ミノル20
生誕祭の日、入り口で来賓を迎えていたミノルは、直ぐにメアリの婚約者を見つけた。メアリをエスコートしてくる青年は、愛しくて堪らないといった優しい目でメアリを見つめながら、ミノルの前にやってきた。
真っ黒な髪が艶やかで、レイには負けるが、中々の男前だと思った。手を引かれるメアリも幸せそうで、見ていて心が優しくなれる、なんともお似合いの二人であった。
青年とは、一応仕事の最中である事もあり、軽く挨拶を交わしただけだが、軽く言葉を重ねただげて、流石に大家の子息を思わせる貫禄と気品があった。
その後壇上に現れたレイは、眩しくて見えぬほどに輝いていたが、ミノルはうっとりとレイに見惚れてその日を終える事など、当然出来なかった。ぎらぎらとした目でレイを狙う子女達に、ミノルは常に不安を強いられた。
仕事で場を離れる事もあったし、レイとどこぞの姫君が談笑しているのを見せつけられたり、見せつけられたり、見せつけられたり、ミノルにとっては、レイが壇上に現れた瞬間がこの日一番幸福な時間だった。ミノルは綺麗に着飾った、自分とライバルの差を見せつけられ続け、苛々と、鬱々と、唇を噛みしめてその日の業務をなんとか終えた。
自分など、どう贔屓目に見ても相手にならなかった。レイと何を話していたのか知らないが、彼の前で花のように美しい何人もの姫君が、その愛想を振りまく姿はまるで蝶のように可憐で、女のミノルが見ても抱きつきたくなるほど、華奢で頼りない肩をしていた。
レイも抱きしめたいと思ったのではないかと思うだけで、自分がどん底まで落ちて行くようだった。
覚悟はしていた、はずだった。自分より遥かに美しく、遥かに家柄の良い子女達がレイに会いに来る。そんな事は分かっていたはずなのに、実際に目にした時の破壊力たるや、立ち上がる気力すら根刮ぎ奪う苛烈さだった。
気になるのはやはり、彼女達を前にして、レイがどう思ったのかという事だ。彼とて二十歳の男だ。いくら中身しか見ないだろうとは言っても、綺麗な女性を前にして、心が動かない事などあるだろうか。中身を重視するというのも、よくよく考えればただの推測で、レイに直接聞いた話ではない。好みの顔とて、あるだろう。好みの体つきとて、あるだろう。
「はあ」
ミノルは寝台に一人転がって、何度目かの溜息をついた。レイ達はまだ、宴会の途中であろう。ミノルはもう、今日はレイには会えない。
今この瞬間にもレイが口説かれているかもしれないと考えるだけで、動悸がする。こんな状態で休めるはずもなく、ごろごろと意味もなく寝返りを打っては溜息をつく。そうしてただただ時間をやり過ごしていると、いつの間にか眠っていた。
気がつくと、いつも目を覚ます時間だった。体内時計とは馬鹿にならない。夢は見なかった。心の疲労と体の疲労は別のようで、いつもよりも深い眠りに感謝する。疲れていて、良かった。
のっそりと身を起こし、何を考えるでもなく身支度を整える。習慣もまた恐ろしいもので、特に考えるでもなく体が動いて準備を終えた。
レイのところに立ち寄ろうとは思わなかった。
部屋から女性など出てきた日には、窒息死する自信がある。昨日のことは、なにも知りたくない。
持ち場に着くと、既にテーラやランドが顔を並べていたが、二人とも隈が凄い。
まだ片付けがあるのか、とテーラは消え入るような声で呟いた。準備と本番で、燃え尽きたらしい。心はここにないように見える。
「広間の片付け、考えただけでぞっとするな。まだ残ってる賓客もいるから、彼らがお帰りになられてから、飾り付けの片付けだな」
「ぞっとします〜」
テーラは、半目で笑いながら言う。ランドも目が虚ろだ。
「家主様からのお達しで、片付けが終わったら、順次五日間の特別休暇を頂けることになった。皆、もう一踏ん張りだぞ」
「ええ!?ほ、本当ですか?」
上官の言葉に、がたん、とあちらこちらで立ち上がる者がある。まとまった休みなど、そうはない。急にやる気を出す面々を眺めながら、流石に部下の扱いが上手いな、とそんな事を考えながら、ミノルは一人、溜息をつく。
「どうした、ミノル。五日だぞ?休みだぞ!」
「まぁ、それは喜ばしいけど。実家に帰るの?」
「五日だからな。まぁ、帰るかな。仕送りも渡したいし。お前も帰るだろ?」
「今、五日もレイの側を離れる事には、些かの抵抗があるけど。気分を変えたい気分でもあるし。悩ましい」
「一度距離をとるっていうのも、戦略としてアリだぞ、ミノル。ほら、いなくなった寂しさで気付くとか言うし」
「恋愛経験なさそうなテーラに言われても」
はぁ、と溜息を漏らすミノルに、ランドが横から爆弾発言をする。
「え?テーラは嫁さんがいるけど」
「は?」
「ついでに子供もいる」
「はぁ!?」
ミノルは、ここ最近で一番大きな声を張り上げた。
「嘘でしょ!?」
「なんで嘘つくんだよ。申請して、冰に近い街に住まわせてもらってる」
「ちょ、ちょ、あ、あんた一体いくつなの!?」
そんなに、ミノルと年は変わらないと思っていた。
「俺?三十二だけど」
「嘘でしょ!!」
どう見ても二十五がせいぜいだ。見た目年齢と実年齢は往々にして違うものだが、出会ってから成長が止まっていると言うこともないので、リアルに見た目が若々しいということだ。
「き、聞くのが怖いけど。お子さんは、お幾つなの」
「子供。えーっと、十五になる」
ふっ、とミノルの意識が遠くなる。テーラより、その子との方が歳が近い衝撃に、ミノルは沸々と焦りの気持ちが沸き起こって来るのを認めざるを得なかった。
「あたし、帰らないわ。レイのところに入り浸る。ちょっとはしたないけど、色仕掛けって、どう思う?」
ランドとテーラは、目に見えて嫌そうな顔をした。
「出来ると思う?」
「やってみなきゃ、分からないでしょ」
「ほ、ん、と、う、に?出来ると思う?」
二人のじっとりと睨むような目が、無理だと物語っている。
「・・・出来る出来ない以前に、レイはそういうの、嫌いだと思うわ」
ミノルは、肩を落としながら言う。ただ、藁にも縋りたい気持ちを表現したいだけだったのだが、思わぬダメージを受けた。
「想われ続けて、嫌な思いをする事なんてないさ。常軌を逸した行動をしなければ、の話だけど。常識的に動けよ、ミノル。不快に思われた瞬間、気持ちが戻って来る事はまずない」
ミノルは溜息をつく。
テーラの言葉がやけに心に刺さるのが、なんとなく癪だった。




