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ミノル23

 しばらくミレイ姫を眺めていると、二人が動き出した。

 テーラは不思議そうにミノルの側に立っていたが、二人が動いたのをきっかけにレイに気付いたらしく、驚愕の表情を顔面に貼り付けて、それから引き攣った顔のまま、目だけでミノルを横目に見てきた。

 ミノルは無言のまま、テーラを睨め付ける。

「あー・・・、そういうことねー」

 テーラは小さく溜息をついてから、ミノルの手首を掴んだ。

「ちょ、なによ」

「追うんだろ。見失う」

「ま、待って!行かないわよ!」

 ミノルが慌てて手を振り払うと、テーラは怪訝そうに眉根を寄せた。

「何しに来たんだよ、じゃあ」

「相手の、方の、顔を見に」

「見て?あーやっぱ敵わないって確認しに?」

 テーラが冷ややかに言うので、ミノルは彼から目を逸らした。

「ただ、見に来ただけよ」

「しょーもないな。勝てるわけないだろ、天冰様のお相手に選ばれるような姫君に、姫より官吏の姿がお似合いのお前が?それを分かってて、なんで傷つきに来たわけ?」

 ミノルはぐうの音も出ない。自分は何を思って、レイを追って来たのだっただろう。姫君が美しくなければいいと期待して、レイが彼女に全く興味のある素振りを見せなくて。そんなミノルに都合のいい何かを期待して、追って来たのだと今更気付いた。

 実際は、ミノルとは正反対に若く、背もレイよりも低くて、愛らしく、可愛くて、彼の妹に雰囲気が似ている。勝てる要素など微塵もないどころか、レイが彼女を気に入らない理由が全く見当たらない。

「とにかく追うんだよ。諦めたくないなら」

「だって、もっと傷つくわ」

「あんな可愛い子に好意を持たれて、嬉しくない男なんていねぇよ。でも、天冰様が好意を持たれるとは限らないだろ。そうなりそうなら、そうなる前にこっちが勝負かけるんだよ。やることやって諦めろよ、ここまで俺とランドを巻き込んでおいて!」

 テーラは、苛立ちを隠しもせずに言い放ち、再びミノルの手首を掴む。

「さあ、行くのか、行かないのか!追いかけて顚末を見届けないって言うんなら、天冰様の事はすっぱり今ここで諦めろ!」

 諦める。

 ぶわっと、走馬灯のようにレイの顔が過った。仕事をしている時の横顔が、ミノルの名を呼ぶ声が、笑顔が、眠そうに目をこする姿が、堂々と佇む姿が、幼い頃から見て来た彼の全てが、ミノルに涙を流させた。

「諦めたく、ないの。どうしても、どうしても」

「恋愛は恋敵を見てするもんじゃねぇんだよ。恋敵なんて見るな。お前の好きな、天冰様だけ見てろ。天冰様がどんなものを望み、どんな話が好きで、何に興味があって、何を欲し、どんな女を求めているのか。恋敵に語る話でもいいだろ。盗み聞こうが、情報は情報だ。吸収して、横から掻っ攫えよ。情報収集だ。天冰様の望む全てをお前が手にして、献上するんだよ。あたしを選べ、と」

 ミノルは泣きながら、テーラの手を両手で握りしめた。

「あんた、天才だわっ!」

「既婚者なめんなよ。行くんだろ、早く行くぞ。こうなりゃ最後まで付き合ってやるから、見返りは俺の出世だっ!」

「任せてっ!あたしがレイを手に入れたら、あんたの望むものをおっしゃい!レイの力は借りないけど、あたしの力で、叶えてあげるわ!」

 ミノルは走る。テーラが後ろから追ってくる。それが心強くて、ミノルの足は徐々に軽くなる。

 何度同じ事で悩むのだろう。何度人と比べて無謀だと落ち込むのだろう。無謀なのは、彼を好きになった時から分かっている。

 ミノルは二人の背後に着くと、テーラのマントを奪って羽織り、顔を隠した。そうしてテーラの腕に手を回し、さも恋人同士であるように装いながら、二人の後をぴたりと尾ける。テーラは、腕を組んでも何も言わなかった。

「まぁ。でしたら、わたくしにご用意させていただけませんか。天冰様さえ、お嫌でなければ」

 鈴を転がすような声が、聞こえる。二人は少しだけ距離を開けて、並んで歩いている。表情こそ分からないが、声を聞けば、ミレイ姫が楽しんでいる事は分かる。

「いいえ、お言葉に甘えるわけには。お気持ちだけありがたく。姫君は何か、ご所望のものは?この城下には、雷国の品もございますよ」

 出遅れたせいで、レイの欲しいものを聞き逃してしまった。自分への怒りを押し込めつつ、ミノルは聞き耳を立て続ける。

「とんでもございません。こうしてわざわざご案内いただけるだけで、とても、嬉しく思います」

 そう言って俯く姫君の艶やかな声が、レイを好きだと物語っている。ミノルの他にも、家柄ではなく、本気でレイを愛する恋敵がいた事に、少なからず驚いた。家柄も込みかも知れないが、彼女は天冰ではなく、間違いなくレイ自身を見ている。

 それからしばらくは、レイが焔大家について質問をしていた。強大な力で配下の街を治める大家に、レイは興味津々のようだったが、政治に関わりのない姫君には、答えられないことも少なからずあった。それに少し、ほっとする自分が浅ましい。

「天冰様のお相手の方は、もう、お決めになられたのですか」

 話の区切りがついたところで、ミレイ姫はとうとう核心を突いてきた。ミノルは身を乗り出しかけて、テーラに歩測を修正されて慌てて我に返る。

「いいえ、まだ」

「何か、迷っていらっしゃるのですか」

「そうですね、皆さん素敵な方なので」

 レイが無難に返すと、ミノルはほっと胸をなで下ろした。レイは、この美しい姫君を前にしても、彼女を妻にと決心していない。声色からも、ただ天冰として姫君に接しているのが明らかで、彼女に心惹かれている様子はない。

「是非、天冰様のお目に叶うために必要なものを、教えていただきたいです」

 そうねだる声が可愛くて、不思議と腹は立たない。普段からねだり慣れているせいか、全く嫌味に思わせないのだから、すごい。

 レイは苦笑しつつも、丁寧に応対する。

「皆さんそれぞれ個性があって、それぞれの美徳があって、私などにはもったいない姫君ばかりで、それで困っているのですよ」

 上手いこと言うなぁ、とテーラがぼそりと呟く。

「でも、これだけは備えていて欲しいという、天冰様のお好みがおありなのでは?何を、重要視なさるのですか」

 姫君も負けていない。聞き方がストレートなだけに、ミノルとしても是非答えが欲しい。

「妹が」

 レイから出た思いがけない言葉に、ミレイ姫が不思議そうに言う。

「妹姫様、ですか?」

「ええ。妹がよく、私に小言のように言って来るのです。それは政治に必要なものなのかと私は思うのですが、妹があまりにも頑なに主張して来るものですから、いつしか私も、それを得る事がとても必要な事のように思えて来てしまって」

「それは、なんなのですか?」

「お恥ずかしくて、口にするのは憚られるのですが。私は残念ながらまだ、それを得られた事がないのです」

 ミノルは、混乱した。ミレイ姫が何度尋ねてもはぐらかしていたので、彼女はその答えを遂に得られなかったが、ミノルはその答えを、知っている。

 メアリは、ミノルに言った。“レイお兄様の事を心から愛してくれるお嫁さんが欲しい”、と。

 レイが、第一に求めているのは、全くもって予想外の事に、彼への深い愛。だがしかし、そうだとすると疑問がある。レイはなぜ、それを得られた事がないなどと言うのだろう。

 ミノルはもとより、ミレイ姫も、こんなにもレイを愛しているというのに、それを得られた事がないなどと、実に不可解極まりない。

 混乱するミノルを置き去りに、二人は雑貨屋の前で立ち止まり、小物などを見て雑談を始める。

 ああ、分からない。


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