ミノル②
ミノル達が城を訪れると、いつものように、叔母は大層喜んで迎えに出て来てくれた。
大家主にも挨拶をと願ったが、生憎仕事が立て込んでいるらしく、終に面会出来なかった。
大家主が執務を行う執務塔と、妃や子供達が生活する塔は完全に別れており、余程の来客がない限り、大家主の耳に来客の報は届かない。大家主の耳に入れるべきか、判断を下すのは基本的には側近だが、予定のない急な来客の場合、その判断は妃に委ねられる。側近も執務塔に入ってしまっている事が殆どであるためだ。
ミノル達はきちんと連絡をしてからの来訪であったが、余程忙しいのだろう、またの機会にと伝言があった。
ミノルにとっての誤算は、レイも執務塔に入っていて留守であった事だ。気負って来ただけに肩透かしを食らった感はあったが、ほっとしたのもまた事実だ。
久しぶりの再会に、姉妹は楽しそうに笑いながら妃の部屋へと消えて行く。代わりに、シノブが姿を見えた。メアリはまだ掴まり立ちしか出来ぬらしく、乳母に抱えられて付いてきた。ミノル達の見張りを兼ねているのだろう、他にもう一人、大人が付いてきていた。
「ミノルちゃ、積み木する?」
シノブは、とことこと走る。前に会った時からは比べ物にならないほどしっかりと歩き、言葉数も増えた。相変わらずにこにことよく笑い、見ていると和む。
ミノルはシノブが高く積み木を積み上げる横で、城を作ろうと模索しながら、問う。
「レイちゃんは、どうしていないの?」
執務塔は、仕事をする大人の場所だ。小家であるミノルの城には塔はないが、執務室という名の、父の仕事部屋がある。そこには、ミノルは入れない。
「お仕事だよ」
シノブはあっけらかんと言うが、仕事の訳がない。更に問うてみたが、二歳のシノブが詳しい事情を話せるはずもなく、メアリを抱いている若い付き人が代わりに答える。
「レイ様は、既に執務の見学に入られております」
「入っていいの?」
「側近の方々の推薦だとか。あのお方は、きっと、直ぐに執務を任されるようになるでしょう」
ミノルは可笑しくなってしまう。レイは、まだ四つになったばかりだ。ミノルはまだ、本も一人では読めない。
ぷるぷると震えながら積み木を高く積もうとするシノブを微笑ましく眺めながら、ミノルは付き人と話をする。シノブでは、さすがにまだミノルの話し相手にはならない。
付き人の女は見た事がなかったが、聞くところによると、乳母ではなく、新しく来たメアリ姫の護衛武官なのだそうだ。まだ若く見える。
「レイちゃんは、もう文字が読めるの?」
「既に世界標準文字に加え、紅国の古典文字を覚えられました」
「え?」
ミノルは耳を疑う。ミノルが今絵本で覚えているのは、世界標準文字である。しかも、まだ殆ど読めない。紅国の古典文字と言えば、お偉い官吏の方達が正式な書簡で使用するだけの文字で、市井のものは愚か、一般の官吏には縁のない文字である。おそらく、ミノルの父ですら殆ど読めない。
「嘘でしょ?」
「いいえ、既に読み書きを完璧になさいます。それもあって、執務塔への入館を許可なされたのです。あの方は、きっと素晴らしい家主になられる」
そうは言われても、ミノルはまだ信じられなかった。レイはミノルより二つも年下で、昨年までは確かに絵本を読んでいた。この一年で、それを全てやってのけたと言われても、信じる方が無理である。
「し、シノブちゃんは、まだ絵本よね?」
シノブは顔だけを上げて、うん、とにっこりと笑った。
「レイにぃがね、読んでくれる」
「・・・あ、そうなの」
妙な劣等感があった。ミノルは確かに勉強に身を入れてはいないし、与えられた課題もさぼっている。だが、二つ年下のレイが読めると言われては、年長者として偉そうな顔が出来ない気がして、なんとなく癪だ。
「そういえば、シノブちゃんもおしゃべりが上手になったね」
「うん」
嬉しそうにへらへら笑うシノブに、例の付き人が言う。
「シノブ様は、ヒトとお話になるのがお好きでいらっしゃいます。積極的に皆と話しておられるので、かなり言葉を覚えられるのがお早い」
確かに早い。シノブは意外と、片言ではなくはっきりと文章で話す。去年会った時から考えると、目覚ましい進歩のように思えた。
やはり皆、しっかりとした教育を受けているのだろうか。否、受けているのは間違いない。大家の子息なのだ。しかし、それが出来るのと出来ないのは本人の資質であって、現にミノルは出来ない。大家程ではないにしろ、ミノルも教育係なるものがいる、一城の「姫」である。
ミノルはメアリを見遣る。流石に喃語を呟いて笑っているだけだが、次に会う時に彼女がどうなっているのかと想像すると少し怖くなった。
ミノルは初めて、出来ない事を恥ずかしく思った。




