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ミノル27

 レイは押し倒されて床にぶつけた頭を押さえ、痛みに顔を顰めながら、のしかかったミノルを見上げる。

「何、してんの」

「あたし、貴方の妻になりたいって言ったけど」

 レイはまだ頭を摩りながら、とりあえず黙ってミノルの言い分を聞こうとしている。眉を顰めたまま、それでもじっとミノルを見る。ミノルだけを見ている。

「レイは、分かってない」

「・・・何を」

 今度は溜息をつかれた。呆れたような表情すらも、見逃したくはない。

「あたしが、貴方をどれだけ好きかって事」

 レイは溜息まじりに、上半身を起こそうとする。だが、ミノルがのしかかったまま動かなかったので、結局半身しか起こさずに両腕をついた状態で止まる。

「分かってないって?ずっと前から、冰に嫁に来たかったんだろ?それは聞いたけど、その認識が間違ってる?」

「間違ってる。いや、間違ってはいないんだけど、そもそも、あたしは冰に嫁に来たかったんじゃない。それじゃあ、シノブちゃんでも良かった事になるでしょ」

「シノブだと、年が離れすぎる」

 ミノルは首を大きく振る。メアリの予想は、正しかった。レイは、分かっていない。何も、分かってない。

「他の候補者の事なんて知らない。でもあたしは、冰という大家に選ばれたいわけじゃない。レイに、天冰ではなく、レイに選ばれたかったの。レイが好きなのよ。貴方は、あたしが冰の嫁の座を狙っていると思っていない?全く違うわ。あたしはレイが今この瞬間、天冰の座を捨てたとしても、貴方の妻になりたいの」

 ぽかん、とレイはその形の良い唇を開けたまま、じっとミノルを見る。驚き過ぎて言葉もなく、瞬きも忘れている。珍しく軽いパニック状態にあるのか、いくら待ってもレイの口から言葉が紡がれない。

「レイ?」

 レイは微動だにしない。まるで他人を見るかのような目で、ミノルを見ている。何を考えているのか、ミノルには計りかねる。嬉しいと思ってくれただろうか、従姉がそんな事を言い出して、気持ちが悪いと思っただろうか。

 ミノルはその無防備な唇に、そっとキスをしてみる。ぴくっ、とレイの肩がはねた。

 そっと唇を離して、息のかかるその距離で、ミノルは小さく笑う。

「ずっと、こうしたいと思ってた」

 レイは、ミノルから目を離さない。一度足りとも目を逸らさず、ようやく小さく言った。

「・・・びっ、っっくり、した」

「案外鈍いのね。ずっと、貴方をこんなに愛してたのに」

「だって、そんな素振り見せないから」

 ミノルは苦く笑う。

「これ以上ないってほど、してたつもりだったけど」

 そう言って、今度はその頬にキスをする。レイは擽ったそうに身を捩り、ミノルの顔を押し退けた。

「さっきから、どさくさに紛れて何してんの」

「愛情表現」

「とりあえず退いて」

 レイは少し乱れた服を整えながら、ミノルの肩を押して退かせようとする。ミノルは、少し身を引いたものの、完全に退くつもりはなかった。レイの太ももに腰を落としたまま、その顔を覗き込む。

「ミレイ姫ではなく、あたしを選んで」

「今、そんな事を言われても。もうすぐお着きになる」

「だから、今言うんでしょ。あたしの方が、絶対にレイを愛してる。貴方に相応しい地位にはまだ届いてないでしょうけど、いずれ必ず、レイの望む、レイに相応しい地位まで這い上がってみせる」

「え?そのために官になったの?」

 レイは今更、そんな事を言う。

「そうよ。貴方に相応しい女になるために、官吏になって、仕事を頑張って、ここまで来たの。少しでも手助けが出来るように文字を覚えたの。あたしは貴方を好きになったあの時から、ずっとレイの目に留まるためだけに生きて来たの。だからレイ。あたしを選んで。決して、後悔はさせないから」

 お願いよ、とミノルは何度も呟きながら、その胸に頭を押し当てた。

 レイの顔が見れない。もう、伝えたい言葉は告げた。答えは、レイに委ねるしかない。

 長い沈黙の末に、レイの答えよりも先に、扉がノックされた。外から護衛武官の声がする。

「焔大家第三姫君、冰大家ご到着。冰大家ご到着。これより家主様、妃様のお部屋に入られます」

 ミノルの心臓が跳ね上がる。家主と妃への簡単な挨拶の後、ミレイ姫はこちらに来る。時間にして、もう十分もないだろう。鉢合わせてはまずい。もう、時間切れだ。

 ミノルは、ゆっくりと頭を上げる。そこにあるレイの顔を見るのは怖かったが、もうきっと、この距離で彼の顔を拝む日は来ない。そう思うと、レイを見ずにはいられなかった。

 顔を上げると、気まずそうな顔をしていたレイは、ミノルに視線を落とすなり、急に噴き出した。白い歯を見せながら、くくくっと忍び笑うレイが綺麗で、ミノルは呆気に取られる。

「な、なに?」

「だ、ミノル姉っ、ひ、酷い顔」

 堪えられないとばかりに声を上げて笑い出すレイに、ミノルは慌てて顔に手をやる。自分の顔は見えなかったが、涙で頬はぐっしょり濡れて、この分ではメイクなど残っていなかろう事は容易に想像がついた。レイがこれ程までに笑うとは、どんな酷い事になっているのかと想像するとまた泣けて来る。

「ひ、ひどい!そんなに笑わなくてもっ」

「ごめ、だって」

 レイは涙を拭いながら、まだ忍び笑っている。その顔を見ているのが幸せで、怒りなど直ぐに吹き飛ぶ。

「アルフ、代わりの服を持って来てくれないか」

 レイは一頻り笑った後、扉の向こうに声をかける。見ると、レイの服にもべったりとミノルの涙の跡が残っている。

「あっ、ご、ごめんなさい」

「平気。上着だけだから」

 どこに用意していたのか、扉の前に手ぶらで立っていたはずの護衛武官が、服を持って入って来る。

「ミノル様、はしたのうございます」

「えっ、あ」

 ミノルは馬乗りになっているところを護衛武官に見咎められ、慌てて飛び退いた。しまった、と思ったがもう遅い。レイはミノルから解放されると直ぐに立ち上がり、上着を脱いだ。

 離れてしまった自分に毒づきかけて、やめる。どうせもう、タイムリミットだ。

「レイ」

「ん」

 着替えるレイに背を向けて、ミノルは重い足取りで扉に向かう。汚れた上着を持って、護衛武官が先に扉の前に立つ。ミノルのために、扉を開けてくれた。

「分かっていて。あたしは、本当に貴方を愛してるから」

「どのくらい?」

 レイの間髪入れない返答に、ミノルは振り返る。

「え?」

「どのくらい?」

 上着のボタンを留めながら、レイは再度言う。ミノルは、なんと答えるべきかと逡巡しながら口を開く。

「誰よりも、何よりも。ここまで積み上げて来た地位も、職も、家族も、・・・冰も!何を捨ててでも!何を失っても後悔がないほど」

「それを捨てられると困るけど」

 レイは優しく笑って、ミノルを振り返る。

「仕方ないな。貰ってあげるよ、ミノル姉」

「へ?」

 ぽかんと口を開けるミノルに、レイは手を振る事で退出を促す。

「貰ってあげるから、とりあえず出て行って。ミレイ姫を無碍には出来ない」

「え?あ、・・・え?」

 何を言われているのか分からないミノルを、レイは手を振る事で追い払う。呆然と意識ここになきミノルは、後から聞くところによれば、護衛武官によって部屋まで運び込まれたそうであるが、覚えはない。



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