ミノル24
それからは、何度となくミレイ姫のアプローチを退け、レイがやっとの事で帰路に着いた。また会いに来ても良いか、と残念そうに尋ねる姫に、今度は城にお招きします、と、レイはやはり無難に返していた。
見送るレイを何度も振り返りながら帰っていく姫の後ろ姿は、とても印象的だった。同じ男を好きな者同士、ミノルまでキリキリと胸が痛んだ。
ミノルはレイが城の中に消えていくのを見届けてから、フードを落とした。門前で、ようやく解放されたテーラはへたり込むようにして溜息をついた。
「つ、疲れた」
「テーラ、今日は本当にありがとう」
「あまり収穫はなかったけどな」
「ううん。あったわ。レイは、愛を求めているんじゃないかと、思わされる発言があったんだけど。どう思う?」
「どうって?じゃあ求めていらっしゃるんじゃないの?」
「だって、あたしはこんなに愛してるのに。あの姫だって明らかにそうだったでしょ。なのに、どうして」
「そりゃ、愛は片側通行じゃだめだろ。自分が愛する女がいいって事なんじゃないの。まだ愛せる女に出会えてません、て事なんじゃ?」
テーラはよろよろと立ち上がり、ふらふらと城門を潜って行く。
「とにかく、俺はもう休むから。じゃ」
「あ、うん。ありがとう」
テーラは片手を上げる事で答えて、城の中に消えていった。ミノルは拝むようにテーラの後ろ姿に向かって頭を下げて、それから城壁にもたれかかって空を見上げた。
あのレイが、本当に愛なんて抽象的なものを第一に考えるだろうか、という疑問。それを得られていないと認識されている、疑問。どうにも答えが分からないが、メアリには、ミノルに伝えた言葉の他にも、レイの妻に求める理想があるのかもしれない。これは、彼女に直接聞くのが早かろうと、その足で彼女を訪ねて行くと、珍しい事に、嬉しい誤算ではあるが、レイがメアリの部屋で寛いでいた。
「あれ、ミノル姉も来たんだ」
レイは上着のボタンを何個か外し、楽な格好で椅子の背もたれに頭を預けるようにしてダラリと座っていた。
「珍しいね、レイ」
「んー、疲れた」
メアリが、レイの上着の残りのボタンを外しながら、笑っている。
「レイお兄様がこんなにお疲れになるなんて、ミレイ様もやりますね」
「城下を案内して回るなんてこと、普段はしないから。城を訪ねてくれれば良かったんだが、なぜ城下を選ばれたのか」
なされるがままになっているレイは、また溜息をつく。ここまで疲れている姿を見るのは、確かに珍しい。
「レイお兄様、背中を起こして下さい。上着をお脱ぎになって」
上着を脱がそうとするメアリに従って、レイがゆっくりと背もたれから体を離す。妹に介抱される姿が物珍しくて、ミノルは思わず笑ってしまった。
「メアリちゃんが、お姉さんみたいね」
レイもメアリも、おかしそうに笑った。
「嫁に出すのが惜しくなるな」
「まぁ。レイお兄様がお望みなら、ずっとここにいますわ」
「ライに殺される」
「殺させやしません。私の大切なお兄様ですもの。私が、絶対にお守りします」
二人はそんな事を言いながら笑っているが、カップルがじゃれ合っているようにしか見えない。いくら相手がメアリとは言え、些かジェラシーを感じるのは、メアリにミレイ姫の面影を重ねてしまっているからかもしれない。
「それで、ミノルちゃんは私にご用?レイお兄様にご用?」
突然話を振られ、ミノルは狼狽える。
「え?あ、メアリちゃんと話そうと思ったんだけど、急がないから。兄妹水入らずで話をしてちょうだい」
「俺がいてもいいなら、気にせず話して」
いいような、悪いような。
ミノルが悩んでいると、レイはそれを否定と捉えて、立ち上がる。
「俺は十分休んだから、そろそろ行く。二人で話して」
「あ、いいのいいの!急がないから、あたしが出て行くわ。て、テーラのお見舞いに行かないと」
「テーラ。ああ、ミノル姉の同僚の。どうかした?」
「え?あ、えーっと、旅の疲れが出たとかで」
一日中レイの尾行をしていた、とは流石に言えない。
「何か滋養のある薬を届けるよう、後で言っとく。じゃあ、俺は仕事があるから」
結局、レイはそのまま行ってしまった。折角休んでいたのに、申し訳ない事をした。
「ごめんね、邪魔して」
「いいの。後でまた様子を見に行くから。それより、どうかしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって。メアリちゃん、レイに何か、妻にするヒトについて、レイに要望を出したりした?」
メアリは不思議そうにミノルを見つめてから、首を傾げて見せた。やはり、仕草などがミレイ姫を想起させる。
「レイお兄様を、心から愛するヒトをお嫁さんにして欲しいって、何度か伝えたいけど」
「他には?」
「他には、特に何も、言っていないと思うのだけれど。どうかしたの?」
やはり、愛。
ミノルは昼間に聞いた事を掻い摘んでメアリに伝え、彼女の意見を問うた。メアリはしばらく考え込んでいたが、最終的に詰めていた息を吐いて、降参のポーズをした。
「レイお兄様ったら、どういうおつもりなのかしら。最も自分を愛しているのが誰か、分からないって意味なのかしら」
「愛に優劣なんてある?」
「レイお兄様を好きになるヒトなんてたくさんいらつしゃるから、」
言いかけて、メアリは思いついたように、はっと顔を上げた。
「みんなに好かれ過ぎて、何が愛か分からなくなっていらっしゃる、って事かも」
「うん?」
「皆がレイお兄様を狙っていらっしゃるでしょ?そんな好意に慣れてしまっていて、それを愛情と捉えられないのかも。結婚をちらつかされるのが、当たり前な環境の中で、本当にレイお兄様をお好きな方と、妃の座を狙う方の区別がついていらっしゃらない。そんな気がするの」
ミノルは、胸に刺さるものがあった。確かミノルは、レイが好きだと、そう伝えた事がない。すっかりミノルの気持ちは伝わっているつもりでいたが、よくよく思えば、ミノルはレイに、妻にしてくれと言ったに過ぎない。それは、他の候補者が妃の座を狙う事と、レイの中ではなんら変わりがない気がした。
今日聞いていた限りでは、ミレイ姫もレイへの好意は口にしなかった。妻になるために必要な条件のような事ばかりを聞いていた。彼女とて、レイを本当に想っている事は明白であったが、レイにそれが伝わっているかと言われれば、確かに疑わしい。
「こんなに態度に出ているのに、まさか、気付いていないってこと?」
こんなに、アピールしているつもりなのに、ミノルがレイを好きだという認識がないとすれば、それはなんて無駄な努力だろう。分かってもらってから攻めるのでなければ、毎日会いに行ったところで、レイはメアリと息抜きをしているくらいの感覚でしかない事になる。
女として意識して見てもらわない事には、なにも始まらない。意外にも、レイに好意ある全ての女性が今まで口にしなかった言葉。彼への好意を、真っ直ぐに告げる言葉。もしかすると、それを一番に口にしたのなら、ミノルは圧倒的優位に立てるのではないのか。
「今から、言ってくる」
ミノルはメアリの返事を聞かずに、立ち上がる。
早急に伝えなければ。それで何かが変わるなら、ミノルにチャンスが生まれるのならば、直ぐにでも。否、ミノルのこの溢れる想いを、知っていて欲しいから。




