ミノル16
ランドとテーラは、ミノルを見て気まずそうに目を逸らしたものの、しばらくするとテーラは、やはり言わずにはいられないとばかりに怒りの目を向けてきた。
「おまえ、ふざけるなよ!打ち首を覚悟した時の俺らの気持ちが分かるか!?」
「テーラ、姫君に向かってそんな言葉遣いは」
「はっ!どのツラ下げて姫君だ?姫君に見えるか?コレが!」
テーラはびしっとミノルを指差して、もはや怖いものなどないとばかりに悪態をつく。
「こいつが恐れ多くも天冰様に抱きついたあの時、俺はもう命を一回諦めた!あの時の恐怖に比べたらなんだ?小家の姫君だろうが、天冰様の従姉だろうが、所詮ミノルはミノルだ。天冰様に嫁ぐなんて無謀な夢を見てる、ただの女だ。怖くもなーんともないね!」
「・・・二人とも、さっきは本当に悪かったわ。つい、男前を前に理性の糸が切れちゃって」
「謝ってすむかっ!」
テーラはぜいぜいと、浅い息を漏らしながら吠える。ランドは一応黙っているが、言いたい事はテーラと同じのようで、恨めしげにこちらを見ている。
「本当に、悪かったと思ってるわ。言ったでしょ?度肝を抜かれるわよって」
「目をひん剥く事になるっつったんだよ、おまえは!まぁ、ひん剥かされたけど!いや、そうじゃなく」
テーラはへなへなと肩を落とした。叫びすぎて疲れたのか、頭を抱えて巨大な溜息をつく。
「おまえさぁ、本気だったんだな。妻になるって。俺、実はまじで頭おかしいんだと思ってたよ」
「まぁ、普通はそう思うわよね」
「だろ。俺は普通だ」
テーラは、もはや言葉に力がない。疲弊しきっているといった方が正しいか、目が虚ろですらある。
「姫やってたことも、天冰と顔見知りだったことも、隠していた事は謝るわ。さっき死ぬ思いをさせた事も謝る。全部謝るから、そんなに呆れないで」
ランドとテーラは視線でなにかを語り合って、また深い深い溜息をついた。
そこへ、満を辞してレイが現れた。あまりに突然で、平伏し損ねた三人が慌てて床に頭をつこうとしたが、レイがそれを制した。
「もう挨拶は結構。面を上げて、そこにおかけ下さい」
促されるままに、三人は充てがわれた先に座る。二人とも死を覚悟したせいですっかり肝が座ったのか、もはや驚く事にも恐縮する事にも疲れ果てたのか、先ほどからは想像出来ない程落ち着いて見えた。
視線を落としていた二人は、席について、真っ直ぐにレイを見た瞬間に変わった。きらきらと、瞳が輝き出す。
「右からランド、テーラ、ミノル、ですね。この度は、素晴らしい働きであったと報告を受けています。あなた方の功を労い、感謝の意として、全員に天冰の名を持って、二階級の特進を許します。ランドに正十一位を、テーラに正十二位を、ミノルに正十位を授け、今後冰大家において仕事を用意致しましょう。その他、望みがあれば今どうぞ。可能な限り、聞き届けましょう」
「「もったいないお言葉でございます」」
珍しく、ランドとテーラの声が被った。今にも感涙を流しそうな二人は、すっかり感極まっているらしく、あれほど怒っていたミノルには目もくれない。
「なにか、望みはありますか、ランド」
「天冰様のお側で働ける事以上の望みなど、ございません」
「テーラ?」
「わたくしも、同じでございます。これ以上の誉れはございません」
深々と頭を下げる二人を見やってから、レイがこちらを見た。視線が絡むと、息が出来ない程に苦しくなる。目が、釘付けにされる。
「では、ミノルはどうですか」
ミノル、と呼び捨てられる事が新鮮で、頬が熱くなる。ぽーっと見惚れるミノルを、テーラが小突いて我に返らせた。
「あ、はい。では遠慮なく申し上げてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ランドとテーラは望みがないというので、二人の願いもわたくしがいただいて、大きな望みを申し上げても?」
ランドとテーラの心の悲鳴が聞こえたが、ミノルはそれを無視する。レイは視線を晒さず、少し間を持ってから言った。
「どうぞ」
では、とミノルが口を開きかけると、何を言うか知らないであろうに、テーラが小声で繰り返し言った。
(やめろ、やめろ、やめろ!)
ミノルは、レイから視線を晒さない。小さく微笑む事でテーラに否の返答をし、背筋をより一層伸ばして自分を大きく見せる。ミノルを、見て。
「では、天冰様をわたくしに下さい」
「・・・は?」
「天冰様を、わたくしに下さい」
ああああ、とテーラとランドの心の叫びが谺する。声になってしまっていることに、果たして二人は気づいているのだろうか。
レイは心底不可解そうに、眉根を寄せた。
「・・・と、言うと?」
「言葉の通りです。わたくしは、天冰様が欲しいのです」
レイは自分なりに答えを模索しているのか、首を傾げている。手を額に当てて考え込む姿も、かっこいい。
「私自身に、何かをして欲しいという事ですか?」
どうして言葉の通りに受け取れないのかとも思ったが、それほどまでに、ミノルは対象外の存在なのだろう、とも思った。無理もない。彼にとっては、ただの、従姉なのだ。
「まぁ、そうとも言えます」
「具体的に何を?」
「本当に具体的に、はっきりと申し上げても?」
「是非そうしていただきたい」
ミノルは、にっこりと笑う。恥ずかしくも、怖くもない。今まで言えなかった言葉を、伝えられなかった言葉を、ようやく口に出来る喜びが勝る。
「天冰様の御子を、このわたくしが産みたいのです。どうかこのミノルを娶り、お側にお置き下さい」
ランドとテーラは崩れ落ちて白目を剥き、いつもは冷静なレイすらもたっぷり一分硬直してから、言葉もなく、すうっと青ざめていった。
見た事のないレイの顔に、ミノルは一人、頬を赤くした。




