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ミノル④

 ミノルは両親に連れられて、大家を訪れた。早めの時間に到着したつもりだが、既にかなりの訪問客で賑わっていた。

 きっちりと正装した、名も知らぬ偉い方々が、受付を済ませて大広間へと消えて行く。ミノル達もそれにならい、顔見知りの受付兵と少しだけ雑談を交わして、大広間へと入る。

 美しく装飾された大広間には、円卓が幾多も並んでいたが、広間の大きさが窮屈感を与えない。指定された席は末席ではなく、親族として多少の優遇がなされたようで、父の身分から言えば少し良い席を充てがわれた。

 円卓に飾られた花が綺麗で魅入っている間に、空席はどんどん埋まり、色鮮やかなドレスをまとった女性達が増えるたびに大広間が華やかになっていく。大声で話すような者はなかったが、皆楽しそうに雑談を交わし、この晴れの舞台を心待ちにしていた事が、彼らの顔つきから十分に窺い知ることが出来た。

 この一年の間に、この冰大家の名を一気に世間に知らしめる出来事があった。

 冰大家長男レイが進めてきた、教育に関する事業が国によって認められ、紅国王の拝謁に叶ったのである。種族毎に必要な教育を、大家をあげて支援するというもので、教育機関というものが存在しないこの世界において、画期的な事業であった。

 紅国王が、執務室にて正式に畏敬を述べる事は、過去を振り返っても数度とない。その僅かな栄誉を受けた弱冠九歳の主子に、冰に住む全ての民が喝采の声をあげた。

 平民の妃が、と囁く者は遂にいなくなり、冰に住む誇りに皆が瞳を輝かせて喜んだ。

 本来は十歳の誕生日を祝う会であったはずが、皆のレイを見る目は最早それとは違う。一目レイを見ようと、本来の招待客からかなり参加者が増えたそうである。もちろん全員が招かれるわけではない。

「まるでお見合いね」

 母はそう言って、小さく溜息をついた。

「誰の?」

「レイ様。ご覧なさい、年頃のお嬢さんが多いでしょう?皆、レイに見初められようと思って来てるのよ」

 それでか、と腑に落ちた。やけに場が華やかだと思ったら、圧倒的に女性が多いのだ。年頃の娘を持つ者はこぞって連れて来たのだろう、豪奢なドレスを身に纏い、レイの登場をそわそわと待っている。隣に付く母親は、娘の髪を逐一手直しするのに余念がない。

「レイ様はこの冰を継ぐお方。ひいてはこの紅国でのかなりの権限をお持ちになる事になる。次期紅国王を継ぐ者だと言う者までいる。紅国王には御子がいらっしゃらないからな」

「紅国王!?」

 ミノルは声を上げてから、慌てて両手で口を塞いだ。声が高すぎた。

「ははは、さすがにそれはないと思うが。初めて公の場に姿を見せられるのだ。娘を、と思う者で溢れるのは仕方がない」

「だ、だって、レイよりかなり年上の方もいらっしゃるわ」

「この冰を継ぐのだ。それに紅国王に認められたとあれば、まだ子供だとも言えまい」

 では、この中の誰かが将来レイの妻となり、この城を手に入れるのだ。このひと時で全てが決まるかも知れないとなれば、髪の一筋にまで余念がないのも仕方がないような気がした。

 急に白粉の香りが充満してきた、気がした。先ほどまでは花の香りが爽やかであったのに。ミノルは気分が悪くなってきて、席を立つ。

「式までには戻ってくる」

「あまり軽率には動かないようにな」

「分かってる」

 遊びに来ているのではないことくらい、ミノルにも分かっている。お手洗いに寄りたいだけだ。

 ミノルは美しく貴婦人達を横目に眺めながら、大広間を抜ける。式の開始が近い事もあってか、皆既に席に着いているようで、お手洗いは空いていた。見張りの兵士達に会釈をしながら、ミノルはお手洗いに飛び込んで、鏡の前で小さく息を吐いた。

 台に両手をついて体重を預けつつ、顔を上げて鏡に映る自分を見遣る。ミノルもいつもに比べればかなり着飾ってきた方であるが、大広間に集った姫君達を見てしまってはかなり地味に見えた。そもそも顔の造り的に負けている。

(別に、レイに会うために来たわけじゃないけど)

 ミノルは独りごちる。そもそも、ミノルはこの会合で、素敵な男性に巡り合うことを夢見ていた。レイの誕生日を祝いに来た、どこかの子息と運命的な恋を夢見て、ここに来たのだ。しかし蓋を開ければ子息どころか、来場者は女ばかり。子息ももちろんいるが、レイ目当ての女達があれほどに美しくて数が多いのでは、ミノルなど視界に入るまい。

 レイは一人しかいないのだ。集まった皆が、あわよくば、を狙っているのだ。漏れた者がその場に居合わせる子息達と仲良くなっていくのもまた、仕方がないことだ。ミノルは、その輪には入れない。

(来なければよかった)

 ミノルはまた溜息をつく。なんだか惨めだ。

「ミノルちゃん?」

 声をかけられて我にかえると、鏡越しに一人の少女が見えた。

「・・・メアリちゃん?」

「わー、ミノルちゃんだ。どうしたの?もう直ぐ式が始まるよ」

「メアリちゃんこそ、どうしてここに?」

 そこには、冰大家の一人娘、メアリが立っていた。かなりの軽装で、式典に出る出で立ちではない。彼女は、今いくつになったのだったろう。見違えた。髪は伸び、立ち振る舞いがなんとも女性らしくなった。

「メアリ達は大広間には入らないの。でも、レイお兄様の雄姿が見たくて、シノブお兄様とこっそり覗き見しに行くの。内緒だよ」

 しーっ、と人差し指を鼻先に当てて笑む彼女は、軽装をしていても紛れのなく両家の子女で、人形のように愛らしい。

「ミノルちゃんは、中で見れるんでしょ?いいなぁ」

「中では見れるけど、レイはかなり遠いと思う」

 レイが立つであろう壇上は、はっきり顔が見えるか怪しい程に遠かった。

「メアリ、そろそろ行くぞ。あれ、ミノルちゃん?」

 ひょいと、中を覗き込んでくる影がある。冰大家次男、シノブだ。シノブの顔を見ると、なぜか涙腺が緩んだ。

「えっ、どうしたの?お腹痛い?」

 最後に会った時から、また更に背が伸びた。二人とも容姿はすっかり大人びたが、その愛らしさは変わりない。跳ねた寝癖が可愛くて、ミノルは思わず笑ってしまった。

「ここは男性は立ち入り禁止だよ」

 ミノルが言うと、シノブは小さく頭を掻いた。

「こんな開始直前に、誰かいるとは思わなくて。ミノルちゃん、出席者でしょ?そろそろ行かないと、入れなくなるよ。まだお腹痛いの?」

 なぜか腹痛で確定されている。それがまた可笑しくて、ミノルは笑う。この二人の愛らしい人形のような子供は、ミノルをいつも癒してくれる。

 いるだけで心が和むような、邪のない目がミノルを射抜くたび、少しの緊張と、多大な幸福で満たされる。

「大丈夫、もう行くね。二人共、ばれないように気をつけて」

「平気平気。皆レイ兄に釘付けになるから」

 弟は誇らしげに兄を讃え、妹と手を取り合って走っていった。

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