【大村咲】 魔王と神童とクラブのリーダー
和国歴一二〇年 五月一二日 12:35~
「よう!東、いるか!?」
洋は勢いよく特別学級の扉を開ける。その中は、明るいはずなのにどうしてか真っ暗に感じる。カーテンは空いているし、電気もついている。それなのに、なんか、暗い。
私は今、洋のクラブづくりのメンバー集めに付き合わされている。いや、確かに昨日はOKしたんだけど……こんなことになるなんて思わなかったよ!
洋のやりたいことがわからないよ。……どうして、あの東さんに自分から会いに来ているの?
最初は、てっきり見知った人たちでクラブを作ると思っていた。純太くんあたりを予想していた。なのに、昼休みに洋はいきなり「東と話しに行くぞ!」って言って……。
東さん。「魔王」って呼ばれてる、ちょっぴり怖い女の子。私は特別教室の外でこの子の姿を見たことはない。姿こそあまり見ないのだけれど……でも、その噂は誰もが知っているものだった。例えば、声を聴くだけで呪われるとか。特別教室は東さんを封印するための施設だとか。……外に出るだけで、国が滅びるとか。いや、根も葉もない噂だってことはわかっているんだけど……。
実際の東さんは、白い髪と赤い目をしていた。さっきから、こっちを無言で睨みつけてきている。へらへら笑っている洋が近くにいなかったら、私はすでに泣くを通り越して失神していたかもしれない。あの怖い噂は、ただの噂ってわけでもないんじゃないんだろうか。
「東、ちょっと話聞いてくれるか。みてくれ、パンフレットを作ってきたんだ。これ見ながら聞いてほしい」
私には洋がどうして東さんと普通に話せているのかが理解できない。私なんて、東さんを見た瞬間から一歩も動けていないのに。怖くないの?あの子、本当にしゃべるだけで人を呪い殺せそうだよ?
「おっと、すまん。自己紹介してなかった。がっつかない、がっつかない、と。俺は君賀洋。4年3組だ。こっちは咲。とりあえずよろしくな」
「……(チラッ)」
「ひぅっ」
ちょ、今こっち見た!もうやだ、帰りたい!東さんはすぐに視線をパンフレットに戻したけれど、私は足の震えが止まらなかった。
ああ、この子は魔王だ。確かに魔王だ!『光の神童伝』にでてくるあの魔王だよ!私は動けないし、きっとここであの子に殺されちゃうんだ!先生が近づかないようにってずっと言ってた理由がわかったよ。やっぱり、先生の言うことは素直に聞いておくべきだったんだよっ。
「で、ここがポイント。『みんな』でやるんだよ!楽しいことをな。一人だって欠けさせない。「楽しい」をみんなで感じるんだ。新しいことへの挑戦は絶対楽しいことなんだ」
「……」
私はもう声を出すこともできなくなっていた。いろいろと限界だよ。このまま目をつぶれば、なんか、楽になれそう。
「……っ!」
「ひっ」
え、なんでこっちをすごい怖い顔しながら見てるの!?怒らせた?私、魔王を怒らせちゃったの!?うわあああん、もう駄目だ!私はここで魔王に殺されちゃうんだ!
「……い、おい!咲!どうした、しっかりしろ!」
「ふあっ?」
いつの間にか本当に気を失っていたらしい私は、洋の怒鳴り声に思わず顔を上げた。
「え、えっと、私、まだ生きてる?」
「どこに死ぬ要素があったんだ」
どうやら、話し合いは無事に終わったらしい。よかった、生きて帰れる……。
と、不意に東さんと目が合った。
「……っ」
「……よう?」
きゃあああ!喋ったぁ!なんか洋の名前呼んでる!私を見ながら!違う!人違いです!私は洋じゃありません!
「……さき?」
「はいそうです、咲です!え、私なんかしましたか!?ごめんなさいっ」
「……?」
みゃあああ!なんか不機嫌になってる!やだ!死にたくないです、ごめんなさい許してください!睨まないでください、呪わないでください!大変、全然声が出ません。
「おい、お前は京をなんだと思っているんだ。せめて挨拶ぐらいはしっかりしろよ、普段お前が言ってることだろうが」
「……よう、さき?」
洋の言葉で、私は少し冷静になった。もしかして、「よう」って私に挨拶しているの?
落ち着いて、東さんを見てみる。なんか、きょとんとした顔でこちらを見ている。さっきまであんなに怖かった東さんだけど、なんだろう、普通の女の子に見える……。
よく考えると普通の女の子に決まってるよね。そんな、噂通りのことをする子が小学校にいるわけないじゃない。うーむ、なんで私あんなに怖がってたんだろ?
「……よう,わたし、へん?」
「んー?確かに京が『よう』って言うと違和感あるなー。もともとお前怖がられてるっぽいし、「よう」はまずいかもしれない。そうだ、『んちゃっ☆』とかにすれば愛嬌あるんじゃね?」
「洋は何を言っているの?」
右目にピースを当てながらポーズをとる洋に突っ込む。いや、さっきまで変なことを口走ってた私が言うのもあれだけどさ。東さんそんなこと言うタイプじゃないでしょ。噂程、怖い子ではなくてもあんまり積極的な子じゃないことには変わりなさそうだし、そんな悪ノリできる子には見えないんだけど。
「んちゃ☆、さき」
「東さん!?」
意外とノリノリな子なんだろうか。ポーズをしっかりとりながら挨拶を……でも、ノリでやっているにしては無表情。こうするのが当たり前だと思っているみたい。そういえばさっき、挨拶の仕方を洋に聞いてたけど、おかしくない?挨拶の仕方なんて誰でも知って……って、いや待って。もしかしてこの子。
「もしかして、東さん……すごい常識知らずだったりする?」
「そりゃそうだろ。変な噂が立つぐらいには誰とも関わってないんだから。人との関わり方知らないんだろうな」
とんでもないことを言い出す洋。ちょっと、変なこと教えて真に受けちゃったらどうするの!?
「洋!変なこと教えないでよ!東さん、こいつの言うことはあまり信じないで。こういうときは『こんにちは』っていうの」
「こんにちは?……こんにちは、さき」
「こんにちは、東さん。あ、ポーズはいらないわ。なんか、東さんがやると……可愛いんだけどなんか違うから」
無表情での決めポーズはなんか変だった。いや、背の低い東さんがやるとなかなかに可愛いのだけれども。
「……よろしく。……なかま」
「うん、よろしく。……え?仲間?」
「おう、しっかり説明したぞ。今回は無理な交渉なんてしてない。話し合ってしっかり承諾してもらったぞ。どうだ。これで京は俺たちの仲間だ」
「なかまっ!」
東さん目を見開いた。どういう意味の表情なのかわからない。でも、どこか喜んでいるように見える。……そっか、東さん、もしかして友達がほしかったのだろうか。そうだよね、先生からも怖がられてたみたいだし、今まで一人も友達がいなかったのかも。正直、こんな何も知らない子を洋に付き合わさせるのを何とも思わないわけじゃない。それに……やっぱちょっと怖い感じするし、毎日付き合うのは……とも思う。だけど、私がちゃんとこの子のことを知れば、この子の友達づくりの一歩目になれるかもしれないんだ。よし、それじゃあ、親しみを込めて。
「そっか、わかった。よろしく、京ちゃん!」
「よろしく、さき」
私たちの初めての勧誘は成功に終わった。大丈夫だよ、京ちゃん。洋の無理難題からは守ってあげるからね。
さて、クラブを作るにはあと一人以上仲間を作る必要があるらしい。でも、東さんを仲間にできた以上、もう怖いものなんてないよ。さあ、洋!次は誰のもとへ行くの?
「んじゃ、次は1組んとこいくぞ!」
貴族クラス!?1組ってお金持ちで偉い人たちのクラスだよ!
いや、待ってよ。おかしい。さっきから勧誘相手のハードルが高すぎる。なんで手近なところから集めようとしないの?
「ちなみに、お相手は?」
「桜木。あとできれば藤野の様子も見る」
……えっと?その二人って。
「いやぁっ!貴族の中でも有名な二人じゃない!特に、神童様!先生たちにも京ちゃんと別の意味で怖がられてる人じゃん!」
『神童』桜木菊様。和国で一番偉いらしい人。遠目に見ただけでも、なんかその、神々しいって感じがする。優しげな人だったけど、私たちが気軽に会えるような雰囲気の人じゃない。
「ああ、怖がるというより畏れるって感じだな。」
「そんなことどうでもいい!まず、会わせてもらえるわけないでしょ!貴族クラスの学級委員長と副委員長よ!?」
1組の役職は他のクラスとは全然違う。詳しくは知らないけど、学校でも特に重要な役割を持っているらしい。
「大丈夫だよ。桜木の方はパッと見そんな話分らないやつじゃなさそうだったし。いけるいける」
「いけるいける、じゃなくてっ。もう!京ちゃんからもなんか言って……なにしてんの?」
「んちゃっ☆」
だめだ、京ちゃんは使えない。なぜかひたすらポーズの練習をしている。やっぱり洋をとめられるのは私しかいない!
「洋、この際だから言うけどね……」
「お前さ、会う前から相手のこと決めんのやめろって」
あれ、何故か洋が説教スタイル?え、私なんか怒らせるようなことしてるかな?不安が顔に出ていたのか、洋はため息をついた後、少し言葉をやわらげてくれた。
「いいか。さっき、京に対してもそうだったろ?こいつはそんなに悪い奴じゃない。でもお前は他人の噂に惑わされてこいつを勝手に怖がってたわけだ。どうだ?これはだいぶ失礼なことじゃないか?」
……反論できない。イメージで相手のことを決めつけて、勝手に怖がるなんて確かに失礼なことだ。
「そうかも、話してみないとわかんないことってあるね」
「そうだろ。京だって、いい気はしなかったはずだ。な?」
「んちゃっ☆」
ごめん京ちゃん、その反応じゃわからない。それ以外にコミュニケーション方法知らないのかな?後でいっぱいお話してあげよう。
「そうでもなかったみたいだ。慣れっこだったのかもな。でも、嫌な奴は嫌なはずだ」
「……そうだね。うん、今回は洋の方が正しいかも。やる前から後ろ向きすぎたよ」
洋は、自分の目で見ていないことを信じない。いや、100%は信じないっていうか? とにかく、実際に見てみることの大切さをよく知っている。今日は洋に大切なことを教わったかもしれない。
「ほら、行こうぜ。なんだって、やってみなりゃ始まらねえ。失敗のない人生には成功なんてないんだぜ。藤野は噂ではめっちゃ性格がきついって話だし、桜木はそもそも一般人と離さないなんて言われてる。でも、行ってみなきゃわからないだろう?」
「うん、今日は洋を信じてあげる。いってみよう!」
私たちは、四年一組の教室に向けて歩き出した。今の私たちには不可能がない。何故か私はそんな気がしていた。
「たのもぅっ。四年三組、君賀洋だ。桜木を俺のクラブに勧誘に来た。話がしたい。」
「帰りなさい。こともあろうに桜木様にクラブ勧誘?弁えなさいな」
すごい音を立てて扉が閉められた。うん、藤野さんに一蹴されたね。知ってたよ。さっきまでの私はいい感じにように洗脳されてた。もう惑わされないよ。さあ、文句を言ってやろう。
「だめじゃない!全然だめじゃない!なにが話してみないとわからないよ!話す余地もなかったじゃない!」
「うるさい!教室の前で騒がないで!場合によってはしかるべき処置をとるわよ!?」
藤野さん怖い!噂そのまんまの子だった。洋は何であんな子入れようとしたの?顔で決めたの?可愛いから?ばかぁっ
「いてっ、いや、悪かったって。火のないところに煙は立たねえな。うん、噂を鵜呑みにするのはあれだけど、だからと言って完全に無視していいものではないことは教えとくぜ」
もっと先に行ってほしかった。いや、たぶんわざとだよね?藤野さんが本当に正確きついって知ってたよね?洋画下調べしてないわけないもん。私に賛成させるためにわざと言わなかったよね。だめだ、ちゃんと洋のことを見れるようにならないと。私が冷静でなくなった時点でこのクラブは崩壊する。
「そういや、京ちゃんは?」
ガラッ!
「きゃあああああああぁぁぁぁ」
「ま、まおうっ!?なんで?なんででてきてるんだ!?」
「あの普通クラスども!なんて当てつけをしてくるの!?」
「……」
わぁ、大惨事。京ちゃんってほんと怖がられてるんだなぁ。あれ、京ちゃん、なんかすごい怖い顔してるけど……いや、そりゃそうか。さすがに怒るよね。私だってあんなこと言われたら怒るもん。京ちゃんは、すっと手を上にあげ……?目に、ピースをあてて?え、あれって。
「んちゃっ☆」
京ちゃん、『んちゃっ☆』をなんだと思ってるんだろう。
「なんだ!?今の!」
「のっ、呪い!?ふ、藤野様っ、助けて、助けてください!」
「桜木様、あの魔王をどうにかしてください!」
「ちょっと、神童様の手を煩わせないで!私がやるわ!ああ、もうっ、後で先生に報告しないとっ」
えぇ……なんで『んちゃっ☆』でこうなるんだろう?あっ、京ちゃんもなんか戸惑った顔してる!わぁ、どんどん騒ぎが大きくなっていってる。うわぁ……もう、私にはどうもできないよ。洋、助けて!なんとかしてぇっ。
がたん
誰かが席を立った音がした。シン、と一瞬で音が静まった。
「桜木様っ」
「駄目ですっ!あんな醜いものに近づくなど……」
「あなたたちは、彼らをなんだと思っているんです」
私たちの前に、一人の男の子が微笑みを浮かべながら現れた。
「お、ようやく出てきてくれたか。お前とこそ、話したかったんだよ、俺は」
「ええ、そうでしょうね。いや、私も決して話したくなかったわけではないのですが、その……止めるという名目で私の肩を力の限り抑え続けるのは不敬に当たらないのですかね?」
「わかってる、大変なんだな、神童ってのは」
「ええ、全く。ああ、自己紹介が遅れました。わたくしは、和国の神童。名を桜木菊といいます」
わぁ、神童様だぁ。
登場人物
君賀洋
四年三組副委員。勇敢で物怖じしない子。
大村咲
四年三組学級委員。優しさの中に確かな意思を持つ子。
東京
唯一の特別学級生。異名は『魔王』。無口で誰からも怖がられる子。んちゃっ☆
藤野矢麻
四年一組の副委員長。一組の役職には長がつく。性格がきつめの女の子。
桜木菊
四年一組学級委員長。何でもこなす『神童』。誠実を美徳とする子。