ミノル①
紅国領南部で、大きな反乱があった。
家主の圧政に耐え兼ねた者達が一斉に反旗を翻した時、その少年は人質として囚われの身であった。
反乱によって家主が倒れると、その広大な土地を誰が継ぐべきか、紅国王による選定が行われた。戦乱を生き延びた少年は、王都に次ぐ領地を誇る、「大家」の家主へと大抜擢され、後に、紅国で最も華やぐ白花の都を築くことになる。
幼い少年に家主が務まるはずもなく、その統治過程には、二人の後見人の大きな尽力があったのだが、それはさておき、少年は脱走の際に市井で出会った平民の少女を、後に娶った。
彼女には、一人の姉があった。
平民にして大家主妃となった妹の側に数年仕えたが、妹の護衛武官と恋に落ち、その妻となった。夫となった護衛武官は、配下の「小家」領一城を任され、自身も小家主妃となった。
王都に次ぐが大家であれば、その下が「中家」、更にその下が小家である。姉が城持ちとしては最小のランクに当たる小家に嫁ぐこととなったその時を境に、姉と妹は顔を合わす事が減り、共に忙しい身であるが故に、次第に書簡だけの付き合いとなっていった。
そんなある日、姉が子を身ごもった。
後に姉は娘を産み、久々に顔を合わせた姉妹は、子の誕生と再会を大いに喜んだ。妹は、たまには会いに来て欲しいと願ったが、妹夫妻は、いつもそれを断った。大家には、もっと身分の高い者でさえ容易に入城することは出来ない。親族であるからという妬み嫉みはいずれ身を滅ぼすと涙ながらに訴えられては、妹夫婦には言葉もなかった。実際、姉妹が市井の出であることに反感を抱く者も少なからずいたので、火種を増やすことのないよう、ひっそりと暮らすことを姉夫婦は望んだ。妹夫婦は、それを受け入れざるを得なかった。
そんな姉妹が年始の挨拶を除き、顔を合わせたのは二年後のこと。妹夫妻に、念願の第一子が誕生する。
第一子にして長男、妹夫妻の治める領地を含め、王に預けられた大家領の全てをいずれ担うことになるかも知れない、待望の主子の誕生であった。
国民は大層喜び、城下町では一月に渡って、民達による大規模な宴が執り行われたという。
時は、四国歳七十三年。
ようやく紅国王によって派遣されていた後見人の眼鏡に叶い、即位時はまだ少年だった大家主が、正式に国によって家主として認められた年でもあった。
白花の都と呼ばれるにはまだ早い、冰大家の誕生である。
姉夫妻は二人目に恵まれなかったが、代わりに妹夫妻は次男、長女に恵まれた。
姉夫婦の治める城、苞小家には現在、一人娘がある。名をミノルという。
昨年三人目の従妹が生まれ、祝いに馳せ参じたのが最後、ミノルは従弟妹達に会っていない。正確には年始の挨拶に行ったが、他の参列者と同様に大家主に硬い挨拶を交わして帰るだけなので、従兄妹達に会うことはない。
なぜ遊びに行ってはいけないのか、と問うと、身分が違うのだ、と言われた。自分の方がお姉ちゃんなのに、と泣いて暴れたが、身分は身分、とばっさり切られて終わった。
三人よりも自分の方が年上なのに、「様」をつけろと、親は言う。優しい叔母は気楽に呼びなさいと笑って言ってくれるのだが、両親はそれを頑なに拒む。
ミノルは、机に向かって、手本の文字を書き写していたが、五分で飽きた。体を動かしている方が楽しい。部屋を出ようとすると見張りの者に怒られてしまうので、ミノルは寝台で飛び跳ねて遊ぶ。クッション性に優れ、とてもよく跳ねる。天井には届かないが、もっと背が伸びたら、いずれ届く日が来るだろう。それが今の楽しみの一つだ。
「ミノル」
名を呼ばれ、ミノルの心臓が跳ね上がる。いつの間に来たのか、母が戸口でため息をついていた。
「またそんなところで」
「だって、つまらないもの」
「男の子に産んであげたら良かったわねぇ」
母はおっとりと笑いながら言う。
この母は、以前に比べて良く笑うようになった。昔はどこか人目を気にして、自信なさげに俯いている事が多かったのだが、最近では少しずつではあるが、笑顔が見える。
妹が子宝に恵まれたからだ、と城の者が言っていたが、ミノルにはよく分からない。子供を沢山産んだから、平民でもやっと認められてきたのだ、そうだ。ミノルも妹か弟が欲しかったのだが、それは言うなとお付きの者に窘められた。
「お母様、お外に行きたい」
「お父様のお手が空かれたら、連れて行ってもらいましょうね」
「いやだ。お父様、いつも忙しいって言うもの」
「そうねぇ」
母は、寝台に腰を下ろすと、ミノルの目を下から覗き込んだ。
「お父様は、大家主様からとても信頼されて、大きな仕事を任されていらっしゃるの。それは、とても名誉なことなのよ」
「大家主様が、自分ですればいいのに」
「大家主様には、もっと大変なお仕事があって、お父様はそのお手伝いをしているのよ」
ミノルはむくれて見せる。
「一人じゃ、つまらないもの」
「そうねぇ。それじゃあ、レイ様やシノブ様に会いに行きましょう。今度、メアリ様の一歳のお誕生日でしょう?お祝いに行きましょう」
「本当?お母様が連れて行ってくれるの?」
「お父様も一緒よ」
ミノルは嬉しくなる。
従兄妹達の城は大きく、探検のし甲斐がある。それに、年近い子供と遊べる機会はそうなく、ミノルは従兄妹達の末っ子のメアリが早く一緒に遊べるようになりはしないかと、今か今かと待っている。女の子の友達が、喉から手が出るほどに欲しい。
ミノルには、三人の従兄妹がいる。長男のレイが四歳、次男シノブが二歳、そして末っ子のメアリが間もなく一歳になる。
レイは寡黙で絵本ばかり読んでいるが、シノブとは馬が合う。前に会った時には歩けるようになっていて、庭を一緒に走り回った。ただ走っていただけなのに、誰かとするかけっこがこの上もなく楽しくて、もうあれから半年も経つのに、ミノルの心を掴んだまま離さない。
シノブの事を思い出すと心が弾んだが、レイの事を思い出すと少し、気持ちが滅入る。
前に会った時にかけっこに誘ったのだが、つまらないからしない、とばっさり斬られた。それが少しトラウマでもある。
メアリは、もう歩けるのだろうか。もしそうなら、三人でかけっこをしよう。レイはきっと、一緒に遊んではくれないだろう。否、そもそも誘うと怒られそうで、誘う気にもならない。二つも年下なのだが、なんだか怖い。それが、ミノルのレイへの評価であった。
苞小家主の娘、ミノル。
後に冰大家を紅国随一の大家へと導く、第二代冰大家主となるレイに嫁ぐのは、まだ十数年先のこと。




