ミノル11
結論から言えば、他の仕事に就く官吏達は各々忙しく、あまり話を聞けなかった。
従事している仕事を告げた時点で、皆顔に同情の色を浮かべる。ハズレくじを引いたなと言わんばかりで、レイが馬鹿にされているような気さえした。皆、無謀だと、口にこそしなかったが、顔に書いてある。
「俺も文字の修得にはかなり苦労した方だから、あんなの本当にやる気があるヒトしか修得は無理だと思うけど」
「そもそも、文字を皆が読めるようになることが、国にとってなんの得に?」
「仕事の忙しい大人に、そんな時間はないだろう。彼らの生活がかかってるんだ。よほどの理由がなきゃ、受け入れ難い改革だと思うけど」
などなど、一つとして肯定的な意見がなかった。ミノルは聞くたびに疲れていく自分を感じて、途中で聞き込みを止めた。
ミノルは、レイの悩みの一端に触れて、彼が常に何やら考え事をしている姿を思い出す。いつも、どんな時でもレイは、難しい顔をして何かを考えていた。何をそんなに悩む必要があるのだろうと思っていたが、なるほど、何かを成す時、悩みの種とは尽きないものだ。
レイの事を思い出して一人にやけていたミノルは、ふと、レイの言葉を思い出した。
「改革とは、ヒトに好かれるためにするもんじゃない。皆に受け入れられる政策を打ち出す事は、決して出来ない。ただ自分の理想のために、何を選び、何を捨てるのか。山積みの問題の中で、一つ一つの優先順位をどうつけるのか。考えるのはそれだけだ」
はあ。と、その時は答えた。その時のミノルは、そんな難しい話を聞きたかったわけではなく、彼の好きな物がなんなのかを知りたかっただけだったから。
「優先順位」
ミノルは、考える。問題の全てを解決する必要はない。何を選び、どれを捨てるべきなのか。レイが皆に問いたかったのは、むしろコレだったのではないか。
誰でも辿り着くであろう、学力水準や場所の問題、受け入れ難い大人達と、柔軟な子供達。あなた達なら「どれを捨てるのか」。これが、レイの本当に問いたい事なのでは。
ミノルは走る。ランドの待つ部屋で、テーラが帰って来るのを待って、ミノルは矢継ぎ早に彼らに自分の考えを話した。
「何かを捨てた上で、どうまとめるかを問われてるって事か?」
「そう。全部は無理だと、そう思わない?」
「無理無理無理。それはもう、絶対に無理だと正直思ってた」
テーラは、降参のポーズをとりながら言う。
「天冰様のお考えは分からないが、その方向で報告書をまとめるのは賛成する。確かに、全てを得ようとするのは無理がある」
言って、ランドは書きかけの報告書を横に置いた。否、投げた。
「あたしは、まず大人を諦めるべきだと思う。仕事をしなければ食べていけないヒト達に、強制的に勉強をさせるのは酷だわ。それに、今まで必要のなかったものを今更得ることに、価値を見出すのは難しいと思うわ。実利が優先、それは仕方がないわ。それよりは、確実に子供を取り込んで行くことが必要よ。彼らが、これからの国を作る」
「賛成だ。ヒトの不信は、場所の問題とは違って金で解決しない。全員に教育を受けさせるのではなく、ヒトを限定していくべきだ。幾つの子供を対象にしていくべきなのか、それを検討していく事を推す」
テーラは異議なし、と手振りで示す。
「ある程度の常識が身につく年の頃、十七、八か?その辺りが学ばせ時だろうけど。何年かけて教えるのかも考えて、上限と下限をつけるか?」
「そうね。でも、学びたいヒトには学ぶ機会のある教育がいいわ。大人でも、関心のあるヒトはいたでしょ?強制的に就学させられる年齢を定めるのとは別に、習熟度別に受け入れ皿を準備するのがいいんじゃないかしら」
「うへー、大変」
テーラは嫌そうな顔をするが、きちんと会話には参加してくれるので気には触らない。
「大人を含まないなら、場所の問題もそう大した問題じゃないぞ。村に一つは学び舎がある。子供はそこで学ばせればいいだけだ。習熟度別に大人を受け入れるなら、増築が必要かも知れないけど、それは実際にはどの程度希望者がいるのか募ってみないと、無駄金使っちまう」
面倒臭そうな顔をしているテーラも、難しい顔をしているランドも、先ほどまでとは違って、希望のある目をしている。何かを捨てる事で、活路が見える。それが二人に、考える楽しさを与えているように思えた。斯く言うミノルも、だんだん楽しくなってきたのを否定しない。
ミノルは、二人の同僚と頭を捻る。
頭痛がするまで考えても、眠る前にふっとレイの顔が浮かぶと疲れも吹き飛んだ。今ミノルが頭を抱えている事を、レイも考えているのだ。同じ事で、悩んでいる。それはとても、崇高な事のような気がした。同じ土俵に上がるための、第一歩のような気がした。肩を並べて歩く道に立つ自信を、得られるような気がした。
ミノル達の意見が、レイのところに届く。
彼がそれに目を通す姿を想像しただけで、今日もミノルは頬の筋肉が緩むのを止められない。




