【君賀洋】 結論を言えば大村咲は、誰とでも仲良くなれるって話 【添付資料】大村咲さんの診断結果
和国歴一二〇年 五月一四日 7:30~
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい」
「車に気をつけなねー」
会議から5日たった。俺個人の活動は順調だ。
昨日までで、俺は8割方の先生に話しかけ、その内の半分くらいの先生の手伝いをすることができた。らんてぃあの名前も、順調に広まってるだろう。何より、問題児の君賀洋が突然目を輝かせて「お手伝いさせて!」と言い始めたのだ。先生たちからすりゃ……
「……何かある、と思うな。普通。ちっと先走ったか……?」
うーむ、功を焦り過ぎたかもしれない。いや、探られて痛い腹があるわけじゃないんだけど、あんまり信頼を求めると胡散臭いって方向に行っちまう可能性があるんだよな。少しの間、湧き上がるやる気を諫め、雌伏する必要があるかな。なに、時間があることが俺たちの最大の武器だ。じっくり行こう、じっくり。
ところで、何か忘れてる気がするな。俺は一つの事を考えると一つ忘れるんだ。まあ、安心しろ。俺のつるっつるの脳みそはまだ若い。ちょっと考えりゃ思い出せるさ。えーっと……
「どうして先行っちゃうのさぁ!」
「そうだっ!咲を待つの忘れてたんだ!なんだ、思い出す手間が省けたな。おはよう、咲」
「お、おはよ……洋、もう少しあたしのこと、気遣ってくれてもいいんだよ?」
「いっつも気遣ってるつもりだぜ?」
ただ、気遣いという言葉に俺と咲で隔たりがある気はする。ま、その辺はぼちぼちすり合わせていくとしよう。
咲と昨日見たテレビの話とかしながら、通学路を歩く。大体五分くらい歩いたところで、咲が急に足を止めた。
「あ、虫さんだ!」
「あん?虫……?」
咲が突然声を上げ、嬉しそうに駆け出した。咲は生き物が好きだ。比喩抜きで、生き物なら何でも好きだ。多分、カビとかも許容範囲だと思う。
生き物を見つけた咲は、それが見るからに狂暴そうだったり毒がありそうだったりしていても躊躇いなく駆け寄り、触ろうとする。そして生き物に向かってめっちゃ話しかけたあと、何事もなかったかのように戻ってくる。本人曰く会話しているらしいが、正直、パッと見はただのヤバい奴だよ。
さて、今咲が触れ合ってる「虫」。これがまたどう見てもまともじゃない。見た目はシデムシの幼虫みたいでまあ「虫」なんだが、大きさが2リットルのペットボトルくらいある。
「ごめんごめん、洋置いてっちゃった」
「別にいいよ」
ここはしっかり度量を見せておこう。さっきお前、先に行くなって言ってたじゃねぇか、とか言わない。リーダーなんでね。しかし、見過ごせないこともある。何を許しても、これだけは突っ込んでおかねばなるまい。
「それなんで持ってきたの?」
「可愛いでしょ!」
咲は例の虫を抱いてきていた。正気かこいつ。ちゃんと質問に答えてくれ。なんで持って来たんだ。ペットにでもする気か?
でかい虫に可愛い可愛いと言いながら、頬ずりする少女の姿。傍から見たら不気味である。大丈夫か?心の病気だと思われるぞ。あ、ほらみろ。誰かがそそくさと走り去っていったぞ。あの顔見たか?見てないだろうな。
「周りの人が引くを通り越して見てはいけないものを見たような顔になってるから、それ置いてけよ」
「えぇ……」
「えぇ……は今の俺にこそふさわしい台詞なんだよなあ」
惜しみつつ、でかい虫を地面におろす咲。なんだかんだ言っても、話はちゃんと聞いてくれる。この辺の聞き分けの良さは俺にはない美徳だね!咲が手を振ると、虫の方ものそのそと去っていった。あ、飛んだ。よく見たら胸にちっさい羽根があるな。
「あの子、人間からは『ばくさん』って呼ばれてるんだってー」
「バクさん……?バグさんの間違いじゃ……」
どうやら、また会話していたようだ。……いや、本当にできてるのかは知らないけど。
咲はいつも生き物と話した内容を俺に聞かせようとする。面白いのは、どう考えてもいらん刺激にしかなっていない行動をしていても、咲は生き物に嫌がられたり、まして攻撃されたりすることがない。それが例え、どんなに見た目ヤバそうなやつでも。この前スズメバチを肩に乗せて撫でるという奇行を見せていたが、刺されなかったし。会話云々の真実はどうあれ、生き物に好かれやすいってのは間違いないな。
しかし、ばくさん……「爆散」?いや、蚕も「サン」って読むから、そっちか?じゃあバクってなんだろう。……やめておこう。俺には考えないといけないことが他にもいっぱいある。気にならないといえば嘘になるが、真偽不明の咲の電波発言にいちいち頭を働かせる余裕もない。俺は今、クラブ活動のほうに集中しなければ。
「あ、そういえば京ちゃんの役職決めたの?」
……咲って本当に突然話を変えてくるな。いや、別に咲が特別そうってわけじゃないんだが。突然話が切り替わるとびっくりしちゃうよね!
っと、そうそう。京の役職なぁ。
「正直言って……まだ悩んでる」
違京を仲間外れにしたいわけじゃない……。ないん、だが。正直な話、らんてぃあメンバーであることこそが仲間の括りであって、無理やりな役職設定に価値を俺が見いだせないでいる……。必要なのは今のところ3つだけで……さすがに会計を任せるわけにはいかないし。いや、実際それで京が疎外感感じてるっぽいから、考えないわけにはいかないんだけどな。
「駄目じゃない!……今日も仲間外れってなったら京ちゃん落ち込んじゃうよ!」
「わかってる。なんとか放課後までに決めとくわ。」
「本当に大丈夫?」
安心しろって、俺は出来る男だ。伊達にチームメンバーを引きずりまわそうとはしていない。明日までに、ばっちり考えといてやるさ。
しかし意外だ。咲の方からクラブ活動の話題を振ってくるとは。正直ただのお目付け役とばかり思っていたんだが……思いのほか、ノリノリなんじゃねえか?うれしいな、これは!ああ、うれしい誤算というやつだ。これからは積極的に、予定に咲を組み込んでいこう。
「ところでさ、さっきから気になってたんだが……」
「なに?」
「小学生が俺たちしかいないのってなんでかわかる?」
「……は?」
俺はあたりを見回す。さっき、咲の奇行に引いてる人がいたが、今日はそれ以外の人を一人も見ていない。偶然人が少ない時に出た可能性もあるけど、10分歩いて誰にも会わないのは……さすがにちょっとおかしいかなって思った。
「え、何これ、怖い……」
「学校行けばわかるかな」
怖がる咲を慰めつつ、俺は学校に視線を向けた。真実はそこにある気がする。明らかな異常事態、巻き込まれたのは子供二人。俺たちは新たな冒険に一歩足を踏み入れたのだ……。
「何してらっしゃるのですか?お二方」
おっと、素敵な前書きを流していたのに横やりを刺すのは誰だ?
「なんだ、菊じゃん。おはよー」
「おはよう!菊さん!」
「え?あぁ、おはよう……ではなく!いまは皆さん自宅待機のはずじゃないですか」
ん?何か知らない情報が来たぞ。
「何それ知らん」
「ええ……連絡網どうなってるんですか……昨日の夜、とある……まあ、魔物がこのあたりに紛れ込んでしまったのです。オオヒラタシリアゲという魔物です」
尻上げ?なんか滑稽な名前だな。
「こう……50センチくらいの平たい虫なのですが……」
「糞弱そう。危ないの?それ」
「少なくとも、我が国の軍では対抗できません。だから私が対処を任されているのです……」
うっわ、さらっと軍とかいう言葉が出て来たぞ。尻上げ、どんな魔物なんだいったい。……まあ、今回はそんなに深入りはしないでおこう。今はやることがいっぱいあって、どれも中途半端な状態だ。こう見えて俺は、つまみ食いはあんまり好きじゃないんだ。やることをやみくもに増やすのはいいリーダーじゃないからな!
「話は分かった。俺たちはいったん引き返すわ」
「何言っているんですか。私が送りますよ。本当に危険ですから……」
残念なことに、俺たちは家に引き返すことになってしまったわけだ。新しい冒険なんてなかったのさ。世知辛いね。しかし、学校の開始が遅れるってことか。休校とかになると今日の予定が盛大に狂うぞ。
まぁ、家で計画の練り直しだな。こういう想定外の事態に柔軟に対応してこそできるリーダーってことだね。
ところで、実は俺は菊の話を聞いてことの真相は大体わかってしまった。ズバリ、菊が言ってる怪物はさっき咲が話しかけてた虫だ。そう、『バクさん』である。
「なあ、菊。もしかして、お前がここに来た理由って丁度ここで目撃情報があったからか?」
「……やはり、彼が言っていた二人の子供というのは」
その通りらしい。となると、やっぱり情報提供したほうがいいよなぁ。
「なあ、菊。いや、何度も悪いが……もしかしてそのシリアゲ何とか、『バクさん』って呼ばれてる?」
「……っ!?」
うおっ、菊が凄い顔してる。鬼気迫るとはこのことだな。ってか肩が痛い。あんま強く握らないで。いたい、いたいいたたたたたっ!?
「なぜ『その名前』を知ってるんですか!?」
「いや、咲がさっき……」
ん?これダジャレになってるのかな?そんなどうでもいいことに考えを逸らせた隙に、菊の興味は咲の方へ行ってしまったらしい。っていうか、菊、あんな細身なのにすげえ力だな。肩を握りつぶされるかと思った。
「咲さん、『爆散』を知っているのですか?」
「え……?うん、さっき会った子がそう呼ばれてるって言ってた」
「言ってた……?」
お、菊が珍しく動揺してる。いいものが見れたなぁ。咲の奇行には神童様も驚くらしい。そりゃそうだ。ぱっと見優等生がいきなり虫と会話しだしたらビビる。俺も、最初は若干引いた。咲の先生からの評価が高いって聞いたけど最近の大人の目は節穴なのかな?ちゃんと内面を見ないとわからないもんだぜ?
いや、別に咲が悪く見られてほしいとか思ってるわけじゃないぞ?むしろ悪く見られたら困る……。が、咲は常識枠で俺が非常識枠……みたく言われるのは納得がいかないのさ。うちのらんてぃあはみんな非常識枠ですよ。
「あの子ならもう帰ったんじゃないかな?バイバイするときそんなこと言ってましたよ」
「すみません、ちょっと理解が追い付かないのですが……え、話をしたんですか?」
「うん、かわいい子だったよ。弟?妹?そんな感じだった」
「あの、それが本当なら『爆散』には人並みの知能があることに……」
こいつら、俺のこと完全に忘れてるよなぁ。まあ、話が盛り上がるのはいいことだ。
さて、そうこうしているうちに俺の家についてしまった。帰り道に『バクさん』いなかったな。見つけたら教えてやろうと思ったのに。こっちとしては用がなければ長居は無用。俺は退散するとしよう。
「すまん、俺んちここだから。お先ー」
「え?あ、あぁ。またいずれ……」
「ばいばーい」
さて。どうしようかな。あれだ、京の役職決めでもしよう。
「あーーー、帰ってきてた!良かった、無事だったか!」
お、この元気な声はむげん姉ちゃん。なぜか屋根の上から降ってきた。菊が連絡網どうたらって言ってたし、どうやら連絡が大分遅れて来たみたいだな。……咲と俺んちだけ?嫌がらせでも受てんじゃねぇのかこれ。
「この近くに『爆散』が出たって聞いて、慌てて飛び出したよ……怪我とかしてない?大丈夫?」
「『バクさん』には会ったけど怪我はしてないぜ。結構おとなしかったよ?」
「あいつは全くおとなしくないぞ……遊び感覚で町を破壊する怪物だ。本当に出会ってたんだとしたら、よく生きて帰ってきてくれたよ……」
姉ちゃんがここまで言うとは。何かよくわかんないけど本当にヤバいんだな。見た目ただのでっかい虫だったが、そんなに危ないんだろうか。毒とかかな?いや、爆散だとしたら盛大な自爆をするとかかも。刺激を与えると強力な水素爆発を起こすとか?
今回は咲に感謝しなければいけないかもしれない。多分、あいつがいたから俺は安全だったんだろう。お詫びにいずれ、咲のやりたいことをらんてぃあで採用してやろうか……。
「まったく、このあたりはちょくちょく物騒なもんが湧くね。魔物やら異常存在やら……私じゃどうしようもないけど……あんま酷いようなら色々考えなきゃなぁ……」
「まあ、どうしようもないこと考えてても仕方ないだろ。それより、『バクさん』の事気になる。ちょっと教えてよ」
危険なものは知らない方がヤバい。もっと言うと、どう危険なのか知らないと怖い。機会を見つけては、身を守るための知識を得ていかなければならないのだ。
「あんなの、知る必要ないよ。本来西の森から出てこないんだから」
「まさに今日出てきたんだけど」
「いやぁ、今回は例外も例外だよ。ここ数年出てきたことなんて……」
「今日出たんだからまた出るぜ?その時知らずに死ぬのは嫌なんだが」
実際そうじゃん?知らない方がいいことって実はそんなにないと思う。知識は共有するためにあるんだよ。俺は一人で何でも抱え込んじゃうのはずるいと思います!
「はぁ、あんま話したくないんだよなぁ。正直自分の恥をさらすみたいな話だし」
「まさか、あの魔物姉ちゃんが創ったとか?姉ちゃん、元マッドサイエンティスト説?」
「ははは、マッドは否定しないがあんなの創れないよ」
そう言って姉ちゃんが出したのは一冊の本。何これ、絵日記?
「昔、私が西の森に行って調査した時のメモだよ。んで、これが『爆散』」
そう言って指示されたページを見ると……あ、やっぱりバクさんだわ。姉ちゃん絵、上手いな。
・和名 オオヒラタシリアゲ 種族 ヒラタシリアゲムシ
体長 45センチメートル
半径5メートル以内に入った任意のものを体内に広がる異空間に吸収する能力を持つ。吸収した物は腹部の先端から放出できる。攻撃に使う際は、吸収した物に爆発魔術を仕込み、何かにぶつかることを条件に文字通り『爆散』させる。さらに、この時の爆風に触れた生物は5分から3日以内にそれ自身もオリジナルとどうよ規模の大爆発を起こす。この現象は連鎖爆発と呼ばれる。連鎖爆発による爆風には異常性は見られなかった。
どこまでが爆風判定になるのかは不明。爆心地から1キロメートル以内にいた生物はすべて始末するか、早急に隔離することを勧める。
西の森の外で爆散が放たれた場合、その威力は一瞬にして小さな村をクレーターに変えてしまうほどだ。言うまでもないことだが、爆発物に指定されたものはまず助からない。
追記 記述ミスがあり、多くの犠牲者を出したことをここに謝罪する。正しくは「一部分でも」範囲に入っていれば問答無用で吸収される。巨竜が飲み込まれるのを確認した。また、最近分かったことであるが、吸収の際、時空のゆがみが生じていることがわかった。これは、別次元に居る存在すら飲み込んでしまう可能性を示している。結論を言えば、あらゆる守りがこの生物の前では無意味であり、近接でこの生物を排除することは不可能である。
「こっわ。咲はなんてもんを抱っこしてたんだ」
「だっ……!?咲ちゃんは無事なの?」
「うん、なんか懐かれてたよ。やっぱ咲すげえや、いろいろと」
やっぱりあの社交力はすごい。何より、危険というものを感じない鈍さが凄い。いつかあいつ、社交力に殺されるんじゃないか?
「っていうか、姉ちゃん一体何者なんだよ。どういう仕事してたらこんなもの描くことになるんだ」
この本の内容を見たところ、姉ちゃんは人の死ぬところを何度も見たことがあるんだろう。きっとそういう仕事についてたんだ。別にそれがどうと言いたいわけじゃない。ただ、近場に合った謎に興味がわいただけだ。
姉ちゃんはうーん、と一言唸ると、顔を上げてにやりと笑った。
「女の秘密を、そう暴こうとするもんじゃないよ?」
「もう取り繕えないくらいには明かしてると思うよ」
「その程度で私を知ったつもりになるなんて、ぬるいぬるい」
姉ちゃんは笑った。姉ちゃんは俺が思っているよりもかなりやばい人なのかもしれない……。まあ、いいけど。俺に対しての姉ちゃんはただのショタコン以外の何物でもない。
「今度これ、ゆっくり読ませてよ」
「んー?しゃあないなあ。貸したげるっ」
ほら、悪い人じゃあない。悪い人だったとしても、それは俺には関係ない。姉ちゃんは姉ちゃんなのさ……。
しかし、西の森かあ。ざっくりと立ち入り禁止だって話を聞いたことはあるけど、詳しい場所や内容を聞いたことはない。いつか、西の森の探索を活動にしてみてもいいかもしれない。なぁに、咲がいればどうにかなるさ。俺は、『ムゲンちゃんの考える頭領格危険度ランキング』で堂々の3位に輝く『爆散』の名前を見てそう思った。
-----------おまけ 『爆散』が来ちゃったワケ(本筋とは関係ありません)----------
『頭領格狩り』。もし成功したなら、そのものは絶対的な強さを証明することになる。俺は、証明に来た。自分の強さを……間有様に認めてもらうために!
「きゅ!」
「あ……?」
足元に虫が寄ってきた。こいつはクサリワラジだな。西の森に湧く雑魚だ。俺はこんな雑魚を相手にしに来たんじゃない。俺の目標は『改造』。最強の頭領格である。
しかし見つからないな……もっと奥に行くべきか。
「きゅう!!」
「なんでついてくるんだ。クサリワラジなんて相手にしてられないんだよ」
「きぃ?」
いや、よく見ると見た目が違う?これ、クサリワラジじゃないのか。まあ、どうでもいい。それよりも、あんまり遅くなるとさすがに不利になるだろう。早く見つけなければ。
「出て来い!『改造』!この大河正敏、お前に勝負を挑みに来た!」
……出てこないか。うむむ、日も暮れてきた。今日の所は帰るとしよう。
「きぅ!」
「……」
何もしないで逃げ帰って来たと思われるのも癪だ。こいつを生け捕りにしていこう。俺は、ずっと付いてきていた虫をとっ捕まえて、西の森訪問の証明とすることにした。
まあ、西の森に入って無事生還するだけでもひょろっちい奴らにはできない。一先ずは俺の勇気を見せつけたってことで妥協しよう。
……大河は強いのだ。これで少しは間有様も認めてくれるのではないだろうか。私は、いつも肝心なところでお供させてもらえないのが心苦しいのだ。この力は、皆のためにつけたというのに、どうも活躍の場が与えられない。
「認めよ、私は強い。そして、この力をよく使える地に私を連れだしてくれ。このまま何もなさず老いるのは、あまりにも悲しいではないか」
変化が起きたのは西の森を出て暫くしてからだった。虫がやけに動く。うっとうしいな。
「ああ、別に生け捕りじゃなくてもいいじゃないか。よし、ぶっ潰そう」
俺は、暴れる虫をひっつかんで思いっきり壁に投げつけてやった……。
「ぴゃっ」
「あん、意外と堅いな?」
壁にぶつかった虫は何事もなかったかのように地面に着地した。魔力で筋力増強したんだが。改めて虫をよく見てみる。……よく目を凝らすと、微妙に光が見える。
「……!?」
俺は、そいつからすぐに距離を取った。あれは「防壁」だ。西の森の「頭領格」が必ず持つ防御手段。壊されるまで魔術・物理問わずあらゆる力を無効化する絶対の盾。莫大な魔力を持つことの証明だ。
「何だ、お前。雑魚じゃねぇのか?」
そこで俺は昔習ったある頭領格の名前を思い出した。
『爆散』。頭領格の中でも屈指の見掛け詐欺。紫階級の大怪物。
『改造』ではないが、これなら十分な相手。一人で倒したならあらゆる人から賞讃されることだろう。そんな獲物を前に、俺は。
「……!」
「きぃ」
……なにもできなかった。『爆散』はそこらに落ちてた小石を吸収、次の瞬間には俺の右腕がなくなっていた。
「……!?くっ、緊急だ!」
俺は撤退を選んだ。あまりにも格が違った。残った手で携帯機器を使い、信頼できる仲間に連絡を取りながらできる限りあの怪物から離れようとする。しかし、次の瞬間に転んだ。立ち上がろうとして、既に俺の両足がなくなっていることに気づいた。いつの間に攻撃された?
『爆散』はその場から一歩も動いていない。ただ、尻を持ち上げて愉快に振っていた。遊ばれているようだ。
「きぃ!」
「……あ」
あっという間とはまさにこのことだった。突然とびかかって来たかと思うと、一瞬で視界が黒く染まった。ああ、飲み込まれたんだな、と悟った。確かこの魔物は飲み込んだものに爆発系の魔術を仕込み、攻撃手段にするのだという。これはもう無理だ。もはや俺にできることは撃ち出されるのを待つだけだろう。
相手をして分かったことだが、頭領格の強さというものを俺は勘違いしていたらしい。紫階級は『軍が総動員で派遣される』程の厄災扱いであると聞いた。俺は一騎当千の自信はあったが……。これは、『軍が総動員されれば勝てる』という指標ではなかったのだ。こいつらは文字通り厄災。軍を使えば対処ができる可能性がある……それだけの話だ。いくら軍が強くても台風や地震を倒せるわけじゃない。
「これじゃ、俺はただ自殺しに来ただけだ。なんで調子乗っちゃったかなぁ」
そして俺は気づいた。俺はとんでもないことをやらかしたのではないか?『爆散』を西の森の外に放り出してしまったぞ……?
「まあ、もうどうしようもねぇや。俺はもう死人みたいなもんだ。きっと、神童様辺りがどうにかしてくれるだろう。あまりの情けなさに涙もでねぇや」
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「『爆散』の帰還を確認。被害は彼一人で済みましたか」
「大河殿……その勝手がなければいつでも我らが一軍に加えられましたのに……」
「余計な仕事を増やして、本人は安らかに死ぬなんて、いい身分ね」
「あの、たぶん彼は安らかには死ねないと思います」
「ん、どうしてだ?」
「魂も体と同じように粉微塵になっていました。お墓どころか、天送りすらできません」
「……それはちょっと同情するわね」
「えげつないことをするね……爆発魔術の位は文句なしの超級だな」
「仕方ありません。今は、結界の修復を急ぎます」
「「「「了解」」」」
大村咲さんの診断結果 担当:大葉山
1、大村さんの精神異常について
大村さんは自らの正義にとらわれた少女と言えるでしょう。彼女は自分が悪と認識した行動に強い拒絶反応を示します。
例1 大村さんに万引きの真似事をするよう指示しました。この時、店主に許可を取っての実験であることを大村さんに告げていました。結果、指示されたものをポケットにしまおうとした瞬間に大村さんは気絶し、体調の回復には2日間の入院と5日にわたるカウンセリングを必要としました。
大村さんは、「悪いことと知らずにやった」ことを「悪いと認識した場合」にも異常な反応を示します。
例2 大村さんが進入禁止の資料室に入ってしまいました。その時、資料室に貼られてあった注意書きがはがれており、鍵もかかっていなかったため、落ち度は完全にこちらにありました。しかし、「気にすることはない」という説得もむなしく、大村さんの体調は日ごとに悪化し、4日目に寝込んでしまいました。それから、7日のカウンセリングの末、大村さんの体調は回復しました。
しかしながら、大村さんは自分自身が悪と認識した行動をとる人を嫌うことはありません。拒絶反応は、行為そのものにのみ発現するようです。もう一つの性質として、大村さんはあらゆる生物と仲良くしようとするというものがあります。仲良くなった対象が彼女にとって悪いと認識される行動をとろうとした場合、必死に説得してやめさせようとする姿を見ることができます。また、他人の悪事に対して彼女は一般的な反応を示します。しかし、どのような理由があっても、一度仲良くなった生物を嫌いになることはないようです。
例3 彼女と親交を深めた看護師Tに、上司に対する愚痴を語らせました(Tさん、誠に申し訳ない)。愚痴を始めてから終わりまで、大村さんは静かにTの話を聞き続けました。話が終わると、大村さんはTの話に理解を示すような発言をした後、「陰口はいけないよ」とTを窘めました。
彼女は、話を聞く能力が非常に高いようです。Tは実験後に「大村さんとの会話はとても楽しい」「彼女と一緒にいるとすごくリラックスができます」と述べました。
2、大村咲の持つ魔法について:友達の和(階位暫定EあるいはEx)
大村さんは魔法が発現しています。大村さんの精神異常はこの魔法の発現によるものであると考えられます。
大村さんは無意識に自分の周囲に誰にとっても居心地が良いと感じられる空間を形成しています。魅了というには効果が微量で、相手に強い影響を与えることはできません。せいぜい友達が作りやすくなる程度の魔法でしょう。
大村さんはたまに、植物や虫、鳥と会話をするような行動を見せます。これがこの魔法の効果によるものなのか、彼女の妄想によるものなのかは判明していません。ただ、仮に言葉が通じたとして、文化も生態も全く異なる人外の生物と会話が成り立つとは思えません。これが、この魔法の効果によるものであった場合、この魔法の真の効果は「自分と友達になれるよう現実を改竄し、対象生物に自分と同レベルの人格と知能を与える」というものである可能性があります。大村さんの魔法についての真相解明は急を要するものであると考えます。
3、追記
気を付けなくてはならないのは、このカウンセリング行為が「迷惑をかけている行為」だと認識させてはいけないということです。彼女が罪悪感に潰されること自体が「他人に迷惑をかける行為」と認識した時点で、彼女は精神状態を回復する手段を失います。大村さんに対する道徳教育には細心の注意を払ってください。