ブルーなときに、キスされたので猫を脱ぎ捨てた
「小野が一之瀬さんのこと探してたよ」
そう聞いたので、小野 啓の教室に向かった。
朝礼にはまだ時間があり、人がまばらにいる。その中から彼を探して声をかけた。
「啓」
不安そうな顔に呼びかけると、彼は安心したように笑った。
「姫乃!」
私、一之瀬 姫乃は「仕様がないな」と苦笑した。
「告白したいのに見つからなくて」
「……あぁ、彼女ね」
そう、彼は告白しようとしてる。一年間ぐらい片思いしてる少女がいるそうだ。
ぐだぐだせずに、さっさと告白しろよ。って思ったけどその言葉は飲み込んだ。だって、彼が振られればいいって半分くらい思ってるのだ。もちろん、もう半分はちゃんと応援してる。好きな人には幸せになってほしいけど、遠くに行ってほしくない。そうゆう乙女心を私も一応もっている。
普段は猫をかぶって本音を見せないけど、大好きな幼馴染に泣きつかれたら甘やかしてしまうのだ。
私はそっと息を吐いた。
「別に朝一番に言わなくてもいいんじゃない?」
「でも、人が多いところではちょっと…」
「手紙書いて呼び出したら?」
結論からいくと告白はうまくいった。手紙を書いて放課後に呼び出すというベタなアドバイスを律儀に実行し、彼は見事彼女のハートを掴んだ。まぁ、前々から二人は良い感じだったし二人とも奥手だったから、なかなかくっつかなかっただけで時間の問題だった。
両思いだったのだ。だから私は心のどこかで諦めていたし、覚悟していた。ショックなんかうけてないんだ。
少々乱暴に屋上への扉を開こうと思ったら、鍵が壊れてたのであっさり開いた。
誰もいないので、ひっそりと呟く。
「ちょっとぐらい気付けばいいのに」
思わず本音がもれた。彼に告白したら考えてくれていただろうか。
甘い考えを振り払うように頭を振る。違う、あの二人を引き裂くつもりはない。
昔から私の気持ちなんて1ミリも気付いてない。今更言っても何も変わらない。
「鈍感すぎる。馬鹿だ。好きなんて言ってやらない」
「誰に?」
誰も居ないと思ったのに返事が返ってきた。
私のひとり言なんでお構いなく。
そう思って声が聞こえた方を向いた。あぁ、死角に人が居たのか。
男子生徒がいる。寝てたのか、座ってただけなのか、彼は立ち上がると私に近付いた。
どうやって誤魔化そうかと考えてると腕を掴まれた。
「俺のこと知らない?」
知らない。どこのナルシストだ。チャラチャラしたヤンキーみたいだ。
もちろん心の中でだけ吐く。
うん、いつもの事です。イライラしてちょっと反応が遅れたけど問題ない。
「ごめんなさい、どなたですか?」
いきなり腕を掴まれたんだし、ちょっとぐらい困惑した顔でもいいでしょ。
困惑した顔のまま相手の容姿を見た。明るい髪色に整った顔立ち、制服はちょっと着崩しててちょっと軽そう。割と印象に残りそうな人だけど、会話した覚えはない。ネクタイの色が2年生だから同級生か。
「あー、他に夢中になってる人がいたから、俺に気づかなかったとか?」
なんだこいつ。皆が自分を好きだとでも言いたいのか。やっぱりナルシストか?
「なに、失恋でもした?」
私の胸につきささったので噛み付くように睨んだら面白そうに笑われた。
「慰めてあげようか」
「は」
肩から引き寄せられて肩にかかった髪がぱらりと落ちる。驚いている間に唇にふわりと触れられた。いきなりキスされた。強引なのに触れたのは優しかった。
彼を見ると、視線が合って微笑まれた。
いやいや、優しくなんてないし、ドキッとなんてしてない。余裕の顔がむかついたので、ボディーブローでお返しした。力を入れたはずなのに、お腹を押さえて笑ってた。
なにコイツ。腕は解放されたので、私はその場を走り去った。
*
もう二度と会いたくない。って思ってたのに目の前にいる。放課後の人気の少ない階段の前で奴に警戒したように目を向けた。
「一之瀬さん、怒ってる?」
私の名前知ってたのか。心配そうな目をされたが、お前私を見つけたとき笑ってただろ。そんな顔しても許さないからね。
「あたりまえ、馬鹿なの?」
一言一句、はっきりと言う。コイツに猫はいらない。
「ごめんね」
「ごめんで済むと思わないで」
「初めてなんて思わなかったから」
殴ってやろうか。拳を握ったとこで止められた。
「やっぱり、一之瀬さんは面白いね」
「あんたは意味が分からない」
「名前で呼んでよ」
「名前知らない」
きっぱり言うと、奴はきょとんとして「あぁ、そうか」と言った。
「俺は、灰山 春」
「別に名乗らなくていい。二度と関わりたくない」
そう吐き捨てて、くるりと踵を返した。
「どこに行くの」
私的には、どうして付いてくるの…なんだけど。
早足で歩こうとしたのに、ぴたりと私の足が止まった。
廊下に居るから真っ直ぐ前が見えてしまう。カップルの後ろ姿が見えた。それ以上進めなくて、私は行く道を変えた。
図書室で適当に本でも読んで気持ちを紛らわせようと何冊か手に取る。
「さっきの、知り合いでしょ」
コイツはよく見てる。答えたくないので話をそらした。
「灰山くんはいつまで付いてくるの」
「うーん…放課後は暇だからって言いたいけど、生徒会に顔出せって言われてるしな」
暇って言ったよこいつ。生徒会員なら暇じゃないでしょ。
「ん、生徒会?」
こんなチャラ男、生徒会にいたっけ?
「うん、会計」
笑って自分を指した。
チャラチャラしてそうな外見で会計とかおかしい。んん?生徒会のあいさつで見たときは会計って黒髪だったような。首をひねってると、目の前の彼が首を傾げた。
「どうしたの?」
「どうもしてない」
*
「おはよう」
目の前の彼が笑顔で言うので私も笑顔を返す。朝の昇降口は人が多いので目立たないように猫かぶりモードです。
「おはよう、灰山くん」
チッ。舌打ちされた。挨拶返したのに舌打ちってお前。なじるように見れば、今度は微笑まれた。
いやもう、なんなんだよ。自然と横に並ぶ形で教室まで歩いた。
「灰山くんってさ、前は黒髪だった?」
「え」
彼の目が僅かに見開かれた。何か言おうと口を開いて、そのまま閉じてしまった。
だから何。
優しくしたら動揺するのか?昨日はあんなに人に付きまとってきたくせに。私が怒ってると思ったから動揺したのか?いやいや、きつい事言っても平気だったじゃないか。
動揺してる姿とかチャラ男なのにワンコに見えてきた。
*
「わかる!」
お弁当片手に彼女、水野 雫は大きく頷いた。
「…私声に出てた?」
「うん。なんか男なのにワンコって聞こえたよ。私もね、怜久くんがワンコに見えて困るんだよね」
怜久くんは雫の彼氏だ。本人は真っ赤になって否定するけど、どこからどう見てもカップルなのである。
私は適当に相槌をうって彼女の話に耳を傾けた。
「ふわふわの髪を見ると撫でたくなるんだよね」
「ふぅん」
撫でたいのか。いやいや、むしろ触りたくないし触られたくない。何せ、いきなりキスをする男なのだ。
もう一発殴ればよかったかな。
「姫乃ちゃんは小野くんと付き合ってるの?」
「え」
「あれ、違うの?」
「どうしてそうなるの。前にも言ったけど幼馴染よ」
傷口を触られたみたいだ。でも、前ほど痛くない。謝られたので、気にしてないと返した。
「雫、生徒会メンバーの顔覚えてる?」
「え、うーん…なんとなく?」
この子は生徒会長の顔も最近まで知らなかったらしい。期待しないけど一応聞いてみる。
「黒髪の生徒会役員がいたの覚えてる?」
「うーん…あ、思い出した!覚えてるよ、姫乃ちゃんが黒髪の割合少ないって言ってたもん。
確か一人だけだったような」
「ひとり…」
明るい色の髪の生徒は普通にいる。全校生徒合わせると黒髪の方が少し多いぐらいだから地毛で明るい人と、染めて明るい人もいる。全校生徒で見ると別に珍しくはないんだけど…。
*
「どうして黒髪やめたの?」
二人しかいない屋上で私は聞いた。二回目だから今度は彼もあまり驚いていない。
「…見つけてほしかったから」
「誰に?」
「一之瀬姫乃さんに」
何も言えなくなる私に彼は私の頭を撫でた。ちょっと、髪型くずさないでよ。
「生徒会のメンバーってカラフルだろ」
目も髪も、色んな人がいる。
「…うん」
「黒にしたら目立つと思って染めた」
「え、こっちが地毛?」
「うん。今は元に戻してる」
「なんでそんな…面倒なこと」
「アイツが黒だったから。お前の幼馴染」
なにそれ…。
「少しでも見てもらおうと思ったけど全然だめ。一之瀬さん、アイツばっかみて他の男なんて
全然視界に入ってない」
「そ、そんな事ないと思うけど」
「覚えてなかったじゃん」
「うっ」
「まぁ、一回や二回見ても忘れると思うけど。大体、黒髪って多いし印象に残らないって気付いたんだよね」
「印象って…まさかと思うけど初対面でのキス?」
「正解」
満面の笑みで返された。正解じゃねーよ。私に印象付けるためにキスしたとか、どんな横暴だよ。
恨みをこめて、じとっと彼に視線をおくる。
「これでも傷ついたんですけど」
「うん、ごめんね」
「わざとらしく謝るな。きもちわるい」
「えー」
カラカラと楽しそうに笑う。全然笑い事じゃないんですけど。
「大体、小野くんには失恋したし」
「だと思った」
思うな。色々筒抜けとか恥ずかしい以前に拍子抜けだ。まだ失恋をひきづってるし、気持ちの整理だってついてないのに…くやしいけど少し楽になってる自分がいる。
うだうだ考えてると、でこピンをされた。
「なに」
「こっちから振ってやったぐらいに強気にいけ。俺を殴った勢いはどこいったんだよ」
「…あんたって本当手が早いし、むかつく」
少々大げさに溜息を吐いて、チラリと顔を見れば楽しそうに笑ってる。
嫌味を言ったのに拍子抜けしてしまう。その笑顔を見てまた少し気持ちが軽くなった。
「でも、ありがとう。過去を片付けてくる」
「一之瀬さん、終わったら屋上ね。慰めてあげるよ」
「ばーか」
冗談めかして言う言葉に私も自然と笑顔になる。
「小野くん」
失恋した日から私は名字で呼んでた。彼は変わらず名前で呼んでくれる。
「姫乃」
「ちょっと話していい?」
校舎裏も桜の木の下も選ばない、彼に気を使わせてしまうから。放課後の人が少なくなったカフェテリアで口を開く。
「おめでとう」
避けていて、ちゃんと口にしてなかった言葉だ。
「彼女と上手くいってるみたいで良かったね」
「ありがとう。姫乃はそういう話ないの?」
「私はどうかな。初対面が最悪のやつならいるけど」
「え?」
「私はいいの」
首を傾げる彼を見て一呼吸おき、つとめて明るく振舞うように口を開いた。
「小野くんのこと好きだったよ。大切な幼馴染だったから」
彼の顔が驚いて、理解するように間を空けると微笑んだ。
「俺も姫乃が好きだよ。大切な幼馴染だから」
「ありがとう。それから、私のことも名字で呼んで。彼女さんに誤解されると困るでしょ」
声は震えていないだろうか、ちゃんと笑えているだろうか。
この人に迷惑をかけずに出来ているだろうか。
屋上への扉が少し錆びて高い音をあげる。
「おいで、慰めてあげよう」
やっぱりチャラいなぁ、と思いながら笑みがこぼれた。
「慰められてあげる」
近付くと頭の上にポンポンと手を置かれた。
「ごめんね」
どうして謝るの。チャラ男なのにそんなに優しい手で撫でるなよ。
「姫乃は本当に好きだったんだね」
こら、なに自然に名前呼びしてるの。そう言いたかったけど口から嗚咽が漏れた。
抱きしめられると殴れないじゃないか。
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'16.3.8修正




