【大村咲】 第一回、らんてぃあ活動会議 【添付資料】 君賀イベント記録 第15回
和国歴一二〇年 五月一三日 15:30~
「第一回、らんてぃあ活動会議を始める!」
ぱちぱちぱち……と寂しい拍手。いったい何の意味があるんだろう。
クラブ活動が先生にオッケーされてから、突然「明日会議するぞー」って洋が言った。具体的には、毎週火曜日と木曜日が活動日になるらしい。
そして、いざ今日来てみたら、「会議の最初と最後は拍手だぞー」って一言言われて、突然会議が始まった。突然なのはいつものことだけど、もう少し事前の説明が欲しいよね。
「さて、忙しいところ集まってくれてありがとう!今日は、今年の目標と、役割決めをしたいと思う」
「役割決めですか?」
「リーダーは俺として、副リーダーと書記を決めたい。ちなみに、会計はセンセイに任せる!よろしく!」
「会計がいるのか?金を使う可能性があるのか……?」
先生は呆れていて、桜木さんは意外と楽しそうにしてる。京ちゃんは……教室の隅っこを見つめてる。なんもないけど、京ちゃんには何か見えているのだろうか。
「まあ、これは前言ったんだけど副リーダーは咲。書記は菊にお願いするわ」
おっとまずい。違うことを考えていたら、どんどん会議が先にすすめられてしまう。ストッパーの私は、最初から最後まで洋の言葉を逃さず聞く義務があるのだ。というか、そもそもいつの間に私が副リーダーになる流れになってたんだろう。
「私、副リーダーやるって聞いてなかったんだけど。昨日だって、私に相談もなく勝手に決められたし。どうして勝手に決めるかなー」
「え……言ってなかったか?まあ、言ってなかったんなら謝るけど、咲以外ないだろう?」
私以外……って。皆の顔をちらりと見る。
副リーダーって、リーダーのサポート役だよね?つまり、リーダーに一番ふりまわされる役だ。桜木さんにそんなの任せられないし、京ちゃんは……無理だろうな。洋に振り回される前に体力なくなりそう。
「……私しかいないね」
「わかればよし。菊もいいか?」
「ええ、結構です」
「よし、では役割決めは決定!」
ぱちぱちぱち。洋が一人で拍手。
「……決定!みんな拍手っ!」
……ぱちぱちぱち。洋って、やたらと拍手にこだわるね?なんなんだろう。いや、別にどうだっていいんだけどさ。
「よし、早速だがこれを菊に託そう」
「ノートですね?これは洋君が?」
「買ってもらった!」
「わかりました、謹んでお受けいたします」
桜木さんには早速お仕事が与えられたらしい。どうやら、会議の記録とか書くらしい。……神童様にそんなことやらせていいのかな?あ、でも、らんてぃあでは神童様じゃないんだっけ?まだちょっとよくわかんない。
私は何をすればいいんだろ?
「咲は、会議が進む中で、何となくおかしいと思うところがあったら指摘してくれ。京も、質問があったら手を挙げて発言していいぞ」
おかしいと思うところ?要するに、洋が変なこと言い始めたら止めればいいのかな?この前もそういってたもんね。……これが、副リーダーの役割ってことは、洋的には私を誘った時に説明したつもりだったのか。だとしたら、ちょっと言葉が足りないよ。副リーダーって言ってくれればよかったのに。
「しつもん」
早速京ちゃんが手を挙げた。ボーっとしてるだけかと思ったら、……ちゃんと会議に参加してるんだ、京ちゃん。
「わたしはなに?」
「また哲学的な質問だな。個人の証明……ちょっと俺の手には負えないかもしれない」
洋は何を言ってるんだろう。てつがくてき?こじんのしょうめい?難しい言葉を一々混ぜてくるのやめてほしい。私にわかる言葉を使ってくれないと、変なことを言っててもわからないし、止めようがないじゃん。
京ちゃんも何言ってんだこいつ、みたいな顔してるし。いや、あんまりいつもと変わってないけど、そんな顔してる気がする。
「りーだー」
京ちゃんが洋を指さす。
「ふくりーだー」
京ちゃんが私を……
「京ちゃん。人を指さしちゃだめだよ」
「んちゃ……」
こういう細かいところをしっかりしないと、立派な大人になれないからね。教えてあげるやさしさというやつだ。で、京ちゃんはいったい何を言いたいんだろう。リーダーか副リーダーをやりたかったのかな?
「ああ、役職かぁ……しまった、京の分は考えてなかった」
「どういうこと?」
「京は、自分以外の3人に役職があるのに自分にだけないのが不満なんだ」
「ん」
ああ、なるほど!京ちゃんだけ役職がないんだ。それで、私たちと同じように役職が欲しいんだ。
「洋、仲間外れは駄目だよ。何か役職あげて?」
「うぐぅ。必要な役職がぱっと思いつかねえ。そうだよな、京だけ役職名なしは寂しいよな。近いうちに作るから、少し待ってくれるか?」
「……ん」
どうやら後回しにされてしまったようだ。京ちゃんの目が少し細くなった。悲しいの合図だろうか。大丈夫だよ京ちゃん!毎日私が洋に催促してあげるから!すぐに役職もらえるからね!!
「つぎは、今年の目標だ」
洋は黒板に何か書きはじめた。勝手に黒板使っていいのかな?ちらりと先生を見てみるけど、特に何も言わず黒板を見てる。先生が何も言わないならいいや。
黒板にはでっかく「らんてぃあの名前をみんなにしらしめる」って書かれた。いつも思うけど、意外と字がうまいのなんなんだろう。ノートとか見せてもらうと、私より綺麗でちょっと悔しいんだけど。
「俺らのクラブを、この学校最高のクラブにする!それこそ、らんてぃあとくれば和国小!和国小といえばらんてぃあってなるぐらいに!」
「いやな予感がするんだけど。悪い意味で名前が広がりそう」
「咲、残念なお知らせだが、先生方の間じゃ神童と魔王を引きずり込んだ謎のクラブですでに名前が知れ渡ってるぞ。比較的悪いほうに」
先生からそんな言葉が。やだなぁ。もう悪い意味で名前が広がってる。私、これでも一般クラスの優等生で通ってるんだから、あんまりマイナスイメージ付けないでほしいんだけど。
でも、この言葉を、洋は反省するどころかちょっと喜んでいるみたい。「知れ渡るきっかけとしては、むしろ望むところだ!」とか言ってる。こういうところよくわかんないんだよなあ。
「だが、まだ規模がちっちゃい。もっと、和国小を知ってればらんてぃあを知ってるってぐらいにするんだ!その評判のいい悪いは別に問わないぞ!」
「先生としては、問うてほしいなあ」
ほら、変な方向にやる気出し始めた。まぁ、もともと「怒られるようなこともするよ!」っていってたからな。いつか道徳的に凄い脱線をしようとするのは目に見えている。私がいる限り、悪いことはさせないからね?
「私は悪い意味で有名になりたくないんだけど」
「発言は挙手してお願いします」
「ぶっとばすよ」
洋はいつものようにほんのりウザい。あ、そのやれやれって仕草すごいムカつく。……だから一応殴っておいた。ぺしって。やさしくだよ?やさしく。
「暴力反対」
「暴力じゃないからセーフ」
「「……」」
せーふ。
「……まあ、最初っからそんなに悪名高くなるつもりはねえさ。というか、下手に悪評が広まったら動きにくくなる。そんなへまはしないさ」
「してるじゃん。今までの自分の行動と、さっき聞いた先生達からの評価を思い出してみなよ」
「だが、その逆を考えてみてくれ。評判が悪いと動きづらくなるってことは、評判が良くなれば多少の融通が利くようになるのは自明の理だな!だから、暫くはいいことをして猫を被る予定だ」
あ、無視しやがった。都合が悪くなると聞こえないふりするんだから。……洋の場合、話にのめりこみすぎて本当に聞いてない時あるけど。
まあいいや。洋の話を聞く限り、しばらくは評判を上げるための活動をするってことだよね?それだったら、しばらくは安心かな。
……と思うのは、まだまだ素人だよ。注意しなければいけないのはここからだ。洋の「いいこと」は必ずしも皆にとっていいこととは限らない。そもそも、先生達を困らせている「君賀イベント」は、洋にとっての「いいこと」を実行した結果発生するものだ。ここを理解していないとストッパーにはなれない。洋が、変な「いいこと」をしないように注意するのが本当のストッパーの役割なのだ。
「さて、目標のために何をするかが大事だよな?目標は結果を求めるもので、行動あっての結果だ。ちょっとこれ回してくれ。先生にも一応」
来た。いったい洋は何するつもりだろう。私は渡されたものをすぐさま確認する。なんだこれ……マス目の書かれたカード?上の方には「お手伝いカード」と書かれている。
「らんてぃあ最初の活動は先生のお手伝いだ。用務員の先生とか、図書室の先生あたりがおすすめだが、忙しそうな先生にこれ見せて、何かお手伝いできることありませんか?って訊けば何かやらせてくれると思う。んで、なんかできたら四角の中に名前書いてもらうって感じ。な、いいことだろ?」
「別にお手伝いするのはいいけど、なんでらんてぃあでこれやるの?」
もともとこのクラブ、「挑戦」のためのものだよね。先生のお手伝いがどう挑戦に繫がるんだろう?洋の場合、こういう一見安全そうな活動に変な裏が隠されてる場合があるから、油断はできない。5回にわたる空き缶拾いが巨大(約5メートル)空き缶ロボット作りの準備イベントだったときはさすがに驚いたよ。実際に動いたと思ったら暴走して大変だったんだから。
「この活動の肝は、先生の印象をよくすることにある」
「印象……ですか」
桜木さんが興味津々という感じで洋を見る。あっ、凄い。洋の方見ながらなのに、すごい速さでノート取ってる!
「ああ、俺たちが何かするとき、どうしたってほとんどの責任は大人に回ってくる。だから、俺たちの印象が悪いまま何かしようとすると、逐一大人に止められて面倒くさい!」
「つまり、最初に点数を稼いでおいて、私たちの行動の幅を広げる、と」
「いい表現だ!行動の幅を広げる!まずは先生たちから信頼を得て、行動が許可される範囲を増やす。ついでに、個々に仲のいい先生ができれば上々だな。大人の協力があればあるほど、でっかいことができるんだからな」
うーん、先生のお手伝いをして評価を上げるってこと自体は悪いことじゃないよね?行動範囲を増やすってのはいいことなのかはわからないけど、わざわざクラブ活動の時間を使ってまでさせようとしているのだから必要なことなんだろうね。このぐらいなら、協力してあげてもいいかもしれない。何でもかんでも止めれればいいってものでもないからね。皆にとっていいことなら、どんどんやらせるべきだよ。
「んっ!」
「お、京もしっかり発言するな!いいぞいいぞ。それでこそ、だ。で、どうした?」
さっきから、しっかり手を挙げて発言しているのは京ちゃんだけだ。実は一番真面目に活動しているんじゃない?ちょっと意外だな。
そんなことを思ったら、京ちゃんはこれまた意外なことを言いだした。
「たぶん、わたし、だめ」
「……何が?」
「京さんは魔王という立場があります。正直なところ、先生方からもいい印象は持たれていません。それどころか、恐れられていますね。突然積極的な活動を促してしまうと、却って『今までおとなしくしていたのに余計なことをするな』とらんてぃあに文句が飛んでくるかもしれません」
「ん」
「おっと、この学校に巣くう闇が見えてきたな!」
えっと、京ちゃんが怖いから、何もしないでほしいって先生たちに思われてるってことかな?それは酷いんじゃない?そんなこと言ってたら、いつまでたっても京ちゃんは……だから、今まであの教室から出てこなかったの!?だから、京ちゃんは常識知らずな女の子に……?それはあんまりなんじゃ?
何とかして活動させてあげたいけど、それで京ちゃんが起こられたら駄目だよね?どうすればいいんだろう。
「わかった。京の活動は咲と一緒にやってもらう!」
「え、私?」
「お前しかいない。俺ははっきり言ってこの悪名高いクラブの元凶扱いだ。京と行動したら、両方の悪評が積み重なるばかりだろう。菊も駄目だ。本人はともかく、周囲の連中が神童と魔王が一緒に行動することに忌避感をもってるっぽいからな」
確かに、私も今まで神童様と魔王は仲が悪いって思ってた。そのうえ、神童様は凄い人で、魔王は悪い奴って教わってきた。実際は違うと思う。桜木さんは本当に凄い人な気がするけど、京ちゃんはいい子だ。そして、二人は喧嘩したりしてない。仲が悪そうには見えない。でも、何も知らない人が二人を見れば、仲が悪い二人がクラブ活動で無理やり一緒に行動しているって見えるんじゃないかな?
洋は論外だ。洋の評判が落ちるのはどうでもいいけど、京ちゃんが洋に振り回されるのは回避しなければならない。京ちゃんみたいに自分を出すのが苦手な子は洋と二人きりにしちゃいけない。
でも、私がどうにかできるのかな?京ちゃんと一緒に活動するのは嫌じゃないけど、あんまり高度なことはできないよ?良くも悪くも私は普通だからね。
「咲は先生からの評判がいい。何しろ、俺の手綱にもなるクラスのリーダー格として重宝されている節がある。菊みたいな超人扱いされているわけでもない、真の意味で優秀な児童だ」
「……ふふん」
なんかすごく褒められた。悪い気はしない。
「咲は、京がこのままあの教室に閉じ込められ続けるのを良しとするか?いいや、しない。お前はそういうのを嫌う人間だ。お前の力で、京が外に出ても大丈夫なんだってことを学校の皆に伝えてほしい。お前にしかできないことだ。頼まれてくれないか?」
私にしかできないこと……!なんかそう言われると、自分が認められる感じがして嬉しいね。うん、そこまで言われたら引くわけにはいかない。我ながら乗せられやすい奴だと思わないでもないが、それが京ちゃんの助けになるというのならちょろい子になってあげるのも悪く無いだろう。
「洋、私、京ちゃんと一緒にやるよ!」
私だって、京ちゃんがこのままでいいとは思わない。魔王だからって、あんなところに閉じ込めておいていいわけがない。私たちは、いっぱい友達を作って、いっぱい楽しいことをしなければいけないんだ。正直、どうすれば京ちゃんの印象が良くなるのかなんてわからないけど、要は京ちゃんがいい子だって皆にわかってもらえればいいんだよね。だったら、二人で仲良く活動していれば自然と皆に伝わるだろう。
おっと、その前に京ちゃんの考えも聞かないと。ただでさえ役職決めで仲間外れにされてしまった京ちゃんを、これ以上仲間外れにしてはいけない。勝手に決めてはいけないのだ。
「京ちゃん、私と一緒に先生のお手伝いやってくれる?」
「んちゃっ!」
あ、京ちゃんがすごく生き生きした顔になった。いや、表情はいつも通り変わらないんだけど、目の開き具合が少し大きくなった。というか京ちゃん、感情が目の開き具合にでるんだね。早めに気づけて良かった。これから注意してみておこう。
「菊もいけるか?」
「ええ、私はいつも先生のお手伝いをしていますよ。学習指導要領と指導書は手放せません」
「なんか、俺たちとは別な方法でお手伝いするみたいだな。興味があるから、今度話を聞かせてくれ。ああ、別にノルマとかは設けないけど、次集まるとき……来週の火曜日だな。それまでに一つは名前書いてもらうように。今月中にカードを埋められたらいいねって感じで」
本当に、暫くはお手伝いを活動にするんだ。だったら、少しは安心できるかな。私は京ちゃんと一緒にやることになったけど、できるだけ多くの先生に京ちゃんを見てもらったほうがいいだろうね。京ちゃんが良さそうなら、ちょっと多めに活動しようかな?うん、頑張ろう。
「じゃあ、今日の会議をまとめる」
今日は、それぞれの役職とクラブの目標、具体的な活動内容を確認した。そこまで問題のある話はなかったと思う。先生も何も言わなかったし、平和に終わったってことでいいのかな?
「よし、それでは、今回の会議の承認を行う。えっと、賛同者……ああ、つまり今回の会議で決めたことが、これでいいって人は拍手を!」
え、また拍手?本当に拍手好きだなぁ。とりあえず叩いとく。ぱちぱち。
「よし、正式に可決されましたっと……これから、我らの活動は本格的な物となっていくだろう。我らが挑戦する心を愛するクラブ・らんてぃあは力を合わせて、今しかできないことを自由に、気ままにやっていくんだ。それでは諸君。会議を締める。ありがとうございました!」
ぱちぱちぱち……。やっと終わった。もう帰っていいのかな?
「ん?ああ、今日の活動はこれで終わりだ。次集まるのは来週の火曜日。なんかあったらその都度訊きに来てくれ。」
「はーい」
会議の後、興味があったので桜木さんにノートを見せてもらった。
「まだ、見せられたものではないのですが……」
「桜木さんの字、見てみたいんですけど、駄目ですか?」
「字……いや、その」
……桜木さんの字は字じゃなかった。ノートにはたくさんギザギザが書かれていた。ノートの横線は無視されてるし、読める読めない以前に落書きにしか見えない。
「こせいてきなじですね」
「いや、その、字……いや、一応字なんですけど」
「書記の仕事お疲れ様です!私、お先に失礼しますね!」
今日の内容を忘れないうちに家に帰る。桜木さんには悪いけど、あれじゃ誰も読めないもん。私が密かにまとめておいてあげよう。私は言われなくてもできる優秀な副リーダーなのだ。それにしても、菊さんにも苦手なことってあるんだなぁ……
「……あ、そうだ。菊ー、ノート……うおっ!すげえ!」
「ああこれなんですが、清書をしてお返ししますので少し待っていただけますか?」
「お前速記なんてできるのか!?……ああ、だから咲はノートを見た瞬間苦い顔してたのか。字が下手な奴だって誤解されたんじゃないか?」
「あはは、まあ仕方ありませんね。清書したノートで、誤解が解けるといいのですが」
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今日はいろいろな発見があったなぁ。菊さんがへんてこな字を書いていたり、京ちゃんが意外とクラブ活動に積極的だったり。何より私が思っていたより、菊さんも京ちゃんも楽しんでたみたい。だったら、私もいい感じに洋に付き合ってあげなきゃいけないね。
『らんてぃあ』。意味のない名前。これからこの言葉に私たちが意味を与えていく。そう考えると少しドキドキするね。洋の好きなようにはさせないよ。絶対いい意味をあげるからね、『らんてぃあ』!
「ん?」
「……!」
謎の白い毛玉が落ちていた。気が付いたら、手に取っていた。……しょうがないね、気がついたら手に乗ってたんだもん。
謎の白い毛玉はじっとこちらを見ている。
「ちう」
「鳴いた……」
え、なにこれ。見たことのない動物だけど凄くかわいい。くりっとした目と、モコモコの体。蝙蝠みたいな羽があるけど飛ぼうとはしない。手に乗せてるとわかるんだけど、足が多分6つある。
「虫……?」
「……」
「……」
…………………とりあえず、連れて帰ることにしました!
君賀イベント記録 第15回 「弱者の味方:みているぞ」
3年3組の男子15名によるいじめ撲滅運動。6月7日~6月18日。イベントの発覚は6月9日。
この時期、学校内で学級の一人を孤立させる遊びが流行。また、それに伴い「いじめ」と認められる事件が多発していました。
当イベントは15名の通称「隊員」が、いじめの現場を発見し次第、加害者に「みているぞ」「いじめだぞ」と一定の声量、表情を維持して連呼する活動です。一人の隊員が活動を開始すると、すぐに他の隊員が集まり、1分以内に必ず7人以上が集合、同様の文言を連呼しました。隊員は加害者に危害を加えることはありませんでしたが、完全にいじめ行為をやめるまで、学校内で執拗に付きまとうという行動をとりました(一部は学校外に及んだともいわれています)。隊員はみな回避行動に優れ、逆上した加害者からの暴力行動はすべて完全に避けていました。(※君賀イベント記録 第3回 「ドッヂボール必勝法」参照)。
事例1 3年5組の教室。被害者はS。主犯格Bを中心にクラスから集団無視を受けていました。
隊員8名が教室に乗り込み、Sの机を取り囲み、他のすべての生徒に向けて例の文言を連呼しました。主犯格のBが友人6名と共に鎮圧を図りましたが、だれ一人捕まえることができませんでした。その後、5分休みのたびに教室の前で、昼休みのたびに教室に入り込んで活動を繰り返しました。このクラスでのいじめは3日で完全になくなりました。
日丸
事件最終日、3年5組の生徒のうちSを含む4人が隊員と一緒になって「みているぞ」「いじめだぞ」と連呼する姿が確認された。多分、隊長・君賀が布石を打っていたのだろう。隊員15名とは別の活動をしていたみたいだからな。この活動がいじめ撲滅に繫がってくれるといいのだが、いじめの加害者を逆にいじめるような構図になってしまわないかが心配だ。
事例2 体育館裏。4年6組Iが加害者3人から嫌がらせを受けていました。
教師が気づいた時には、3人は12人の隊員に囲まれていました。隊員は無表情で例の文言を連呼。Iは隊員を呆然と見つめているという状況でした。加害者3人のうち1人は軽い錯乱状態に陥っていました。また、主犯格の一人は隊員に3日間監視され続け、4度の活動の末いじめと認められる行動の一切をしなくなりました。彼女は現在、軽い男性恐怖症の兆候が見られます。
日丸
4年の担任は何をしていたんだ。……まあ、いい。今回は失敗だと君賀がぼやいていた。加害者側に苦痛を与える気はないらしい。今回の失敗を反省し、次からはもっとうまくやってくれるだろう。私も、最近急増したいじめ問題にかかりきりなので、なんだかんだ解決してくれるのは正直ありがたい。
事例3 6年3組の教室。Mは主犯格Eを中心にクラスから集団無視を受けていました。
事例1と似た状況ですが、担任の伊賀坂先生が片棒を担いでいました。どうやら事態の隠蔽を図っていたようです。隊員の一人による密告により、その事実が判明しました。
計6日間の活動があったようです。伊賀坂先生が鎮圧を図った結果、彼に対し「おまえのせいだ」「おまえがわるい」というこれまでにない文言で隊員たちは罵倒を始めました。それから隊長君賀による強制的なレクリエーションが3日続けて行われ、事件は沈静化しました。6年3組の生徒のうち23人が、事件後に精神的苦痛を訴えていました。また、この事件を境に、いじめの件数は急激に減りました。部隊は解散し、第15回君賀イベントは終了しました。
後日、君賀君には日丸先生から指導が入りました。
日丸
特筆すべきは君賀の統制力である。自分で開発した技術をふんだんに使った見事な活動だった。しかし、いじめの加害者とはいえ、他人にトラウマを負わせたのはマイナス点。そこは念入りに指導を入れさせてもらった。