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和国小学校クラブ活動記録 「らんてぃあ」(調整前置き場)  作者: アーギリア
第1章 とってもつよいクマちゃん譚
16/17

【君賀洋】 首吊り少女は待っている

 俺は今図書館にいる。俺が一人になってしまった原因を調べるためだ。調べ物をするのに適した、実に俺好みの静かさだが、あまりにひどい予定外のせいでそれを楽しむ余裕はない。

俺が探しているのは魔術関連の本。この事態は恐らく七不思議ではなく別の何かの介入によるものだと俺は睨んでいる。クマと言いチームの分断と言い、俺が前もって調べていた七不思議の内容と余りにもかけ離れている。


「んー、やっぱり京の使う魔術は一般的なもんじゃねえよなあ。でも、そんなレアものの情報なんざ、小学校に置いてあるわけねぇ」


 俺はかき集めた本をすべて元の棚に戻し、ただっぴろい図書室の真ん中に寝転んだ。耳を床にぴとりと付ける。

 先程からずるずる、という這う音が聞こえる。七不思議、「本の虫」。すぐ近くにいる。1メートル2メートルじゃない。もっと巨大な生物が移動している音だ。なのに、辺りを見回しても何もいない。


「もしかして、この学校……」


 空間的に二重になってるんじゃねえだろうな?片方は俺たちの学校、もう片方は人外たちの学校。時間によってたまにこの二つが繫がる。そのタイミングで俺たちが見るもう片方の存在を七不思議と呼んでるとか……。流石に荒唐無稽か?小説の読みすぎって、咲だったらいうかもしれねえな。でも、空間に穴をあけるお化けがいるし、ありえないこともなさそうじゃねえか。


 ……ちょっとこいつを正しいと仮定して状況を振り返ってみよう。俺は今一人だ。特別教室を出た瞬間に三人とはぐれてしまった。なんか面白いことに巻き込まれたと思って、最初は嬉々として学校中を駆け回ってみたが、余りにも何も起こらなくて。結果的にあまりにも残酷で悲しい結論を出さざるを得なくなった。


「俺だけが何かに巻き込まれたのではなく、俺だけが何かに巻き込まれなかったんだ。いや、ふざけんなよ。俺を巻き込まなくてどうすんだよ異常事態さんよ」


 この事実を否定できないかと図書室に飛び込んだ。職員室で鍵を取って、ついでに電気の管理装置をオンにしてきた。咲が隣にいたら、「悪いことしちゃだめ!」って言いそうだが、今ばかりは仕方がない。許せ、副リーダー。さて、グレーな手段に手を染めてまで強行した図書室での情報収集だったが、目新しい情報は見つけられなかった。ここまでは事実。ここからは憶測だ。

 今、ちょうど俺たち「らんてぃあ」は三分されている。俺、京、他3人。……俺は大丈夫。忌々しいことに何も起こらないほうに来た。京は……多分黒幕だから大丈夫。問題は残った3人だ。異常事態に対応できるのが菊しかいない。日丸先生には期待できないだろう。教師としてはいい人なんだけど、こういう超自然的な事態をどうにかできる力はない。咲は何とでも仲良くなれるだけの一般小学生。悪いことに、最初っから怖がっている状態だと咲はその社効力を発揮できないので今回は戦力外だ。

 菊が2人の側にいてくれたら安全だが、事態解決のために動けない。菊はきっと頭がいいから、その事実には一足先に気づく。だから、すでに先生と連携をとって別行動をとっているはずだ。いまは、1:2になっていると考えたほうがいい。それ自体はいいんだ。正直、巻き込まれなかった俺からできることはほぼないので、ここは神童様パワーにすがるしかない。悪いな、菊。

 しかし、ここで無視できない「俺の方から認識できた異常事態」が一つある。これは、俺だけが異常に巻き込まれていないという考えに至った最大の理由だ。


「片目二目がいつまで立っても出てこなかった。これは、片目が咲たちの方に行ったからじゃないか?」


 最初歩き回ったとき、片目の出現時間に合わせて二年五組に足を運んだ。しかし、片目は現れなかった。前回とは違い、ちょっと離れたり呼び掛けたり、いろいろしてみても何も起きなかった。

 ここで、先ほどの過程が利いてくる。つまり、4時44分にこちら側に来るはずだった片目は、その前に向こう側で咲たちに遭遇してしまった。だからこっちには出てこない。


「いや、それが分かったところで俺は何もできないけどな。この分断が何によるものかがわかれば動きようもあったんだが、そっちはわかんなかったし。京に会えたら解決しそうなんだが、特別教室戻ろうとしたらクマに執拗に攻撃されたし……お手上げか?」


 今の俺にできそうなことと言えば、七不思議に接触して向こう側と繫がる方法を模索することぐらいか。片目には会えなかったが、他の連中ならこっちに来ているかもしれない。


「……この時間なら、宙吊縛首が出現するな。危険性の高そうな首吊り少女の幽霊。姿を見たものの首を締めあげる攻撃的な幽霊と聞く。だが、割と暴れれば抜け出せるらしいし、もしかしたら片目みたくコミュニケーションをとれるかもしれない」


 そうと決まれば善は急げ。電気は消して、鍵は閉めて、俺は五年二組の教室に駆けだした。真っ暗で足元が少し不安だが、恐怖を知らない俺の性格が幸いした。その足は一切の躊躇もなく勇敢に進み続けた。そして五年二組の教室を思いっきりガラッと開ける。


「たのもう!首吊りさんはいるかあ」


 ……反応はなし。しかし、七不思議のこいつは突然現れて首を強く締め付けて来るらしい。油断はしない。一切の油断なく目を凝らす。どこを探しても何もいない。


 バタンッ!


 ドアが勝手に閉じた。言うまでもないことだが、この小学校には自動ドアなんて導入されていない。きっと、ここにいる何かによるものだろう。うまくこの力を使えば、全構想自動ドア化も夢じゃない……違う、今の考えるべきことはそういうのじゃない。

 ところで、ドアが勢いよく閉まった音につられて思いっきり後ろを向いてしまったのだが、これはあれだよな、前に向き直った時、目の前にいるあれだよな?お約束だ。

 足に力を込める。腕の位置を調整。準備ができたところで、意を決して前に向き直る。


 今にも俺を抱きしめんとする首吊り死体のささやかなおっぱいが目と鼻の先にあった。


「甘いっ」


 しかし、残念だったな、首吊りさんよ?すでに回避の構えはできている。お前の動きはすでに目に留めた。ならば、絶対回避は揺るがぬ定め。これが秘密奥義、『ドッヂボール必勝法』だ!


「!?」


 勢い余って体制を崩す首吊りさん。すかさず飛びつき、逆に抱きしめ返すことで動きを封じる。完ぺきだ。折角なのでこのまま間近でこの七不思議を観察してみよう。

 まずは首筋から天高く伸びる細い縄が特徴的だ。どこにも結び目がないとこが注目ポイントだな。続いて顔を確認してみよう。……うん、首が30センチ位に伸びてることを除けばごく普通の女の子だな。ショートヘアーっていうのか?意外にもスポーティーな印象を受ける顔立ちだ。拘束されていながらにやつきを崩さないあたり、この状況は想定内なのかもしれない。フェイクの可能性もあるが、警戒は怠らないようにしよう。抱き着いている感触としては冷たいが柔らかさがある。死体って硬直するんじゃなかったっけ?つまり、こいつは普通の死体じゃない可能性があるな。っていうか、幽霊じゃなく首を吊ってる女の子のような姿の妖怪なんじゃないか、これ。


「君は……とても大胆な人だね……」


 お、喋った。首閉まってるわりにすごく普通に喋った。逆にびっくりだ。これは妖怪説がいよいよ現実味を帯びてきたな。いや、だからどうだってこともないんだが。


「こんな死体の僕を嫌な顔一つせずに抱きしめてくれるなんて。こんなアプローチをしてくれる人は初めてだ……君、名前は?」


 意外ときれいな声をしてる。……うちのクラスにこんな喋り方をする奴いるなぁ。こんなにねっとりした喋り方じゃないけど、女子なのに「僕」を使ったり、人を「君」って呼んだり……。まあいいや。この七不思議で名前を教えてどうこうってことはなかったはずだ。思い切って名乗ってしまおう。


「君賀洋です!この学校の七不思議を調査しに来たんだ」

「洋……素敵な名前だ。広大な海を連想させる……。ぼくは『フワリン』。正しくはフウワリブラリン。会えてうれしいよ、洋」

「こちらこそ」


 なんと、首吊りさんには正式な名前があったのか。これは、勝手な名前を付けるわけにはいかない。今後、フワリンで統一しよう。しかしなんだ、意外と友好的だな。どれ、ちょっと試しに拘束を外してみよう。お、襲い掛かってこない。若干寂しそうな顔になった気がするが問題はなさそうだ。

 と思った矢先、高速で動いたフワリンに一瞬で距離を詰められカマキリを思わせるスピードで俺は捕まった。なんだこいつ、すげえ力で締め首を締めあげて来るんだが。友好的だったのはフェイクだったか。

 ともあれ、このままでは俺が死ぬ。なんとかしよう。俺は、ドッヂボール必勝法を応用した縄抜け術を試みる。ほらこれ、自分が見たものを確実に回避できる業だから。接触していても回避は可能なはずだ。両腕両足が動けばな。せーの、そいっ!


「あっ」

「よし、抜け出せた」


 どう見ても腕をすり抜けたが、まあ、ドッヂボール必勝法ってそういう技だから。物理法則より効果が優先されるとかいうリアル世界のバグ技だからね。

 渾身のロックを抜けられたフワリンは悲しそうな表情。どうも、悔しいというより、傷ついたって雰囲気を感じる。なぜだ。首絞めが愛情表現だったとでもいうのか。


「君は……洋は、やっぱり僕なんかに抱きしめられるのは嫌なのかい?」


 抱きしめ……?完全に俺を絞め殺す体制だったが……。でも、フワリンにとっては抱きしめだったのか。だとしたら、彼女の精いっぱいの愛情表現を俺は力の限り跳ねのけちまったわけだ。ちょっと悪いことしたかもな。


「そんなことはないよ。俺はフワリンさんと仲良くしたい」

「だったら!」


 嬉しそうに腕を広げるフワリン。この笑顔を陰らせるのは俺としても大変心苦しいところではあるが、首絞めは物理的に苦しいのでここはきっぱり拒絶させてもらう。


「待って、フワリンさんの抱きしめは異常に力が強いし、ほとんど首絞めだ。最悪死にます、俺」

「うそ、そんなにかい……?」


 本気でショックを受けているようだ。フワリンはわなわなと震え、「今まで、抱きしめたすべての人が泣きながら僕の元から逃げ去ったのはそういう理由があったのか……」などと嘆いている。なるほど、首吊り死体に首絞められたら、大体の人は逃げると思う。……いや、普通に抱きしめられそうになっても逃げるわ。七不思議に会うのなんて大抵子供だろうしなおさらね。


「突然抱きしめられそうになったら誰でも驚きます。それはもう、首絞め関係なく。抱きしめるにしても、もう少し位置と力加減を調節してください」

「いやあ、ここはあまりにも寂しくてね……誰かに会えたとなると舞い上がってしまうのさ。これから気を付けるよ」


 なるほど、寂しがり。大体にして、初対面の相手にいきなり抱き着くとかおかしいと思ったがそういう性質の妖怪なんだな。ボーイッシュな割に咲よりも乙女な感じじゃないか?

 俺の事前調査によると、フワリンは5年2組の教室に現れる幽霊だという。首を吊ってるように見えるだけでその正体は浮遊する妖怪みたいだ。音を立てず且つ高速で動き回ることができて、教室に入ってきた人間の背後を取り、隙を見て首を絞める。それがフワリンの行動パターンだ。今回は真ん前に現れたけどな。

 死者が出たって話は聞かなかったが、好戦的で危険な七不思議だと思っていた。しかし、実物を見る限りそうでもなさそうだ。やっぱり自分の目で見てみるもんだよな。……意図的でなかったとはいえ、殺されかけたのは事実だが。


「……あれ?抱きしめたすべての人?そんなに沢山の人の首絞めたの?」

「だ、抱きしめてたつもりだ」

「フワリンさんの腕力相当なもんだったと思うんだけど。全員どうやって抜け出したの?それとも、すでに何人か絞め殺したの?」

「まさか!みんな僕が抱きしめるとじたばたと暴れるんだよ……さすがに暴れる人を抱きしめ続ける胆力は僕にはないよ」


 ほう。なるほどな。抵抗されると弱いのは記録通りか。……やばそうな噂がちらほらある割に、学校が七不思議を放置しているのはある程度の安全が保障されているからか?むしろ、俺みたいに夜の学校に忍び込むような奴を戒める者として有用まである?七不思議についての疑問はいくつかあったが、学校側の対応については、これで十分説明がつく……かな。信憑性の高い仮説として記憶しておこう。

 だとしたら、あのクマはやっぱりおかしいな。殺傷能力が高すぎる。七不思議じゃないとなると危険性は未知数だ。原因はもう何となく察しがついているが、万が一もある。やっぱ早いうちにみんなと合流したいな。


「なあ、フワリンさん。今日、俺以外の人間に合った?友達とはぐれちゃったんです」

「ここ最近で僕が会った人間は洋だけだよ」

「そっかぁ。じゃあ、クマのぬいぐるみについて何か知らない?」

「テディ・ベアかい……?可愛らしいぬいぐるみは大好きだ」

「いや、頭から人間の足が三本生えてて、ほっぺたを割いて人の腕が伸びた、万能包丁ぶん回す奴なんだけど」

「気持ちわるいね!?よくクマのぬいぐるみだなんて言えたな、君は……。そんなの、見たことないよ」

「そっかぁ……じゃあ、他の七不思議についてなんか知らないですか?」

「僕はこの教室から基本的に出ないよ。君は僕についてよく知っていたように見える。他の七不思議とやらに対してもそうなんだろう?なら僕は、君が知っている以上のことは教えられないだろうね」


 ……使える情報がない。結局分かったのはフワリンの詳しい情報だけ。図書館と言い、流石にこう空振りが続くと落ち込むな。次の当てももうないし。……こうなったら、おとなしく警備の人さがして相談した方がいいかな。京の様子がおかしいから、らんてぃあ内で解決したかったんだが……。 いやあ、俺一人のなんと無力なことよ……。

 おっと、困った感が顔に出てしまったか。フワリンが心配そうに俺を見ている。ここはにかっと笑って大丈夫アピール。咲がよくやる手法だな。

 だが、フワリンには通じないらしい。寂しがりだと言っていたし、他人の顔色を見たり心の機微を感じる能力は高いのかもしれない。わざとらしい笑顔なんかじゃ安心してくれないか。


「んん、なんか申し訳ないな。うっかり絞め殺しそうになった上、詫びをしようにも何も役立てそうにない」

「ああ、そこは本当に気にしないで。大丈夫です」


 1、2回首絞められるのは覚悟のうえで来てたしな。しかしこのフワリン姉ちゃん、根っこのところではいい人なんだな。あれだ、咲と同じで地雷があるタイプのいい人。

 ただ、その地雷がテンションが上がったとき……つまり、機嫌がいい時に起爆するっぽいのは厄介だな。しかも、本人の言う「寂しがり」も相まって、誰かと出会うだけで起爆スイッチが入る。その結果が、「であった人間を絞め殺す首吊り少女」という都市伝説ってわけだ。

 逆に言えば、興奮を抑えさせられれば一切問題がないな?幸い価値観が俺と大きく異なっている感じはない。もしかしたら、協力を仰げるかもしれない。


「……詫びてくれるっていうならさ、お願いがあるんだけど」

「なんだい?僕にできることなら、何でも協力するよ……!」


 そういうと、フワリンは右手をクイと曲げた。それと同時に、俺の横の机がふわっと浮き上がり……


「いたっ」

「ああっ!?ごめん!」


 机はゆりかごのように揺れながら浮上したので、すぐ近くにいた俺の頭にその脚がぶつかった。普通に痛い。いや、耐えられないほどじゃない。片手で頭をさすりつつ、もう片方の手を振って大丈夫と合図しておく。


「……えっと、僕はこんな感じで手を使わずに物を動かすことができるんだ。元はこの縄に吊られたまま自由に動くための力だったんだけどね」

「縄に吊られたまま動く力?……ああ、つまりフワリンさんは、縄が本体ってことか。縄を動かしことで、移動ができると、そういうことだな」


 フワリンの能力は一般にポルターガイストと呼ばれるあれだな。しかもかなり強力な奴だ。テレビとかで見るのは、せいぜい皿が震える程度だもんな。机なんて浮かせられると来れば、そりゃもうポルターガイスト使い界隈のエリート間違いなしだろう。

 多分、教室に入った時勝手にドアが閉まったのもフワリンのせいだな。食虫植物よろしく、獲物を逃がすまいと出口をふさいだんだろう。ほら、今だって少しずつ机を動かして俺が外に出られないようにしようとしている。


「……いや、能力見せてくれるのはありがたいけど、なんで出口塞いでんのさ」

「本当だ、塞ごうとしているね……?僕はいったい何をしているんだ?」


 フワリンは首をかしげている。自覚なし?とぼけているだけ?ふと、片目二目を思い出す。あいつ、喋っていると意地でも遊びを開始させようと話題を捻じ曲げてきたよな。同じように考えてみよう。

 遊びたがりの片目は、自分と遊ばせようと相手に働きかける。では、寂しがりのフワリンは?


「フワリンさん、正直に言ってほしいんだけど、今から俺に『友達探すためにもう行くね』って言われたらどう思う?」

「……?不思議なことではあるまいよ。『敢えて僕のような妖を連れていく道理もない』。応援こそすれ、止めるのは野暮というものだろう」


 一見理性的に聞こえる回答をくれた。価値観が同じことに強い安心を覚える。俺の後ろで何かが高速で積み重なっていくガシャ、ガシャ、ガシャという音がしなければその大人な対応を素直に称賛できたのに。

 テンション上がった時だけじゃなく、寂しがらせてもアウトっぽい。そりゃそうか、こいつの本質は寂しがりっぽいし。しかしこの妖怪、一度仲良くなれば、離れることに一々寂しさを感じるらしいのが厄介だ。今の回答だって、『気にしないから行っておいで』というより『寂しいから連れて行ってくれ』に近いものだっただろ。そうじゃなきゃわざわざ自分を連れていく話題を出すのがおかしい。

 さて、どうしよう。ある意味おれはフワリンに縛り付けられたっぽいぞ。隙を見て逃げるという選択肢は、背後に築かれた立派な塀が「無理だぞ」と伝えてくれている。フワリンの能力に対して、俺が勝てる要素がない。


「……いよいよ出られなくなったな」

「……本音を言うと、今の質問を聞いたとたんに耐え難い寂しさに襲われたよ。なるほど、七不思議。これが、僕が七不思議と呼ばれる所以かな」


 口調だけが冷静だ。フワリンは真っ青な顔をにやけさせながらゆっくりと近づいてくる。俺の背後ではすでに机の塀が築かれていて逃げることはできない。抱きしめられるのはムゲン姉ちゃんで慣れっこだし、拘束から抜け出すのも容易い。フワリンの心の安定に一役買ってやることはやぶさかではない。だが、どうせならその前に核心に触れておこう。このまま吹っ切られて悪霊みたくなられるのも嫌だしね。


「七不思議っていうか、性質に引っ張られている感があると思う」

「え?どういうことだい?」


 興味を持ってくれたようだ。獲物を狩らんとする者の目をしていたフワリンは表情を戻し、動きを止めた。


「普通に考えて、寂しいからって人の首絞めたり、教室に閉じ込めようとするのは普通じゃない。それは……わかってくれる?」

「ああ」


 うんうん、話が通じるっていいね。厄介なのはフワリンは言ってることとやってることが必ずしも一致するわけではないということだけだ。……これもこれで質悪いなあ。


「フワリンさんはきっと、『部屋に閉じ込めて首を絞める』という行動がベースとなっている存在なんだと思うんだ。それをフワリンの人格を維持したまま成すために、『寂しがり』『怪力』の属性がついているものと考えられる」

「ほう」

「また、探した限りの出の話だけど、七不思議に殺された人間の資料は残っていないってことも踏まえれば、七不思議はそもそも『恐ろしいが命は脅かさない存在』というベースの元成り立っていると推測できる。ここではフワリンの『明らかに子どもなんか太刀打ちできない怪力を持っていながら、抵抗を受けると手を放してしまう』という行動パターンが裏付けだ」

「なるほど、確かに、抵抗されたらすぐに手を放してしまうのであれば、自殺願望者以外に僕が殺せる人間はいないだろう。それが、僕。『フウワリブラリン』という存在の正体か」


 フワリンを一言で表すなら、『非致命的な寂しがりの首絞め妖怪』。非致命的で攻撃的な面が七不思議の、人を捉えて首を絞めるという面がフワリンという個に宛てられた性質なのだ。これは、生物で言う本能みたいなものだろう。そして、この抗えない本能について自分を納得させるために形成された性格が寂しがり。どうだろう。これで、フワリンという存在がどういうものか説明できたんじゃないだろうか?少なくとも俺の考察に納得してくれたようだ。

 折角だ、この考察を確実なものとするため簡単な実験をしてみよう。


「物は試しだ。俺は、程よく抵抗してみるから、フワリンは俺を絶対離さないよう頑張ってくれ」


 単純な実験だ。不意打ちでなく、前もって暴れることを宣言したとき、彼女は俺を捕獲し続けられるのか。今回はドッヂボール必勝法でなく普通に抵抗する。それでも手を放してしまうようなら、七不思議の行動は設定された性質の元に決定されているということが証明される。


「いや、流石にそれは」


 しかし、フワリンは渋い顔。常識的な心を持った奴にはやはり荷が重いか。まあ、そうだよな。俺死なないから、心臓にナイフ刺してみてよ!というやつがいても、実際に刺そうとする人間はそういないだろう。


「じゃあ、もう調べられることないから帰るわ。ありがぎゅっ」


 よし、予想通りだ。離れようとしたら捕まった。フワリンの表情はやたら鬼気迫るものとなっている。そのくせ、口だけが媚びるようににやついているものだから、正直言って気味が悪い。

 逃げる前に、一度落ち着いて耳を澄ます。フワリンが、めちゃくちゃ小さな声で「一緒にいようよ」「もう少しいいじゃないか」みたいなことを延々繰り返している。すごい執念だ。

 俺は、軽く体をひねって暴れてみた。すぐにフワリンは手を放し、俺はおしりから床にたたきつけられた。ちょっといたい。


「はっ……?あぁ、洋……大丈夫かい?」

「問題なし!やっぱり簡単に抜け出せるな。俺の考察は正しかった。あ、そうだ。無理やり実験に付き合わせてごめんなさい!」

「ああ、それは構わない。僕のことを知ろうとしてくれるのは嬉しいよ……。でも、誤って死なないでくれよ?この衝動……本能だっけ?思いのほか制御しがたい」


 本能ってのは適当にそれっぽく言っただけだったのだが、まあいいか。その辺に気を遣うのは学者の仕事。俺はあくまでチャレンジャー。必要以上に物は考えないし、細かいことは気にしない。とりあえず、フワリンはあまり喜ばせず、寂しがらせずいい感じに付き合っていけば問題なさそうだ。……難しいな、それ?

 ……さて、話を戻そう。今後ろでは机の城が築かれている。フワリンから離れようとすると捕まって首絞められる。俺はここからどのように出ればいいんだろう?

 ……とりあえず、塀を超えてもはや城と化した机の山を解体してみよう。


「ああ、それがあると出られないものな。手伝おう」

「ありがとう」


 フワリンは隣に寄ってきて、わざわざ手で一つ一つ丁寧に下ろし始める。ポルターガイストはどうしたんだといいたいところだが、仕方あるまい。フワリンの寂しがり精神から、できるだけ長く一緒にいようとすることは予想できることだ。むしろ、邪魔してこなかった方が驚きだな。

 力仕事を女子に任せるってのも男としてどうかというところはあるが、力も手の届く位置もフワリンの方が上だ。最高の効率を考えると、俺はフワリンの下ろした椅子を移動させる作業に徹した方がいい。10分ほどかけて、他愛のない話などしながら机の城は見事に解体された。入ってきた時より、きれいに並べられたんじゃねえかな?


「フワリン、ありがとうな。なかなか楽しかったぜ」

「もう行ってしまうのかい?」

「何か頼みごとができたらまた来るよ」

「それは、頼みごとができなかったら、もう来ないということかい?」


 ……あ、これは駄目な奴だ。フワリンのもともと青白い顔がさらに真っ青になっている気がする。下手な回答をするとまた首を絞められることだろう。慎重に言葉を選ぶ必要がある。


「いや、俺たち本当は5人できているんだ。みんな揃ったら、また顔を出しに」


 教室内に轟音が響く。一瞬で机の城が再形成された。なるほど、下手な回答もクソもなく、すでにアウトだったか。これは、フワリンから離れるのはどうあっても難しそうだ。

 やはり、最終手段をとるしかないか。正直、リスクが大きいからなるべく回避したかった作戦だ。ここを突破するヒントはフワリンの口からすでに出ている。


「……すまないね。君を実質閉じ込めてしまった」

「いや、フワリンさんは悪く無い……と思う」

「あの、不思議な縄抜け方法で僕から逃げきれないのかい?」

「ドッヂボール必勝法?あれ、その場回避術で動けてもせいぜい1メートル以内なんです。あと、動きの中にドアを開ける過程を入れられないから、仮に机を避けられてもドアを開ける途中にフワリンさんにつかまると思います」


 友達の魔術開発には成功したことあるけど、俺自身はそういうのできないしな。身体能力だって小学生の平均よりは高いぐらいだから、フワリンからは逃れられないな。ドッヂボール必勝法のおかげで異常にスポーツが得意って思われてるけど、日丸先生に追いかけられたら100%捕まるからな、俺。

 さて、いよいよ腹をくくるときが切った。フワリンから逃れる方法はない。なら、逆転の発想だ。フワリンから逃れずしてここから出る。つまり、フワリンという特大の地雷を抱えて外に出る、ということだ。


「ちょっと確認なんだけど、フワリンってこの教室から出られないの?」

「……!出たことはないけど、出ることはできるはずだ!」


 ああ、この反応。やはり正解だったようだ。最善かはわからないが、この方法しか思い浮かばないのだからやるっきゃない。フワリン、その期待に応えてやろう!


「じゃあ、協力してください!俺の友達を探すために、俺と一緒に来てください!」


 その瞬間、フワリンの瞳が輝いた。片目もフワリンも基本的に目が死んでたので、こんな風に活力あふれた表情をするとは驚きだ。七不思議の暗いイメージが今の瞬間だけ確かに否定された。

 そして、首を絞められたのも驚きだ。しまった、ここまでテンション上がるのか。とりあえず、すり抜けておこう。何かの拍子に気絶でもしたらそのままあの世行きが考えられる。


「おっとと……ああすまない、つい。本当にいいのかい?」

「ああ、フワリンさんの力があれば、できることが一気に増えそうだ。是非よろしくお願いします!」


 こうして、フワリンが仲間になった。ファンファーレより、呪われたSEの方がふさわしそうだが。ともあれ、これで教室から出られるな。それに、フワリンのポルターガイストは実際有用そうだ。ハイリスクであるがハイリターンも期待できる。こういう状況、嫌いじゃないぜ。

 フワリンと一緒に机を片付ける。2度目ということもあって、さっきよりも早く終わりそうだ。


「洋。君は、敬語に慣れていないみたいだね」

「ああ、使う機会もなかなかなくて。先生ともタメでしゃべっちゃうことが多いんだ。授業で習ってるだけだとなかなか使えません」

「僕は堅苦しいのは好きじゃない。ずっとそんな風に片言の敬語を使われたら他人行儀に感じるじゃないか。それは、とても寂しいことだ。よければ、君が楽なように話しかけてほしい。できれば、呼び方もフワリンと呼び捨てにしてくれ」

「そう?じゃあフワリン、この後のことを話しておくよ。これ片づけたら、まず特別教室に行く。俺たちはいつもそこを集合場所にしていたんだ」

「了解」


 フワリンはよく笑うやつだ。寂しがり状態の時は、笑い方が真に迫ってて「なんだこいつやばそう」って感じなんだが、今は機嫌がいいのかやたら長い首と首吊りシルエットであることを除けば普通の女の子と同じだ。。……いや、除いたところが強すぎる。普通の女の子は無理があるな。


「よし、片付いた」

「洋、洋。手を繫ごうじゃないか。特別教室とやらに引っ張って行ってくれ」


 フワリンは満面の笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばしてくる。人と会えたのが本当に嬉しいんだろうな。こんなところで不機嫌になられてもしょうがないので、フワリンの要望に応えてやる。手を取るとぎゅっと握り返してきた。痛い。すごく痛い。強い。


「痛い。骨折れる」

「……」


 あっ!フワリンの顔が寂しがり状態だ。畜生、どこで地雷を踏んだ!?手を取らなかったら明らかにアウトだと思ったが!

 どこだ、どこに寂しい要素が……?ええい、気休めでいい!適当なことを言っておこう!


「まてまて、そう力むな。どこにもいかねえよ!あー、えっと、突然手を離したりしないし、ましてやいなくなったりしないから!な、相棒!だから、もうちょいその握る力を弱めてくれ」

「うん」


 ……よかった。滅茶苦茶痛かったが、骨折には至らなかった。流石に利き手持ってかれるのはきつすぎる。


「もしかして、手を握った瞬間その手がいつか離れることをイメージして怖くなったのか?」

「僕、思いのほか面倒くさいね?隙を見て捨ててしまったほうがいいんじゃないか……?」

「その質問、多分俺が肯定したらお前に絞殺される奴だろ。やらせることもできない提案をするもんじゃない」

「ああ、それは確かに」

「安心しろって。俺は仲間を捨ててったりしないよ。今だって、はぐれた仲間を探すとしている。十分な裏付けだろ?さあ、一緒に行こうぜ」

「……うん」


 俺は、しっかりフワリンの手を握る。手が滑った瞬間に首絞めコースまで考えられるからな。まったく、とんだハイリスクハイリターンな仲間だよ。面白すぎるだろう。

 まあ、そんなこんなで俺はバラバラになった仲間を探すことになったのだった。

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