ミノル19
それからは、毎晩のようにミノルはレイの執務室を訪ねた。主に報告書の読み上げだけでレイとの時間は終わっていったが、毎日顔を合わせ、言葉を交わせる日々にミノルは十分に満足していた。
だが、もちろんこれだけで良いとは思っていなかった。ミノルを選ぶとどんな得があるのか、説き伏せていく必要がある。
「あたし、他の女より高確率で、レイの子供を産めると思うのよ」
「へぇ、どうして?」
レイは、仕事をしながらミノルの話を聞く。それがまた夫婦のようで、ミノルは気に入っている。
「異種族における、出産率を知っている?」
「さあ。生まれにくい、とは聞くけど。具体的な数値は知らないな」
「もちろん、種族によって違うけど、平均的には無事に産まれてくるのは十パーセント満たないと言われているの。でもこれは、平均よ。高種族になるほど確率は下がる」
「冰族は、高種族じゃない。先の大戦で数こそいなくなってしまったが、元々は高い能力のある血筋ではないし」
「あら、あなたを望むような方々は、高種族でしょ?家柄は、種族値に直結する事が多いわ。つまり、レイではなく、娶る妻の種族によって、可能性は大きく下がるのよ。どう、これ!大きな判断材料でしょう?」
んー、と、レイは書簡にサインを書きながら言う。
「でもそれは、ミノル姉だから子供が出来やすいって事になる?」
「なるわ。あたしは従姉ですもの。同じ血が流れている。同種婚、とまではいかなくとも、同じ血族なら妊娠率は跳ね上がる」
「なるほど」
レイは感心したように、今日初めてこちらを見た。
「従姉、ね。確かに、極端に数の少ない種族において、最も多いのはイトコ同士の婚姻だと言われる。ミノル姉の言う通り、兄妹を除けば、血縁では最も近しい者だし、実際子供は臨める確率が高い」
「でしょう?」
「子供を一番に考えるなら、伽羅を娶る手があるけどね」
伽羅族は、どの種族と交わっても高確率で子を成せる、珍しい種だ。それを言われてしまっては、伽羅族には勝てない。
「伽羅族からも、申し込みがあるの?」
「ないね。伽羅族には、自分から売り込むのが今の規則だ」
「申し込むの!?」
レイは、ふっと笑う。
「例えばの話。ある話を精査するだけで手一杯。最近は、毎日売り込みに来るヒトもいるし」
ちらり、とミノルを見遣る流し目に、顔が熱くなる。分かっていてやっているとしたら、凶悪極まりない。
「一日の終わりに良い女の顔が見れて、最近夢見がいいんじゃない?」
「あはは、確かに。ミノル姉が書簡を読んでくれるお陰か、最近すっきりと起きられる」
「ほんとっ!?」
冗談だったのだが、レイが笑いながらそんな事を言うので、ミノルはすっかり舞い上がる。彼は最近、二人でいる時によく笑うようになった。かなり気を許してくれていると思うのは、自意識過剰だろうか。
「これはほんと。意外と、ありがたい」
泣きそう。
ミノルは唇を噛みしめる。報われている。ミノルの行動は、確実にレイの役に立っている。それがなによりも嬉しかった。
「そうだ。明後日の生誕祭に、メアリの婚約者が来る。紹介してもらうといい。その日の仕事は?」
「実は、みんなが気を利かせてくれて、会場内の警備担当になったの」
気が散って仕方がない!とテーラが騒ぎ、頼むからその日だけは別の部署に回してくれ!とランドが嘆いた結果である事は、なんとなく伏せておく事にする。
「ああ、それなら問題ないな。メアリの側に引っ付いて離れないのがいるだろうから、直ぐに分かる」
「メアリちゃんに夢中らしいわね」
「メアリが幸せなら、それでいい」
レイは、ここ一番の優しい目をして笑う。メアリとシノブの事となると、彼はすっかり兄の目になる。そんなレイも、ミノルは堪らなく好きだ。
「メアリちゃんが嫁ぐ日は、家主様じゃなくてレイが泣きそうね」
レイは可笑しそうに、こちらを見る。
「泣かないさ。メアリが、より幸せになりに行くのだから」
「妬けるわね」
「はいはい」
微笑みをたたえたまま、また書簡に目を落とすレイからそれを取り上げ、ミノルは笑う。
「今日もレイの快眠のために、このミノル様が読んでさしあげるわ」
「それは痛み入ります」
レイが、ミノルにだけ笑いかける。
それだけでミノルは、今日もとても幸せな気持ちで眠りにつける。




