【日丸司】らんてぃあの設立
和国歴一二〇年 五月一二日 15:20~
私は、クラブ新設許可書を探していた。今、職員室にいる先生方は誰もその場所を知らないと言っていた。まあ、ここ3年は少なくとも誰も触れていない書類だ。知らない先生方が多いのも仕方がないことだろう。
「日丸先生、何をお探しですか」
校長室のほうから、烏羽玉校長がやってきた。事情を説明すると、校長はクラブ新設許可書を一枚持ってきてくれた。あまりにも使われていない書類だったため、別のクラブ関係の書類の下に埋もれてしまっていたらしい。
「また、君賀君ですか?」
「まあ、そうです」
「これを取り出すのは初めてですよ」
校長はからからと笑っていた。この校長は、密かに洋の奇行を楽しんでいる節がある。校長だけでなく、君賀イベントを楽しんでいる教員は以外と多かったりする。まあ、他学年にはあまり関わらないことも多いからな。見てる分には面白いってやつだ。だが、今回はきっと、学校を巻き込むタイプのイベントだ。1年生の初め以来のな。
「大変だと思いますが、頑張ってください。何かあったら、相談しに来てくださいね?」
「はい。まあ、今回も大ごとになりそうなので。……もしかしたら、魔王とか、神童様が絡むかもしれないとお伝えしておきます」
「おっと……それは、のんびり見ている余裕はなさそうですね。神童様に魔王とは……ふふ。日丸先生、学年主任への報告はこまめにお願いします」
「はい」
とりあえず、無事に許可書を入手できてよかった。校長へのけん制もそこそこにして、教室で洋を待つことにしよう。さて、洋は神童と魔王を本当に連れて来られるのかな。
「神童様、喜ぶでしょうなあ」
「え?」
「内緒ですがね。上手に隠しておられましたが、君賀君の名前が職員会議で出るたびに、本当に一瞬だけ、彼の子供らしい表情が見えるのですよ。立場上、神童様を一般的な活動の構成員に置くなど、おおっぴらに応援はできませんが……少なくとも私は、それがわが校の児童のためとなりそうならば、少々のお目こぼしぐらいはしますよ。それができる立場にあります」
私は、唐突な校長先生の言葉にどう返せばよいかわからなかった。……さらに言えば、何かを言い返してよいのかすらわからなかった。神童様を子供として扱うことは本来許されることではない。本人がどう思っているかは別として、形式上は常に最高権力者として扱われるのだ。
とりあえず、校長に会釈だけして職員室を後にした。
校長は、教師陣の中に当たり前のように席を設けられている神童様を、それでも我が校の児童の一人であると認識している。一方私は、これまで神童様を雲の上の存在のように思っている。この三年間で、幾度となく神童様から助言をいただいてきたが、そこに違和感を覚えたことはなかった。これから、私は神童様……10歳にして、私以上の知識と経験、権力を持っている児童とどう関わることになるだろう。
神童様だけではない。魔王もまたそうだ。一般民の私など到底及ばない暴力的な魔力を持っているのだという。こちらは、物理的な危険が伴う。そのうえ、常識が微妙にずれていて思わぬ行動をとる可能性があるらしく、指導は困難を極めることが予想される。
……本当に私は、このとんでもない二人が参加するクラブ活動を制御できるのか?いや、とんでもないといえば洋……そして、咲もそうだ。洋は明らかに人とは違う考え方を持ち、それを自覚したうえで遠慮することなく行動をする。咲は絶対的な正義感の持ち主で、自分が悪いと思ったことは絶対にできないし許せない。いい子だが、反面極端で融通が利かない。
認識が甘いんじゃないか、日丸司?変わり者にもほどがある4人を、私はどう導いていけばいいんだ?
洋がやって来た。後ろに、凄まじいメンバーを連れて。うわぁ。洋、いい笑顔してんなぁ。こっちの苦悩なんざ、考えてもいないんだろうなぁ。いや、悟られてたら、教師失格もいいところだがな。
「4人集まった!」
「まさか、本当に勧誘してくるとはな。まあ、約束通りクラブの設立に協力してやる」
こうなった以上、クラブを作らざるを得まい。しかし、昨日の今日で本当に「魔王」と「神童」を連れてくるとは……全く、呆れた行動力だ。
それにしても、「魔王」をこんなに近くで見たのは初めてだ。1度だけ遠目に見たことがあったが、その時は言いようのない不気味さというか、プレッシャーみたいなのを感じた。しかし、こうしてみると結構かわいらしい顔立ちをしている。グラデーションのない真っ赤な瞳は少々不気味だが、記憶にあるような心臓を握りつぶされるような重圧は感じない。
「んちゃっ☆」
「なんだっ!?」
びっくりした。いきなり奇声をあげて、ポーズを決めたんだが、大丈夫かこの子。魔王とかじゃなく、別の意味で怖いぞ。
「京ちゃんなりの挨拶なんです」
「な、なんだ。挨拶か。変わった挨拶をするんだな。それが東家のしきたりなのかな?」
「教えたのは洋です」
「洋てめぇ、このやろう」
やはり、咲をつけておいてよかった。的確な補足説明に感謝である。洋には後で釘を刺しておこう。魔王を洋のオモチャにされてはたまらないからな。
「ってか、咲は東さんをもう下の名前でよんでるんだな?」
「はい!仲間ですから」
「なかまっ!」
ぎゅむっ、と東が咲の腕に抱きつく。おぉ、東さんが咲になついてる。流石だな、咲。誰とでもすぐ友達になれる子である。非常に心温まる風景だが、ここまで東さんの表情は一切変化していない。うーむ、本当に感情が読み取りにくい。
「センセイ、んちゃっ☆」
東が何かを期待するように再びポーズ。そういえば、挨拶って言ってたよな?……もしかしてやれというのか?その、キッズアニメのヒロインがしそうなポーズの挨拶を?
え、普通にいやだ。私にだって恥じらいというものはある。こちとら20代とはいえれっきとした成人女性である。あるのだ……が。教師とは過酷なもので。舐められてもいけないが、子供の期待を踏みにじるのはもっといけない。何より、ここでポーズを返さなければ、私は彼女に挨拶を返さないことになってしまう。そんなことでは、今後、挨拶指導などできない。ここは、恥を忍んで彼女に合わせるのだ……!
「……ん、んちゃっ?」
「んちゃっ!」
はっず。これめっちゃ恥ずかしい。でも、東は喜んでるし、結果オーライか。しかし、なんだ。かわいい奴じゃないか。さっきまで無駄に警戒していたのが馬鹿らしくなるぜ。
「先生……なにやってんだ、その年で!」
「てめぇこのやろう」
畜生、洋のやつ、笑いやがって。元凶お前だろうが!とりあえず、洋のほっぺをむにむにして抗議してやる。ちなみにこれ、私にとっては体罰に入んねーから。ノーカンだノーカン。
「洋君は、司先生と仲がよろしいのですね」
やっべ、忘れてた。神童様もいたんだった。ああ、まだどう接すればいいのかわからない。とりあえず、いつも通りで行くか。
「ああ、すみません。恥ずかしい所を」
「おや、日丸先生とは決して悪く無い関係を築いてきたと思うのですが、どうも堅苦しいではありませんか。洋君にそうしたように……とまでは言いませんが、もう少し砕けた感じにしてくれませんか?」
先生と児童の間柄というのもありますし、と気さくに言う和国最大の権力者。いや、私が人間やめない限り、永久にあなたは私の上司扱いされますからね?先生と児童の間柄なんてとんでもない。教頭あたりに聞かれていたら、それだけで私が理不尽に怒鳴られそうなお言葉ではありませんか。
いや、教師の上の立場に10歳の子供がいるって状況は言葉にすればおかしいと思わないでもないけど、このお方、この年で会社動かすわ、貴族連中統率するわ……子供離れどころか完全に人間離れした御仁である。経験も豊富なようで、目下の相手との向き合い方なんか、私よりもよく知っている。児童を指導する上で神童様の助言に助けられたことは一度や二度ではない。なんなんだろうなホント。生まれて10年じゃどんなに勉強してもこれ出来るようにならんだろ。でもできちゃう。それが神童様である。おかげで、私の上に神童様がいる状況に違和感とか、今更ない。
「司先生が顧問でしたか。志高く、児童のことを誰よりもよく考えてくださる先生です。私たちのクラブの顧問になってくださるとはなんとも心強い。どうぞ、よろしくお願いします」
「あ、はい。恐縮です」
ほら、こういう物言いをしてくるのが神童様よ。それにしても貴方、私に砕けた言葉遣いさせる気ないだろ。ありがたい言葉に思わず畏まってしまったわ。とりあえず無難に「こちらこそよろしくお願いします」と言っておこう。
「じゃ、先生。まず話を聞くよ」
「あ、いや。もういいや。魔王と神童様の関係についての歴史を事前に勉強してもらおうかと思っただけでな。今の段階ですでに引き合わせちゃってるなら、もはや不要な話だ。社会か国語の授業中に話すことになるだろうから、その時に勉強しよう。」
「わかった。じゃあ、許可しょーちょうだい!
持ってきたクラブ設立許可書を出す。えっと、まずはリーダーとサブリーダーを決めて……あっ。
やっべ。めんどくさいことに気づいた。
「洋。そのクラブ、リーダー誰?」
「俺に決まってんじゃん」
「サブリーダーは?」
「咲だな」
あー、えっと。「神童はいかなる団体、地域、国に属する場合も、必ず最上位のものとして扱われる」とかいう法律。これ、大丈夫かなぁ。
「ああ、なるほど。つまり先生はこう言いたいのですね?『神童』と『魔王』が一緒にいる上に、リーダーが私でないことで貴族とか、その他お偉いさんなんかが文句言ってくるのではないか、と」
「やはり面倒なことになります?」
「なるでしょうね」
神童さん、笑みを崩さずそう断じた。ああ、やっぱりそうですか。……まず、校長はどこまでお目こぼしをしてくださるのでしょうか……。法律違反はさすがにアウトでは?
すると、桜木さんが許可書の裏に何やら筆を走らせた。なになに?「この許可書は、神童の査定を受け、神童位設置法第一条を無視する特例が正式に認められています」か。
「え、これいいんですか?神童権の行使には神々の査定が必要なのでは?」
「光の神々は子供の味方に違いありません。願い出ていたら、必ず承認されていたことでしょう。はい、そういうことにしましょう。あ、他のところは洋君が書いてください」
「任せろ!」
え、何、神童様が思ったより融通が利く人でびっくりした。というか、こんなん書かれたらクラブの設立に関しては誰も文句言えないわ。うるさいのが来たら、「神童様が直々に認めたクラブの活動に文句をつけるおつもりですか?」で解決しそうだもん。やばい、運営が想定より一気に楽になったぞ。
しかし、まぁ。神童様、ここまで乗り気なのか。咲も、洋と一緒のクラブで嬉しそうだ。この子、洋のこと大好きだからな。東さんは……わからん。無表情。でも、ずっと教室にこもっていた子が、ここまで出てきて洋に付き合っているのだ。悪い傾向ではないだろう。
4人ともがやる気十分。そんなら、教師は児童を応援してやるしかないじゃないか。
「かけた!」
「あいあい。ん?なんだ、このチーム名」
「今決めた!」
その瞬間、洋がばんっと机の上に立った。何という瞬発力。そして、それに対する咲の反応も早かった。
「洋!机の上に立っちゃダメ!」
「今だけ!」
「せめて靴脱げ」
「はーい」
靴をいそいそと脱いで放り出し、改めて机の上に立つ。靴がバラバラなのが気になったらしく、咲がきれいに整えた。やっぱりなんだかんだで、洋には咲をつけるのが一番なんだよな。咲には今後とも洋のサポートを徹底してほしい」
「さあ、今ここに!俺たちのチームの名前が決定した!」
「挑戦クラブじゃないの?」
「違う。教えてやるよ……我らがチームの真の名前は!」
溜め。約3秒。
「『らんてぃあ』だ!」
沈黙5秒。溢れる洋が滑った感。それも致し方ないこと。「らんてぃあ」が何なのか、洋以外の誰も理解していない。
最初に口を開いたのは咲で、おそらく洋以外の4人が共通して抱いた疑問を投げかけた。
「ねえ、らんてぃあってなに?」
「俺たちのチームだ!」
「いや、そうじゃなくて」
神童様も私も知らない言葉だ。ぜひ説明が欲しいところ。咲の質問に、私が補足してやる。
「咲は、その『らんてぃあ』って名前の意味を聞いているんだ」
「え、意味?」
洋は少し悩んでから、少し困ったように言った。
「意味はまだないよ」
「ない?」
「うん。いまんところ、『ら』と『ん』と『てぃ』と『あ』を並べただけの文字列」
なんか、やたら変な名前の付け方するな。先生的には、もう少しわかりやすい名前にしてくれると、他の先生方に説明しやすいんだが。
私がどう反応しようか悩んでいると、神童様が会話を繫いだ。
「なるほど。面白い試みです。意味のない名前。どうしてそのような名前を付けようと思ったのですか?」
「俺たちはこれから、未知に挑むんだ。だったら、まっさらから始めたいと思ったんだよ。俺たちが活動するほど、「らんてぃあ」って言葉の意味は厚いものになっていく!どうだ?心が震えてこないか?俺たちの活動が、この名前の意味になるんだ」
これにいち早く反応したのは意外にも東さんだった。顔をばっと挙げたかと思うと、急に難しそうな顔をして、また俯いてしまった。何か聞きたそうだったが、言葉にならなかったのかもしれん。東さんはずっと人との関わりを避けさせられた少女だから。
洋に次いで言葉を発したのは咲であった。
「うん、洋にしてはいいセンスなんじゃない?意味をこれから作っていくって。いいと思う!」
「……!ん、いーとおもう!」
「意味から言葉を作るのではなく、言葉に意味をつける活動名。なかなか素晴らしい発想ですね。支持しましょう」
「よっしゃ決定!先生!これから俺たちはらんてぃあだ!よろしく!」
ふーん。そこまで考えて付けた名前ってんなら、下手に書き換えるわけにもいかねえか。いいじゃないか、悔しいが、ちょっとだけ面白そうだって思っちまったぜ。
「わかった。お前たちはこれから『らんてぃあ』のメンバーだ。どうせやるんだ。お前たち全員が最高だったって思えるような活動ができるよう、全力を尽くせ。私は、そのための協力は惜しまない」
何言ってんだ、私。自ら死地に飛び込んでいくとは呆れたやつだ。
でも、まあ。神童様も魔王も、いざ向き合ってみればなんてことはない。他の、かわいい児童たちと変わらないもんだ。あんまり特別視するほうがかえって可哀想というもんだ。そういえば、この二人を入れる理由、『ぼっちだから』だったっけか?案外、真っ当な理由なのかもしれない。このクラブは、二人にとって大きな変化をもたらすことになるだろう。
間違いなく、このクラブは児童のためになりうる活動ができる場となる。ならば覚悟は決まったよ。児童の成長のために死力を尽くすのが教師だ。一肌や二肌、脱いでやろうじゃないの。
「神童様ー!?本当にどこにいらっしゃるんですか!?」
「こっちにはいない!向こうを探せ!」
……ん?何今の。
「ふふふ、この技術力こそ、神童の神童たる所以。この教室と保健室に認識疎外魔術を前もってかけてあります。厄介な4家の皆さんは、活動中、私のいる教室を認識することができません」
「……へ?」
「どうか、皆さんにわかっていただきたい。ここにいる私はもはや神童ではありません。ただの桜木菊にございます。このように、活動に神童としての存在が障害となることを回避する方法はいくらでも用意してありますので、どうか心置きなく私を活動に巻き込んでいただければと思います」
神童様……いや、桜木菊は、胸を張り、堂々とそんなことを宣った。なんか、思ったよりも本気でこの活動に臨んでいるようだ。
「すげえ!さすが菊だ!その心意気、買ったぜ!絶対に、面白いクラブにしような!」
「はい!皆さん、改めてよろしくお願いします」
私は今日、初めて桜木さんを児童として認識できるようになった。
いや、あれだね。ごちゃごちゃ考えるよりやってみたほうがうまくいくことってあるよね。今回、最初に考えてたこと、全部無駄だったもん。桜木さんは思いのほか洋に協力的だし、東さんはすでに咲が面倒見る気満々っぽいし。やっぱり、私にとっての問題は洋だけだ。あいつさえどうにかすれば、私の仕事はかなり楽になる。この原則に変わりはないようだ。ならば、少し頑張ってやろうかな。
らんてぃあ チームメンバ紹介!+それぞれの意気込み
君賀洋 リーダー 活動の提案者であり、最終的な決定権を持つぞ!
大村咲 副リーダー リーダーの暴走を止めつつ、いいかんじにチームを纏めます!
桜木菊 知識・技能だけならだれにも負けません。チームの後押しができればと思います。
東京 がんばる
日丸司 顧問 最近の教師は連携力が求められるらしい。私も是非その力を高めたいと思う。