冰大家を訪れるようになった。
レイの評価が上がった事で、父母も前ほどには周囲の目が気にならなくなったのか、あちらから声がかかれば断らなくなった。ミノルは、シノブとメアリと結託し、月に一度は城に招いてくれと頼んでおいた。彼らは律儀に、月に一度はミノルと遊びたい、と連絡をくれるようになっていた。
ただし、月に一度行ったからといって、毎回レイに会えるわけではない。一日粘っても、三カ月に一度会えればいい方だった。いつ行っても執務塔、執務塔、視察に執務塔。執務塔を爆破してやろうかと思った事がある。
会えたとしても、ゆっくりと話をする事はない。挨拶程度の会話に毛が生えたもので、彼に近づくような言葉はまだ交わした事がない。
キャリーは、もっと攻めろと口を酸っぱくして言うが、話す機会もないものをどうしろというのか、教えてもらいたいものだ。二人きりで話す機会さえあればやってやる、と息巻いたものだが、一度、五分ほど二人きりになる機会があった。しかし、ミノルは突然の事に舞い上がってしまい、シノブやメアリの話をして貴重な時間を終えた。キャリーには、報告出来なかった。
この二年で一つだけ分かった事には、レイはまだ、婚約者を決める気がないという、重大かつ心強い事実であった。
何故かと本人に問う勇気はなく、シノブから聞いたところによれば、まだ早いそうだ。レイほどになれば、婚期が遅れたところで、選り好んでいるのだと皆が思ってくれるだろう。それを逆手にとって、引き延ばせるところまで引き延ばすつもりなのだ。つまり、今のところは女より仕事、というわけだ。ミノルには有難い。
ミノルは十四になった。ミノルに婚約が決まっていないことの方が、問題であった。最近は両親も焦って相手を探し始めたようで、時折見合いを持ちかけてくる。そのうち断りきれなくなるだろう事は分かっているが、ミノルには他の男に会うつもりがない。
その日、ミノルにとっては追い風なのか、レイの環境に変化があった。執務塔ではなく、本塔の方にレイの執務室が作られたのである。執務塔での執務の流れを学び終えたレイは、少し遊びも覚えるようにとの両親の願いを受け、執務の時間を減らして、時折シノブやメアリと遊ぶようになったのである。
執務塔とは違い、執務室には自由に出入りが出来る。他人ならば空気を読んで近寄らないところだが、二人の弟妹は、そんな事はお構いなく執務室に訪れる。二人に引っ付いていれば、ミノルとて行き放題だ。
「今日は、シノブちゃんは?」
「視察に行ってるよ」
その日、シノブは留守だった。シノブも十歳を過ぎ、時折視察に出たり、レイの執務室に仕事で出入りするようになっていた。シノブはその頃、武術の師から奥義を継承し、紅国王の前で行われる親善試合に最年少でのお声がかかり、冰大家の名と共にその名声を上げていた。メアリには既に婚約の申し込みが殺到しており、冰大家は今、子供に至るまで皆が忙しい。
メアリは池に足を浸して遊びながら、ミノルに笑いかける。
「何して遊ぶ?」
今日はレイはいるのだろうか、そんな事を考えていたら、メアリが言った。
「レイお兄様は、今日は執務室にいるよ」
ミノルは恥ずかしくなって、言葉を失う。メアリに告げた事はないが、すっかりばれているようだ。メアリとてもう十歳、いつまでも子供ではない。
「ミノルちゃんは、レイお兄様のお嫁さんになりたいの?」
「なれるものならね」
ミノルは嘆息する。メアリは可笑しそうに言う。
「レイお兄様のお嫁さんは、この冰大家の次の妃。努力しないと選ばれないよ」
「え?」
「レイお兄様に必要なのは、美しく着飾った妃じゃないの。レイお兄様と一緒に、この冰を支えられるヒト。政に明るくて、国の在り方を共に考えていけるヒト。だからレイお兄様は、まだ婚約者を決めないの。そんなヒトがまだ、現れないから」
久しぶりに、頭にずしんと衝撃があった。メアリは笑いながらそんな事を言うが、それはレイの恋愛基準に矛盾しない、と思わせるだけの言葉だった。だからあの日、美しい令嬢達を前にして、レイは婚約者を選ばなかった。美しさなど、見ていなかったからだ。
「レイに聞いたの?」
「見てれば分かるよぉ、妹だもの」
急に恥ずかしくなった。ミノルはこの二年、何もして来なかった。身分が釣り合わないだとか、顔が美しくないだとか、そんな事ばかりを考えて、何もして来なかった。レイに本当に釣り合いたいなら、もっと他にする事があったはずなのに。
あの自信に満ち溢れたレイの隣に相応しいのは、やはり自信に満ち満ちた女だ。輝くばかりに、自分を誇れる力のある女だ。
「レイは、執務室よね」
「そう。行く?」
「ううん、今日は会わない」
違う、会えない。こんな何もないミノルのままでは、レイの視界にすら入らない。
「メアリちゃんは、婚約者は選んだの?」
「え?メアリは、まだ」
急に表情が暗くなる。何か嫌な事でもあったのだろうか、後悔したがもう遅い。
「あたしもまだだから、おあいこね」
ミノルは努めて明るく言って、メアリを稽古に誘った。彼女は最近、シノブに習って武術を始めた。ミノルも、頭よりはこちらの方が得意である。
準備運動をしながら、ミノルは言う。
「二年よ、メアリちゃん。二年でレイに釣り合う女になって見せる」
メアリは可笑しそうに言う。
「じゃあ二年後に、また遊んでって連絡するね」
「ええ、必ず」
ミノルは考える。あのレイに釣り合うにはどうしたら良いのか。帰ったら早速、キャリーに相談しようと思った。




