【大村咲】 気さくなシンシのいる保健室
突然保健室にやってきた私たちを歓迎してくれたのは、綺麗なスーツと真っ白な手袋で身を包んだ透明人間さんだった。透明人間さんは私の様子を見るとすぐに立ち上がって、こちらに歩み寄ってきた。
「どうされました、レディ……顔色が優れない様子ですが」
「待て、お前は何者だ」
日丸先生がとっさに前に出て私をかばう。クマさんや片目ちゃんのこともあって、不思議な人たちを凄く警戒してるんだろう。私にはそんなに悪い人には見えないけど……。ちなみに、当の片目ちゃんはすでに保健室の奥に駆けて行って薬や医療道具をいじって遊んでいる。今の私の心境的には、離れてくれたのはありがたい。こんなことを思うのはあまりよくないとは思うけれど。
「おっと、失礼。私のことはシンシとお呼びください。……不安、疑念と諸々あるでしょうが、まずは彼女を休ませるべきでしょう。ベッドに運ばせていただきます。レディ。失礼しますよ」
シンシさんはわたしをお姫様抱っこで持ち上げると、ベッドにやさしく座らせてくれた。腕は見えないけど、真っ白な手袋の中にはしっかり手があるみたいで、抱えられている感覚があった。
そのあと私は、シンシさんが入れてくれたお砂糖をいっぱい入れた紅茶を飲んだ。体が温まると震えがすっと収まって、呼吸も楽になった。
改めてシンシさんの姿を見てみる。まさに大人って感じのねずみ色のスーツを着て、真っ黒のシルクハットをかぶっている。真っ白な手袋をはめていて、左手には木でできた杖を握っている。シンシさんは背がぴんと伸びていて杖が必要には見えないけど、おしゃれでもっているのかな?全体的に見て、透明人間じゃなかったら「まさに紳士!」って感じの人。でも透明人間だから、身に着けているものが宙に浮いているみたいでなんだかおもしろい感じになってる。
「はーい、落ち着きましたかー?オーケイ。顔色に赤みが戻ってきました。気分のいいうちに、少しばかりお話を聞かせてもらってもいいかな?」
「はい」
「んっんー、素敵なお返事。ではまず、レディ。今のお加減はいかがですかな?」
「はい。今はすごく楽になりました」
「よろしい、では一体何があったのか等、話せる範囲でいいので聞かせてもらいましょうか」
シンシさんは落ち着いた声で、だけど軽い調子で私に話しかけてくれる。だから、初対面なのになんだか話しやすい。レディって呼ばれるのはちょっとくすぐったいけど。変な呼び方されるってことも含めて、鷲島先生を思い出す話し方だね。
シンシさんにこれまでのことを素直に話してみた。クマさんのこと、友達と離れ離れになったこと、片目ちゃんとのこと。シンシさんは、真摯に私の言葉を聞いてくれた。……ダジャレじゃないよ?
「それは大変でした。年端もいかない少女の心にはあまりにも重い体験だったことでしょう。せめて、この保健室がセーフティな場となればよろしいのですが、あいにくこの私自身もあなた方にとっては異形なんですな、これが」
「シンシさんは別に怖くないです」
「なんと、こんな怪しげな透明紳士が恐ろしくないと!それはそれは……見かけによらず腹の座った子ですな。これは私もそれなりの誠意を見せなければ。あなたの信頼は今後裏切られることがないと断言しましょう。どうぞ体を楽にして、たっぷり休んでいくといい」
シンシさんは私の頭をやさしくなでてくれた。うーん、やっぱり鷲島先生っぽい。そのせいかな、すごく安心した気分になる。日丸先生は今もシンシさんを怪しんでいるみたいだけど……。
「咲ちゃん、あそぼっ」
私の体がびくっとなる。突然足元から現れた片目ちゃんに足をつかまれたからだ。シンシさんと話していたから下に穴ができていたことに気づかなかった。静まりかけていた心臓の音が、さっき以上にばくんばくんとすごい音を立て始めた。
片目ちゃんの声はいまだに慣れない。さっき仲直りできたとはいえ、怖いイメージが振り払いきれない。ここまで連れてきてくれたんだし、悪い子ではないのはわかっているんだけど。どうしても片目ちゃんを直視できない。いけないな、私。
「ミニマムレディ。あとで紳士のお兄さんが遊んであげるから、あっちで待ってなさい」
「ほんと?わーい」
私が戸惑っている間に、シンシさんが片目ちゃんを私から離してくれた。ついでに、立ち位置を変えて、私の視界に片目ちゃんが入らないように動いてくれた。すごく気を使われているね。
さらにシンシさんは、おもむろに私のほっぺたを両手で柔らかく包み込んだ。突然のことに驚いたけれど、どうやら簡単に健康診断してくれるとのことだ。
「ちょっと呼吸を確認。……胸と背中触るよ……うん、大丈夫。少しドキドキがダイナミックだけど、基本、健康的と言って差し支えない。少し休んだら、十分動けるようになるでしょう。」
「ありがとうございます」
シンシさんにそう言ってもらえたので、順調に回復してはいるんだろう。なら大丈夫だね。日丸先生が「本当に大丈夫か?」と心配そうに聞いてくるけど、今のところ苦しい感じはないし。ニコッと笑って見せると、日丸先生は少し安心したのか表情を柔らかくした。
シンシさんは先生と私の顔を……帽子の動き的に多分……交互に見て、なんか本来顎がありそうなあたりに手をやって「私考えてます」ポーズをした。そしてすぐに一度頷くと、私に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「さて、私は少しセンセイと話をしようと思います。その間、一人で足をぶらつかせているのもつまらないでしょう。あの子を話し相手に、暇をつぶすのはいかがです?」
「は?何言ってんだあんた」
「まあまあ」
「片目ちゃんと……ですか」
確かに片目ちゃんに苦手意識を持ったままでいるわけにはいかない。なにせ、片目ちゃんの力がないと私たちはこの学校を自由に移動すらできないんだもん。それがなくても、仲良くしようとしてくれている子相手にいつまでも怖がり続けるのは失礼だ。
でも、お目めとられるとか考えるとやっぱり怖いよ。桜木さんは無事らしいけど……それでも。あの移動方法も不気味なのは間違いないし……。
「……一つ、助言を。賢そうなあなたはもうわかっているかもしれませんが、彼女は『遊び』をしない限りあなたに危害を加えることはありません。いえ、健常な子供なら捕まったとしても少し暴れれば脱け出せるのですから、危険性など無いも同然でしょう。」
「よんだー?」
片目ちゃんがとてとてと近づいてくる。思わず、うっと息を詰まらせてしまった。顔半分を覆う吸い込まれそうな穴が、どうしても私を不安にさせる。おもむろにシンシさんは片目ちゃんの頭に手を置いて撫でまわした。同時に、顔のない顔で私をやさしく見つめた。
「あまり怖がらないでやってください。彼女は人間目線で見ても基本的にいい子のはずだ。そうだ、私からここで遊ばないように言って聞かせましょう。だからせめて、ここにいる間だけでも仲良くしてやってくれませんか。ミニマムレディ。保健室でばたばたするのは禁止だ。分かるね?鬼ごっこもかくれんぼも……ぶっぶ―!です。なに、友達と楽しくお話しするのもいいものさ。ほら、それこそ好きな遊びの話でもしてみたらどうだい?」
「んー?……わかったー!」
シンシさんは私が安心して片目ちゃんとお話ができるようにしてくれた。片目ちゃんはそれに元気よく答え、嬉しそうに私の隣に座った。その勢いがあんまりよくって、私の体が少し跳ねた。
片目ちゃんは私とのお話を楽しみにしてくれているようだ。シンシさんにもここまで気を使ってもらって、「できません!」とは言えない。大丈夫。片目ちゃんは怖くない。そもそも、さっきだってお話できていたんだ。私があと少し勇気を出せばお友達にもなれるはず。うん、何とかなりそうだ。
私は、意を決して、片目ちゃんと向き合った。
シンシさんは紅茶を2杯分カップに注ぐと、日丸先生のほうへ行ってしまった。ベッドのカーテンがあるので、私から二人の姿は見えない。声は聞こえるけど、気分的には片目ちゃんと二人っきり。
「あの、私大村咲って言います。……名前」
「オオムラサキちゃん!わたしカタメちゃん!ちょっとまえになまえつけられた!」
洋が、「片目二目」って呼び方を許してもらったって言ってたけど、そのことかな。つけられたってことは、今まで名前がなかったのかな?シンシさんもミニマムレディって呼んでたし。
名前を聞いてフルネームで呼ばれることはあんまりない。片目ちゃんは名前を使い慣れていないように感じる。いちいち大村咲って呼ばれるのはちょっと面倒だね。
「大村が名字で、咲が名前だよ。咲って呼んでほしいな」
「さき!あそぼう!」
これで少し話しやすくなった……あれ?今さっきシンシさんに遊ぶなって言われたばかりだよ?片目ちゃん、もうさっきの約束忘れちゃったの?
……いや、違うね。鬼ごっこやかくれんぼをしちゃだめって言われただけで遊ぶなとは言われてない。遊びにもいろいろある。ジャンケンとか、にらめっことか、バタバタしないでできる遊びもいっぱいあるからね。
「鬼ごっことかくれんぼどっちがいーい?」
んん?片目ちゃんは言うことを聞かない不良な女の子なのかな?でも、その割には片目ちゃんの目は純粋真ん丸で輝いている。その様子は、「遊びたい!」という気持ちを溢れさせたちっちゃい子にしか見えない。
そういえば洋が、「話をしようとするととりあえず遊びに持っていこうとしてくる」っていってたっけ。「話を理解する脳がないわけではないから根気良く軌道修正すれば話は十分できるだろう」とも。なるほど、片目ちゃんの頭は遊ぶことでいっぱいなんだね。でも、『遊び』を始めちゃうとお目めくり抜かれちゃう。だから、この子と話をするには遊ぶ方向に流されないようにしなければならないんだ。
「ま、待って。全力で遊べるほど元気になってないんだ。」
「そうなの?じゃあなにする?」
「お話ししたいな。片目ちゃんと」
「そのあとあそぼ―ね!なにしてあそぶ!?」
本当に、何話そうとしても遊びにつなげてくる。このまま話を進めて何かの拍子に遊びを始められるのが怖いな……言葉選びを慎重にしなくちゃ。私の国語パワーが試されている。4年生の時は二重丸だったからいけるよね……?
一つ安心したのは、遊びさえしなければいい子というのが確からしいことだ。さっきから、片目ちゃんは人懐っこく私にペタペタ触ってきている。「あそぼう!」と言ってきたあたりから私の腕に引っ付いてきて、そのあとは一言いうたびに腕をクイクイ引っ張ってきている。それでも、あの穴に引きずり込もうとしたり、私の目に腕を伸ばすようなことはしていない。
知っていれば、怖くない。洋の言っていたこと、間違ってないかも。……ちゃんとお話しして、片目ちゃんのことを知ってみよう。そうしたら、きっとお友達になれるよ!
「片目ちゃん!」
「なあに?」
「私、片目ちゃんのこと知りたいの!教えて!」
「んー?……はっ、そういえば、しゅざいしたいっていってたもんね!」
あれ?そんなこといったっけ?
「しゅざいしたあとにあそぶっていってたね!いいよ!なんでもきいて!」
何の話!?これだと、話が終わった瞬間に遊びが始まっちゃうよ!……洋だ。絶対この約束したのようだ!私、取材なんて言葉使わないもん。
ここでようを恨んでも仕方がない。とにかく、片目ちゃんのことをできるだけ知らなければいけない。慎重に、慎重に。
「片目ちゃんは何でお目めを集めてるの!?」
「ほぇ?」
ああっ!焦りすぎて一番気になってたことを一番に聞いちゃった!片目ちゃんポカンとしちゃってるよ!そりゃそうだよね。いきなり「どうして目を集めてるんですか」はないよね。早いうちに謝らなきゃ。
「ごめん!いきなり変なこと聞いちゃって!」
「え、いや、べつにいいけど。おめめを、あつめてるの?あたしが?なんで?」
「え……?でも、鬼ごっこやかくれんぼで捕まえた人の目をくり抜くんでしょ?」
「あたしそんなことしてるの?すっごくこわいね」
あれ?なんか話がかみ合ってない?もしかして、本当はそんなことしてないのかな?あくまで噂だとそういわれてるってだけで。だとしたら私凄く失礼だ!うう、私全然慎重じゃないよぉ。こういうのは洋に任せたいよぉ。あいつなら、きっと上手くやってくれるのに。
ああ、私は本当に駄目だ。何度片目ちゃんを傷つければ気が済むんだろう。さっき謝ったばかりなのに、また同じことをするなんて……とにかく謝らなきゃ。悪いことをしたら、すぐに謝らなきゃ。
「ご、ごめんなさい。噂だとそういわれてて……いや、違う。そんなの言い訳だよね。ああ、噂だけで物を判断しちゃだめって、この前京ちゃんで知ったのに! ごめん、ごめんなさい!ほんとうに、ほんとうに」
「ううん、だいじょうぶ」
「本当にごめんなさい。私何にもわかってなかった。勝手に片目ちゃんのこと怖がって、勝手な妄想で片目ちゃんを傷つけて」
「べつに、きずついてないけど……どうしたの、さきちゃん」
私はベッドから降りて必死に頭を下げた。何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
「え、え?なに?こわい。……えっと、たぶんそのうわさはまちがってないよ?あやまんなくていいよ?じべたにすわるのはどうかとおもうよ?たって?ね?そんなことされても、たのしくないよ」
土下座の態勢に入った私を片目ちゃんが必死に止めてくれた。危うく吐きそうになってたけど、片目ちゃんが本当に気にしていないようだったので少し罪悪感が紛れた。これ以上の謝罪は逆に片目ちゃんに迷惑かもしれない。さっきボソッと「こわい」って言われたし。悪いことをを重ねるのは止めよう。
少し落ち着いた後、インタビュー再開。終わったら、一回ぐらい遊んであげてもいいかもしれない。いや、遊んであげるべきだろう。約束をしたのは洋だけど、それはきっと「らんてぃあ」の名前で約束したのだから。その責任は、私にもあるはずだ。
さて、片目ちゃんは別にお目めを集めてはいない。でも、噂は間違っていないという。これ、矛盾ってやつじゃないかな?どういうことだろう。
「あ、えっと。あたし、あそぶのがすきだけど、いままでだれもつかまえられたことがないの」
「え?じゃあ、お目めとられたって話は嘘?」
「……だといいんだけど、じつはあたし、さきちゃんのおともだちをつかまえてからちょっと、なにをしていたかおぼえてないの。そのときにあたし、なにしてるのかわかんないんだ。すっごくてんしょんあがってたのはおぼえてる」
覚えてない……?ええと、整理してみよう。片目ちゃんは遊びに誘っても基本的に追いつけない。確かに本当に遅いもんね、片目ちゃん。落ち着いて考えると、歩いてても追いつかれないぐらい遅いんだよ、この子。だけど、たまに追いつける人がいる。わざと捕まりに来る人……今回の桜木さんみたいな人だね。
そして、誰かを捕まえると、うれしくなっちゃって自分が何してるかよくわからなくなる……ってとこかな?その間にお目めを繰り抜いちゃう……え?ちょっと意味わかんないけど……そういうことなんだろう。
で、そういうことは片目ちゃんは覚えてられない、と。……ああ、人間目線でも基本的にいい子って言われていた意味が分かってきた。この子の本心は「遊びたい」だけなんだ。お目めを取るのはこの子の意志じゃない。
「人間とお化けの違い、か」
「そうですな。彼女、『片目ちゃん』の……習性というか、メカニズムというか、そういう類のものなのでしょう。遊びたいのは彼女の意志。遊びで捕まえた相手の目玉を繰り抜くのは霊的存在『片目ちゃん』としての本能。考え方の違いなどならともかく、こればっかりは覆すことはできますまい」
いつの間にか日丸先生とシンシさんが近くに来ていた。なるほど、人とお化けの違い……でも、虫も植物も何もかも仲良くなれるのだから、お化けと仲良くする方法もあるはずだ。……そうだ、次は好きなものの話をしよう。好きなものの話をするのは、誰だって楽しいはずだよ。片目ちゃんも、好きな遊びについて話したがってたし。ええと、やっぱり鬼ごっことかくれんぼが好きなのかな?
「片目ちゃんがする遊びは、なぜ鬼ごっこかかくれんぼなの?」
「みんなしってるでしょ。だったら、だれとでもあそべるでしょ?」
誰とでも……か。とにかくいろんな人と遊びたいっていう片目ちゃんの強い思いを感じるね。きっと、仲間外れなんて作らない子なんだろう。片目ちゃんがそういう子なら、なんだか仲良くなれる気がするよ。
「だったら、別に鬼ごっことかかくれんぼじゃなくてもいいの?」
「うん!きょうはいっぱいひとがいるから、かわったあそびもしたいなー。だるまさんがころんだとかどうかな?」
遊びの内容にこだわりはないんだね。……ああ!だから洋の言っていた対処法が有効なんだ!遊びは何でもいいし、ルールにも拘りがない。あくまで片目ちゃん自身は楽しく遊びたいだけなんだ。だから、「勝利条件を付ける」なんてことも許してくれるし、「つまらない遊びをする」と止めちゃうんだ。
結論として、どんな方法でもいいから、遊びを終わらせられるようにすることが片目ちゃん攻略のカギ。ここまでわかれば片目ちゃんのことはもう怖くないね!
そういえば、じゃんけんで負けたりした時も片目ちゃんには捕まっちゃうのかな?ちょっと気になるね?
「片目ちゃん。ちょっとじゃんけんしない?」
「じゃんけん?……あそんでくれるの!?」
あ、すごく喜んでる。これは負けるとアウトかもしれない。でも、私が知りたいのは負けた時どうなるのか……まあ、確率は勝つか負けるかの2分の1。結果が出てから考えよう。
「「じゃんけんぽんっ」」
片目ちゃんがチョキ、私がパー。むむ、人はグーを出すことが多いっていうからパーを出したのに見事に負けちゃった。さて、どうなるだろう。
片目ちゃんは「やったー!」と言ってはしゃいでいる。そこまで喜ばれると、負けたこっちまでなんだかうれしくなるね。拍手で勝利をたたえよう。ぱちぱち。
しばらく様子を見ていたけど、片目ちゃんが私に襲い掛かることはなかった。もっと、もっとと再選を要求され続けたぐらい。途中からあっち向いてほいをやるようになって、結果的に7勝12敗で私は負け越した。楽しかったので良しとしよう。
「……そういえば、いっぱいひとがいるっていってたのにさきちゃんとセンセーしかいないね?」
「あ、そこに今気づくんだ。実ははぐれちゃって……」
そういえば、京ちゃんのことをすっかり忘れていた。無事……なわけないよね。おぼえてるもん。クマのお化けのナイフが、京ちゃんを貫いたところ。
……死んじゃったよね?
『ネタバレすると死んでないよ』
「うわ!?」
「みぁ!?なあに、さきちゃん」
突然頭に声が響いた。これって……ワタちゃんの声だ。そういえば、私の髪の中にずっと潜り込んでるんだよね。すごくぺったんこになって可愛いんだよ。……ん?あれ?私留守番させてなかったっけ?学校に連れていくのは駄目だからって……。
『そんなどうでもいい話はおいておこう。とにかく重要なのは、今のところ誰も死んでないってこと。皆五体満足で生きてるよ』
「うそでしょ?京ちゃんがちょっと私たちと違うのはわかってるつもりだけど、心臓にナイフ刺さったらさすがに……」
「さきー、だれとはなしてるのー?」
おっと、そういえば、ワタちゃんの声って私にしかわからないんだった。これじゃあ独り言言ってる変な子だよ。……どうしよう、説明したものかな。
「京か……咲。これは可能性の話だが、京はまだ生きてる可能性がある」
「えぇっ!でも」
「京は、両腕、両足、ついでに首を切り落としても死ななかったという報告がある。心臓はわからないが、あるいは」
京ちゃんって人間じゃなかったのだろうか?怪我した京ちゃんに近づくと危ないとか、血の代わりに毒の煙が出るとかいう話は聞いていたけど……ん?すでに人間っぽくないね?本当に生きててもおかしくないんじゃない?
「もし京ちゃんがまだ生きているなら二人を探さなきゃ。二人を探して、京ちゃんを助ける方法を考えなきゃ!」
「ひとさがし?わあ、かくれんぼみたい!あたしもいっしょにさがすよ!」
あれ?これはどうなんだろう。見つけた瞬間にかくれんぼに敗北扱いにならないかな?あっでも、片目ちゃんがいないと私たちは自由に教室に出入りできないや。どっちにしても協力してもらうしかないね。桜木さんと洋ならそう簡単に捕まらないだろうし大丈夫だろう。
「手伝ってくれる?お願いしていい?」
「うん!わあ、うれしーな。わたし、いっつもひとりでおいかけたりかくれたりするから、なかまがいるのすっごくうれしい!」
片目ちゃんは本当にうれしそうに、私の手を握りこんでしきりに「よろしくね」と連呼する。とっても可愛い。……そういえば、七不思議って片目ちゃん以外にもいるんだよね?女の子が後二人いるって聞いたけど、仲良しじゃないのかな?
「ねえ、片目ちゃん。他の七不思議の人たちとは仲良くないの?」
「……?もしかして、あのこわいひとたちのこと?……くびつってしくしくなきつづけてたり、ちまみれになってあばれてたりしてるよ。ぜったいあぶないひとたちだよ」
「えっ……そんな人たちなの。それはちょっと誘いづらいね……。あ、じゃあシンシさんとはどうなの?」
「たまにこうちゃのみにくる」
「たまに会話する程度の中だね。君たちにわかるように言えば、一階の七不思議仲間って程度さ」
なるほど。七不思議同士って特別仲が良いわけじゃないんだね。他の七不思議の情報はあんまり期待できないかも。でも、やっぱり片目ちゃんの空間移動はすごいよね。いろいろ探索が楽にできそう。そうだ、「学校探索」を遊び扱いにできないかな?勝ち負けのない遊びになるけど、じゃんけんでもセーフなんだから、お目めどうこうなくフツーに楽しく遊べそう。
考えていると、先生が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「咲。本当はゆっくり休ませてやりたいが、私は他三人を探しに行かなければいけない。ここで、お前を一人残しては本末転倒だ。だから、付いてきてもらわなくちゃいけない。辛いなら背負って行ってやるが、どうする?」
大丈夫!と元気よく返そうと思ったけど、ちょっと落ち着いて自分の状態を顧みる。うん、多分落ち着いている。片目ちゃんのことももう怖くない。少なくとも、付いて言って先生に迷惑をかけるような状態ではないはずだ。先生の目をしっかり見て、落ち着いて答える。
「大丈夫です。むしろ、これからどうしようか考えていたところでした。先生は次にどこ行くか決めているんですか?」
「そうか……。よし、次は図書館に行く。本の虫……『オオムカデサマ』に会いに行こう」
「本の虫」……七不思議のひとつにあった名前だ。たしか、夜の図書館で何かが這うような音が聞こえるってやつ。正体が巨大な虫だとは書いてあったけど、ムカデさんだったんだね。
「どうやら、この学校のことをよく知っている方らしい。……そこのシンシの言うことが本当ならな」
「おおむかでさま!やさしいおじいちゃんだよ!」
「……まあ、むやみに疑う必要もないだろう。普段から図書館にいるらしい。二階になるが、行ってみよう。片目ちゃんも来てくれるか?」
「うん!」
次の七不思議は「本の虫」オオムカデサマ。優しいおじいちゃんだっていうなら、きっと仲良くなれるね!それに、図書館なら案外洋がいるかもしれない。あいつはわからないことがあったらとにかく情報を集めようとする。はぐれた原因を探るために図書館にいてもおかしくない。
片目ちゃんが壁に穴をあけ、さっそく図書館へ!
「としょかんのまえに、いっかいいくね」
「え?いきなり中に移動できないの?」
「このまえね、それやったらほんが、なんじゅっさつもふっとんでったの」
「なんで!?」
「わかんない。とにかく、あぶないからね、あんまりとおくからとしょかんにはいけないの」
なんかちょっと出鼻をくじかれた感じがあるけど、改めて片目ちゃんのつくった穴の中に入る。
「シンシさん、ありがとうございました!」
「お世話になりました」
「いえいえ、またおいでなさい」
シンシさんは優しい人だったなぁ。でも、会いに行くためには片目ちゃんの力が必要なんて大変だね。……あれ?でも、洋の冊子に隅っこにだけどシンシさんのこと書いてあったよ?あったことがある人いるんだよね?その人も片目ちゃんと友達になったのかな?それとも……。
この学校の七不思議って、そもそも何なんだろう?片目ちゃんはいったいどうやって生まれたんだろう。シンシさんすら乗っていた洋の冊子に名前が出てこないクマさんは何者なんだろう。……ちょっとだけ、洋の探求好きの理由が分かったかもしれない。だって、きになるもんね。ムカデのおじいちゃんなら、いろいろ知ってるかもしれない。無事に会えたら、聞いてみよう。