【君賀洋】 最初の挑戦の最終確認
和国歴一二〇年 五月一六日 15:30~
なぜか、とんとん拍子に話が進んでいる。イレギュラーなことと言えば咲が七不思議に巻き込まれたことくらいで、それ以外はやたらうまくいっている。正直、今回俺は焦りすぎていた。京を表に出すのも、菊を引っ張り出すのも、校長先生に直談判しに行くのも、時期尚早だったと思う。なのに、なんかうまくいっている。これはどういうことだろう。
……まあいっか!何かあったら、その時考えりゃいい。今は目先のイベント……七不思議探索について考えるべきだ。会議の準備は完璧だ。調査も、下調べもやれるだけやった。あとは、みんなと話し合ってみんなの意見をもらうだけだ!俺は、模造紙片手に特別教室に飛び込んだ。
「よう!ちょっと遅くなったか?すまねえ!早速会議を始めよう!」
「んちゃっ☆」
ドアを開けると、目の前で京がいつものポーズを決めていた。動いた気配は一切なかったから、おそらく俺が来るのをずっとここで待っていたのだろう。なんでこんなことをしているんだろう ?さすがの俺も理解不能だ。
「京ちゃん、私たちのことをずっとそこで、そのポーズで待ってたんだよ」
咲が簡潔に状況の説明をしてくれる。……しかし、京の意図はさっぱりわからん。場所とポーズにこだわっている。何かしらのメッセージが隠されていると考えるべきだ。それはいったい?
「東さんなりに、『マスコット』の役割を考えての行動だそうです」
なるほど、さすがは菊。完璧なフォローだ。つまり京は、自分なりにマスコットという役割を考え、行動したというわけだ。マスコットとして、真っ先に目に入る位置に立ち、客を迎える。素晴らしい動きではないか。これは、リーダーとして褒めなければいけな場面だろう。
ほら、京も目を輝かせて褒められるのを期待している。俺は親指を立て、京に笑いかける。
「素晴らしい働きだ。京マスコット係。その調子で、今後の活躍にも期待する」
「んちゃ!」
ポーズも表情も変わらないけどどことなく嬉しそうだ。やっぱり京は人の評価をやたら気にする節があるな。まあ、理由はきっと単純だ。京は「魔王」ではない別のものになりたいんだろう。まず、噂で聞くような邪悪な人格を持っているわけではないことはすでにこれまでの交流からわかっている。むしろ、本来の性格はかなり人懐っこいみたいだ。加えて京は、鬼でも見るような視線を受けながらも必死にお手伝い活動を続けている。かなり忍耐のいることだと思うが、自分の印象を変えたいという強い行動原理からくるものなら納得がいくだろうよ。結論、京はもっと人と関わりたがっている。
京の成長と外からの評価はそれがそのままらんてぃあの成果につながりそうだな。京の動向については逐一注意してみよう。
日丸先生が最後に教室にやってきて全員がそろった。京は、先生に挨拶をするとそそくさと自分の席に着いた。このてきぱきとした所作は自分の役割をちゃんと考えて行動している証拠だ。なかなかやるじゃないか、京。さて、みんなが揃ったところで恒例の始まりの言葉を口にするとしますか。
「これより、らんてぃあの活動会議を始める!」
拍手を受けながら、俺は早速黒板に調査結果がまとめられた模造紙を広げた。ちなみに、でかい模造紙は上からつけるタイプの磁石だとくっつかせるのが難しい。前もって張り付けるタイプの磁石を紙の後ろにつけておいたほうがいいぞ。
今日決めるのは、前回の予告の通り調査の日程だ。大体16:30から20:30の4時間に渡る調査を予定している。先生からは極力次の日が休みの日にとの要望を受けた。加えて意識したいのは、すでに咲が被害にあっているわけだ。なるべく早く調査して、咲のトラウマ払拭とともに、新しい被害者を減らし、一石何鳥って成果を得たいものだ。つまり、狙いどころは次の日の土曜日。さあ、それでは会議を進めようじゃないか。
「これが、俺たちの調査するべき七不思議の一覧だ」
1、「片目二目」 16:44丁度、2年5組の教室前に出現。顔の左側に大きな穴の開いた少女。
2、「宙吊縛首」 18:12~、5年6組の教室内。首を吊った姿の少女。
3、「楽しげな絵画と共に」 18:22~、2階廊下を徘徊。首から上が同タイトルの絵画となった巨人。
4、「チモジメイカー」 時間不明、美術室。本人がそう名乗ったらしい。頭が割れた血まみれの少女。
5、「遂に逃げ出した非常口」 時間・場所不明。動くピクトグラム。捕まえると非常口が出現する。
6、「本の虫」 19:00~、図書館内。何かが這い回る音が聞こえる。巨大な影の目撃例あり。
7、「鏡の中からの使者」 19:16~、2階女子トイレ。鏡の中に謎の影が出現する。
8、「魔王」 7つの怪奇を乗り越えたものの前に魔王が降臨する。
16:30~20:30という時間設定の理由はこの表を見ればわかるだろう。少なくとも出現時刻が判明している七不思議連中の観測が可能なのはこの時間帯なのだ。できれば20:00には切り上げたいと思うところである。
その辺りを説明すると、咲が手を挙げた。質問・意見は大歓迎。どんとこい。
「魔王、もうここにいるけど」
そこかよ。いや、いいけども。
「これは20年以上前の資料から得た情報だ。多分、先代東さんが悪乗りしたんだと思う。面白かったから乗せといた」
「ぱぱ!」
咲は何とも言えない表情をしている。京をネタ扱いしたのが気に障ったのだろう。しかし、当の京は自分に関わる話が出てきて喜んでいる。やっぱこいつ、自分を話題にされるの好きみたいだな。京のために仕込んだ小ネタだったが、上手くいったようでなにより。ともあれ、この調子では、咲も強くは言えまい。
「女の子モチーフの怪異が3つもありますが、どれもやたらグロテスクですね?」
次に口を開いたのは菊。俺は頷いてそれにこたえる。
「ああ。だから、この3つは俺が先陣を切って確認する。状況はちゃんと説明するから、見たくないやつは見なくていい。メンバーに無意味なトラウマを増やす気はないからな」
「おや、それはよい気づかいですね。しかし、こういう怖い話には、なぜか女性が関わるのが多いですよね。なぜでしょうか」
確かに怪談特番とかに出て来る幽霊ってやたら女が多いよな。髪の長さとか声の高さがホラーテイストに合うのかな?それとも、女の人のほうが幽霊になりやすいのだろうか?気が強いのは男より女って聞くし。
まあ、そんな例にもれず、事実としてここの七不思議にも女の子関係の話が3つもある。どれも穴あき、首吊り、血塗れとなかなか縁起が悪い。しかも、どれもこれも危害を与えてくる。こいつらは必ず観測しなければいけない。特に「片目二目」だけは絶対に調査してやんなきゃな。知れば知るほど怪異は怖くなくなる。咲のトラウマも解消に近づくだろう。
「まあ、その辺りの考察は調査を終えてからにしよう。何事も考察には資料が必要だ。さて、その他七不思議の内容について、俺が調べてわかったことはこの小冊子にまとめておいた。この表についての疑問はこれを読むことで大方解消されるだろう」
小冊子とはいったが20ページの大作だ。手帳づくりの要領で丁寧に一冊ずつ作った。一朝一夕の代物じゃないぜ。ぜひ活用してほしいものだ。
さて、ようやく今回のメインに入る。この模造紙の内容は、俺が考えた時間設定の理由づけのためにまとめただけだからな。内容自体にはあまり触れるつもりはない。
「では、日程調整をするぞ!」
活動時間は16:30~20:30、土曜日の二つを条件に3人の予定を聞いた。都合よく、今週の土曜日に予定はないようで、親の同意があればその日で構わないということだ。先生にも意見を問うたが、少し疲れた顔で「問題ないよ」と言ってくれた。苦労かけるな、先生!これからもよろしく。
活動予定日が決まったのなら、次はその日までに何をしておけばいいかを確認するべきだろう。まあ、3人にやってもらうことは一つしかない。
「とりあえず、当日までに小冊子を熟読して来い。そうだな。七回ぐらい読め!七回!」
つまるところ、攻略本を熟読して来いって話だ。はっきり言って七不思議の一部は危険だ。だが、猛毒のフグは調理法を知っていればおいしく食べられるように、危険な七不思議は適切に対処すれば愉快な不思議減少以上の何物でもない。
「あんまり読みたくないんだけど……」
一度襲われた咲は、七不思議に触れることに気が進まないようだ。だが、その冊子さえ読めば最悪巻き込まれても怖い目には合わないようにできるはず。大抵、こういう「怪奇」なやつらは何かしらの役割意識があるようで、「弱点」や「対処法」なんてものには律儀な反応を示すものなのだ。……たまに知ったらアウトとかいう初見殺しもいるみたいだが、多くの場合は知識が怪異に対する武器になるのは間違いない。
正直、京と菊は対処法とかなしでも力業でどうにかできそうなので、この小冊子はほとんど咲のために作ったようなものだ。怖い思いをした咲にこそ、この冊子を読み込んで次の機会が訪れないよう気を付けてほしい。ま、こういうのって本当に必要としているはずの人ほど読んでくれないんだけどな。
「では、今日の会議はここまでだ。おのおの、考えつく限りの準備をすることだ」
「了解しました」
「んちゃ」
「うん」
……やっぱ咲の元気がない。これは、調査終わるまではどうしようもないかな。あとで先生に相談したほうがいいかもしれない。
「じゃあ、これで解散。お疲れさん」
俺は、計画を詰めるべく足早に教室を出た。事前調査の仕上げに向かおうとしたところ、男だか女だかわからない声に呼び止められた。誰だっけ、この声。
「やあ、君賀。久しぶりだね」
ああ、この声は晶だ。俺の友人。別にこの学校に在籍しているわけじゃないそうだが、なぜかちょくちょく姿を見かけるへんな奴だ。見た目に一切特徴がない奴で、男らしさも女らしさもない。口調だけ、やや男性より。そんな奴だ。
「よう、晶。そういや最近見なかったな。なにしてたの?」
「僕はいつだってその時必要なことをしているよ」
うんうん。この意味の分からない感じ、間違いなく晶だ。なんか、先生が言うには「関わっちゃいけない」類のナニカらしいけど、今のところこいつと話したことで不具合が起こった試しはない。まあ、何かが起こるまではただの俺の友達だ。その認識で問題ないだろう。
「俺は、今度の土曜日に七不思議の探索をするんだ」
「へえ、この学校の?11個くらいなかったかい?」
「あった。だけど、七不思議感が薄い奴は削って無理やり七個にした」
「ははは、君、変なところでおおざっぱだよね。まあ、下手に細かいところを見すぎて停滞するよりはいいだろう。応援するよ。」
そういや、不具合って程の事でもないけど、俺が難しい言葉に興味持って無理に使うようになったのはこいつの影響のような気がする。理屈っぽいって言うのかな?そんな言葉が好きなんだ、こいつは。
「で、お前は何でらんてぃあに入ってくれないの?」
ここが疑問。実は、俺がランティアを作ったのは晶に「やりたいことがいっぱいあるなら、そのためのクラブでも作ったら?」と言われたことがきっかけだった。だが、「クラブを作ったらお前も入ってくれるか」と聞いたところ、「お断りするよ」と言われてしまった。なぜだ。
「前にも言ったと思うけど……君は勝手に物語を進めてしまう。僕が必要だとは思えない。もっと言うと、君は僕の思い通りにならないことが最初から確定しているから、ずっと一緒にいるのはつまらない。たまに君に出会って、どのようなことをしているのかを教えてもらって、驚かされるくらいが丁度よい娯楽なのさ」
うん、前にも聞いたわこの言葉。意味が分からないのはあいかわらずだな。菊に話して聞かせたら通訳してくれるだろうか?まあ、とにかく、今は入るつもりはないってことはわかった。本気で拒絶されるならそりゃ無理強いはしないさ。いつでも入りに来ていいからなとだけ言っておこう。
「洋!洋!」
おっと、今度は後ろから咲が慌てた様子で歩いてきた。どんなに慌てても廊下は走らないな、こいつ。片目二目に合ったのは本当にやばい状況だったということがうかがえる。さて、それはそうといったいどうしたことか。さっきまで落ち込んでいた先がこんなにも生き生きとしているなんて。
「ふふ、可愛らしいガールフレンドのお出ましだ。羨ましい限りじゃないか、洋。もっとも、君はこの先、こういった意味での恵まれっぷりに気づくことはないのだろうが。邪魔者は退散するとしよう。七不思議探索、成功するといいね。じゃあ」
「ん、おう。またな」
晶はどうも人目を避ける……いや、出会う人を選んでいる……気がする。あいつの中では、俺とは関わってもいいけど、咲とは関わりたくない、基準はわからないけどそういうなんかがあるんだろう。
……っと、咲を無視するわけにもいかない。思考を咲にシフトしよう。さて、どうしたのかな?
「ラブリーカルテットが!すぐ近くで戦ってるの!」
「あっそう」……と言いかけて思いとどまる。折角先のテンションが復活しかけているのにわざわざ水を差すこともないだろう。それにしても、これまた久しぶりだな。ラブカルが学校に来るの。俺は先生に「せっかくヒロインが頑張ってるのに水差しに行くな」って言われているから応援にはいかないけどな。
ところで、ラブカルの敵である「エニグヌム」は平日は大体17時から18時の間に、休日は午前中に出現する。今日みたいに16時前後に出て来るときは大抵学校の近くに出現する。露骨に子どもの教育を受ける権利を意識している。ラブカルって、正体は小学生と中学生だからな。こういうところに気づくと、途端にこういう事件が何かイベントごとのように見えて興が冷める。
まあ、そういうことでエニグヌムのほうはどう見てもラブカルにかなり気を使って出てきているわけだが、ラブカルのほうはガチで世界の危機だと思って戦ってるようだ。わざとらしいエニグヌムに対して、ラブカルは本気なのだ。だから、一見幼い魔法少女たちの頑張りには多くのファンがついたし、暴力的な方法で悪を鎮圧する姿も称賛されるのだ。
ラブカル人気の考察については鷲島先生の言葉を引用しました。俺はそこまで考えてない。
「むー、やっぱり行かないの?」
「俺が行くと絶対口出しちまうもん。俺の姿見ると赤と白が嫌な顔するんだぜ」
「もう、じゃあ、私一人で応援行くから!」
そう言って咲はちょっと急ぎ足で玄関に向かっていった。……いや、避難しろよ。何のためにラブカルがでっかい化け物と戦ってると思ってるんだ。お前みたいなやつを守るためだぜ?足引っ張らないでやれよ。しかし、俺はあえて止めない。エニグヌムが一般人を本気で攻撃する気がないのはわかってるし、何より咲の機嫌が直りそうだ。いっそ、この戦いが咲の心を盛り上げてくれるものであることを祈ろう。
さて、いまは16:10。用のない生徒は下校する時間だ。俺は用があるのでまだ下校しないが。あと34分。土曜日の詳細な計画でも考えて暇をつぶそう。
おや?うっすら聞こえていた騒音が聞こえなくなってる。ラブリーカルテットの戦いが終わったのか。今は何時だろう。5組の教室をのぞいて時計を確認する。ああ、ちょうどいい時間だ。俺は計画ノートを鞄にしまい、来るべき瞬間に備え5組の向かいの壁を凝視した。
しかし、何も起こらない。なぜだ、片目二目はどうして出てこない。事前に取材のアポを取ろうと思ったのに。
「予定が狂ったな」
俺は鞄を背負いなおし、トボトボと帰宅コースに入った。咲をできる限り安心させてやるためにアポを取ろうとしたのに、さすが七不思議は一筋縄ではいかないようだ。なんかほかの条件があるのかな?いつでも出て来るとは限らないのか?そりゃそうか。あれだけで出て来るんなら今頃もっとたくさん目撃情報あるだろ……。
……ここでちらっと振り返る。視線の先、約20メートル。そいつはいた。
「いたあああああ!」
「うきゃああぁぁ!?何っ!?」
発見しました、片目二目!俺は早速、現れた穴あき少女に突撃し、華麗に捕獲した。片目二目は右両目を真ん丸にしてこちらを見ている。なるほど、遊び中じゃなければ体に触れても取り込まれないらしい。新たな発見だな!
「お前が片目二目だな!」
「え、カタメノフタツメ?なにそれあたしの名前?あたし知らない。でも、ちょっといい名前なのでつかっちゃう。こんにちは、片目二目です」
おお、意外と融通の利くやつだ。まあ、文献をさらってもこいつの呼び方はバラバラで決まった名前はなさそうだったしな。今後インタビューをすることを考えても都合のいい展開と言えるだろう。
さて、話をつける前にちょっと対話してみようか。
「片目ちゃん?なんで今日はいつもの時間に出てこなかった?普段より2分遅かったじゃないか」
「カタメちゃん!かわいくていいね。……待っててくれてたの?遊びたいの?だったら、おに」
おっと、こいつはあれだ。話を都合よく拾って自分の「怪異」としての役割を果たす方向に強引に持っていこうとしてやがる。ここはさっさと本題に入るが吉。悪いが、ごり押しならこっちも得意だ。
「取材のアポを取りに来た!」
「あぽ……?それどんなあそび?おにごっこかかくれんぼにしようよ」
「今週の土曜日のこの時間に!あと3人連れてお前のところに来る!その時に、いろいろお話したいんだ」
「おはなし?3人も来てくれるの?楽しい遊びができそうだね」
すげえな、どんな話をしても話の一部だけ拾って「一緒に遊ぶ」に繫げてきやがる。だが、お前が人並みの思考能力を持っているのはなんとなくわかってんだ意地でもこっちの流れに持っていく!
「ああ、だからその時にちょっと取材をさせてほしい。いくつか質問に答えてくれればいいから」
「そのあと一緒に遊ぼ?」
……まあいい、及第点。この様子なら、少なくとも4人の子供が遊びに来ることは理解したはずだ。この調子ならちゃんと出てきてくれるだろう。とりあえず出てきてさえくれれば話ができる。アポになってるかは不明だが、今日会った意味は十分にあっただろう。
さて、勝手にこちらの都合で話につき合わせたんだ。少しぐらい相手側の都合も組んでやるのが礼儀ってもんだろう。上等だ、少し遊んでやろうじゃないか。
「オッケー、何なら今からでも少しぐらい付き合うぜ?」
「わーいおにごっこしよー!」
「30分逃げ切ったら俺の勝ちな!よーいどん!」
「わーいまてまてー」
咲に聞いてはいたが片目二目はマジで遅かった。だから、ある程度距離が離れたら空間移動する性質を利用して20メートルシャトルランみたいなことをひたすら続けてみた。具体的には「走って距離を作る」→「片目が空間移動を使う」→「片目が消えた地点に走る」→「片目が再出現したころには元の場所に俺がいる」を繰り返した。これによって、俺は片目の居場所を常に把握しながら逃げることができた。しかし、これでは遊びというより単純作業。体力は残ってるが気力が尽きてきた。ちょっと捕まってみようかという危険な考えが頭をかすめたあたりで、突然片目二目は俺を追いかけるのをやめ、胡乱な目で俺を見た。
「それ、楽しい?」
「体力トレーニングと割り切れば、まあ」
「……かえる」
……うん、さすがに俺もこれはどうかと思ってたよ。どう考えてもこれ遊びじゃなくて作業だし。そりゃつまらないわ。「遊んでやるぜ!」って言われた後に、そいつがシャトルラン始めたらそりゃキレるわ……本当ごめん。がっかりさせちまったな。
「3人連れてくるのは本当だから!今日のは二人で鬼ごっこしてもそんな楽しくないだろってことを伝えたかったんだ!」
「……うん。楽しみにしてるね。次はその……とれーにんぐはなしね?」
「そんな興ざめなこと、二度としないから安心してくれ」
「……ふふん。じゃあ、あたしかえるね」
片目二目はじっと壁を見つめた。ああ、そういえばあの空間移動をよく見てなかった。少し近くで見せてもらおう。
……約30秒経過、いくら待てども片目は例の能力を使わなかった。何だろう、見られてるとできないのかな?んなわけねえだろ。咲の目の前でバンバン能力使ってたらしいし。
「片目さーん、どうしたー?不思議パワー見せるの嫌?」
「んー?それはべつにいいんだけど、なんか穴が出てこない。どうしてだろ。……そういえば、さっきあたしが遅れた理由聞いてたよね。実は今日、穴がうまく作れないの。いつ成功するかわからないから、帰るなら先帰るといいと思うよ」
え、こいつちゃんと俺の話理解してたの?正直驚いた。これは次回の取材に期待が持てるな。しかし、空間移動が近くで見られなかったのは残念だ。もう5時になるし、俺も長居はできない。そういえば、16時って普通にまだ明るいよな。七不思議のくせになんで明るい時間に出て来るんだ?そんなに「4時44分」に拘りたいのか?よくわからん。まぁ、どうせいつでも会えるんだ、今日は退こう。気になったことは土曜日に全部聞けばいい。
「じゃあ、おさきー」
「ばいばーい……あ、できた」
玄関で咲が待ち構えているようなこともなく、俺は一人で帰路についた。とりあえず、今日はかなり「らんてぃあ」にとって有意義な一日だったと思う。日程の確定に加え、七不思議のひとつに接触することができた。ついでに、「20メートルシャトルラン」が片目二目に対し効果的な対処法であることもわかった。……ちょっと可哀想だったけど。
空はまだ明るい。でも、遊びに行ける時間はない。ちょっともったいなく感じるね。もう少し大きくなったら、もっと長い時間遊ぶことが許されるだろうか。……そういう意味では、今回の肝試しは大人への一歩と言えるのかもしれない。「子供だからこそ」って言って作ったらんてぃあの活動でこういうこと言うのは変かな?どうだろ、ちょっとわかんないや。
「ただいまー」
俺は今日考えた予定をまとめるべく、家に帰ってきた。おや?母さんは買い物かな?誰の声も聞こえない。姉ちゃんもいないのか?仕方ない、一人でやろう。
ええと、片目とは少しは遊ぶことになるから大体45分を見積もって……次はこの首吊りかぁ。目についた人間を絞め殺そうとしてくるらしいし、咲と先生は入れないほうがいいな。外で待機。……大体20分くらい交流してみたところだが、んー時間が足りねえ。まとめ作業を次の会議に回して、当日は調査に重点を絞るか?いや、ちょっと待てよ?2手に分かれるって手もありか?……いや、駄目か。先生一人しかいないし。んー、咲を監視役として数えれば?……いや、咲はちょっと精神状態が……菊なら……んん……。
あいつ、大丈夫かなぁ。
「出ましたネぇ!?ラブリーカルテットォ!しかし、今度という今度はお前たちも終わりです!ゆけえ!ネガティブフォースが産みし現代社会の負の遺産!ブラック・貝・シャイン!」
「ブチョオオオオオォォォォッ」
アサリを模した怪物はその出入水管を天高く伸ばし、大空に向けて暗黒の光を撃ち放った。50メートルの巨体からレーザー光線が飛び出すさまは圧巻であり、ラブリーカルテットに守られている人々も恐れおののかざるを得なかった。しかし、勇敢なるはラブリーカルテット。リーダー格のレッドは早速インファイトを仕掛ける。ブルーは魔法で生み出した氷の剣でそれをアシスト。イエローは人々を守る決壊を展開しつつ仲間の基礎能力向上の魔法を繰り出した。ホワイトは全力の攻撃に備えてひたすら魔力を編み続ける。
「ふはははっ!無駄だ!今回の怪人は防御力に秀でている。辛い社会でもみにもまれ、造り上げてしまった心の殻を、青臭い子娘どもに突破できるものか!」
「カッチョオオオォォォォォォ!」
巨大アサリは、とある高層ビルに狙いを定めた。と、次の瞬間、凄まじい一閃が町を縦断。数々の建造物に『元』の一字を加えた。なんという絶望。相対するは年端もいかぬ少女たち。国の軍隊は何をしているのか。いや、こんな圧倒的な存在相手では国の軍隊でもどうにもなるまい。悲嘆にくれる人々は、しかし、次の瞬間希望を聞いた。
「頑張れー!レッド!」
「負けないで!ブルー」
「今ので精神状態がやばくなった人たちは私が対応するので安心して戦ってください。ゆう……イエローさん」
「ホワイト―!決めてくれー!」
子供たちの熱い声援。彼ら彼女らはまだ希望を失っていない。それどころか、その期待はどんどん膨れ上がっている気さえしてくる。何もできない大人たち、しかし、その上気持ちまで子供に負け、その声援を任せてしまうことが許されるだろうか?
「頑張れーラブリーカルテット!」
その声援は誰よりも強い。巨大アサリに恐れることなく、そのすぐ足元で必死に声援を送るいたいけな少女。町でもちょっとした有名人、みんな友達大村咲ちゃん。ぴょんぴょん跳ねて可愛らしくラブカルを元気づける。その光景を見た人々は皆、心を一つにした。
「何やってんだあの子!?」
「危ないから離れなさい!」「鷲島先生!私はもう大丈夫ですから、あの子を!」「ちょっ!?おい、ブラック・貝・シャイン!そこを動くな!一歩も動くな!?」大人たちは自分に課された本来の役割を思い出し、子供たちを連れてもっと遠くへと動き出した。
「咲ってたまに致命的な天然晒すよね」
「なにそれ、どういうことワタちゃん?」
「大村氏!ここから離れますよ!ほら、危ないから」
ちなみに大村さん、近くにいすぎたせいで自分が魔物の足元にいたことに気づいていなかったらしい。自分が迷惑をかけたかもしれないことに気づいてしまった大村さんはしばらく鷲島先生のカウンセリングを受けることになった。
「……み、みんなの応援のパワー確かに受け取った!」
「正直、寿命が縮むくらい驚いたけど、何もない無くてよかった!」
「咲……ほんと勘弁してよぅ」
「でもあの子のおかげでなぜか時間稼ぎができた。ピュア・ノヴァ、発動可能」
「「「よし」」」
ホワイトの力がたまったのならラブリーカルテットの独壇場である。レッドはブレイブ・インフェルノを唱え、体に獄炎をまとった。ブルーはフィロ・ブリザードを唱え冷気をまとった光源を作り出した。イエローはカインド・ライトニングを唱え。広範囲に雷鳴のとどろくフィールドを展開した。
ピュア・ノヴァは最強の一撃。一点集中の凄まじいエネルギー放射。この力を中心に、彼女たちの必殺技は完成する。その名も。
「「「「ラブリー・カルテット!」」」」
「シャッチョォォォォォ!?」
アサリ怪物は4色の光に包まれてそのまま縮小。元の甲斐性なさげなサラリーマンの姿に戻った。
それと同時に、彼を取り巻いていたネガティブフォースが拡散。破壊されたものを修正し、全ては元通り。
「くっ、またやられてしまったか。だが、次はそうはいかぬ。より強力な魔物を作り出し、今度こそ貴様らの希望の色を絶望に染め上げてくれる」
エニグヌム幹部、ミステリオ。それは魔人とも悪魔そのものとも噂されている。悪辣に表情をゆがめ、マントを翻すと次の瞬間には消えてしまった。ともあれ、今回も正義は果たされた。
「でも、わたし、みんなに心配を」
「その分、よい時間稼ぎになったらしいですよ。結果的に良いことをしたともいえるのでは?ね?あ、ほら、イエローさんが来てくれました。お疲れ様です。最後にこのいたいけな少女に何か一言どうぞ!」
「えぇ!?えっと、さき……いや、さっきはびっくりしちゃった!でもあなたのおかげで今日敵を倒すことができました!ありがとう!」
「イエローさん」
「だからそんなにつらそうな顔しないで?これからも笑顔で応援してほしい。あなたの笑顔が、みんなの勇気になるのだから」
「……うん、うん!ありがとう、イエロー」
(せーふですか?先生)
(セーフです。最後までお疲れさまでした。今度クッキーををご馳走します)