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ミノル30

 あまりにも子供じみた泣き方をしたせいで、ミノルがとうとう煮詰まって壊れた、と周りは慌てたらしい。

 周囲の事などお構いなく二十分ほど泣き続けたミノルの元に、とうとう待ち人が来た。ミノルは知らなかったが、後から聞いたところによると、城を上げてのパニック状態に陥ったらしく、当然、あっという間にレイの耳に入る事となる。

 無理もない。いい大人が壊れたように奇声を上げて、狂ったように泣き続けたら、誰しも気が触れたと思うだろう。大事な天冰様の第一妃候補が、婚約前に気が触れたとなっては一大事。官吏達が慌てふためいて右往左往する姿を想像したら、笑える。

 天を仰いであんあんと号泣するミノルは、レイの入室に気付かなかった。ふっと、頬に触れる手に気付いて目を開けると、目の前にレイの顔があった時の驚きといったら、心臓が止まったかと思った。

 驚きの余りピタリ、と泣き止んだミノルの周りには、レイの他にも複数の官吏達が所狭しと部屋にいた。全く気付いていなかったが、変わるがわる官吏達がミノルの説得を試みたそうで、心配そうにミノルを覗き込む面々は、泣き止んだミノルを見て胸を撫で下ろした。

「さすがは天冰様。お顔を出しただけで泣き止まれましたぞ」

「いや、そもそも天冰様が奥方様を放ったらかしになさるから、こんな事に」

「精神的に追い詰められておられたのだ。天冰様も少しはお気を遣われてですな」

「しかし、奥方様もお人が悪い。我々の言葉には耳も貸さず、天冰様のお顔を見ただけでなんですか、その嬉しそうなお顔。緩み切ってますぞ」

「顔をお出しになるだけでお喜びなのですから、お顔くらい毎日お見せになればよろしいのに」

 ざわざわと、振り回されて言いたい放題に官吏達に、頬杖をついてミノルを見ているレイは、げんなりとした顔を見せる。

「分かった、分かったから。心配をかけた。どうやら落ち着いたようだから、みな仕事に戻れ」

 官吏達はぶつぶつ言いながら、涙でぼろぼろのミノルと、揶揄われてげっそりとため息を漏らすレイを交互に見ながら、最後には可笑しそうに忍び笑いつつ、部屋を出て行った。

 後には、手を伸ばせば触れられる距離で頬杖をつくレイと、ミノルだけが残される。

「れ、レイ」

「落ち着いた?」

 また、涙が出て来た。レイ、レイがいる。何ヶ月ぶりだろう。相変わらず忙しいくせに飄々とした涼しげな顔をして、じっとミノルを見ているレイに感激して、緩み切ったミノルの涙腺からはまたボタボタと涙が落ちる。

「大変だった?仕事」

「ち、違うわよ。レイが、会いに来てくれないから」

「来たら良かったのに」

 レイが服の袖で、ミノルの涙を拭いながらそんな事を言う。

「だって。レイに、会いに来て欲しくて。忙しいからそんな時間ないだろうなって頭では、分かって、たけどぉ」

 また感情が込み上げてくるミノルを見て、レイが慌てた様子で言う。

「分かったから、もう泣くなよ。またあいつらに愚痴ぐち言われる」

「言われたらいいのよっ!」

 ミノルはそうは思っても、ぐっと声を堪えて、唇を噛みしめる。

「分かってないっ!最後に会ったのいつか分かってるの?ミレイ姫との見合いの前よ。顔を出してくれてたんなら、起こしてよ!こんな、こんなに会いたかったのにっ!寂しかったのに!」

 そう言って欲しかった事を、ミノルは結局自分が言ってしまっている事に気付く。情けなくなってすすり泣くミノルに、レイは黙ってぽんぽんと頭を撫でてくれた。

「明日からは会いにくる。起きてる時に」

「・・・レイも寂しかった?」

「んー」

 そんな事を考える暇はなかった、と顔に書いてある。分かってはいるが、また泣けてくる。もう、何がどうあっても泣ける。

 レイは困ったように小さく笑って、子供をあやすようにミノルの顔を覗き込んだ。

「寂しかったよ」

「・・・うん」

 嘘でも、いい。嘘をついて安心させてくれるだけの優しさを向けてくれるのが、ミノルだけならば。それでいい。

「会いに来るたびに、泣かないでよ?」

「約束は出来ない」

 ふふ、とミノルは崩れるように笑う。レイの顔を見れて、話が出来る。それは、夢にまで見たミノルの幸せ。

 ミノルはキスをせがむ。

 レイは目を丸くした後に、吹き出すように笑った。

「そんなに、好かれていたとは思わなかった」

「鈍いわね。それに関しては、レイは才能なしよ」

 ミノルはレイの首に手を回す。それを振り払われる事のない地位を、ミノルは手に入れた。じっとこちらを見返すレイを見て初めて、婚約者候補という名を与えられてから初めて、実感した。

「もう、離してあげないわよ」

 ミノルはそっと、レイにキスをする。 触れた途端、かっと体全体が熱くなって、また涙が出た。

 目を開けると、目の前にあるレイの綺麗な顔に、少し恥ずかしくなる。涙を優しく掬ってくれる指がミノルの肌に触れるだけで、これまで会えなかった不満が消し飛ぶ程に幸せな気持ちになる。

「あたしって、世界一幸運な女だわ」

「ははっ。大げさ」

 レイが笑う。十年前には、こんな笑顔を見る日が来ようとは夢にも思わなかった。従姉でなければ、絶対に手に入らなかった。ミレイ姫に、奪われていた。ミノルは本当に、運が良かったのだ。

 ああ、なんて幸せだろう。

 ミノルはレイに、キスをする。レイは分かっているのだろうか。ミノルがどれだけレイを愛し、今、どれだけ幸せなのかという事を。

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