ミノル31
必死で来客の相手をしている間に、婚約式は終わった。一人につき一嫌味くらいは覚悟していたが、みな、「こんな女が!?」という驚きの顔はするものの、レイが隣にいる手前か育ちが良いからか、祝辞だけをミノルにくれた。
そもそも、明らかに女性の来賓は少なかった。レイをギラギラと狙っていた女達は失意の中に撃沈したせいか、各御家共に跡取りや主子を引き連れており、成人の儀の際とは打って変わって男ばかりの儀となった。娘が駄目なら、息子と懇意に、という意図は見え見えで、レイを射止めたミノルにみな好奇の目を一度は向けるものの、ミレイ姫のような美姫でもないせいか、これまた「天冰は変わった趣味だ」と顔に書いて祝辞を述べ、さっさとレイと話に行ってしまう。
中には側室を狙っているのか、ミノルなど眼中にないのか、姫も何人かはいたが、彼女達もミノルをスルーしてレイの元へと行ってしまうので、うまく話せるか緊張しきりだったミノルは拍子抜けしてしまった。顔も器量も大した女ではないと思われて怒るところかも知れないが、ミノルはむしろ安堵の方が大きかった。レイには悪いが、やはり妃としての来客対応には向いていない。肩が凝る。
ミノルにとっては、良い息抜きになった。
隣にはずっとレイがいて、他の御家の家主や主子達と話す姿をただずっと、横で眺めていれば良かった。ずっと、その横顔だけを。もはやご褒美でしかない。
正式に婚約者となってからも、特に甘い生活が待っているわけでもない。妃としての勉強がとりあえずひと段落し、教育に関する業務だけがミノルの手に残ると、婚約前に比べて遥かに自由な時間が増えた。ゆっくり寝る時間も、メアリと話す時間もあり、ミノルは暇を持て余すよりはと、むしろ積極的に裁縫や料理を学ぶ余裕まであった。
「何を流行らせるって?」
ミノルは、空いた時間でレイの執務室を訪ねる。待っていては半年スパンで放置される事は、もう学んだ。レイはあれから、忙しい中きちんと顔を出してくれるようになったが、やはり申し訳ない気持ちが勝り、自分が来るからと言ってしまった。今となっては、暇になったミノルが行くのは当たり前だ。
「文よ、文。文字を真剣に学んだ後に、どんな良い事があるのか。これって、学習意欲に関わる事だと思うのよね」
「目標がないと、習熟度は下がるからな。それで、文っていうのは?」
レイは相変わらず、ミノルを婚約者だと本当に分かっているのか、従姉であった頃と変わらない態度で尋ねる。相変わらず、書簡を眺めながらヒトの話を聞くのが上手い。
「あたし、恋をして思ったのよ。好きって、いつも言われたいって」
「は?」
「でも実際、そう毎日会えなかったり、恥ずかしくて言えなかったり、そういうのってあるじゃない?だから、ここで文よ。面と向かってじゃ言いにくい事とかを文にして送るの。そこに“好き”って一言書いてあるだけで、もらった側はいつでもそれを眺めて、いつでも幸せな気持ちになれるの。直接言われるのも嬉しいけど、形に残るのもそれはそれで、とても素晴らしいと思うのよね。文のやり取りの数だけ愛が深まるのよ、とっても素敵!会えない恋人達や、口下手な恋人達の強い味方!」
ミノルは力説する。言わんとしている事は伝わったのか、レイは書簡から視線を外し、ミノルを見遣る。
「いいかもね」
「でしょう?だから、それにはまず、書簡が出回りやすくする必要があると思うのよ。街の者達にそんなもの手にする機会も必要もないから、そもそも売ってないでしょ?それを、安価で流通しやすくしたいの。担当官を紹介してくれない?」
「なるほど。やってみるといいよ」
ミノルは、ここ最近考えていた事を認められて、嬉しくなる。
「本当に?」
「俺には思いつかない、いい考えだと思うよ」
ふっと笑うレイに、ミノルは天まで昇る気持ちになる。
「レイにはまず無理よね」
「無理だね、確かに。好きだって言われた事ないから、根に持ってる?」
「ばれたか」
「分かるよ、そのくらいは」
実際、ミノルはレイからの愛の言葉を受けた事がない。最も近しい言葉で言えば、嫁にもらってやるような事は言われたが、そうではない。今なら、婚約者を決めなかったレイの気持ちが分かる。好きだという、その一言が、確信が欲しいのだ。
レイは意地悪く笑いながら、頬杖をついてこちらに体を向ける。
「やだわ、レイ。ドキドキさせないで」
「何もしてないけど」
なにそれ、と笑われた。レイはこちらに向き直っただけだろうが、レイの目を正面から見られる事のミノルへの破壊力を、彼はまだ分かっていない。
「そっちの愛が深すぎて、ちょっと付いて行けないというかなんというか」
「えっ!?不快!?」
ミノルは青くなる。レイに嫌われたら、もう生きて行けない。
「いや、どんな気持ちからが好きって言うのか分からないというか。秤がミノルじゃ、境界値が高すぎると言うか」
「ちょ、ちょっと待って!?い、今なんて言った!?」
「だから、境界値が、」
「その前!」
レイはきょとんとして、妙に興奮するミノルを不審気に見遣る。
「ミノル?」
ぐらり、とミノルは大きく仰け反る。顔が熱くて、頬から溶け落ちてしまいそう。
「呼び捨て!あんた、あたしを殺す気ね!?」
「いつまでもミノル姉じゃおかしいから。なに、なんて呼ばれたかった?」
「ミノルで!ミノル、ミノルを全力で支持するわ!」
また気でも違ったのかと、レイは苦い顔をする。理解に苦しまれているが、レイに乙女心の理解など最早求めていない。
「まぁ、ミノルを選んで良かったとは思ってるよ、これでも」
ミノルは、すっと意識が軽く吹っ飛びかかったのを、足に力を込めて居直る。
「・・・え?」
「メアリがあんまりしつこく言うから従ったけど、従って良かったかな。好かれるって案外、幸せかも」
「・・・ミレイ姫みたいに、綺麗じゃないけど」
「別に、それ結婚に必要?」
「後ろ盾にもなれないし」
「自分でつくる国に、それ必要?」
レイは真顔でさらりと言うが、ほとんどの者にとっては、それは必要なものだ。
「でもあたし、レイを手伝える。仕事を、手伝えるわ」
「知ってる」
あまりにも当たり前のように言うので、ミノルの目に涙が浮かんでくる。
「あ、頭は結構いい方だと思うの。武道もしてたから、た、体力もあるし。いざって時にはレイだって担いで逃げられる」
「期待してる」
ははっ、とレイは笑う。また、ミノルを殺そうとしていることに、気付いていない。
「それに、レイが一番好きなのは、負けない」
「意外とそれが重要だって、今しみじみ思ってる」
ミノルはレイの首に巻きついて、唇を噛みしめる。涙が溢れて来たが、レイにはもう、泣いている顔は見せたくない。
ずっと、こうしてレイに抱きつくメアリが羨ましかった。嫌がられない事が、羨ましかった。でももう、ミノルはそれを羨まなくてもいい。
レイがぽんぽん、と頭を優しく撫で、そうしてミノルを抱きしめてくれた。
「もう、・・・いつ死んでもいい」
「なにそれ」
「そのくらい、幸せってこと」
ぎゅっと、手に力を込める。言葉では言い表せない幸せが、官になったあの日からの努力が、すうっと頭を過っていく。手に入れるまでにかかった年月が、ミノルをさらなる幸福へと導いて行く。
シノブのいなくなったこの冰は、やがてライに嫁ぐメアリも失って、彼だけが残される。
ミノルは、抱きしめたレイの肩に顔を埋めて誓う。
目標は、更新された。レイを手に入れたミノルは、今度は彼を幸せに。それが今の、ミノルの夢。




