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和国小学校クラブ活動記録 「らんてぃあ」(調整前置き場)  作者: アーギリア
第1章 とってもつよいクマちゃん譚
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【桜木菊】魔術のお話、あるいは言葉を操る二つの怪

 魔術について、少しばかり説明しましょう。

 魔術は魔力を用いて行使されます。魔力とは、脳の働きによる電気信号に強い反応を示す化学物質です。その性質は凄まじいもので、ごく短時間とはいえ、自らを他の物質に限りなく近い存在に変質させてしまうのです。

 魔術には4つの過程があります。生成、顕現、形成、維持です。水を例に出しましょう。まず、水の構造を細かくイメージします。分子構造レベルで極力詳細に。その感触、温度までなるべく現実の水と近づけるように。すると、脳から発生する電気信号を受けて体内の魔力が水のような物質に変質します。これが『生成』です。この水のような物質を借りに魔力水と呼びましょうか。

 さて、この魔力水を現実に出現させることを『顕現』と言います。手で皿を作って、その中に虚構の世界から押し出すイメージを持つといいでしょう。ここで、あるプロセスが強制的に入ります。イメージと現実の差異が修正されるのです。大抵の人間は水の構造について完全に把握しているわけではありませんし、そしっている性質全てを盛り込むことも不可能です。イメージでは完全な水を作り出すことはできないのです。そのため、変質した魔力は実体化する際、現実に合うように己をさらに変質させようとするのです。修正は自動的に行われますが、そのための魔力は使用者のものが使われます。差異が大きければ多いほど魔力を多く消費します。

 魔力による水の顕現に成功したなら、お楽しみの『形成』作業です。形や温度、硬度といったものを自由に変えることができます。ただし、変えすぎは危険です。魔力の消費量は変更する性質の数と幅で変わります。無茶をすると魔力不足で水の状態を維持できなくなってしまいます。「水の剣を作る」なんてすると、「硬度」「形」に加え、『研磨』の「性質を加える」といった作業が必要になるので、大変な魔力消費になります。

 最後に維持です。意識しなくても、「魔力が続く限り」または「魔術を終えない限り」勝手に発動します。維持ができなくなると、魔力は本来の状態に戻り、外に拡散します。

 まとめると、魔力消費の計算式は以下の通りになります。


☆魔力消費量=(生成+形成)*維持+顕現

※顕現消費量は物質ごとに一定。現実にない物質を創ろうとすれば、300倍~10000倍の魔力消費を要する。


 現実とかけ離れたものを作ろうとすればするほど莫大な魔力が必要になります。この制限は非常に強く、魔力量が世界2番目に多い人間である私ですら『水刃』……水の剣の顕現は30分が限界です。

 今回の話で言いたかったのは、「魔術とは、そう万能なものではない」ということです。神術、呪術、魔法と言った例外もありますが、基本的に魔術はどこででも使える代わりに効率の悪い物質代用術に過ぎないのです。「維持」の問題で飲み水などにも使えませんしね。




四方八方から包丁が襲い来る。それもただの包丁ではありません。刀身から何やら真っ黒な煙が出ています。この煙は触れたものを著しく劣化させるようで、壁に刺さればものの数秒で半径30センチほどの範囲をぼろぼろにしてしまいます。肌に触れでもしたら大変ですね。

 東さんの様子を確認するため特別教室に戻ってきたのですが、ここであのクマさんと鉢合わせしてしまいました。『水刃』を使って撃破を試みましたが、思いのほか強い。


「というか、この状況。なるべく短時間であれを倒す手段を確立したいものですが……どれ」


 足元で爆風を発生させ、急接近。一撃必殺を試みますが、ぎりぎり耳を切り落とすのみに留まりました。致命傷をことごとく回避してきます。なにせ相手はぬいぐるみ。痛覚があるか怪しいものです。ダメージを与えても弱体化しない相手は本当に面倒くさい。

 シャッ……と、クマさんから包丁が飛んできます。この包丁自体も魔力性のようで、壁に刺さってしばらくすると消失する性質を持ちます。いやあ、劣化効果がなければ回避に徹することができるのですが、学校を壊されてはかないません。全て撃ち落とすとなると必要な集中力が段違いですよ。……しまった、一つ逃した。


「出し惜しみなど無駄なだけですね。切り札を一枚斬りましょうか」


 魔力を全力開放。空間把握、距離の切断をイメージ。事実上不可能とされる事象は神の存在を定義に置くことで強行します。『神術・切断』。一斬りで約10メートルの距離切り飛ばし、クマの正面に急接近。前方のクマさんに回避不能の一撃をくれてやりましょう。


 つっ……ぱぁん……


 空気をはじく音。どうも格好のつくものではありませんが、決まりました。私の突きを受けたクマさんは綺麗に四散して消滅しました。魔力の無駄遣いもいいとこですが、最悪の状況に陥ってもこれで攻略できそうです。連発は不可能……どころか、5分に1回が限界のごり押しですが。

 いやあ、本当に困った。1対1なら何とか勝てるといった相手です。……いや、学校壊してもいいならなんだってやりようはあるんですけどね?まさかこんなところでビームなんて打てないでしょう?だからこそ、エネルギーを1点集中しやすい突きは使いやすいのですが……。

 全く。ファンシー且つホラーなナイスデザインとは裏腹にその戦闘能力はその辺の魔物を優に凌駕している。そんなものが……。


「なんで無限に湧いてくるんですかね?」


 ちらりとですが見えました。ガラス越しに見たドアの向こう。特別教室の内部におもちゃ箱が置かれていました。そこから、わらわらとこのクマさんが出てきています。耐久力はそこまででもないようですが、剣さばきの技量が極めて高く、不意打ちを入れなければ有効打が与えられない。全体を薙ぐようなおおざっぱな攻撃では躱され、回避を許さない大規模攻撃魔術を使えば学校が吹っ飛ぶ……。1対1に持ち込んで撃破はできますが、1体倒すごとに5体生まれるのですからもうどうしようもありません。


 シュッ……シャシャッ


 おっと危ない。3本ほど包丁がこちらに飛んできました。1体撃破してしまったせいで少し怒らせてしまったようです。ぞぞりぞぞりと私を取り囲むように動いて、あちらこちらからナイフが飛んできます。うわ、上からも飛んできた。なんでしょう、あれ。人間の足なのに天井に張り付いてる。どうなっているのでしょう?構造が気になるところですね。

 さすがの私もこれでは特別教室に近づけない。いや、肉を切る覚悟で行けば何とでもなりますが、そんな覚悟、肝試しでするものではないでしょう?仕方ない、東さんの安否を確認するのは諦めましょう。

 

 しかし、このクマは如何様にして存在しているのでしょうか。明らかに自然物ではありません。一見、魔術で作られた使い魔にも見えますが、。

 生命の構造など解き明かした人間はまだいません。故に、魔術で生命を創ることはできません。無理に作ろうとすれば、一匹の蚊を作るのにも数百人分の魔力を必要とするでしょう。ロボットのようなものなら私でも作れますが、このクマの判断力、応用力、対応力は単なるプログラミングで作り出せるものではありません。

 なにせ、1体仲間が倒されるごとに倒された理由を考察、私の行動の癖を学び、最適解でもって私の攻撃に対応してきているらしいのですから。


(ほかの生命を犠牲にして自我を取り出したのでしょうか?いえ、こんな戦闘センスがそれで身につくはずがない)


 実物があれば、生成と顕現が必要なくなるので、魔術の効率は飛躍的に上昇します。生き物をベースにすれば、それでも大量の魔力が必要になりますが魔物を作り出すことは可能です。……しかし、行動原理、知性、外見。それらすべてを変えたり、加えたりするなど上級の神性でもなければできません。それほどに生命操作のコストは重い。


「やはり、呪術ですかね。人の身で、たった一つそれを可能にするのは」


 呪術とは、この世の理に反する事象を自分の存在を傷つけることで強制的に発動させる魔術です。神々の存在を定義して、人智を超えた力を扱う神術と対極の位置に存在しています。犠牲にするものが多いほど、また重要なものであるほど呪術の効果は上昇します。例えばこのクマさんを作成するおもちゃ箱を作りたいなら……まあ、心臓と両の目玉と血を2リットルぐらい代償にすればできるのではないですか?普通の魔術よりは酷く効率が良いものなので。

 ちなみに、術者が死ぬと呪術は維持できません。気絶も駄目です。所詮魔力なので、使用者からの情報提供が消失した段階で魔力が拡散してしまうんですね。心臓を貫かれても死なず、血を2リットル抜かれて意識を維持し、自分の成さんとする呪術の構造を明確にイメージし続けられる人でもなければ、この魔術は使えません。……それができる人間を、私は一人しか知りません。


「……まあ、やはりこの事件の主犯は東さんでしょう。しかし、この時間稼ぎに何の意味があるんです?あなたは何をしたいのですか?」


 クマさん達の行動パターンは攻撃的に見えますが、実は刃物の投擲によるけん制を主とした受け身よりのものです。向こうから出現した割にあまりにも消極的です。……この先に行かせたくないのか、それとも私の行動を制限させたいのか。

 クマさんが再び投擲を行います。試しに、回避の際に大きく後ろに飛んでみました。これを何度か繰り返してみましょう。


「……っ、いやはや強いですね。これが、魔王の眷属の力、と言ったところですか?」


 ほんの少し、刃が私の頬をかすめました。油断です。妙なことが起こる前に癒しておきましょう……あ、まずい。治癒術で傷が治りません。幸い腐食が起こることはありませんでしたが、これは大変だ。この包丁、不治に毒に魔力暴走その他、20、30もの呪いが重ね掛けされていますよ。2重3重の間違いではありませんからね?

 解呪を優先しつつ、ひたすら後ろに逃げます。今のところ私を追いかけているのは36体。攻撃の的も絞れませんし、撃ち落としに徹するのが正解ですね。

 3階に上がる階段に足をかけたところで、クマの攻撃はやみました。


「3階までは追ってこないのですか?」


 なるほど、目的は私の足止めでなく特別教室への侵入の阻止のようです。おそらく今頃、100を超えるクマさんが特別教室の中にひしめいていることでしょう。……放っておくと教室内にぎっちぎちに詰まるんですかね?それはそれで愉快そうですが果たして。


(日丸先生たちと合流しますか。大村さんも心配ですし)


 しばらく特別教室には近づけません。なら、一旦2人の元に戻りましょう。1階2階の簡単な調査をしたところ、あのクマ以上の危険な存在は感知できませんでした。もう少し放っておいても、保健室にいる限りは安全でしょう。いらぬ心配をかけてしまったこともあります。何か手土産でも持っていきたいところです。

 現在の時刻を確認……もう19時を過ぎているのですか。クマ相手に時間をかけすぎた……片目さんに伝言を頼みましたがうまくいっているでしょうか。流石に七不思議に頼るのは軽率だったかな?しかし、何の力も持っていない日丸先生と大村さんチームには片目さんの力が必要でしたし……。まあ、信じるしかありませんね。


「ちゃちゃっと安全地帯を確保してその情報を手土産にしましょう。三階を軽く見て回ってみますか」


 結界でも張って、お二人が安心して待機できる場所が欲しいものです。第2会議室とかどうでしょう?適

度に広いですし。逃げ場に困ることもなさそうですが。うん、行ってみましょうかね。

 廊下は走ってはいけませんが、今は緊急事態。どうせぶつかる相手もいないのですから許してもらいましょう。


「そこの。そんなに急いでどこへ行く。廊下は走っちゃいけないヨ」

「え?ああ、すみません」


 許してもらえなかったようです。誰ですか、いったい。声のした方を見てみると、そこにいたのは耳の長い小人……あ、違う。耳じゃなくて足だ。頭から4本の長い脚が生えた小人でした。

 ちょうど手に乗りそうなサイズ感。異様に短い腕を組んで、偉そうに仁王立ちしています。


「わたくしは桜木菊と言います。あなたは?」

「人は私をヒトモドキアシナガグモと呼ぶヨ!」


 蜘蛛?ああ、確かに、頭の足と小人の手足で8本足。これは虫なのでしょうか、それとも妖怪?ああ、そうだ。こんな時こそ冊子の出番ですね。ええと?蜘蛛みたいな小人……あ、隅っこに載ってますね。人の言葉をしゃべる変な生き物だそうです。……これでは正体がわかりません。

 直接、お前は誰だと聞くのも憚られます。遠回しにものを聞いてみましょうか。


「あの、七不思議って知ってます?私たちは今、それを調査しているのです」

「この世に不思議の多いこと、七つでは到底足らないよネ」


 確かに。七不思議という呼び方はそもそも相応しくないのかもしれません。冊子にだって、君賀君が独断で定めた7つの他にも、この蜘蛛さんのような小さな不思議存在がいくつか乗っていますし。正確には最低でも12不思議くらいあるのです、この学校には。

 いや、もしかすると七不思議という言葉自体が名詞として市民権を得ているのでは?ならば、七つでなくとも七不思議と呼ぶのは決して間違いではないでしょう。

 おっと、どうでもいいことに思考がそれてしまうのは私の悪い癖です。現実に思考を戻しましょう。


「この学校にある、さまざまな不思議を総称して七不思議としていたのです。蜘蛛の方、何か聞いたことはありませんか?」

「そも不思議とは何か。超自然すら何かしらの意志の元で起きるものだヨ。七不思議とはこれすなわち百の必然。しかして、そのすべてを把握すること、蜘蛛の八つ目をもってしてもかなわない」


 この蜘蛛さんは哲学者なのでしょうか。見た目がコミカルな割に、含蓄の在りそうな言葉を羅列しています。残念なことに、今の状況で役立ちそうにはない言葉ですが。

 うーむ、彼に時間を使うのも無駄ですかね。他にやるべきことがあるでしょう。幸い危険な存在ではなさそうです。一つ会釈でもして、通り過ぎさせてもらいましょう。


「穴の少女は不思議にあらず。あれは悪童を戒める。宙づりの少女は不思議にあらず。あれは悪童を懲らしめる。絵画の少年は不思議にあらず。あれは悪人を追い払う。透明紳士は不思議にあらず。あれは悲しみを受け入れる。本の大王不思議にあらず、あれは全てを見守っている。動く象徴は不思議にあらず。あれは迷い子を導く。偉大な天帝不思議にあらず、あれはこの地を治める者なり」

「……あの、唐突に重要そうな話をしないでくれませんか」


 ちゃんと聞いていましたけどね。突然重要なことを言うのは止めていただきたい。話し方の基本として、相手に伝えたいことを述べるときは先ず一呼吸おいて……こんなことを蜘蛛に説くこと自体が間違いですか。あくまで聞き受ける立場である私は、文句を飲み込み、この言葉を解釈することに徹するべきです。

 さて、もしかして、今の七つが本来の七不思議?というより、『七不思議』という名前になぞらえて作成されたこの学校を守るための霊的なシステムのようなものなのでしょうか。これらに合致する存在が、冊子の中に見受けられていたのを覚えています。


「不可思議なもの、言霊の魔女。逃げるようにやってきた。不可思議なもの、三つ首の獣。居場所を求めてやってきた。不可思議なもの、異世界からの使者。かつて世界の冒険者。不可思議なもの、二匹の蜘蛛。私は悟る、彼は食らう。不可思議なもの、とってもつよいクマちゃん。少し前にここにやってきた。悲しき孤独な少女と共に」


 おっと、最後のは聞き逃せません。これ、どう考えても東さんのことですよね?少し前から、この状況を作る準備をしていたということでしょうか。そういえば、この肝試しに最も強く賛成したのが東さんでした。

 ……東さんが敵対的なのか、友好的なのか。いまだに測り兼ねています。今の状況、普通に考えれば敵対的なものに思えますが、彼女は少々常識はずれな思考をすることがあります。ちょっと前に大村さんと共に行った『ごみ拾いボランティア』で担当区域のペットボトル、缶、煙草の吸い殻を一瞬でどろどろに溶かしつくしたことは記憶に新しい……。範囲内の自動販売機が大変なことになりました。

 正直、東さん自体は友好的な性格だと思うのです。ただ、魔王としての役割を果たさせんと教育を受けた彼女は常識の一部が欠けている。力の大きさも相まって、いつ恐ろしい怪物になり果てるかわかりません。

 ……なぜ、誰も私に魔王の詳細を伝えなかったのですか。学校にいてすら、私と東さんが顔を合わせる機会はなかった。君賀君に引っ張り出されなければ、こうして関りを持つ機会はなかったでしょう。今回のこの事件の結末如何では、東京の教育方針について再考する必要があります。


「……貴重なお話、ありがとうございます。不可思議なものとやらには格別の注意をさせていただきましょう」

「不可思議なものに自分を入れてることに突っ込んでほしかったんだケド」

「……失礼しました」


 なんなんですかね、この小人蜘蛛は。大変愉快な方のようですが、この学校の事情に深く精通しているように見えます。……協力を、求めるべきでしょうか?求めましょう。


「クモさん、よろしければ、私と共に来てくれませんか?あなたの知識は、今の私に必要なものです」

「もちのロン」


 クモさんは長い4本脚を器用に動かし、にょむにょむと私の体を上り、私の頭に陣取りました。なかなかにふてぶてしい輩です。気に入りました。何、外見も異質さに慣れればなかなかどうして愛らしいものです。


「クモさん、ここで一番安全なところを知りませんか?」

「そりゃもう美術室サ。なにせ……」


 不可思議なガーディアンがいるから……。小人さんはそう言って美術室の方向を指さしました。特に無視する理由もありませんので、私は美術室に足を運ぶことにしました。扉は固く閉ざされていたので、魔術で少々強引に開けさせてもらいます。

 さて、そこは辺り一面黒ずんだ汚れに塗れた、紙だの画材だのが散らかった部屋。中央には……


「チモジメイカー、でしたかね」


 頭頂部がぱっくり割れた血まみれの少女がキャンバスに向かっていました。筆を頭の中に突っ込み、血をインク代わりにして絵を描いているようです。……頭に筆が3本ほど刺さっているのは……何とも言えないシュールリアリズムを感じます。これは、人によっては直視に堪えない姿かもしれません。

 彼女は絵を描くことに夢中なのか、私に気づいていない様子です。軽く中を探索させてもらいましょう。ふむ、あちらこちらに落書きがありますが、そのほとんどが文字ですね。「死」だとか「呪」とかなら安っぽくも雰囲気が出たのでしょうが、実際には「築」や「芋」といった意図不明なものが多いようです。


「だあれ?」


 突然声がかけられました。流石に気づきますか。振り返って、きちんと挨拶をしましょう。


「どうも初めまして。桜木菊といいます。芸術の邪魔をしてしまったのなら申し訳ありません」

「私は確かにチモジメイカー。仲良くしてくれるなら、チモちゃんって呼んでいいよ」


 チモジメイカ―もといチモちゃん。制服のような衣装を着た、125センチほどの少女です。胸ポケットに名札がついていて「6年1組■島■■李」と読めます。血で赤黒く染まっていない部分はどこにも色味を感じません。紺色のスカートを除いて、全てが真っ白です。黒目すら、真っ白。


「ぜひ、仲良くしてください。チモちゃんはここで何をしているのですか?」

「初めまして。芸術って程ではないけど、絵をかくの好きなの。桜木君も絵が好き?」

「ええ、興味があります」

「仲良くしましょう!私はずっとここで絵をかいてるのよ」


 思ったより、話の通じる方です。むしろ、なかなかに人懐っこい性格の様子。ただ、大村さんや日丸先生が彼女の外見に耐えられるかどうか。結構インパクトありますよ、彼女。夜道で出くわしたなら腹の座った兵士もはだしで逃げだしそうです。

 もう少し、彼女についての情報を集めてみましょう。


「なかなか独創的な絵ですね。何より、画材が他の人には早々真似できないレベルです。」

「絵に興味があるのね!よかったらご一緒にどう?」

「失礼……書く方はあまり心得がないのです」

「私ね、体からあふれるこの情熱を直接絵に込めたいと思っているの!だから、自分の体をいっぱいいっぱいに使って書いているのよ」

「ほう……このどことなくアナーキーな作風はあなたなりの解放の表現ということですね。何物にも縛られぬ芸術。謙遜はいりません。あなたは十分に芸術家ですよ」

「ふふふ、絵に心得なんていらないわ!これがしたい、あれがしたい!そういうのを、思うままにキャンバスに叩き付けるの。……それでね、どうしても『足りない』って思いが満たされなくなったときに先生たちの知恵をもらうの。そうするとね、こう、なんていうのかな、自分の世界?が……そう、深くなるの!」


 ……ん?話、かみ合ってますか、これ?いや、会話は成り立っています。間違いなく私の言葉を正しく受け取って返答してくれています。しかし、どこか違和感があるんですよ。

 もう少し、話をつづけて見ましょう。


「ところで、私はこの学校の不思議を調べているのです。あなたはこの学校で不思議なことを見聞きしていませんか?」

「んん?難しい言葉を使うのね。でも、褒められるのはわかるわ。ありがとう」


 チモちゃんは少し目を泳がせて手をもじもじさせながら言いました。やはり、会話がおかしなことになっていますよね?


「チモちゃん」

「不思議なこと?ふふっ、それなら私が見せてあげられるかもしれない。ちょっと、見ていて」


 チモちゃんは頭に刺さっていた筆を一本抜きとると、虚空に字を書き始めました。……これは間違いない。彼女との会話は一つずつずれている。会話のキャッチボールはできますが、ボールが二個になっています。二個目を投げないと一個目に反応してくれません。早めに気が付いてよかった。これはすなわち、相手の反応を見ながらコミュニケーションが取れないということに他なりません。一言一句に慎重さが求められます。

 ……ところで、この虚空に文字を描く術はいったい何なのでしょう。魔力を用いていることはわかるのですが。そういえば、この頭がぱっくり割れている状態、血がとめどなく流れ続ける状態。これ、呪術の代償になるのではないですか?

 そして、チモちゃんが書き上げたその文字は「明」。次の瞬間、教室内がぱっと明るくなりました。電気はついておりません。光源などどこにもありません。ただ、明るくなったという結果がこの場に顕現しています。


「言霊……」

「ん?呼んだ?」


 言霊は、最高レベルの魔術の一つです。神術か、呪術でしか発動できません。神術ならば『祈りを声に出す』、呪術ならば『自傷しながら言葉を紡ぐ』または『体液で字を書く』等した後に莫大な魔力を消費することで発動できる大技です。その効果は単純。言葉や文字の通りの事象を引き起こす。現実改変に近い魔術です。

 なんということでしょう。目の前の少女の危険性が一気に上昇しました。笑顔で、一発芸の感覚で使ってよい術ではありません。この妖は、人では到底たどり着けない高みにある大呪術師です。


「ネ?最強のガーディアンサ。今のところ、君はうまく彼女と交流できている。このまま味方に付けてしまうといいヨ」

「……なるほど」

「不思議でしょう?これが私の力なんだ」


 この少女をどうにかしなければ、とても日丸先生たちと合流できません。余計なことを考えず先に顔を出しておくべきでした。

 まあ、大丈夫でしょう。保健室にいる七不思議は文字通り気さくな紳士だといいます。大体にして学校側が放置しているものが本当の意味で危険なはずがないのです。下手に出歩いてクマさんに遭遇でもしなければ問題ないでしょう。

 私は、恐らく最強の七不思議であろう『チモジメイカー』をどう味方に引き入れるか考えることといたしましょう。


 そういえば、君賀君の方は大丈夫でしょうか?……まあ、大丈夫でしょう。彼は、特別な体質を持っているようですから。……あ、もしかして、彼だけはぐれたのはそういうことでしょうか?

tips 魔術

菊「魔力には3種類の色があるんですよ」

洋「色?青とか赤とか?」

菊「神性、魔性、虚性が人間が持つ色です。さらにここから、陽と陰に分かれます」

洋「お、もしかして神術とか呪術とかに関係あるのか?」

菊「ご名答。これらの色で使える魔術の種類が変わります。基本魔術とも呼ばれる『属性魔術』は神性、魔性ならば誰でも使用可能です。そして、神性の陽ならば『神術』が、魔性の陽ならば『呪術』が特別に使用可能です」

洋「虚性は何にも使えないのか……ん?もしかして貴族しか魔術が使えないって言うのは」

菊「そう。魔力の色は遺伝なのです。そして、純粋な神性、魔性魔力を持ったものを貴族……『貴ぶべき力を持った種族』と呼んでいます」

洋「貴族ってそういう意味だったんだ」

菊「ええ、これは個人や家に対してではなく、あくまでも人知を超えた強力な力に『貴』がかかっているのです。だから、魔術に関わる特例を除いては貴族と一般民に差はないのですよ。クラス分けされるのも単純に授業が異なるからなんですね」

洋「なるほどなあ……でも、うちのクラスに魔術が使えるようになった奴いるぜ?」

菊「不思議ですねー。いずれ調べてみようと思います」

洋「そっか。その時は俺も呼んでよ。面白そうだし」

菊「ええ、その時はぜひ」


菊「……その説明には、『魔法』が関わってきます。あなたに話すのはもう少し先になりそうです。本来、神性、魔性よりも虚性のほうが強力で危険なんですよ。なにせあれは、『極端に使用法を狭める』代わりに『異常な低コスト』かつ『使用者の意志を無視して発動』する究極の魔力行使術ですから」



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