【日丸司】 言うことは聞く暴れ馬の話
和国歴一二〇年 五月一一日 16:30~
さて、みなさんお待ちかね。日丸先生の放課後指導の時間だ。今回のお相手は毎度おなじみ君賀洋君。今回の内容は『どうして機械室に勝手に入っちゃいけないの?』だ。
「よし、入れ。勝手に動くな。私に従え」
「わかってるわかってる」
今、私たちは機械室にいる。理由は簡単。こいつ、口で言っても聞かないのだ。
例えば、『機械室』みたいに危険な場所への立ち入りを禁止したとする。すると洋は『なぜ禁止なのかをその目で見るため』、『本当に危険なのかを確認するため』動いてしまう。「こうだから駄目」と説明すると、本当に『こう』なっているのか確認しようとする。
あくなき探求心、尽きない好奇心。習うより慣れよ、百聞は一見に如かずを体現したような奴だ。
「なんかすげえなー。ロボットの操縦室みたいでかっけぇ」
「勝手に触るな。壊したら弁償だ。ほら、そこの細っこい部品とか。万が一刺さったら危ないし、弁償するとなったら途方もない値段にてめぇの親が泣くぞ」
「おっけー、触んないわ」
勘違いしてはいけないのが、こいつは問題児ではあるが悪ガキでも馬鹿でもないということだ。好奇心にたいして素直すぎるだけなのだ。そこに「人を困らせたい」「不良ぶりたい」というような悪意は欠片も持っていない。(結果として迷惑を被らせることは大いにあるが、そのことを悪いことだとは思っていないようだ。曰く、「ちょっと迷惑かけるくらいじゃないと、知ることができないことが多すぎるのが悪い」)実際、自分の好奇心が満たされるとなると洋は聞き分けがかなりいい。
これに気づけず、ただの問題児として洋を指導しようとすると九割方失敗する。洋は自分の行動すべてを例外なく『意味のあること・やるべきこと』と認識しているためだ。洋の道徳や常識に訴えるような指導……例えば、「善悪の判断もつかないのか」「少し考えればわかるだろう」「駄目なものは駄目なんだ」というような指導は確実に失敗してしまうのである。ちなみに、洋が「ごめんなさい」といった時は指導失敗の合図だ。これは「先生の指導に価値を見出せません。一生懸命叱ってくれているのはありがたいですが、私にはそこから何を得ればよいのかわかりませんでした。ごめんなさい」という意味だ。この場合、洋は何度言っても自分の好奇心が満たされるまで同じことを繰り返す。逆に、成功したときは「わかった、勉強になった、ありがとう!」と言ってくれる。
「これなんだ?」
「それはヒーターの管理するやつ。そっちは時計塔の管理するやつ。それ、やたら高温になるから触んなよ」
「おう、わかった」
「機械室の中はこんなもんだ。結構危険なものあったろ?」
「うん。ありがとう先生」
だからこそ、洋に対しては基本的に、こいつ自身の興味関心を満たしてやる形で指導をする。確かに面倒ではあるが、ここで手を抜くと後々さらに面倒くさいことになる。今となっては、この程度の手間で抑えられるなら楽なもんだと思えるようになったさ。本当の問題児の指導ってのはもっと大変なんだぜ?
こいつが、本当はすごく物分かりのいいやつだと気付いたのは二年の時だった。相変わらず問題を多く起こすが、ある日洋が一回やってはいけないと理解したことは二度としないことに気づいた。「○○君に××というな」と理解させれば二度と言わなかったし、「○○には危ないからいくな」と理解させれば、勝手に行くことは絶対になくなる。
ついでに、こいつが駄目だと理解したことは次の日には学級全体に広まる。すると、誰もそのことをしなくなるから驚きだ。こいつは学級のリーダー格で、級友からの信頼も厚い。洋がやめたほうがいいということをわざわざするやつはいないんだ。つまり、こいつの暴走をどうにかしさえすれば、結局のところかなり楽に仕事ができるのさ。¥
まあ、そんな理由でちょっと時間をかけた体験型の指導をさせてやっているのさ。今回もうまくいったようでよかった。
「時計塔の管理もここでやってたんだな」
「学校の時計がからくり時計って面白いよな。あー、あのからくり時計には学校の精霊が住んでいるって話もあったな」
「なんだそれ」
「和国小七不思議。その7だ。夜の学校で遊んでいると、からくり時計に住む精霊が学校の裏側に引きずりこみに来るらしい」
「学校の精霊こわっ」
そうなんだよな。学校の精霊のわりに子供に襲い掛かるとか意味わからん。悪霊だろそれ。……しまった。余計なこと言った。洋の目がきらっきらに輝いている。これは、夜の学校を探索したいとか言い始めるぞ。
「あのな、洋。夜の学校には入れないからな?」
「安心しろよ先生。さすがに突然夜の学校に侵入したりはしねぇよ」
安心できない。これは、「状況を整えてから突撃するよ」という宣告に他ならない。こいつの好奇心を事前に満たすことは不可能だし、下手に止めようとすると被害が数倍になる。……『俺たち今日から一緒の学級!大規模学校かくれんぼ交流会』を止めようとしたら『全校総力かくれんぼ大戦』になってしまったことは三年たった今でも鮮明に思い出せる。あの時新任だった私は、ただ狼狽するしかなかった……。とにかく、興味を持ったこいつは、ありとあらゆる方法を使って七不思議を調査できる環境を整えようとするだろう。そして、『七不思議の大規模調査』が起こることは確定したといって間違いない。
まぁ、その辺はおいおい対策を考えておこう。こいつの準備は最低でも一週間かかるから、前兆さえ見えれば対処はどうにでもできる。止めようとするからいけない。何なら、一緒になって考えてやればいいのさ。そうすればいくらでも対応できるしな。
「今日はこの辺にしておくか。満足したか?」
「おう、ありがとう先生!」
「次こそ、立ち入り禁止に飛び込む前に先生に言ってくれよ?情熱と勢いがあるのはいいが、お前の行動はいちいち危なっかしくて気が休まらん」
「善処する!」
よく、ほかの先生方に『物分かりがいいという割に、立ち入り禁止に飛び込んでいく悪癖が改善されないじゃないか』などと言われることもあるのだが、一応理由は判明している。洋には「脳内禁止リスト」というものがある(私がそう定義づけているだけだが)。ここに記述されたことは、確かに二度とおこなわれない。しかし、記述を追加するにはある条件がある。その条件は『項目に固有名詞が存在すること』だ。例えば、今回機械室に飛び込むことを禁止させることができたわけだが、「脳内禁止リスト」には『和国小の機械室』として記憶されたはずだ。つまり、他の学校の機械室に侵入することは禁止できていない。
まあ、そういうことである。『立ち入り禁止』って固有名詞じゃないだろう?おっと『和の国小内の』をつけてもこの場合は駄目だ。この世に二つ以上あるものは絶対に禁止できない。洋に禁止させられるのは、一つの経験につき「一つの事項(場所、人、物)」に対して「一つの行動」だけなのだ。
さて、今日の指導も終了だ。洋を帰らせて、残った仕事片付けて下校しよう。明日からは学校の七不思議を調べなきゃいけなくなったし、一度休んで頭をリフレッシュしないとやってられん。
「よし、先生。早速相談に乗ってくれ」
「相談……あぁ、そんなこと言ってたな」
すっかり忘れてた。
「……明日じゃダメ?」
「善は急げ、だぜ」
「それが本当に善だったらいいんだけどな」
完全に頭から抜けていた。そういえば、相談したいことがあるって言ってたな。仕方ない。生徒からの相談は信頼の証。喜ぶくらいじゃないといけないね。しかし、洋からの相談。碌な予感がしないね?どうせ面倒ごとだろう。私はお前のことをよく知っているんだぞ。
まあ、相談というからにはある程度秘密が保護されてしかるべき。立ち話というのもあれだろう。そろそろ教室が開いてるんじゃないかな。
「教室でいいか?」
「うん。まあ、歩きながらでも構わないんだけど」
別に秘密ってわけじゃないのか。歩きながらでも構わないってことは、そんなに気負って聞いてもらいたいものではないのだろう。
あんまり重い話じゃないならサクッと聞いてやるのがいいかな。そう思って私は、君賀に話を促した。
「俺さ、クラブを立ち上げようと思うんだ」
「はぁ?クラブ?どんなのだ?」
私が尋ねると、君賀はいつにもまして輝かしい笑顔を見せた。駄目な笑顔だ。私の仕事が増える笑顔だ。
「挑戦クラブ!思い付きのままにいろいろと挑戦する小学生にしかできねえクラブだ!」
さあ、私はこれについて何を知らなければいけないかな。まず内容。そして人員。活動時間なんかも。顧問は……私だろうな。よし。想定はばっちりだ。
「詳しく聞かなきゃ何とも言えん。やっぱ教室行こう」
教室にて。私は洋の相談事の詳細を聞いた。
「俺がやりたいのは挑戦だ。小学生の持つ自由と、大人からの期待を最大限に利用した思い切った冒険がしたいんだ」
「冒険?遠出したいということか?」
「違う。俺が求めているのは経験なんだ。経験に富んだ人生はそれそのものが大冒険なんだ!でも、一人でできる経験には限界がある。逆に、今までやってきたように闇雲にクラスの奴ら巻き込んでいろいろするのも無理が出てきた。みんな、習い事とかで忙しくてな」
つまり、こういうことだ。洋は自分と共に経験を積んでくれる仲間が欲しいのだ。それを、決まった時間に、同じ目的をもって活動できるクラブの名目を使って得ようというのだ。
それにしても、新しいクラブの新設を児童から希望されるとは。突飛な話だが、可能ではある。クラブ活動は、一応人数と活動内容がしっかりしていれば基本的に許可される。洋のことだ。ある程度活動内容は決まっているのだろう。では、問題はメンバーだ。
「クラブを作るのに必要なのは4人。当てはあるのか?」
洋の顔の広さだ。無いはずがない。しかし、この学校では兼クラブは認められていない。こいつと仲のいい連中は大抵スポーツ系のクラブに入っていたはずだ。そのためメンバーの想像がつかない。……少なくとも、咲には入ってもらわなくては困る。彼女がいるかいないかで負担は何倍という程度で変わる。
「まだ頼んでないけどな。ちょうどいい。最初は4人で始める予定だった」
「言ってみろ」
洋は、三人の名前と選んだ理由を丁寧に説明してくれた。しかし、三人のうち二人の名前が、その、いろいろな方向性で『ヤバイ』ものだった。
「まずは咲だ。俺に真っ向から意見をぶつけてくれるのはあいつだけだ。きゃっかんてき視点?役として絶対必要」
「妥当だな。続けてくれ」
大村咲。我らが委員長。悪いとことが絶対に許せない正義感あふれる女の子。気が強く、うちの女子連中の最大派閥の中心人物だ。また、悪いことは許さないとはいえ、悪いことをする人間を嫌うわけではなく、どんな相手とも仲良くしようとする優しい子でもある。……相手が人間じゃなくても仲良くしようとするあの姿は異様だが、そこに目を瞑れば完璧な少女だ。
「次に桜木菊。神童って呼ばれてるらしいぜ?だがあいつは、毎日楽しくなさそうに学校に来てるんだ。何でもできるスーパーマンだってのにどうしたんだろうな?俺にはわかるぜ。あいつには俺の思い付きが必要だ」
「は?」
桜木菊。この国の最高権力者。十歳とは思えない異常な知識と振舞を見せる神童様。ちなみに、神童ってのは比喩でなく文字通り神に愛され、育てられた子という意味だ。学校には他者との交流を目的に通っているとのこと。とりあえず、何でもできると説明すれば間違いはない。少なくとも、私は誰かにできて彼ができないことを思いつかない。
気軽にクラブに誘っていい相手出ないことは間違いない。
「最後に、東京。通称魔王。都市伝説扱い一歩手前の第二特別教室の番人。やっぱ、メンバーにはあれぐらいのインパクトがあるやつが欲しいね。何度か見かけたことあるけど、実にもったいない。教室に引きこもった生活はあいつの良さをぶっ潰してるよ。ぜひ俺のクラブに入って、楽しんでほしいね」
「待て」
東京。この国の最低地位とされる魔王の位を冠した少女。真っ白な髪の毛、肌と赤い目、やたら低い身長が特徴的だった。私も一度会ったきりなのだが、妙な威圧感というかオーラを持つ子だった覚えがある。一言でいうと、怖い。目が合った瞬間の心臓を握られるような感覚は今も覚えている。
こいつはなぜもう少しまともな子を選ぼうとしないのだろうか。いや、そもそも。
「随分なビッグネームを出してきたが、まだ頼んでないんだろう?咲はともかく、ほか二人が賛同してくれるとは思えないんだが」
「俺が何も考えずこんなこと言うと思う?」
今日なんか、何も考えず機械室に飛び込んだよな?という突込みは置いておくとして。私は今ようやく、「君賀イベント」がスタートしていることに気づいた。『全校総力かくれんぼ大戦』から始まる、数か月に一度、洋の思い付きが学校の一定以上の範囲を巻き込み現実化することを教師の間で「君賀イベント」と呼んでいる。今回は、クラブを新設することが「イベント」である。
「……わかった。私の前に四人連れて来い。無理やり連れてくるのは許さん。勧誘には咲を同行させる。それで、ちゃんと四人集まった時には、私が責任をもってお前らの活動の担当教師になってやろう」
「そうこなくっちゃ!」
私は覚悟を決めた。考えようによっては最高のパターンだ。何せ、教師が気づけないまま突然始まるのが「君賀イベント」だった。洋はこのイベントと、放課後に友達と遊ぶという日常行動を完全に混同している。洋のストッパーを務める咲ですら、「洋に言われたまま集まったらクラスの皆が来ててびっくりした」ということがほとんどだ。
この予測不可能なイベントがクラブ活動で行われるということは、計画が私を交えて行われるということである。メンバーには不安しかないが、突然体育館に巨大な絵画が出現するよりましだ(第五回君賀イベント:作業時間は三時間!力の限り最大最高の絵を描き上げよう! 参加人数30人)。
そもそも、四人集まるかが怪しいか?いや、あいつなら集めてくる。そんな楽観的ではあいつの担任はできない。私は、少しでも桜木と東の情報を得て、備えなければならないのだ。
あ、七不思議もだな。でも、これは後回しでもいいや。多分クラブの中でやるだろうし。
日丸メモ
・洋の脳内禁止リスト
君賀君は、禁止されたことをすべて記憶しています。ここに記録されたことは余程の理由がない限り二度と実行されません。ただし記録されるための条件は少々厳しく、『項目に固有名詞が使われていること』『経験を通して理解したこと』の二つが満たされている必要があります。
また、ここに記録させること以外に、君賀君の行動を完全に 制限する方法はありません。彼との関りが薄い状態で扱える代物ではないため、新任の先生方に置かれましては、彼に対する指導は日丸司先生に引き継ぐようお願いいたします。
・君賀イベント
君賀君が三〇人以上の人数を巻き込んで引き起こす大きな活動です。彼は「でっかいことをやりたい」といいつつ、事の大きさを認識していないため、先生に前もって連絡されることはありません。放課後のグラウンド遊びや体育館遊びに突然始まります。新任の先生方は、発覚次第すぐに他の先生方に報告するようにしてください。絶対に独断で対処しようとしないこと。