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和国小学校クラブ活動記録 「らんてぃあ」(調整前置き場)  作者: アーギリア
第1章 とってもつよいクマちゃん譚
14/17

【日丸司】 幻想的事項

和国歴一二〇年 五月一八日 16:00~

 七不思議探索当日。16:00の特別教室にはしっかり4人とも集まっていた。4日前に咲が七不思議のひとつに襲われたらしく、精神的な傷を引きずっているかもしれないと聞いていたのだが、そんなそぶりは今のところ見せていない。いつも通りの咲だ。ただし、咲は自分の不調を極力隠そうとするタイプの子供だから油断はできない。「心配かけるのは悪いこと」という意識が無意識に働いているんだろう。気を付けてやらなくてはいけない。表に出た時には手遅れになっている可能性がある。

 というか、七不思議がそんな直接的に児童に危害を加えて来るという事実は普通に問題だ。洋から話を聞いてすぐに教頭にも話してみたが、「今回の調査で神童様が新たな情報を仕入れることに期待します」とだけ。洋の作った小冊子をぶん投げてやろうかと思ったがさすがに自制した。

 校長にも直接話をしに行ったが、幻想的事項(常識や自然の摂理を無視した事物)が関わる問題を表立って調査するのは難しいことなのだという。ここ数年の間に七不思議による被害はなく、生徒一人の証言からでは学校として動くことはできないらしい。ではせめて、七不思議探索の中止ぐらいはするべきだろうと私は提案した。しかし、それに対しても、校長は首を縦には振らなかった。


『この件の解決に取り掛かるために最も手っ取り早い方法は、神童様の権限を使うことです』

『は?』

『神童様が、早急に対処に当たるべき事項と判断したのならその瞬間にあらゆる問題が無視できるようになります』

『……』

『加えて、今回は君賀君が動いてくれるのでしょう?』

『……それがどうしたんですか』

『彼の能力を私は買っているといいましたね?私は、彼がこの学校で唯一神童様を超える力を発揮できる人間だと考えています。それぐらい、彼の思考、判断力は発達しているのです。加えて、情報収集能力も。彼と神童様がともに七不思議探索という形で調査を行ってくれる。それは、この件の解決を目指すに当たって最も効率のよい作業なんです』

『七不思議とは言いますが、その実態は命に係わる幻想的事項ですよ?そんな調査を子供に任せると?』

『神童様と魔王……東さんがいる状況で滅多なことは起こらないでしょう。彼らの力は、七不思議など容易くねじ伏せられるほど強力なものです。そこに、ちゃんと大人の目があるなら、問題ありますまい。……大村さんの件に関しては先生のご判断で欠席その他対処をしてあげてください。』


 子供に明確な被害を出しておきながらなんと消極的なことだろう。しかし、校長がそう決定したというのであれば、私も勝手に中止はできない。せめてもの反抗にと、このことを当の神童様にも伝えた。


『はい、了解しました。きっと校長先生は我々の意欲をみだりに阻害したくなかったのでしょう。もしかすると、私自身、七不思議についての解明は興味のひかれるところでした。それを忖度してくださったと考えると、責任は私にあるも同義ですね。七不思議探索は予定通り決行しましょう。ただし、私は神童の名が示す全力を持って皆さんを危険から守りましょう』


 神童様は楽しそうに笑っていた。私は自分の考えに共感してくれる人がいないことに苛つきを覚えていたのだろう。つい、「命がかかっていることなのにそう楽観的でよいのか」と口答えしてしまった。神童様は、気分を害した様子もなく、「命に係わっているからと言って何もかもを禁止してしまえば、教育現場では調理実習すらできなくなる。特にらんてぃあには、少しぐらいの命の危機など乗り越えられる人材がそろっている。そんな彼らを安全ではあっても広がることのできなシェルターに閉じ込め続けるのはそれこそ非生産的だとは思わないか?」と皮肉交じりに返してくれた。納得には至らなかったが、とにかく私の意見で決定が覆ることがないことはわかったので、私は安全策を徹底する方向に行動することにした。一日でできることなどそう多くはなかったが。


「じゃあ、最後の確認だ。片目二目に出会った時の対処法は?咲、答えてみろ」

「うん、えっと……」


 ①遊びに乗らない②遊ぶ場合、勝利条件を指定する③勝利条件の指定に失敗した場合、遊びそのものをつまらなくする。④捕まった場合、異次元に連れていかれた後に抵抗すれば高確率で拘束から逃れられる。三つ目は事前に洋が実験して有効だったからと追加された事項だ。そういう危ないことをいつの間にかやっているのは本当にやめてほしい。下手すりゃ目玉抜かれるんだぞ?いくら怖いもの知らずっつっても本能的な危機感とか何とか……ないのか?ないんだったな。すまん。

 ああ、当然私も洋の作った小冊子は熟読した。この小冊子の完成度は高く、内容を見るだけでもこいつの通知表の国語「書くこと」欄は◎をくれてやっていいレベルの代物だ。七不思議の特徴、危険性、対処法がしっかりまとめられていた。私は一般民で、幻想的事項(魔力とか、超自然現象とか、そういうやつの総称だ)には基本的には疎い。だから、この冊子は実質私が子供を守るために用意できた唯一の武器だった。児童の作ったものを頼りにするというのも情けない話ではあるが、私が頼れるのはこいつしかないのだ。


「では、しおりを渡す。今回はこの順番で七不思議を巡ろうと思う。目を通してくれ」


 しおりはきっと急ピッチで作ったのだろう。飾り気のない、シンプルなものだ。だが、それが余計な情報を与えない分、完成度の高いものになっているともいえるかもしれない。好みにもよるがな。

 まあ、事前に聞いていた通り時間設定があるものを優先して、時間帯不明のものを残った時間で探すという方向性だ。まあ妥当なルートだろう。確実なものから潰していくってわけだ。

 さて、私も出発前にみんなの様子を見ておくか。まずは洋。いつも通りやる気に満ちた表情だ。こいつに関してはさほど心配していない。こいつが「準備」したとあったら、そうそうよっぽどなことは起きないさ。咲は……こぶしを強く握って表情を硬くしている。……あ、笑った。覚悟は決まったようだな。なら、私がとやかく言うことはない。いざとなれば守ってやるから安心して探索を楽しんでくれ。桜木様は私が心配するのもおこがましいだろう。だが、私だって大人だ。いざとなれば盾ぐらいにはなってやるさ。本当にやばい時の矛役は悪いが任せますよ、神童様?お、こっちを見てなんか頷いてくれたぞ。心でも読まれたか?彼ならそれぐらいできても驚かない。そして、東。私でもわかるくらい気合が入っている。ほら、見ろ。眉毛が五度くらい吊り上がってる。普段表情が一切動かない東さんが、だ。ありゃあやる気だぜ。

 こんな姿見せられちゃ、教師がうだうだ言ってられないよな。特に咲と東さんのやる気には報いてやりたいところがある。洋は勝手に結果出をすからそこはどうでもいいけど、あの二人にも有意義な何かが得られたら……今回の時間外労働にも意味があるってもんさ。


「さあ、出発するぞ。最初の目標は片目二目。インタビューと20分のレクリエーションを予定している。準備はいいか?」

「「おー!」」「……ん」

「ではいざ、七不思議探索へ!」


 その時だった。教室の奥からガタリ、という音が聞こえた。

 全員が同じ音を聞いたようだ。一斉に振り返る。そこには、クマのぬいぐるみが……


「なんだありゃ……?」

「皆さん、静かに。私の後ろに隠れながらそっとここから退室してください」


 そこにいったのはクマのぬいぐるみの頭部。それに人間のものであろう生々しい三本の足と二本の腕が生えた悍ましい代物。それだけならよかったものの、右手には銀色に光るナイフを持っている。さすがの私も、危険な存在であることはわかった。

 あんな不気味なもんを見て平静でいられる子供なんてそういまい。このメンバーでは咲が錯乱一歩手前だ。いや、私自身も、ちゃんと平静を保てているのか怪しいところだな。大丈夫か?私は正気か?

 咲が突然後ずさった。その音に反応するようにクマはナイフを先に投擲した。

 予備動作のない完全な不意打ち。そしてそれは、異常な速度だった。あの桜木さんすら反応が遅れた。咲がよけられるはずがない。咲はどうなった?恐る恐る咲のほうを見る。


「け、京ちゃん」

「だいじょうぶ」


 そこには、右腕に深々と銀のナイフが立てられた東さんの姿があった。東さんのそれからの行動は素早かった。一瞬でクマに飛びつき、全身を使ってそれを抑えつけた。それから約二秒後、東さんの背中に三本の血まみれの銀色が生えてきた。


「東っ」


 私は思わず東に駆け寄ろうとして、すぐに止められた。私を止めたのは桜木だった。


「先生!負傷した京さんに近寄ってはいけない!」

「放っておけっていうのか!?」

「彼女の血は呪いの集合体です。魔力耐性のない一般民のあなたが近づけばどんなことが起こるか知っているでしょう。少なくとも、助ける前にあなたが死にます」


 桜木は淡々という。お前は無力だと言われたようで、無性に腹が立った……が、すぐに落ち着いた。桜木の言葉が真実以上の意味を持たないことを、私はこの状況でも理解することができたからだ。落ち着いて、もう一度東の状況を見る。東の体は三本のナイフに貫かれている。間違いなく致命傷だ。しかし、事実私の力では彼女を救うことはできない。いや、何か方法はないか?どんなに確率が低くてもいいから。何か、何でもいい。東を助ける方法を……。


「先生。大村さんが限界です。彼女と、君賀君を連れて退室してください」

「……でも」

「邪魔です」

 

 それは、どこまでも情け容赦なく、それでいて優しい言葉だった。私にとっては、絶望以外の何物でもない宣告であった。桜木さんが「邪魔」に思うくらいあれは強力な力を持っているということだ。私たちを守りながら戦う余裕はないと言っているのだ。つまり、あのクマのぬいぐるみは魔王の力みたいなものに準ずる力を持っているという証明に他ならない。

 咲が限界というのも事実だろう。友達のむごたらしいさまを見て正気でいられる程強い心を持った子ではない。そういえば洋は……?こいつはこいつで、なぜか東をじっと観察している。その目に悲しみや怒りはなく、どちらかと言えば興味深そうな……研究者の目というべきか、そんな表情だ。阿保かこいつは。

 ……阿保と言えば私もだ。さっきから思考ばかり動かして足は一切動かしていない。というか、動けない。どうしても東を見捨てる決断をとれない。今、この場では咲と洋を部屋から出すことが先決ってわかってるのに。私にはそれしかできないってわかってるのに。


「だいじょうぶ、といった」


 不意に、東がそんなことを口にした。まだ生きているのか?


「せんせいより、わたしのほうが、こういうの、しってる」

「東……?」

「あ、よびすて。……わたしだけをおいて、いまはにげて」


 ……くそ。「先生より私のほうが知っている」。そりゃそうだろうよ。私はしがない一般民で、東京は魔王様だ。神童と同じで、根本的な差というものがある。私には知覚できない魔力とやら然り、幻想的事項に関する経験然り。私は先生で桜木や東は子供だというほうが今となっては言い訳だ。私は、自分の無力さを認めなきゃいけない。


「わかった。ここは任せたぞ、京!咲、菊。ここは撤退する。ついて来い!」


 私の言葉ではない。力強く宣言したのは洋だった。洋は菊に、動けない咲を連れて行くように指示した。そして、洋は私の腕をつかんだ。


「ここは、それこそプロフェッショナルに任せよう」


 洋は笑っていた。この凄惨な状況を全く意に介していなかった。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見える。何なんだこいつは。どうやったらこんな……。

 私は洋に引っ張られて部屋の外に連れ出される。特別教室の扉をくぐる瞬間、東の淡々とした声が聞こえた。


「しんぱいはいらない。わたしだって、かくごしていた」


 私が教室を出ると同時、特別教室の扉はガチャっという音を立てて、勢いよく閉まり、辺りは静寂に包まれた。




 まずは何をするべきだろう。警備員を探すか?しかし、桜木さんです落選するというあの怪物相手に、警備の人が出て行って何になる。そうじゃない、もっと大事なことがある。一旦、咲と洋を家に帰さなければならない。これが最優先だ。……いや、その前に保健室によるか?咲の精神状態がやばい。顔を真っ青にして、壁に寄りかかり、小刻みに震えている。呼吸も整っていないようだ。……パニックになってるな、当然だが。


「よし、一旦ここを離れよう。保健室に向かう。洋、悪いが調査は中止だ。さすがに受け入れてくれ」

「洋君なら、扉を抜けた瞬間、私の視界から消失しました」


 何をしているのか、さっきから壁や扉をとんとん叩いていた桜木さんがそんなことを言った。慌てて辺りを再度確認したが、確かに洋の姿はない。あいつ、どこに行ったんだ?こんな時に……。

 いや、落ち着け。桜木さんは今「消失した」と言っていた。洋にそんな力があるわけないし、何らかの働きかけで洋は意図せず離脱させられたと考えるほうが妥当だろう。そうなると、これも緊急案件だ。早く洋を探してやらなきゃいけない。……だが、私はすでにいろいろと許容量をオーバーしていた。そんな私がたどり着いた結論は「あいつなら大丈夫だろう」という根拠のない信頼だった。私は洋を一旦放置し、咲を助けることを最優先して考えることにした。


「仕方がない、あいつなら一人でもどうにかするさ。それより、咲が本当に限界だ。保健室に避難しよう」

「あの冊子によれば、姿のない男がいるようですね、保健室。友好的だといいのですが」


 私はぞっとした。そうだ、この学校には七不思議がまだまだ存在する。いや、そもそもあんなクマ、洋の冊子には書いていなかった。すでに予定外のことが起きているということだ。これから先、何が飛び出してくるかてんで想像がつかない。

 ただでさえ、命を狙ってくる七不思議が存在するのに、あんなのが他にも湧いてくるとしたら……。


「失礼、先生。やはり保健室に行ってみましょう。冊子には、危険性なしと書いてありました。今、我々の持っている情報はこの冊子だけです。これを信じて進んでみましょう」


 ……私は一瞬躊躇ったが、特別教室の前に居続けることが良い方向に転がるとはとても思えない。ならば、保健室に行ってみるほうが何かしら進展するだろう。

 そう伝えようとした矢先であった。


「あなたたちが3人のひと?」


 突然、少なくとも咲ではない小さな女の子の声が聞こえた。同時に、抱えている咲の体が、可哀そうなくらいこわばった。ああ、なるほど。となると、唐突に私の後ろに湧いて出たのは。


「片目二目……か」

「うん。そだよ。あそぼ?」


 そこには、確かに顔左半分に大きな穴が開いた、二つ目の少女がいた。実際に見ると本当に不気味な姿だ。ぼろぼろの制服は、50年以上前に撤廃された和国小の制服に似ている。ああ、確かにこいつは和国小の七不思議だ。こいつの対処法はわかっている。落ち着いて受け答えれば怖くない。

 ……奴が出てきたのがこのタイミングでなければな。咲は確か、こいつに襲われたんだよな?精神が不安定な状態の咲がこいつに合ったらどうなる。考えるまでもない。……その前に結果が出たからな。


「いやあああぁぁぁっ!」


 咲は甲高い声を上げ、走り出してしまった。すぐに桜木が追いかけ、幾秒もせずに確保した。しかし、桜木が咲を抑え込み静止したところ、いつの間にか行動を始めていた片目二目が例の空間移動を用いてそのそばに出現した。桜木は咲を抱え、私のもとに駆け戻ってきた。片目二目はそれをゆったりと追いかけてくる。

 まずい。すでに「鬼ごっこ」が始まっている。勝利条件の提示をする暇もなかった。咲があの状態では「面白くない遊び」を演じることもままならないだろう。どうすればいい?何か方法は?


「日丸先生!咲さんを任せます!」

「は?」


 桜木が咲を差し出してきた。とりあえず受け取る。しかし、どうしたというんだ。何かこの状況の打開策が見つかったのか?


「先生、移動しながら話しましょう。目的地は保健室です。幸いあの速度なら追いつかれることもありますまい」


 咲を私は背負う形に持ち直す。やたらおとなしいと思ったら、どうやら気を失っているらしい。おそらく、桜木が何かしたのだろう。少々乱暴ではあるがこの時ばかりは仕方ない。彼に限って後遺症の残るような方法はしていないだろう。しばらく寝ていてくれ、咲。

 保健室に向かいながら、私は桜木から話を聞く。


「これから私は、彼女につかまります」

「は?」

「4つ目の方法を試しましょう。ひたすら抵抗してきます」

「いや、桜木、いくらなんでも」

「申し訳ありませんが、戦闘能力を考えて、最も彼女に対抗しうるのは私です。ついでに、最悪、目玉の一つぐらいとられても私は耐えられます。逆に、咲さんに安心感を与えられるのは先生です。信頼できる大人が近くにいる、その事実は子供だけになった時よりも咲さんのストレスを軽微なものにしてくれるでしょう」

「3人で逃げ切れねえか?」

「私だけならまだしも、空間移動などという珍妙な技を持つ体力不明の存在相手の無制限鬼ごっこにあなたは耐えられますか?狙われるのは間違いなく咲さんです。今、咲さんの命を背負っているのは先生です」


 クソ、咲を預けてきたのはそういう理由もあってか。否定する要素を打ち消してきやがったな。だが、さっき東を見捨てたばかりだというのに、今度は桜木を見捨てろってのか?

 ……とか迷って、さっきは京が犠牲になったんだよな。ああ、わかってる。あいつを桜木に相手してもらうほうが全体の生存率が上がるってことぐらいな。二度も自分の無力さから目をそらしたりしねえさ。私は、咲をしっかりと背負いなおした。


「わかった、任せる」

「はい。最後に一つ助言をば。この空間は閉鎖されています。きっとすぐにその弊害を認識させられるでしょう。どうしようもなくなったときは片目二目に頼ってください。彼女は敵ではありません」

「は?」

「彼女は遊びさえしなければ利用できるものと考えます。では!」


 桜木は一切迷いなく片目二目に接近し、自分から捕まった。「つかまえたぁ」と嬉しそうに桜木を抱きしめ、ゆっくりと床に沈んでいく。完全に消える間際、私は彼の最後の声を聴いた。


「あ、これドッヂボール必勝法の応用で抜け出せそうですね」


 再び静寂が私の周りを支配した。子供が一人いなくなるたびにこの無音に襲われるものだから、この感覚がトラウマになりそうだ。しかし、弱気になっている暇はない。桜木に言われたとおり、私は咲の命を預かっているのだ。流石に、3人目まで手放すわけにはいかない。

 ……洋は生きてるよな?いや、あいつが死ぬわけないだろう。ああ、でもよく考えたら特別教室の前であんなにもたもたしていたのに例のクマが出てこなかった。もしかして、洋は教室から出た瞬間に別の……そう、世界というか空間というか、そういうものに飛ばされたんじゃないのか?そして、あれは洋のほうに行ったんじゃないか?それが事実だとして、桜木が苦戦する化け物相手に洋は生き延びられるのか?


「ああ、クソ!話し相手がいなくなったからか!クソみてえなことばかり考えちまう。……クソ、私もおかしくなってんのかな。どうしたんだ、突然大声出して。ハハハ、少し休もう。保健室は……ああ、もう着いたか」


 私は、独り言を続けながらドアに手をかける。微動だにしない。鍵がかかってるとか、そういう話じゃないドアがその場所に固定されているみたいにピクリとも動かない。私はため息をついた。これじゃあカギを持ってきても開かないだろうな。そもそも職員室にも入れないかもしれない。試しに他の教室のドア触ってみるか。……ほら見ろ動かない。

 私はドアを思い切り蹴った。私の足が痛くなっただけだった。ああ、やばいな、頭に血が上ってやがる。いよいよ私もやばいな。


「クソ……どうすりゃいいんだ」

「どしたの?」


 途方に暮れかけたところに、覚えのある声がかかる。ああ、片目二目だな。……ふざけんな。いくらなんでも戻ってくるのが早すぎる。桜木はどうした?まさか殺されたわけじゃないよな?おい。


「あそんでくれる?」

「この状況見てどうしたら遊べると思うんだよっ!?」


 つい、怒鳴りつけてしまった。片目二目はまるで普通の少女のように驚きで身をすくませ、それから怯えた目で私を見た。そんな目をするな、何被害者ぶってやがんだ。


「桜木はどうした?」

「ひぃ」

「答えろ」


 私は、片目二目を睨みつける。不審な動きをしたらすぐに逃げられるように、注意を徹底する。片目二目は困惑したように視線をさまよわせている。何だこいつは。いったい何がしたいんだ。


「せんせい」

「咲!」


 咲が目を覚ました。よりによってこのタイミングか。また暴れられたら今度こそ打つ手がなくなるぞ。おんぶから抱っこに今からでも切り替えられるか考える。しかし、咲の声を聞いてその思考は中断させられる。


「ごめんなさい、先生、もう大丈夫」

「いや、とてもそうは見えないが」


 咲の顔色は相変わらず真っ青で、体はぷるぷると震えている。しかし、片目二目をまっすぐ見つめ何やら口をもごもご動かしていた。話をしようとしているのか?

 私は咲を下ろしてみる。まだふらふらしているので、手だけしっかりつないでおく。咲はちらっと私を見て、小さく「ありがとうございます」とささやき、改めて片目二目と向き合った。


「片目ちゃん」

「な、なあに」


 片目二目は私をちらちらと見ながら咲の声に応える。思いのほか、私に怒鳴られたことを気にしているようだ。ここで私が口を開くと色々こじれそうなので、何も言わずに咲と片目二目の会話を見守ることにした。


「この前はごめんなさい」

「このまえ……?ああ、あそんだよね!たのしかったね!」

「いろいろ、すごく酷いことした」

「されたっけ?べつにいいよー、それよりまたあそぼーよ!」


 何の話かは分からない。ただ、今の謝罪内容に咲のトラウマの一端があったのだろう。あの咲が自分で「酷いこと」というようなことを複数回するなんてよほどのことじゃないか。そこまでの大ごとがあったのなら少しでもそういう素振りを見せてくれればいいのに……。あとで、詳しく話を聞かなければいけないな。

 片目二目のほうはあまり気にしていない……というより、「遊ぶ」こと以外に一切の執着がないように見える。これはもしかして、彼女の七不思議としての性質なのか?「遊んで」「捕まって」「抵抗しないと」「目をくり抜かれる」って言うのが彼女に割り当てられた本来の七不思議としての役割なのではないか?「抵抗しないと」だけが浮いているように見えるが、これはこういう怪談話によくある「弱点」の類だと考えれば納得がいく。そして、その七不思議的な要素を回避すれば、彼女とは普通に交流が可能なのではないか。


「ありがとう。それでね、片目ちゃん。遊んでもいいんだけど、その前に教えてほしいことがあるの」

「なあにー?」


 だとすれば、話は大きく変わる。私たちの力では、もはやどの教室も入れない。だが、彼女の空間移動ならどうなんだ?七不思議「片目二目」としてのイベントが始まるまでは協力を要請できる可能性すらあるのではないか?

 なにせ、彼女はこうしているうちは話の通じる一般的な少女と何も変わらないのだから。


「教室って、どうしたら入れるかな?」

「んー?どこいきたいの?」

「えっと……保健室?」

「いいよーつれていってあげる!」


 ……桜木はこれにいち早く気づいたのだろう。「敵ではない」「利用できる」とはこういうことだ。そして、それを理解していた桜木が何の打算もなく自らを犠牲にするとは思えない。彼が無事である可能性はひときわ高いと言えるだろう。。いや、それにとどめる必要もない。今、この仮説をこの場で立証すればよい。


「いっしょにいこう!……あ、あの、おねえさんもくる?」

「その前に、さっきの質問の答えを聞かせてほしい」

「な、なんだっけ」

「桜木……私たちと一緒にいた男の子はどこに行った?」


 今回は、極力威圧感を与えないよう、片目二目に目線を合わせ、教師の顔で尋ねた。……大丈夫だろうか?また怯えさせはしていないだろうか?正直、表情が読み取りにくくて何とも言えない。


「せっかくつかまえたのににげられちゃったー!こうね、うなぎみたいににゅるにゅるにげるの!またつかまえなきゃ!」


 片目二目は元気よく答えた。その表情は明るく、普通の小学校低学年の児童と何ら変わりのないものだった。片目二目は危険である。なにせ空間を自由に移動し、目玉くり抜こうとする幻想的存在。そんなもんが、条件が限定的とはいえ普通に校内に湧いて出るんなんて普通に職員会議案件だ。

 だが、だからといって先程の私の行動、怒鳴るという行為は正しいものだったか?少なくとも私なら、この行動を客観的に見た時、体罰か理不尽な暴力だと判定するね。


「そうか……すまなかったな」

「え?」

「ちょっと、イライラしてて、お前に当たってしまった。怒鳴る必要なんてなかったのにな。ごめん。重ねて申し訳ないのだが、私たち二人を保健室に連れて行ってくれないか?」

「うー?……うん!いいよ!」


 これで許されるものではないが、事が事だ。私はこれから、バラバラになった4人を集めて無事に家に帰すという使命がある。ここから先は開きなおさせてもらうぞ。桜木も言っていたが、大人は私しかいないのだ。

 片目二目は慣れた様子で壁に穴を作る。入ることを促された私は、咲と一度アイコンタクトをとる。「私が先に行くから、問題なさそうなら咲も入って来い」と言っておいた。……彼女にそんな判断ができるかはわからないが、何かあれば適当に悲鳴でも上げて伝えるさ。

 では、覚悟を決めて……幻想的事項にぶつかるとしようか。




 穴に入って大体2歩ぐらい歩くと、私と咲と片目二目は3人とも問題なく保健室に通り抜けることができた。体に異常はなし。デメリットがないのならこれは実に便利な移動手段だ。

 そして、私たちを迎えたのはまたもや異質な存在であった。それは宙に浮くスーツと杖とシルクハット。

まるで、正装した透明人間のようだった。


「おや、おきゃくさまかい。ようこそ、保健室へ。飲み物は、紅茶で構わないかな?それとも、若者はカフィーがお好みなのかな?」

 空間移動の結果、私は恐らく今の2年5組に相当する位置にある教室に連れ込まれました。そこで現在、片目二目なる少女がお腹にのしかかってきています。少女の手には一般的なくぎ抜きが握りしめられています。頬を紅潮させ、息遣いも荒く、非常に興奮した様子を見せています。このような状況で無ければ垂れそうになっているよだれを吹いて差し上げたいところです。


「片目さん」

「もっと、もっとあそぶの。つ、つぎはなにしよっか。アハハ……」


 ああ、駄目ですねこれ。先ほどまで見せてくれていたわずかな理性が完全に飛んでいます。きっと、この目玉をくり抜くという行為自体は彼女の意志ではなく、もっと機械的な性質として実行しているに過ぎないのでしょう。

 異常なほど興奮しているのは彼女に備えられた防衛機制によるものでしょうか。思考力を極限まで下げることで目玉抜きへの抵抗、また罪悪感を消失させているものと考えられますね。


「……っ」

「おっと」


 突如振り下ろされたくぎ抜きを私は受け止めました。すごいです。どう考えても冷静さを失っているのに、狙いは完璧に目を捉えています。そういえば彼女が狙っているのはやはり左目のようです。あの大きな穴に入れるのでしょうか?ちょっと気になりますが、それだけのために自分の目玉を一つ差し上げるのは割に合いません。あきらめましょう。


「んんぅ?どおしたの?あそぼおよ」

「はい、何がしたいですか?」

「んっとねー?きょうはいっぱいひとがいるからあ……いすとりげえむ?」


 熱に浮かされてしまっているのか、片目さんの呂律が怪しくなっています。そして、会話は平和的ですが、こうしている間にもくぎ抜きは私の目を狙って何度も振り下ろされております。これは、彼女の意識と行動が完全に乖離してしまっているとみて間違いないでしょう。

 そろそろ抜け出しましょう。私は自身の筋力に任せて体をひねり、片目さんを軽く弾き飛ばしました。あっ、しまった!頭をぶつけてしまっています。大丈夫でしょうか?


「んー?いたあい。どおしたのお?」


 ああ、無事みたいです。さすが何十年物の七不思議、頑丈ですね。私は片目さんの動向に注意しつつ、この空間について調べまわります。ドアは開きません。窓も開きません。換気扇は……おや?ありませんね。完全に外部と遮断されているようです。

 片目さんがのろのろと私に近づいてきています。くぎ抜きを振り下ろす速度以外は極めて遅く、振り上げてから振り下ろすまでに10秒以上ありますので、危険は先ずありません。近所の犬と遊ぶほうが危険なんじゃないですかね?

 教室内の掲示物を損壊できるか試してみましょう。……おお、敗れません。これ、ちょっと研究のために持ち出したいですね。許されるでしょうか。

 そろそろ日丸先生たちが困り始める頃ですね。一旦片目さんを正気に戻して会話しましょう。


「せい」

「ふわわっ!?」


 簡易的な治癒の神術です。体の悪い状態を癒すことができます。正直、神術なんて使ったら怪異である片目さんが消えてしまわないかと思わないでもなかったのですが、問題なかったようです。とろんとしていた目がパッチリ開いて頬の色も健常なものに戻りました。


「……ん?」

「片目さん、ちょっといいですか?」

「えっと?おにごっこのとちゅーだよ」

「私はもう捕まってしまったので、次は二人を追いかけるでしょう?二人を見つけたら、別の遊びに切り替えませんか?せっかく人数もいるのです、追いかけっこ以外もやってみたらどうですか?」

「いいよー、あたしもっといろいろあそびたい!いってきまーす」


 ……あ、行ってしまった。まあ、最低限のことはできたので良しとしましょう。では最後の実験です。私の魔力で、この空間閉鎖を突破できるでしょうか。


「できなければ、文字通り詰みですね。まあ、私にできないことなどあんまりありませんが」


 私は教室で拾った保険だよりを手に、自分の中で魔力を編み始めました。イメージするのは鍵の形。魔力量は多めに設定。空間閉鎖の状況を鍵穴に置換。構造把握開始……完了。アンロック。


 私は5年2組の教室の前にいます。一切の危なげがない素晴らしい仕事だったのではないでしょうか。誰も褒めてくれないので自分で褒めておきましょう。

 本当に、私に不可能などあまりないのですよ?今回の調査においても、はっきり言って七不思議のすべてが敵に回っても私一人で十分対応できると見ています。今この空間において、私を苦戦させうる存在は……洋君はいなくなってしまったので一人だけですね。私としては、なぜ「彼女」がこのような状況を作り出したのか気になって仕方がないのです。ことによっては私ですら巻き返せない状況に陥るかもしれません。なので、2人には悪いですが、少しの時間単独行動をさせてもらいます。


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