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ミノル22

 それから何日か経って、明後日から仕事が始まろうかという日。明日にはぞくぞくと、帰省していた皆が戻って来ようかという日だった。

 ここ何日か、冰家の面々との昼食を楽しんだミノルは、今日もそのつもりで、昼食の二時間前にレイの部屋を訪ねた。

 もちろん、レイとの二人の時間を持ちたいがためで、ここ何日かも、そうしてきた。だから当たり前のようにそうしたのだが、レイの部屋の扉をノックしようとして、部屋から出てきたレイとぶつかりそうになった。

 お互いに驚いた顔を突き合わせてから、ミノルは慌てた様子で上着を羽織っているレイをまじまじと見る。きちんとした上着を羽織ると、途端にレイではなく、天冰に見えるから不思議だ。

「どこか行くの?」

 ミノルの問いに、前ボタンを留めながら、レイは言う。

「ああ、ごめん。ミノル姉にも連絡を入れとくべきだった。急な来客で、街に出なくちゃならなくなって」

 そうなの、と生返事を返しながら、ミノルは落胆する。休みは明日で終わってしまうのに、何も今日来なくてもいいではないか、と毒づきながら、ふと、レイの格好が気になった。

 格下の相手に会う、と言った様子ではない。レイの後ろからぬっと現れた官が、歪んだマントを直したり、髪を梳いたりと身嗜みのチェックに余念がないだけでなく、ミノルを憚るように、そっと目線を逸らす。

 来客で街に、というのはかなり珍しい。レイ程の立場なら、あちらから城に訪ねてくるべきだ。出かけるにしても、それからだろうに、この様子だといきなり街で落ち合う感じだ。レイを城の外に呼び出すなど、余程の立場の人間である事には間違いがない。

「それじゃあ、急ぐから」

 レイはそう言って、足早に官数人を引き連れて行ってしまった。その場に残されたミノルは、先ほどまでレイが着ていたのであろう衣類を持って、遅れて部屋から出て来た官吏を呼び止める。

「もしかして、女なの」

「は?」

 いくつかの書類も持った官吏は、両手が塞がった状態で、声をかけた主がミノルと知って慌てて小さく頭を下げた。

「レイよ。待ち合わせの相手は、誰?」

「あー・・・」

 官吏は目に見えて狼狽しながら、言葉を濁すが、ミノルは逃すつもりはない。

「どこの、誰なの。今はレイの従姉の、ミノルとして聞いているのよ。教えてちょうだい」

「・・・焔大家の第三姫、ミレイ様です。お忍びで冰城上町の見学をなさりたいそうで、良ければどなたか案内をお願いしたいと、つい先程連絡が来まして」

「焔大家ですって」

 ミノルはくらり、とよろける。焔大家と言えば、紅国内では最も歴史と知名度のある一族の治める大家で、その第三姫と言えば、レイの婚約者候補の筆頭姫君だ。紅国を治めるは竜族王であるが、その祖を辿れば遠い親類に当たると言われる蛇族が治めるその土地は、この紅国で最も広大な土地を任されている。

 お忍び、とはよく言ったものだ。焔大家の姫君に案内を寄越せと言われて、レイが出向かないはずもない。初めからレイを呼び出す腹積もりなのは、火の目を見るより明らかで、そうと分かっていたとしても、レイが出ざるを得ない。立場としてはメアリでも十分に釣り合いは取れるが、レイの婚約者候補の筆頭に名を連ねている事を思えば、レイが出る方が自然だろう。

 きちんとした服を着ていたが、レイはマントを羽織っていた。街の者に天冰とバレないように旅人風を装いつつも、マントを脱いだ折に失礼がないように。

 ミノルの把握しているところでは、この姫を含めて三人の候補が有力視されている。皆身分ある姫君だが、焔大家の姫君、ミレイはその筆頭であると囁かれている。年は確か十六、花も盛りの美しい姫君と専らの噂だ。それに、なんと言っても実家の名声の桁が違う。

「どこに行ったの?」

「どこに、とは」

「レイ。どこで待ち合わせを?」

「行かれるので!?」

 口を割らされた官吏は青くなり、首をぶんぶんと横に振る。

「邪魔はしないわよ。見に行くだけ」

「ですが」

「焔大家の姫君を不快にさせるような事は、従姉の立場としてもするはずがないでしょう。レイが困るような事は絶対にしないから、あなたにお咎めはいかない。見るだけよ。あたしは今仕事も休みだし、暇だから街に行くだけよ。文句ないでしょう」

 官吏は苦い顔をしつつも、言わない事には解放されないと悟ってか、渋々重い口を開く。

「大広場の噴水前に。どうか、くれぐれもご自重いただきますよう」

「もちろんよ。冰の名は穢さない。レイのためにも」

 本気でそう思っている。ただ、ミノルなどでは絶対に顔を見る機会のない名家の姫君を、その顔を拝んでみたいだけだ。

 足早に出て行ったレイを追い、取るものもとりあえず城を出た。大広場の噴水は、メアリの生誕を祝って建てられ、今では待ち合わせスポットとなっている。

 城門前の大通りをただただ下れば到着する噴水前には、お忍びを気遣ってか、目に見えて武官が溢れている、といった事はなかった。フードを被っていても、後ろ姿でも、レイは直ぐに分かった。体格で分かる。佇まいで分かる。

 では、レイが話している相手が、例の姫君だと言うわけだ。意識してみると、護衛武官が少し距離を置いて立っているが、それと分かって見なければただの旅装束の二人組にしか見えぬだろう。

 最初こそ顔を伏せていたが、女は直ぐに顔を上げた。ミノルはぼうっと、その顔に見惚れた自分を恥じる。

 姫として、溢れんばかりの愛情を受けて育ったのが手に取るように分かった。雰囲気が、とてもある人に似ていた。ほわりと笑った笑顔、苦労など知らぬ美しい指は白く細く、口元を隠して笑う姿はまさに花も恥じらうよう。レイよりも低い背たけ、思わず守ってあげたくなる頼りない肩幅、何よりレイを見つめる瞳が愛らしく、ぽっと染めたピンク色の頬が愛おしい。まさに恵まれた両家の姫君然とした少女は若さに満ち満ち、その目は本当にレイを欲する、恋する女の目だった。

 メアリだ。先日見た、ライの横に佇むよく知る少女に、雰囲気がそっくりであった。もちろん、顔形は全く違うのだが、大切に育てられた、穢れを知らぬ姫君独特の雰囲気が、似ている。メアリは、レイ達の育てた、レイ達の愛する妹だ。そのメアリに似ているという事は、レイが彼女に好感を持っていると想像するには十分な理由となった。

 レイがこちらに背を向けていて、良かった。彼が彼女に笑いかける姿など、見る勇気があろうはずもない。

「あれ、何してるんだミノル」

 はっと我に返ると、こちらを覗き込むテーラと目が合った。

「そんな所で泣きそうな顔して。何がある?」

 テーラはミノルの視線の先を見遣るが、レイはこちらに背を向けているので気付く様子はない。

「テーラこそ、どうしてここに」

 なんとか言うミノルに、テーラは荷物を示す。

「里帰りから帰って来たとこ。予定より早く着いたけど」

 帰りは明日と聞いていたので、道中よほどスムーズに帰って来られたのだろう。

「テーラ、あそこの、ほら、あの女の子。どう思う?」

「どれ?えー、あ、あの子?すんごい可愛いな。誰?知り合い?」

「可愛いよねー、やっぱ。若さが眩しい」

「いいとこのお嬢様って感じ。なんていうか、無垢?」

 そうだよね、と呟きながら、ミノルはまたミレイ姫に見惚れる。

 酷く、虚しい。

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