ミノル18
ミノルはそれから、暇があれば自分を売り込む方法を考えながら、なんとかレイと話す機会をただただ待っていたが、当然そう機会はあるものではない。
そんな時に、メアリがこんな事を言った。
「それって、待っていなくてはならないものなの?」
「会いに行くってこと?だって、あたしは官吏だもの」
「でも、従姉でしょ?」
「まぁ、そうだけど。不公平でしょ?従姉を振りかざして会う権利を得るなんて」
「どうして?他の姫君たちは、無碍に扱えないことをいいことに、文通をしたり、贈り物をしたり、宴を開いてはレイお兄様を呼びつけたりしているわ。立場を利用することは、果たして不公平かしら?ミノルちゃんは、その従姉という立場で、レイお兄様のお名前を呼べる、唯一の婚約者候補として名乗り出られるのに、それを使わないなんてもったいないわ。ミノルちゃんに民の血税が支払われている以上、滅多なことは言えないけれど、勤務時間外なら、ただの従姉として、ミノルちゃんはレイお兄様のお部屋に、ノック一つで入れる権利を持っているのに。それを使わずして得られるほど、レイお兄様は簡単には手に入らないと思うのだけれど」
「仰る通り!」
ミノルは目からウロコとはこの事かと、メアリの手をきつく握りしめた。
「よく考えれば、メアリちゃんにはこうして会いに来ているのに、レイだけダメだなんて事はないわよね。同じ従姉ですもの!体裁気にして手に入るなんて、あたし、なんて自惚れていたのかしら。師匠と呼びたいわ、メアリちゃん!」
「これは内緒なのだけれど、レイお兄様は間も無く二十歳におなりになるわ。二十歳を迎えられたら、大々的に婚約者を募るお心算なの。もう、あまり時間はないの、ミノルちゃん」
レイの二十歳の生誕祭が、来月に迫っていた。ミノルも時々、その準備に駆り出される事がある。
「あたしの告白があっても、見合いをするのね?なるほど、眼中にないようでは、強行突破に出るしかないわね」
「頑張って、ミノルちゃん。私、本当にミノルちゃんを応援しているの。当家では、側室はとらないわ。だから、レイお兄様を愛していないお嫁さんが来てしまったらもう、レイお兄様は愛してくれる妻を娶れる事はない」
「側室は、とらないの?」
冰大家の今の家主、つまりレイやメアリの父親には、妻が一人あるだけである。かなり珍しい、とそれは前から思っていたのだが、それは決まりだったのだろうか。
「とらないの。お父様はこの地を任される前、ここを統治していた一族の元に、人質として赴いていらっしゃったのはミノルちゃんも知ってるわよね?結果としてその一族は反乱で滅びたけれど、その原因となったのは、正室と側室の跡目争いであったそうよ。お父様は人質として、その国が崩れていく様子を目の当たりにして、悟ったのだそうよ。女の嫉妬は国を滅ぼす、と。だから当家では、それを避けるために、基本的には側室は娶らない方針なの。だからレイお兄様のお嫁さんになれるのは、ただ一人だけよ」
「側室を狙った事はないけど、それは、ますます頑張らないといけないわね」
側室になる事は、本当に考えた事がない。レイが誰かを娶る事がまず許せないミノルにとって、ミノル以外の誰かをその手に抱く姿を想像するだけで血がのぼっていたので、側室などというもの自体頭になかった。しかし、よくよく考えれば、御家の男子なるもの、側室の一人や二人、当然のようにいる。今まで考えすらしなかった自分に、些か呆れた。
「レイを手に入れてしまえば、もうレイは他の女の元へはいけないという事でしょ?むしろ朗報だわ」
「ふふ。その考え方、とても素敵だわミノルちゃん」
メアリと話すと、いつも何か得るものがある。刺激になる。頑張らなければと、思わされる。
その日、ミノルは早速、業務を終えてからレイの部屋へと向かった。レイの自室は随分前に執務室と兼用になり、寝るためだけの部屋が隣接している。当然訪ねるのは執務室の方だ。
見咎められれば止められるところを、ミノルは従姉だと説明しながら進む。元よりミノルを知っている者の方が多く、レイの部屋へ向かっていると分かると、頭を下げて挨拶をしてくる。官吏としてここにいる訳ではないのだと、誰もが無言で察しているようだった。無理もない。ミノルの告白は既に、皆が知るところとなっている。
レイの執務室の前で、ミノルは大きく深呼吸をする。今ここにレイがいる事は、既に確認済みだ。
ノックをすると、はい、と落ち着いたトーンの返答があった。緊張しながら扉を押し開くと、机に向かうレイの背中が目に飛び込んでくる。
「あれ?ミノル姉。どうかしたの」
レイは訪問者を確かめて、小さく笑った。こうして仕事をするレイを見られるのは、候補者多しと言えども、ミノルだけだ。
「仕事中なのは分かってる。横で、見ていてもいい?」
「面白いものではないと思うけど、お好きに」
レイは椅子を一脚、示してくれる。彼の横に座って、書類に目を通す姿をこんなに間近で見られるのも、ミノルだけだ。確かに、これを逃す手はない。今まで何をしていたのかと、自分を殴りたくなる。
「あら、これ、あたしが担当した報告書だわ」
「そう?なら、良ければ口頭で報告してくれない?目が疲れてきた」
「喜んで!」
言ってミノルは、閃く。
「そうだわ、これから毎日、報告書はあたしが音読してあげる。ただでさえ目を酷使しているでしょ?あたしが、読み上げてあげるわ」
「いいよ、ミノル姉だって疲れてるだろ。その分早く休んで」
「いいの!」
ミノルは食いつく。
「あたしが、そうしたいのよ。レイの役に立ちたいの。一秒でも長く、レイの側にいたいの」
「そんなに嫁に来たいの?」
「他の女に譲るつもりはない」
はは、とレイは可笑しそうに目を細めて笑った。こんな風に自然に笑うレイを見られるのも、ミノルだけだ。他の女になど、見せたくない素のレイだ。
「いつから狙ってたの、冰大家の嫁の座」
「官吏になる前からよ」
「そんなに?年季入ってるね」
「本気だって分かってもらえた?」
「そんなに野心家だったとは、思ってなかった。まぁ、やれるものならやってみなよ。悪いけど、俺は本気で選ぶから」
「望むところよ」
ミノルは報告書を手に取る。レイのために文字を覚えた事が、役に立つ事に二重の喜びを感じた。




