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◆第三話:「桜火、襲来」

ガレージのような構造になっている建物の一階部分から、1体のヒトガタが飛び出す。


「あらぁ、お出迎えしてくれるのぉ? あははっ」


その巨体は、図体の大きさにもかかわらず、ましらのような奇怪な挙動で飛び跳ね、瞬時に桜火の真横の鉄骨に取り付く。

外から見ると、あの巨大さで蛙の様なバネを効かせて飛び跳ねる肉だるまは一種、異様である。


その肉ダルマの腕から、ずるりと音を立てて刃物が飛び出る。

……あのククリ刀、飛び出し式になっているのか。

湾曲した白刃が日没の太陽の光を反射して鈍く光った。


轟然と桜火の前にたたずむバケモノA。

こえー、こえー。

あれが容赦ない早業で、ボクと桜火ちゃんを膾にしてくれやがりましたヴァーチャーズさんです。


「あの肉ダルマ先生、乗り込まなくても動くの?」

「時間稼ぎだ。隙を見て呼び寄せ、乗り込む」


千鳥ちゃんは桜火ちゃんとヴァーチャーズとの対峙を見ている。

けれど、そもそも死ななかったとはいえ、イッパツで桜火ちゃんのことはぶった切りにしていたのである。

繰り返して粉みじんにしちゃえば余裕なんでないの?

俺がしゃしゃらなければ、たぶん勝ってたっしょ。あの時。


「さっきは、痛かったわぁ?」


静かに陽炎のような儚さを漂わせて、鉄骨の上に立つ桜火ちゃん。

美少女VS肉だるま。

本当なら美少女を応援したいところですけど、肉だるまが勝たないと俺の命がマッハでヤバイ。


「わたし、チドリと争うつもりはないのだけれど?」

「――ッ! どの口でほざく。……先ほどの傷は癒えたようだな」

「ええ、痛かったわよ? 出会いがしらに突然襲ってくるんだもの……チドリったら相変わらず人の話を聞かないわよね?」

「あれだけの傷だ。修復には、生まれたての貴様では魔力が足りるまい。……貴様、人を襲い、食ったな?」

「血はたっぷり飲んだけれど、その人がどうなったかは知ったことじゃないわぁ」


わたしにとっては、食事が美味しかった――ってだけのコトよ。と桜火は舌なめずりをする。


「貴様……ッ」


桜火ちゃんの体が揺らめく。

揺らめくというか、背後の景色に滲む様に見える。


「あれは――」


なんだ、と口にしようとしたその瞬間、

桜火ちゃんの周囲の空気が爆発したように燃え上がった。


比喩でなく、幻覚でもなく、少女を中心に、炎が天を突いて立ち昇る。


「うおっ」


思わず声が出た。

可燃性のものを一気に燃やしたときに出る爆音が耳をつんざく。


『すごいな。まるで焼夷弾ナパームだ』


その光景を見ていたタカちんも感嘆した様に言う。

揺らめくように天に立ち上る炎。

桜火ちゃんが手をかざすと、その腕にまとわりつくように自在に炎が動き形を変える。

だというのに桜火ちゃんに燃え移る様子は一切ない。


「発火能力、か」

「そうよォ、チドリ。けれどわたし、本当にあなたとは争う気はないのよぉ。

友達だもの。さっき撃ち込んだ一発も、わたしをいきなり斬ってくれたお返し。

驚かそうとしただけよ」


これで手打ちにしない? と首を可愛らしく傾ける桜火ちゃん。


「ふざけたことを。おまえはもう人間じゃない。人食いの化物だ」


被害が広まらないうちに、消してくれる、と桜火ちゃんをにらみつける。


「そ。……やるっていうなら相手をするわ。何度も切り刻まれる趣味なんてないもの。

……けれどあなたの作った泥人形で、受けきれるのかしら?」


立ち上る炎は巨大なバーナーのようである。

桜火ちゃんが手を振ると、蛇のように炎が蠢いて肉ダルマを包み込む。


「ヴァーチャーズ! 回避しろ!」

「消し炭にしてあげるわッ」


跳躍して後退する肉ダルマ、追いすがる炎蛇、そして火の粉をあびる俺。


「あっづッ! ここまで飛んでくるよ、千鳥ちゃん!」

「キミは下がっていたまえ。私が乗り込んだら直接戦闘を挑むが、巻き添えを食うぞ」


肉ダルマは自動オートで動いているのだろう。

目の前を飛び交う炎と肉ダルマの追いかけっこに、千鳥ちゃんが何かをする様子はない。

が、動きの精彩というか、炎蛇の動きに反応してから回避しているので、いま一歩かわしきれていないのがココから見ていてもわかる。

しかしダメージは微々たるものだ。


「もお、らちがあかないわねぇ」


イラついたのか、火炎放射器じみた炎の奔流を止める桜火ちゃん。


「一発で消してあげるわ、泥人形ッ!」


右腕を突き出して、何か砲弾でも打ち出すかのごときポーズをおもむろにとり、桜火ちゃんが叫ぶ。

噴き出す炎がその揺らぎを止め、収束するように突き出した桜火ちゃんの手のひらへと集まっていく。


「喰らいなさい!」


悪意が熱量に変換されて襲い掛かっているようだった。

桜火ちゃんが身に纏う火炎が一瞬で手のひらに圧縮されると、押し込めた圧力に反発するかのような勢いで、掌から一気に放たれた。



「碧さん。三嶋桜火と鳥海が二回目の接触を始めました」


カタログ。

古来からこの世の闇で跋扈する化け物ども。

安城の奴が何を考えているのかは知らんが、俺の街で被害を拡大することだけは許さない。


「千鳥ひとりで処理できそうか?」

「三嶋桜火が覚醒したカタログ能力は『発火』。

威力はCランク。収束までこなすようです。

どっこいと言ったところではないでしょうか」

「ほう。生まれたての赤子で能力操作までやるか。

……千鳥のヴァーチャーズでは手に余るかな?」

「どうでしょう。基礎能力的には鳥海のほうが上でしょうが」

「無理かなあ。さすがにイケるだろ?」

「彼女は研究者なので、なんとも。引き換え、三嶋桜火はずいぶん好戦的な固体ですね」

「おとなしそうなお嬢さんだったんだがな」


そうボヤく。

……長年、千鳥の奴が面倒を見ていた女学生だったが、けっきょく糞バケモノになったか。まあカタログ化の抑止など、前例がない。


「それに、民間人が一緒にいるようです」

「……何者だ? なぜ千鳥が民間人をセーフハウスに連れ込んでいる。

はっ、まさか男か」


がはは、と声を上げて笑ってやると意外にも「はい」という返事が来た。


「まだガキです。ハタチ前の。高校生くらいに見えますが」

「若いツバメかよ! あいつも餓えてんな」

「碧さん、冗談言ってる場合じゃないですよ」

「わかっている。三嶋桜火を監視している部隊に突入準備を伝えろ。三嶋桜火の殲滅を第一目標、次が千鳥の生存、その男のガキは余裕があったら保護してやれ」

了解ラジャー。五番隊、突入準備」


まあ千鳥とて本職ではないが、赤子一匹ひねるぐらいは出来るはずだ。

となると、そのガキが人質などにとられなければなんとかなる。千鳥が何を言おうが、人質にされた時点で見捨てさせてもらうので変わりは無いが。


「み、碧さんっ」

「あ?」


執務室のドアが開き、別の職員が慌てた様子で飛び込んでくる。


「なんだ。なにがあった」

「そ、それが――」




桜火の手から放たれた火球は、すんでのところでヴァーチャーズにかわされるも、そのまま背後の海面に突き刺さった。

吹っ飛ぶ海水。


「オイッ! 一瞬だけど海底が見えたぞ!」


余裕とか言ったのは誰だ。

蒸発する水蒸気があたり一面を真っ白に包み込む。

あんな怪物とやり合っていたなんて。

反面、千鳥ちゃんは動じない。

つまりカタログとの戦闘は、この程度当たり前なのだろう。


「チャンスだ。キミは奥の部屋に引っ込んでいなさい」


見ると桜火ちゃんは煙る水蒸気の中、火球を撃った反動か、硬直しているのが見えた。


「ヴァーチャーズ!」


その声に反応して高速で白刃を振るう肉ダルマ。


「くっ」


自分の生み出してしまった水蒸気の煙幕の中から切りつけられる白刃。

しかし桜火ちゃんはひねるように体を交わすと、飛び退いて距離をとった。

その隙をみてヴァーチャーズも移動する。

窓枠を破壊しながら二階のこの部屋まで踊りこんでくる肉ダルマ先生。


「威力は凄まじいが、目覚めたてだ。まだ力の扱いに慣れていないと見える。

景くん、いいか。奥の部屋に入ったら鍵を閉めて一階に降りろ。

さらにその下に地下室がある。

シェルターになっているから、私が奴を倒すまで閉じこもっていろ」


肉ダルマの背中から浸かるように搭乗しながら千鳥ちゃんは言うと、ヴァーチャーズを起動させた。


「チドリぃ……」


硬直状態から無理やりヴァーチャーズの白刃を交わした影響か、はたまた撃った火球のエネルギー効率の問題か、こちらを睨み付ける桜火ちゃんは苦しそうだ。


【ふん。お前はカタログといえど、生まれたばかりの赤ん坊だ】


千鳥ちゃんが乗り込んだヴァーチャーズは窓枠のふちに立って、白刃の先を、鉄骨の上で蹲る桜火ちゃんに向ける。

その刃の先端に、黒い影のようなものが集まっていく。


【お前が発火を操るように、このヴァーチャーズにも特殊な能力がある】


黒い球体状に集まった影は、ナイフの先端で嫌な音を立てている。

じじじ、とかビビビとかいった空気が摩擦して振動しているような奇怪な音だ。

怪訝そうな目で、その光景を見ていた桜火ちゃんだったが、その目が驚愕に開かれると、慌てて飛び退く。

刃の先から放たれる黒い球体が、桜火ちゃんの居た鉄骨部分に着弾する。


「――なっ?」


その鉄骨が、なにか巨大な力でひしゃげられたかのように『く』の字に折れ曲がった。

あっけにとられる桜火ちゃんだが、その致命的な隙を逃す千鳥ちゃんではない。

鉄骨から飛び降りて地面に着地する桜火ちゃんに、突撃する勢いで白刃を叩きつける。

のけぞってかわすも、刃の叩きつけられた地面がクレーターのように凹む。


『重力だな』


それを見ていたタカちんが言う。


『あの巨体で飛び回っている時点で疑問だったが、肉ダルマは重力操作が出来るようだな』


重力操作?


『奴らが言っていた『特殊な能力』ってやつだろう。

乗り込んでいるときはよくわからなかったが……見ろ。異常だぞ、あの挙動』


桜火ちゃんと接近戦を繰り広げるヴァーチャーズだったが、その動きはあきらかに物理法則に逆らっている。

具体的にいうと、あの巨体ゆえに鈍重なようでいて、しかし跳躍と着地時には異様に軽やかなのだ。


『自身の重さを軽減し、叩きつける刃を重くする。あまつさえそれを弾丸のように射出する能力もあるらしい』


桜火ちゃんが海水を吹き飛ばしたときも思ったが、つくづく化物だな。こいつら。

そう思って見ていると、ヴァーチャーズの振り下ろした刃がついに桜火ちゃんを捕らえた。

千切れ飛ぶ左腕。


「グロッ!」


あいかわらず観戦して見る様なもんじゃないね、これ。


『よゆーじゃんっ。わっほい!』


確かに余裕だ。一方的に押している。

これは杞憂だったか?

逃げる必要すらなさそうだ。


「桜火。かつてお前は言ったな? 将来的にカタログになってしまうとしても、むやみに人を襲うようなことはしたくないと。……あれは嘘だったのか?」

「……嘘ではないわよ」


三嶋桜火は斬られた左の袖口を手で押さえ、表情のない顔で呟いた。

自分が千鳥に見出され、将来はカタログと呼ばれる怪異に成ってしまうと、予言されたあの日。

その時は単純に思った。

自分がそうなってしまうとしても、けっして人を襲うようなことはしないと。

純真に少女の感性で以って思っていた。

けれど抗いがたい飢餓感。

人を食い殺せと命じる金色の糸。

人を襲った瞬間、ヒトから化物に堕ちる時だと知っていてなお、その誘惑に逆らう行為は困難を極めた。


「……おそらく、あなたの知る三嶋桜火は、きっと本心からそれを誓ったのでしょうね」


ここにいるのは、人間・三嶋桜火ではない。

カタログ・三嶋桜火なのだ。

化物になるのが恐ろしくて、日に日に強くなる“食人欲”を歯を食いしばって堪え続けた日々。

そんな桜火に千鳥は言った。

カタログ化は治療法のない病のようなものだ――と。

他者の血液を口に含んだ瞬間、乾きに乾いた体は猛烈な勢いで血を飲み干し、体は一気に書き換わってしまう。

人の血肉を摂取するバケモノになってしまうと。


それはある意味では人としての死であり、別のモノへの生まれ変わりと同じだ。

姿かたちは同じ。

思考も性格も変わることはない。

けれど、書き換わったあとに残るものは、もはや自分自身ではないことに、桜火は気付いていた。

価値観が変わるのだ。

人が動物を対等とは思わないように。

カタログが人を見るとき、それは餌を見る目なのだ。


――人間社会の中には、一定の確率で君のような存在が誕生してしまう。それは悲劇だが、そのように生れ落ちてしまったことはもはや変えようがない。


そう、碧と呼ばれていた千鳥の上司は言っていたことを思い出す。


――きみがどこまで耐えられるのかはわからない。人間の寿命が尽きるまで耐えられるものもいれば、殆どもたない者もいる。それは精神力と欲求の度合いの強さによって変わるものだ。我々はきみが耐える限り手出しはしない。千鳥が全責任を負って治療してみせると言っているからね。……しかし万が一、人を襲ってしまえばきみは終わりだ。ひとりでも喰ってしまえば、私たち人間は、全力で化物を殲滅する。


私たち人間、という言葉に自分が含まれていないことを悟って、その時桜火は悲しげに笑った。

『ヒトを食べたい』という欲求を堪え続けている自分は、それを実行したことがなかったとしても、彼らからすればもはやヒトではないのだ。


耐えて、耐えて、耐え続けて。

けれど限界は唐突に訪れたのだ――。

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