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エピローグ

 ランドとテーラは、ミノルに付いてきた事を心の底から後悔する。

 ミノルが婚約者候補筆頭としての地位を手に入れた時は、二人で手を取り合って喜んだものだったが、そこからの日々と言えば、最早記憶にない。

 二人はそもそも関わっていた事業であるだけに、ミノルがその長に任じられると、そのままスライド式にミノルの配下に入った。ミノルは約束した出世を与えたつもりか、幹部として二人に正十位を与えて迎えたが、それが地獄の始まりであった。

 確かに出世はしたが、ただでさえ忙しいミノルに余計な仕事を回さぬよう、二人の仕事は大幅に増え、婚約の儀を迎えてミノルにひと段落つくまでの間の記憶が、リアルにない。

 ただ、終わってみれば、ミノルの側近として、二人は確固たる地位を築いていた。出世は約束されたようなものだと、同僚達は口々に羨ましがったが、果たして本当にそうだろうかと、二人で肩を落とす。

 ミノルは暇さえあれば、二人の従事する部署に顔を出す。他の官吏の仕事の邪魔になるからと、ミノルの執務室に呼び出すように願い出るや、連日呼び出しを食らっている。

 今日も、ミノルの愚痴を散々聞かされる。愚痴だけならいいが、最近少し惚気話が入る。ランドなどは黙って苦く笑いながら聞いているが、テーラはあらぬ方向を見やりながら最早聞いていない。

「ちょっと、聞いてるのテーラ!」

「聞いてません。聞いてられません」

 もう、とミノルは怒ってみせるが、その頬はにやけっぱなしだ。

「天冰様がかっこいいんでしょ?」

「そうよ」

「天冰様が好きすぎて困ってるんでしょ?」

「なんだ、聞いてたの」

「聞いてませんよ。あなたが毎日同じことを言っているだけです」

 テーラがランドの代わりにびしっと指摘してみせるが、ミノルには糠に釘だ。

「だって、毎日かっこよくて、毎日好きになるんだもの」

「気持ち悪い。そんな事ばっかり言ってると、愛想尽かされますよ」

 テーラの額に浮かぶ青筋を見て、ミノルはようやく肩を竦める。まぁまぁ、と間を取り持つランドが一番大変である事を、ミノルもテーラも分かってはいるので、彼の仲裁が入ると言葉を慎むようになった。

「とりあえずこれに目を通して。不明な点があった場合だけ、もう一度呼んで下さい。いいですね?」

「・・・はぁい」

 机に積んだ書簡を横目で見遣り、ミノルが渋々机に向かったのを見届けてから、二人は退出する。帰りの廊下ではいつも、ランドが疲労の溜息をつき、テーラが怒りを深い溜息で吐き出す。

「俺たちは、果たして本当に成功したのか?」

「それを言わないでくれ」

 二人が揃って頭を抱えている事は、二人しか知らない。

 


 ミノルは、嫁ぐメアリのために、産着を縫う。

 裁縫など不得手中の不得手だが、練習を始めるにあたっては、目標がある方が良い。

 最初は、真っ直ぐに縫う事から始めた。

 それがなんとか出来るようになると、型をとって形にしてみた。ごわごわとしていて肌触りが悪く、左右の腕の太さが違い、赤子でも首が通らないであろう豆のような穴のあいた、よく分からないものが完成した。

 はっきり言って心が萎えてしまったが、そんな作品を見て、レイは言った。

「産着?」

「ど、どうして分かったの!?」

 裁縫の先生ですら首を傾げる一品だというのに、レイは一言目にはミノルの意図を汲み取った。

「袖があるから服だろうし。サイズから言って子供、とりわけ赤子用。だから、産着」

「さすが、旦那様だわ!」

「それ関係あるかな」

 感涙するミノルに、レイは苦笑を漏らす。

「人にあげられるものかと言われれば、止めておけ、と言わざるを得ないけど」

「あげるためにしてるけど、流石のあたしも、これを包もうとは思わないわ」

 プレゼントという名の、嫌がらせでしかない。

「誰に?」

「メアリちゃんが嫁ぐまでに、完成したらと思って」

 ああ、とレイは得心がいったように返事をして、空を見つめる。

「早く恵まれるといいけどな」

「どうして?」

「異種族間の出生率を説いたのは、ミノルじゃなかった?」

 確かに。ミノルは頷く事でそれを肯定する。

「でも、冰族はそれほど高位な一族じゃないからって、レイが言ってたわ」

「それでも、異種族婚には違いないから。鵡族は間違いなく、高位に属するだろうし。その事でメアリが目の敵にされなきゃいいけど」

 レイの危惧する事は分かる。メアリは、嫁ぎ先に好ましく思われていないと聞く。子供が出来ないことで、より心証が悪くなることを心配しているのだろう。

「子供は、祈って出来るものではないわ。気にしても仕方がないわよ。直ぐには出来ないかも知れないから、年月がかかってもいいように、早く嫁ぐのだから」

 まぁね、とレイは気のない返事をして、小さく溜息をついた。兄の大変さは、一人っ子のミノルには分からない。

 更に言葉をかけようかとも思ったが、あまり引き延ばす話題でもない気がして、ミノルは産着擬きをレイの前にかざす。

「色とかはどうかしら、メアリちゃんは何色が好き?」

「特にこだわりはないと思うけど。男か女か分からないから、どちらでもいける色にした方が」

 レイは、ピンクの布切れをひらひらと指で弄びながら言う。

「レイは、その」

「うん」

「あの、子供は、どっちが欲しいの?」

「ん?男か女か?」

 目の前の男の子供を自分が産むのだと思うと、なんとなく気恥ずかしい。

「どっちでも。兄弟は、いた方がいい。ミノルは?」

「えっ!?あ、あたしはレイの望むままに頑張るわ」

 ミノルは咄嗟に言って、顔に血が上って来るのを感じる。きょとんとした顔で、レイがこちらを見てる。

「あ、ち、違うの。いや、違わないけど。でも違うのよ!」

「意味分かんない」

 レイは可笑しそうに言うが、笑い事ではない。ミノルは恥ずかしさに俯きはしたが、意を決して顔を上げる。

「あなたの子供なら、何人でも産む覚悟があるわっ」

「・・・そ、それはどうも」

 レイは笑顔を引っ込めて、少し引いてしまった。

 ミノルは恥ずかしさにそっぽを向いて、拗ねるように言う。

「そ、そんなに変なこと言った?レイがそれだけ好きなのよって、言っただけじゃないの」

「うん。それは分かったけど。婚約者どのは、体の関係を早くお望みなのかと思って驚いただけ」

「えっ?・・・は?えっ!?ち、ち、ちがっ」

 別に違わないけど。とは口が裂けても言えない。

 じっとミノルを覗き込むように見るレイの視線に耐えられなくなって、ミノルは席を立つ。椅子が勢いよく吹っ飛んで倒れたが、ミノルの知った事ではない。

「う、産着の練習をしなくちゃならないのっ、忘れてたわ!じゃあね、レイっ!」

「それ、出来たばかりだから見せに来たんじゃ?」

「それはその、ひ、暇だから来たんじゃないのよっ。レイに息抜きをさせようと思って!せ、先生を待たせてるんだからっ!」

 レイは忍び笑いながら、視線だけをそっとミノルに送る。その仕草が色っぽくて、目眩がする。

「それじゃあ、そういうことにしておいてあげるよ」

 ミノルは理性が吹っ飛びそうなのを堪え、ふらつく足で、後退りながら戸口に立つ。レイの美しい目から、目が離せない。

「婚約者どの」

「な、なに」

 レイが、くすりと笑う。

「結婚するまではその気はないから、安心してていいよ」

「えっ」

 ミノルは我知らず絶句する。それは一体、いつの事なのだろう。実は密かに何かを期待していたミノルは、頭を殴られたような衝撃に、二の句が継げなくなる。

「でも、もしもその気があるなら」

 ミノルは今度は青くなった顔で、レイを無言で見遣る。

「得意でしょ?忍耐強い努力。俺はその気はないから、その気になるように頑張って」

 にこっ、と微笑む顔までも色っぽく、すっかり男の顔をするレイに、立っていられない程の足の震えがある。この男が本当にミノルの夫になるのかと思うと、息が止まりそう。

 ミノルは言葉が出なくて、転がるようにレイの執務室を出る。こんなに震える足を、見られたくはない。

 レイの目を眺めていたいという欲求もあったが、ミノルは自分の心を見透かされたような恥ずかしさが勝って、なにも言わずに勢いよく扉を閉め、その扉にもたれてへたり込む。

 何人かの官吏が体調でも悪いのかとミノルを覗き込んだが、それを丁寧にあしらいながら、息を整える。

「・・・色気ね、色気がないって言いたいわけね?」

 ミノルは独りごちる。そんなもの、磨いてる暇などなかった。

 色気がないことは、認める。レイはおそらく、本当に結婚が成るまで手は出して来ないだろう。それはおそらくミノルの色気云々の問題ではなく、大家の時期当主としての矜持であろうとは思うが、女の魅力を磨くにこしたことはない。

 ミノルは力強い拳を作る。

 自分ばかりときめいてばかりいずに、一度でも、思って欲しい。可愛い、と。

 待っていて。貴方に可愛いと思ってもらえるように頑張るから。

 だからどうか、離さないで。


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